表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
32/217

第五話 セミテリオのご隠居 その十五

(僕がこちらに参る十年ぐらい前からは、労働者不足解消ということで外国人を積極的に受け入れるようになって、それまでの日本の文化とは異なってきたということもありますが、日本人男女共に外国人と結婚する人が増えて来ましたしね。ですから、手をつなぐどころか、駅や道端など人前で抱き合ったりキス、口づけ、接吻、など目にすることも増えてきましたしね。で、僕、何の話しをしていたんでしたっけ。ステディの話しからこういう話しになったんでしたね)

(曾孫様のご結婚相手のご友人のおしゃべりを聞いて、ハナさまが怒ってらっしゃった、というお話でした)

(そうそう。てくまくまやこんって変な言葉はなんですかっ、やばいって立派な大人、しかも女性が使う言葉ですかっ。看護婦さんが医者と結ばれるというのはよくある事ですが、それにしてもあまりに下心見え見えで恥ずかしくはないのですかっ。ハナ、今は看護婦じゃなくて看護士と言うんだ。まぁ、女なのに士なんですかっ。いや、最近は男の看護士もいるんで。看護婦じゃ具合悪かろう。ついでに保母というのも言わなくなったんだよ。まぁ、看護や幼児教育にまで男がのさばって来たんですかっ。それともそんなになよなよした男が増えたのですかっ。世も末ですっ。大体、女が道端で、しかも地下鉄の階段を上がってきた所で、こんな所で立ち飲み、立ち吸いするなんてどういうことですかっ。いや、ハナ、てくまくまやこんというのは、あれっ、あの頃ハナはもうこちらの世界だったっけ、ってことはオリンピックよりだいぶ後だったのかなぁ、医院に来る小さい女の子がよく言っていた、テレビアニメの中の呪文で、僕がこっちに来る前にもリバイバルで流行っていたんだ)

(すみません、テレビアニメって何でしょう)

(リバイバルもわかりませんわ)

(テレビのアニメ、テレビに映るanimation、テレビ番組の漫画で分かっていただけますか)

(あぁ、あの、漫画が動いてしゃべったりするものですね。びわちゃんが見ていました)

(おっ、生まれたての摩奈を抱いた綾子がぼんやり見ていましたのっ)

(もう一つは、revivalですな。蘇る、イエスのような。我々は蘇りませんな)

(え〜と、日本で、リバイバルと言うと、普通は、また流行るという意味で。つまり昔流行っていたものが再度流行る時に使います。それで、え〜と、ハナに説明してましたのは、立ち飲み、立ち吸いは、今じゃ当たり前だとも。先ほど話したペットボトルを持ち歩いて、歩き飲みなんてのも。まぁ、いつでも水分補給しておく方が体にはいいわけですし、喫煙所は減りましたから、あったら吸っておいた方がいいですし、どの言葉だから男はいいけれど女は使っちゃいけない、なんてのも、まぁどんどん男女平等になってきていますしね)

(いつでも水分補給しておく方が体にいいのですか)

(汗をかくから、飲み過ぎちゃいけません、ってユリ言われていました)

(そうそう、日本の女性は、お顔に汗をかかれるのをみっともないと思われてましたわ。お水を飲まないのですか。そんなご苦労なさってらしたんですのね。わたくし、日本のご婦人はそういう風にできているんだと、うらやましく思っておりましたの)

(水が欲しくとも耐えよ、と尋常小学校以来、ずっと言われてましたよ、僕も。だから、教練の後など、水飲み場に走って行って、そういう時の水ってとってもおいしくて、ごくごく飲んでいると、そこにまた教官がやってきて言うんですよ。お前ら、我慢した分だけ水が美味くなるんだぞっ。納得してましたよ)

(赤痢疫痢に罹っても、水を飲ますと水溶性の下痢が余計にひどくなる、つまりは水を与えたら水溶性の下痢で体力が消耗すると想われていたどころか、症状を悪化させると信じられていて、水は飲ませてはいけない、なんて時代もありましたしね)

(上から喰えば下から糞、上から飲めば下から尿、当然至極ですのっ。つまったらつまらないことになる)

(だんなさ〜)

(実際、飲ませなくて出せないと腸がきれいになれませんし。下痢はむやみに止めない方がいい場合もあるんですよ。なのに、下痢するから飲ませないでは)

(羹にこりてなますを吹くですな)

(流石ロバートさん、一寸違う感じもしますが、それにしてもお詳しい)

(いや、そうでもないんですよ。羹は熱いものと思っていましたし、まぁ、これはたいして違わない様ですが、なますも吹くもわからなくて、鯰を拭くのか、鯰を吹くのか、どちらのふくにしても意味が分からずでした。で、鯰ではなくなますが食物だとはわかったものの、なますが何だかわからない。酢の物のことらしいのですが)

(そうそう、酢の物ですよ。正月などにめしあがりませんでしたか。それで、今でこそ、赤痢疫痢で下痢すれば、脱水症状になるから水分をどんどん摂らせますがね。夏期や運動したり入浴すると水分補給が必要だというのが今の医学です。医学の常識も変わりました。時代によって、社会によって常識や科学的と言われることも変わる。その内、やっぱり喫煙は身体にいいと言われるかもしれない)

(喫煙がどうしてそんなに嫌がられるようになったのでしょう。紫煙、良い香りですのに)

(そうだのっ。幸いにも線香の代わりに紫煙をくゆらせてくれる御仁がまだまだおられますがのっ)

(嫌い、悪いという声がだんだん大きくなると、嫌い、悪いの風潮に乗らないと、時代遅れ、仲間外れになったような気分にさせられて、一緒に嫌い、悪いと言う人がどんどん増えて、更にどんどん増えてなんでしょうね。そうやって、日誌事変も正しいこと、戦争するのは周りが悪いからで自分の国が悪いからだなんて思えなくなる、思っても声を大にできなくなる。同じですよ。最近あちらの世では、いや、こちらの世と言うべきかな、どうも麻薬が広まっているらしいんですよ)

(麻薬ですか。阿片ですか)

(いや、阿片、ヘロイン、コカインはそれほどでもない様ですが、覚せい剤や大麻がね)

(時が経つと、麻薬の種類も増えるものなんだのっ。阿片以外、私は聞いたこともないですのっ)

(それで、覚せい剤や大麻は、どうも、喫煙率が下がるのと反比例して増えているように感じますよ)

(まぁ、恐ろしい)

(でしょ。煙草よりよっぽど害がある、その上、暴力団の資金源だそうですよ)

(暴力団って、なんでしょう)

(渡世人、風来坊、無頼漢いや、任侠とか極道でしょうか、あっ、やくざとも言いますね)

(恐ろしい方々ってことでしょうか)

(ユリ、お友達にはなりたくないです)

(なんだか恐い話しになってしまいましたわ。話しを元に戻した方がよろしゅうございます。わたくし共も、水は嬉しゅうございますわ。墓石に水をかけられると、身も心も清らかになったように感じます。日照りの後の雨のような)

(でも、雨は、ユリ、嫌いです。なんだか木陰もない所で傘を持たずにびっしょりぐっしょり、辛いです)

(あまり勢いが強いと、こちらの世から流されてしまいそうですものね)

(ここで流れりゃ、その内、東京湾、東京湾から太平洋、地球をぐるっと廻れるかもしれないよ)

(江戸湾じゃないのですのっ)

(はい、東京湾)

(仏蘭西まで行けるかしら)

(亜米利加にも行けますな。しかし、今の時代、飛行機の方が早かろう)

(飛行機は怖いです)

(落ちたところで今更死にゃしない)

(でも怖いです)

(え〜と、話しを元に戻してもいいでしょうか)

(あっ、はい)

(ご隠居さん、申し訳ないのっ、ついつい口を挟む我ら)

(いえ、構いませんよ。それこそ、永遠の時ですから。ただ、僕が、何をどこまで話ししていたのか忘れそうになるので。え〜と、それで、フレンチレストラン、仏蘭西料理の食堂に着きました。その日は午後は曾孫瑞樹と茜さんの結婚披露宴で貸し切りにしてまして、入り口を入るとすぐに受付ができていました。みなさんそこで記帳し御祝儀袋を渡すわけです。そこでまたハナが騒ぐんですよ。なんですかっ、この御祝儀袋は。この西洋かぶれみたいなちゃらちゃらしたのは。御祝儀袋と言えば紅白に決まっているじゃないですかっ、とね。いいじゃないか、花柄や造花やハートはきれいだと僕は思うけれど)

(歯跡がきれいなんですか)

(いえ、ハート)

(心臓ですね)

(そう、らぶらぶの意味で)

(love, love、愛愛ですな。言葉を二つ重ねる日本語の癖を英語にも適用している。うむ、興味深いですな)

(今の御祝儀袋には造花までついているのですか。楽しそう)

(ユリさん、長生きできたでしょうね。何でも楽しめる。でも、ハナはね、百まで生きられた方がそんなことおっしゃるから世の中どんどんいいかげんになるんですよっ。いや、僕が柔軟だから長生きできたとも思うんだけど、と心の中で思うだけにとどめました。折角披露宴会場まで辿りついたのにハナのご機嫌を更に悪化させるのはまずかったですからね、僕がもっと疲れてしまう。あら、あの方、どこかでお見かけしたような、ほら、千代子さんと話してらっしゃる方。あぁ、瑞穂のいとこだよ。千代子さんの姪御。まぁ、あんなに老けちゃって。当たり前だよ、瑞穂だって半世紀生以上生きているんだから。そうですわね、でも瑞穂は墓参りに来てくれるから見慣れてますもの。それにしてもなんでフランス料理なんですか。どこで式をなさるんですか。いや、式はしないみたいだよ。ほら、ここに書いてある。テーブルの上に置かれた披露宴の式次第と席を印刷してあるピンクの紙、あっ、桃色の紙を指しました。まぁ、私が嫁ぎましたのはお寺でしたのに、仏式のお式をなさらないのですかっ。いいじゃないか、フランス料理と仏式、どちらも仏の字で始まることだし。あなた、そんないいかげんなっ。いいじゃないか、良いかげん。あなたっ、お酒も召されてらっしゃらないのにどうしてもうっ。ハナ、人生、いや、こちらの世界でも楽しまなくちゃ。ぶつぶつ文句を言っていても楽しくなかろう。どうせ私はぶつぶつ文句ばっかり申してますわよ。いや、まぁ。ここでハナの機嫌をそこねてしまうと僕も楽しめなくなりますしね。ほら、あそこにかけてらっしゃるのが茜さんのご両親、その横が茜さんの弟だね、それと、茜さんの祖父母。ほうっ、秀二郎の方はご両親いらっしゃってないね。もうこちらの世界の住人なんだろうか。まだこちらでお目にかかってないがね。瑞穂の方は両親健在なのに。この座席表で誰がだれだかよく分かる。ほうほう、あそこにいるのが瑞樹の学友かな。うんうん、皆独身ならば、さっきの茜さんの、ほら、ここまで乗せてもらった看護学科仲間が狙っているお相手ってことかな。あの瑞穂ぐらいの女性は、ふむふむ、瑞樹と茜さんの高校一年生の時の担任か。仲人かな。あなたっ、仲人は普通ご夫婦でしょう。あの方お一人ですわ。ふむ、仲人も無しで挙式、いや披露宴ということなのかな。司会はおっと、まるで冗談みたいだよ、ほら、ハナ、ここを見てごらん、司会は高校の同級生でもう結婚していて、歯科医だそうだ。ははは。その歯科医の結婚式ではきっと瑞樹が司会したんだろうな。歯科医ばっかり集まった席で司会だけは歯科医じゃなかったなんて、話しにならない、おっ、歯無しじゃ歯科医のお世話になる。あなたっ、何をばかなことばかりおっしゃってるのですかっ。まったくもうっ。ハナ、こうやって人生を楽しんだから僕は長生きできたんだよ。私だってあの時、死にたくて死んだんじゃございませんっ。わかったわかった。たしかに。じゃぁハナ、こちらの世界でも楽しまなくちゃっ。いえ、もう結婚ですっ。ここまで来るだけで充分疲れました。ハナ、つかれたのは、ハナじゃなくて僕たちが乗った人が憑かれたんだよ。あなたっ)

(うふふ、ご隠居さまって面白い方なんですね。お一人で漫才なさってらっしゃる)

(ユリさん、こうやって楽しめば、人生もこちらの世もより楽しくなりますよ。笑うと癌も治るそうですし)

(まぁ、癌がですか。不治の病ですわね)

(笑うと、雁が富士の山に行くのでしょうか)

(はっ...あぁ、不治の病というのは、治らない病気のことですよ、富士山じゃなくて。癌は雁じゃなくて、ロバートさん、フランス語ではなんでしょう)

(カテリーヌさん、cancerです、英語と同じ)

(ロバートさん、thank you。それからマサさま、現在では癌も不治の病ではなくなってきていますよ)

(まぁ、左様でございますの。いい世の中になりましたわね)

(まぁ、ある程度は。ただ、保険が効かない治療法が多くてね。金持ちじゃないと治せない)

(まぁ、やはりまだ貧乏人には厳しい世の中なのですわね)

(そうですねぇ、皆、結局は自分が損しない、自分が儲けることばかり考えてしまうのでしょうかね。残念ですね。国会議員も官僚も、皆。医者も、明治になってからは社会的地位をどんどん上昇させて、今や医者か弁護士が金持ちの代名詞ですからね)

(こちらで長生きしてしまうのも残念な部分もありますのっ。世の中どんどん良くなっていくと思いきや、大震災、世界大戦、え〜と、新型爆弾でしたかのっ、嫌なことばかり知らされて。しかも相も変わらず、他人より自分が儲けることばかり考えている、それも官僚や議員もですかのっ。医者や弁護士もですかのっ。国家を論じ、国家を如何様に運営するかを決めたり、人の病を治したり、人を代弁する立場にあろうものがのっ。学問とはその為にするものだと思っておったがのっ)

(noblesse obligeは消えたのですかな)

(其の様でございますわね)

(昇れ帯樹ってなんでしょう)

(高貴な立場にあるものはそれ相応の義務が生じている、つまり社会に貢献すべきだという発想でしょ。例えば、裕福ならば慈善事業に精を出しなさいというような。僕はそう教わりました。倫理だったか世界史だったかの先生がおっしゃってました。君たちは将来帝大に入り、それぞれの道で帝国、帝国臣民に貢献していく立場になるであろう。役人になるか議員になるか、商人になるか。それぞれの道で、ノブレスオブリージュを忘れないように、とね)

(情けない世の中なのですわね)

(そうですね。実に情けない)

(泥棒を捕まえて見たら警官だったようなものだのっ)

(ははは、そりゃ哀しい。けれど、彦衛門さん、最近はそういうの多いですよ。まぁ、昔でもいたのでしょうけれど。僕、しょっちゅうあちらを旅してますからね。あちこちでテレビやネットのニュースを目にしてますとね、もう、ほんと情けない)

(ネットとは網、ニュースは時事報道ですよね。でも、網の時事報道とは、僕、わからないのですが)


お読み頂きありがとうございました。

霊園セミテリオの気の世界を、お楽しみ頂けたなら幸いです。

毎週水曜日に更新しております。

次回は2月2日の予定です。


評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ