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第五話 セミテリオのご隠居 その十一


(どこで分けたんだろう。あっ、もちろん分けられるなんて嫌だけれど、ちょっと興味があるので。例えば糸魚川構造線とか)

(それ、なんだのっ)

(糸魚川と諏訪湖と安倍川を結んだ線の両側の植物が異なる、でしたっけ。東北帝大の先生が見つけたんだったと思います)

(東北以北がソ連、四国が中国、中国地方と九州がイギリス、つまり英国、その他がアメリカで、東京だけは米英ソ中だったでしょうか)

(フランスは入らないのですか)

(ですね、印度も入っていないですね、まだ独立前でしたかね)

(なんだのっ、私の孫曾孫がご先祖さまの地に帰ろうとしても国境があったかもしれないのだのっ。ここ、セミテリオはどこのものに、嗚呼、やはり考えたくもない。薩摩の遠い親戚が、私の弟達の子孫が私を訪ねることもできなくなったやもしれぬのだのっ)

(まぁ、どちらにしてもそういう方、こちらにいらっしゃったことなかったですわね。わたくしの方もそうですが)

(寂しい事だのっ。兄弟は他人の始まりかのっ)

(実際、今でも韓国の方は北鮮に墓参するそうですよ。そういえば、ベトナムも二つに分かれていたんだっけ)

(ベトナムとは、どこですのっ)

(虎さんの頃の印度支那、彦衛門さんの頃には安南でしたか。え〜とフランスが支配していたんでしたっけ。その後は日本、日本の後はまたフランス、その後はアメリカ、たしかこの頃二つに分かれたんです。南北に。やはり南がアメリカ側、北がソ連や中国が後ろ盾になって、そういえばあの時にも原爆を使うって言っていたんでした。二つに分かれなかった国日本、二つに分かれたけれど一つになったのがドイツとベトナム、二つのままなのが朝鮮半島。朝鮮戦争の時にもベトナム戦争の時にも、米軍は日本から飛び立ち、米兵死者は日本でエンバーミングされて本国に戻ったのですよ)

(エンバーミングとはなんでしょう)

(あっ、これは我輩がお答えいたしましょう。死化粧です)

(死化粧でしたら、特に女性の場合は昔からいたしますわ)

(我が国の場合は、日本より丁寧というか念入りでして、場合によっては内蔵を抜いて長持ちさせたりするんです)

(まぁ、抜いた内蔵はどうなさるんでしょう)

(そうそう、アメリカでは盛んだそうですね。今では血管に赤い液体を入れて肌の色を生前と同じようにまでするそうです。ただ、朝鮮戦争とベトナム戦争の時には、戦争ですからね、腕が取れたり脚が無かったり、目が飛ばされていたりですから、縫い合わせたりも結構あったそうで、医学の解剖実習よりよほどすさまじかったと聞いたことがあります。それこそ学生のバイト、例のドイツ語の労働、としては高収入になったそうですよ)

(朝鮮戦争とかベトナム戦争とか、我が国はそれほど戦争ばかりしているのですかな。二流国がそんなに戦っていては大変。我が死後のこととはいえ、気になります)

(ロバートさん、貴殿のお国はどうも戦争好きなようですよ。血の気の多いお国なんでしょうか。ところで、たしかにアメリカはロバートさんの頃には二流国だったようですが、第一次世界大戦の後はヨーロッパ各国から成金呼ばわりされていましたが、第二次世界大戦の後は一流国とされていますよ。資本主義と自由主義で世界一流大国ですよ。ただ、どうも、国内の景気が悪くなるとすぐに戦争したがるようですね。日本はピカドン、あっ、原爆のこと、例の新型爆弾の後、憲法で戦争放棄しましたし、実際もう六十五年間戦争していませんからね。一方アメリカはあちこちでちょっかい出している。朝鮮戦争とベトナム戦争以外にもパナマ侵攻、カンボジア侵攻、湾岸戦争、イラクやアフガニスタンでも、確かチリや中米、中央アメリカのことですが、そこでもクーデターや内戦に裏から手を回してます。世界の警察と自称しているらしくてね)

(元外交官としては、哀しいですな。外交とは戦争を避けるもの、と我輩は思っております。あちこちで戦争をしてしまう、というのは、外交努力が足りないのか、外交力不足なのか、血の気の多いはやる気持ちを抑えられないからなのか、いやはや実に情けない)

(警察なんですのっ。それじゃ、悪い事ではないですのっ)

(おじいちゃん、特高は、僕、もうこれ以上死なないから言えるけれど、やっぱりあれは悪い警察だと思うから。警察にも悪いってのもあると思うけれど)

(悲しいですのっ。信頼されない、嫌われる警察というのは、治安の維持どころじゃないですのっ)

(彦衛門殿、軍も警察も、それ自体では考えぬものではなかろうか。時の政治、首長、法律で動くものではなかろうか。どこまで自由裁量権があるものなのだろうか)

(そうそう、朝鮮戦争の頃に、警察予備隊というのが日本にできました)

(警察の予備とはどういうことですかのっ)

(警察では不足の場合にということでできて、つまり、朝鮮戦争に米軍が行く、占領下の日本は誰が守るかということで、警察だけには任せられないからできたらしいですよ。それが自衛隊に昇格して、今では陸海空自衛隊があります)

(要するに軍隊、日本の軍隊ということかのっ)

(見方は色々です。それこそ戦後ずぅっとね。軍事力は持っている、けれど憲法で戦争放棄をしているわけですから。要するに名前の通り、自衛の為の軍備ということなのでしょうか)

(じゃぁ徴兵されるんだ)

(いえいえ、徴兵はしていません。募集です。あっ、ロバートさん、貴殿のお国でも、あちこちで戦争や内戦に首をつっこむ割には、徴兵制度はもう無いも同然なんですよ。今、徴兵制度のある国は世界でも数少なくなってきました。そういう意味では平和なのでしょうか。僕は医者です、でしたからね、自衛というのは免疫と同じだと思うので、あるべきだと思っていますが、議論はかまびすしい。他国に攻めてこられるのが分かっている時に座して待つのかとか、武器を持つから戦いたくなるのだからとか。自衛隊、最近では他国の平和維持活動に派遣されたり、それと日本国内では災害救助に活躍してますよ)

(おっ、明治初期の警察と同じですのっ。大水が出たり疫病が流行すると、警察が色々と頑張ったものでした)

(そうでしたわね)

(ユリ、思うんですけれど、太閤秀吉さんでしたっけ、刀狩りなさったの。刀狩りなさったから、お侍さんの他には、刀で喧嘩しなかったわけでしょ。やっぱり、刀を持つから喧嘩した時に怪我したり死んだりするのだと思うのですが)

(そうそう。だから難しいのですよ。侍はあの頃むやみに町人百姓を殺しはしなかったでしょ。たまにそういう無茶苦茶な武士がいたら、武士の掟で取り締まられたと思うわけですよ。あっ、ロバートさん、貴殿のお国では一般国民が銃を持てるのですよ。西部開拓時代からの伝統で、我が身我が家族の安全は自分か守るといったところでしょうか。誰かが銃を持つ、その誰かがいつ襲ってくるかわからないから、こちらも銃を持つ、そう言っていたらみんなが銃を持つことになる、というのがアメリカ型。ほとんどの人が銃を持っていないから、自分が銃を持っていなくても安全、というのが日本型。これを軍備に置き換えると、何も持たない方が安全、なのかもしれません。けれど、軍備というのは金が儲かるものでね。矛盾の矛と盾みたいに、より強いものを求める、相手が自分の武器を負かせる武器を手に入れたら、その武器に勝つ武器を考える、作る、持つ、売る、ですからね、いつまでたっても切りがない)

(あのぉ、矛盾の矛と盾って、なんでしょう)

(カテリーヌさん、contradictionですな)

(あ〜はい)

(カテリーヌおばさん、矛盾という日本語は中国の古典から来ているんですよ。どんな盾をも突ける矛、どんな矛からでも守れる盾、変でしょ。矛と盾は何だかわかりますか)

(英語ですとpikeとshieldですな)

(あ〜、はい、分かりました。変ですわね。でも、矛と盾を交互に強くして行くって、はい、なるほど、矛を売る方も盾を売る方も儲かりますわね)

(ところで何の話しをしていたんでしたっけ。あっ、駅の改札に駅員がいないから、ストライキだとハナが思ったんでした。でも、僕も不思議に思います。昔、改札にいた駅員達は今どこで働いているんでしょう。まぁ、ともかく、僕とハナが乗った御仁はスイカをパッとあてて通って)

(すいか、ですか、すいかを持ち歩くことはなかろうのっ、西瓜は一年中あるわけではないのっ。ということは、また英語ですかのっ)

(英語にはないと、我輩は思いますな。それ、我輩も目にしました、緑色と灰色のようなので、ペンギンの絵が描いてあるものですな。もう一種類ござろう。PASMOというのが。こちらは英語なんだそうですな。通る、手形の意味でのパスにもっとのmoreのモだと、どこかで読みました)

(スイカは、勿論西瓜ではなく、たぶん、すいっと通れるカード、しかし、西瓜の絵も見た様な覚えがあります。やはりすいっと通れるで、西瓜は駄洒落でしょう。え〜とカードは日本語で、歌留多の様な)

(歌留多も元々は日本語ではないのですよね。ユリ、尋常小学校で習いました。南蛮のお国の言葉でしょ、でも、歌留多がどういうものかは、ユリにもわかります)

(それを持っていたら、切符を買わなくていいのですか)

(そう、それで切符も買えますし。JR、国電、省電以外にも今では新幹線や私鉄にもそれで乗れるんですよ。機械で、カードの中にお金を入れるんです。改札を通る度にカードからお金が支払われるのです)

(なんだか、カードの中に小さな駅員さんがいらっしゃるのかしら。もしかして、小さい駅員さんが中からお金受け取ったり払ったりするのかしら。えっ、でも、歌留多の大きさなのにお金が入るんですか。どうやって。あっ、お財布みたいになっているのかしら)

(ユリちゃん、僕だって理屈はわからないけれど、ユリちゃんみたいに可愛い考え方はできない)

(電子マネーなんです)

(money金のことですな)

(電子が金になるのかのっ、そもそも電子とはなんですのっ)

(電子とは、うわっ、僕には説明できません。虎さん、いかがですか)

(電子とは、electronだということは覚えておりますが、電気の何でしたっけ。一番小さい単位、でしたっけ。いやぁ、定かでなくて)

(最新物理学ですな、いや、でしたな。そして、現在ではそれが日常生活に活用されているというわけですな。おぅ、進歩しておりますな)

(つまり、え〜と、本物の紙幣や硬貨とカードを機械に投入すると、機械がカードにいくら預かったかを記録して、その記録した金額が電子マネーとして使えるようになるもので、改札を入る時にはどこから乗ったかが記録され、改札を出る時にどこまで乗ったかを自動計算してその金額が電子マネーから差し引かれてカードに記録されるわけです)

(まぁ、それじゃあ、計算に結構お時間かかりますわね。昔でしたら駅員さんが切符を一枚一枚あっという間に見て、受け取ってましたでしょ)

(あぁ、すごい目ですよね。早業)

(いやぁ、きせるなんてのもありましたしね、そうそういつも早業じゃぁなかった)

(煙管って、あの、煙草を吸う時に使われる道具でございましょ。駅とどう関係あるのでしょうか)

(カテリーヌさん、煙管は、煙草を詰める部分と吸い口は同じ物でできているでしょう。真ん中の部分は別の物ですよね)

(はい)

(ですから、例えば上野から東京回りで渋谷に行くとして、上野から東京までの切符と目黒から渋谷までの切符を持っていて、東京から目黒までの分を払わずに済ますってことをきせるって言うんです。煙管の真ん中は素通りですから)

(なるほど、面白いです。でも、両方の切符を買ってなければできないでしょう。かえって無駄遣いになりませんかしら)

(そうそう、それに、駅毎に鋏の形が違ってましたでしょ)

(いやぁ、上野と渋谷なら東京経由にしたら高くつきますが、これが東海道で東京京都間で同じ様なことをすれば、随分経費が浮くわけです。もちろん見つかればお目玉ですよ、縄付きになることもあったらしいです)

(スイカの前にあったイオカードというのを僕も使っていて、直にスイカが使えるようになると聞いた頃に僕の寿命が尽きて、ですからそれなりに知ってはいるのですが、それで、ハナは全く知らないわけですよ。改札には駅員さんがあの箱の中に入っていて、券売機で買った切符に鋏を入れてもらって改札を通るのしかね。まだイオカードでしたらハナも納得したかもしれませんね。機械に入れていましたから。でも、スイカはタッチする、え〜と、機械にカードを触れるだけですからね。それでその女性のスイカに問題があったらしく、通り抜ける直前にバタンと閉まってしまったんです)

(まぁ何が閉まったのでしょう)

(え〜と、これは僕の頃のイオカードの時にもそうだったんですが、この辺りの高さに両開きの柔らかい扉、このくらいの大きさなんですがありまして、カード、つまり通行手形の料金が不足していたり、機械が読み取れないと扉が閉まって通れなくなるのですが、その扉が閉まってしまったんです。ハナは、ほら、こんなんじゃ通れるわけないですよ。それに危ない。このお嬢さんが妊っていたら、驚いてしまいますわ。お腹にあたって流産でもしたら大変ですわ。うん、まぁ、柔らかく作られているから。そりゃぁね、私が他界してから四十五年も経ちましたわよ、もう食糧難の戦後じゃないのも分かりますわよ。それにしてもみなさん太めになった様に感じます。まぁ、またエスカレーターがあるんですか。だからお太りになるんですわ。まぁ、ここでも、エスカレーターの上を歩くなんて、そんなに急いでいるんでしょうか。気忙しいどころか忙しないです。あら、それとも痩せる為に運動なさってるのでしょうか。こんな世の中見とうございませんでしたわ。ですから私は外出など望んでおりませんでしたのに。エスカレーターどころか、歩く歩道の上を歩く人だってたくさんいる時代)

(まぁ、歩く歩道があるんですか)

(ユリさん、ハナみたいなことをおっしゃいますね)

(いやぁ、僕も思いました。だって、自動階段や自動昇降機は上に昇るのが疲れるからとも思えますが、歩道が動くとなると...

歩けない方の為ですか。あっ、僕、歩道が歩くとは思ってませんよ、ユリちゃんとは同じにしないでください)

(虎ちゃん、またっ。だって、歩道が歩いたら大変でしょ。いえ、大変じゃなくなって、人が動かなくてすむのかしら。どこにでも連れてってくれるのかしら)

(いえ、どう申しましょう。平らな道を、乗っているだけで前に進むんですが。その道の上を、更に早く行きたくて歩く人がいるんですよ)

(歩かないで脚が怠けるのを避ける為に鍛えておるのだのっ。感心感心)


 *


続く






霊園セミテリオの気の世界を、お楽しみ頂けましたなら幸いです。

毎週水曜日に更新しております。

半年間お読み頂きありがとうございました。

次回は1月5日の予定です。


明治42年元日死去の彦衛門さまのご冥福をお祈り申し上げます。


みなさまよいお年をお迎えくださいませ。

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