第五話 セミテリオのご隠居 その十九 最終回
「私のご先祖さま〜、どちらにいらっしゃるんですか〜。返事して下さ〜い。お墓の場所、教えて下さ〜い」
(あらまぁ、お墓の場所が分からない方がまたいらっしゃったみたいですわ)
(お茶屋さんで尋ねればよいものをのっ)
(お茶屋さじゃなくて、今は管理事務所ですよ。あそこに行けば、パソコンで一発検索なんですがね)
(その一発検索というのはなんですかのっ)
(あっ、それこそカラオケの、何万もある曲の中から探している歌いたい曲がすぐ出るのと一緒で。このセミテリオにあるお墓の家の名前や埋葬者の名前が分かれば、地図で教えてくれるんですよ)
(あぁ、あの地図ね。ここの住所は分かり辛いですよ。何号何番どうのこうのって)
(だんなさ〜が入られた頃はまだ空いておりましたが、今はびっしりですものね。久しぶりにいらしたら一寸分からないですわね)
(ユリ、寂しいです。お墓の場所も忘れられちゃうなんて)
(ユリさん、まだよろしいのよ。わたくしの所には、わたくしの係累はどなたも訪ねて参りませんもの)
(我輩とて同様)
「この辺みたいよ。ねぇ、ママそっちの列探してよ。私こっち見るから」
「ねぇねぇ、これじゃないかなぁ。うん、これだぁ、こっちこっち」
「あっ、本当だ。アル、ここの場所覚えておいてね。うん、確かにお墓の住所もあっているし、名前も、裏見てみて」
「うん、ここだって」
(えっ、もしや、えっ、どなた)
「だって書いてある。彦衛門、マサって。他にも名前たくさん。なんて読むのこれ、温暖の温」
(えっ、ここのことかしら。わたくし達のことかしら。それぬくいと読みますのよ。長男の名前ですわ)
(まぁ大きな犬ですこと)
「アル、ここ覚えておいてね。また迷っちゃうかもしれないから」
「ワフッ」
(まぁ、犬が返事しましたわ。賢い)
(だんなさ〜、どうしましょう。どなたでしょう)
(マサ、落ち着きなさい。どうしようもないのだからのっ。どなたかは、一寸待たれい)
(だんなさ〜、このママと呼ばれた方、見覚えございます)
(ふむ、たしかに)
「そういえば、ママ、ここやっぱり来たことあるわ。小学生の頃かなぁ。おばあちゃんと、あっ、ママのおばあちゃんね、それとおかあさんつまりあなたのおばあちゃんと、克子おばちゃんと。この辺でお弁当食べたのよ。ママには曾祖父母だけれど、おばあちゃんには両親、おかあさんには祖父母だもんね。うん、ここだったわ。もう少しここが広かったような気がするけれど」
(だんなさ〜)
(そう、そうだ)
(綾子ですわ)
(そう摩奈)
(この方が摩奈さんですか。立派なお嬢様)
(カテリーヌさん、立派なというのは普通の日本語では女性には使わないものなのですよ)
(まぁ、そうだったんですか。でも立派なお嬢様に見えますわ)
(この前、マサさまからお話伺った時には赤ちゃんだった摩奈ちゃんですか。もうこんな、えっ、おいくつぐらいかしら。もしかしたらそろそろお嫁入りなので、ご先祖様にご報告にいらしたのかしら。ユリの頃でしたらとっくに嫁いでいる年齢ですわ)
(マサ、摩奈が赤ん坊だったから大きくなるのは分かるのだがのっ、この犬も大きくなったものだのっ。あの時には摩奈と同じくらいの大きさだったからのっ。大きくなって、バタ臭くなったのっ)
(えっ、まさか、でも、同じ色ですわね。あれから四半世紀ですか。みかけで、摩奈が五倍くらいになったかしら。この犬も五倍くらいかしら)
(あのぉ、バタ臭いってどういう意味でしょうか)
(バターですよ。バターの匂い、バター臭い)
(まぁ、バターは犬からではなく、牛のお乳からお作りいたしますのよ)
(カテリーヌさん、バターの匂い、つまり、毛唐が食べるもの、つまり、西洋人の匂いがするって意味ですよ)
(犬ですのに、人の匂いがするのでしょうか)
(日本の犬らしくないという意味で、匂いより見かけですなっ)
(それに、あのぉ、犬は四半世紀も長生きしないと思いますが)
(えっ、でも同じ名前なんですのっ)
(そっくりですのよ。色も形も。違うのは大きさだけ)
「曾祖父母の上の世代ってなんて言うの」
「曾曾祖父母でしょ」
「つまり、この彦衛門さんとマサさんってのは、私の曾曾祖父母なわけでしょ」
「そうよね」
「お墓参りなんて、ほとんどしたことないから、どうしたらいいの」
「え〜と、草むしりしたり、お水かけたり、お線香上げて、後はお話すればいいんじゃない」
「えっ、お話しするの」
「うん」
「草むしりは、する程生えていないわ。ここ、管理がちゃんとされているのね」
「じゃぁ水」
「うん、ちゃんと持って来ている。はい」
「これ、アルの水」
「お水はお水」
「そりゃそうだけど、何か変なの」
(ほんと、変ですわ。これ何でしょう。こんなもので水をかけられるのは初めてですわ)
(あっ、皆の衆、これがペットボトルですよ)
(やはり、ペット用の飲み水の様ですのっ)
(いえ、はぁ、たしかに。その大きな犬用の水のようですが、しかしペットボトルというのはこの容器のことでして)
(水には変わりないし、文句は言うまい。犬用の水入れだろうが、良いお湿りじゃのっ)
(ほんと、潤いますわ)
「ねぇねぇ、見て。彦衛門さんって、亡くなったのお正月だよ」
「お正月っ。忙しかっただろうなぁ。目出たいのだか不幸なのだか」
(そうそう、そうなのですよ。綾子さん、摩奈さん)
(私だって正月に亡くなりたくて正月を選んだわけじゃないんだのっ。女が揃って私をいじめるっ。まったく薩摩おごじょは気が強いのっ)
「摩奈です。はじめまして。彦衛門さんとマサさんの末っ子の悦さんの末っ子の朝子が私の母綾子の母です。わかりますか。つまり、私は彦衛門さんとマサさんの曾曾孫、玄孫です」
「今日は、母、朝子が亡くなったことを報告に参りました。もうご存知かもしれませんが」
(うむ。存じておるのだのっ)
(なぜか分かるのですよね。でもそういうこと、あちらの世にいると分からないものだと思うのでしょうね、それにしても母の名を呼び捨てとは、今の日本語は乱れております。あら、わたくしもハナさまみたい、あら失礼)
(マサ、マサは悦の母で朝子の祖母だのっ。朝子が母と言うのは悦のことだのっ)
(はい、だんなさ〜、何を当り前のこと)
(綾子が母という時には朝子のことだのっ)
(当たり前です)
(母や父では、話し手次第で誰の事だか分からなくなるのっ。ましてや、父母は一人ずつだが、祖父母になると二人ずつ、曾祖父母になると四人ずつ、曾曾祖父母になると八人もおるのだのっ。名前で呼ぶ方が分かり易いのっ)
(はぁ〜)
(それに、他人の前では身内の名前には敬語をつけないのっ)
(はぁ〜、他人でしたら。でもわたくし達、朝子の祖父母ですわ)
(朝子の祖父母は身内でも、綾子の曾祖父母、摩奈の曾曾祖父母になると、遠い身内だのっ)
(そんな、だんなさ〜、寂しいです)
「摩奈さぁ、きっとこのお墓、マサさん、しょっちゅう撫でてたわよね」
(そうですわ。だんなさ〜と話したくて、涙浮かべて)
「きっと、悦さんも、ここに来て両親と話してたわよね」
(そうだったのっ)
「おばあちゃんは、どうだったのかなぁ」
「おばあちゃんって、朝子は、あんまり知らないみたいよ、末っ子だったし」
(そんなことないですっ、わたくしは覚えておりますわ)
(私のことは知らないだろうのっ、悦ですらまだ嫁いでなかったのだからのっ)
「ご先祖さま、母朝子は今、私と一緒に来ております」
(えっ、何を言い出すのだのっ。朝子は京のセミテリオだろうにのっ)
(孫の朝子がこの辺りにいるのかしら。あのお行儀の悪かった朝子、鶏を絞められなかった朝子、歌が好きな朝子、おしゃれな朝子、この辺りにいらっしゃるなら、姿を見せて頂戴)
「母は、今私がつけているペンダントの中に入っております」
(ペンダントとはなんでしょう)
(ぶら下げる物ですよ。女性の装飾品の)
(ロバート殿、あいがとさげもした)
(あら、あれですわ。綾子の胸のところにぶらさがっている)
(ほうっ。朝子があの中に入っているのかのっ)
(なんだか窮屈そうですわ。でもいつも一緒っていいですわね)
「今から、ママと私は、ママのおばあちゃん、つまり悦さんの所にも私のおばあちゃん、つまり朝子さんが亡くなったことを報告に参ります。初めてお目にかかりました。今後ともよろしくお願いいたします」
(あらぁ、ご結婚のご報告じゃないんですね)
(子孫が続くと期待いたしましたのに)
(玄孫の次って何孫って言うのかしら。ユリ、知りません)
(墓石をこう撫でられておると、どうもくすぐったいようだのっ)
(触れられるって素敵ですわ。容易く乗り移れます)
(彦衛門さま、マサさま、そのままご一緒なされば、ご息女にも会えますわね)
(そのようだのっ。皆さんも如何かのっ。綾子と摩奈と二人だから、ロバート殿、カテリーヌさん、ユリさん、虎之介殿、ご隠居さん、分かれて乗られれば旅できますのっ)
(どうぞうどうぞ、皆様どうぞ。私の曾孫と玄孫にお乗りになって)
(いやいや、彦衛門さん、マサさん、お二人だけでどうぞ。曾孫さま、玄孫さまと、お孫様、お嬢様と水入らずの時をお過ごしくださいませ)
(僕も、そろそろハナのご機嫌伺い。彦衛門さん、マサさん、土産話を楽しみにしておりますよ)
(ご隠居さんのお話の続き、またお願いいたしますのっ)
(では、皆様、ご機嫌よろしゅう)
「またその内、お墓参りに参ります」
「アル、場所、覚えておいてね」
「ワフッ」
第五話 完
お読み頂きありがとうございました。
霊園セミテリオの気の世界を、お楽しみ頂けたなら幸いです。
毎週水曜日に更新しております。
次話番外編呂は3月2日の予定です。