第十話 セミテリオの新入居者 その六十 最終回
(あらすみません。突然お口を挟んでしまいましたわ。私、夢と申します)
(今日は愛さんや望さんとご一緒ではないのですか)
(それと、白黒のお犬さん達は)
(マックとブランは今日はトリミングなんですよ。あっ、トリミングってのは、動物の美容室みたいなもので、毛を切りそろえたり、爪を切ったりすることで、孫の望もできるのに、やはりたまには外のトリマーさんにお願いした方が可愛くなるからって。二匹ですとお高いのにねぇ。動物病院の開院準備で忙しいんですって。でね、私、トリマーさんの所までは参りましたのよ。でもね、他の犬や猫がいるでしょう。私のことを見える子もいるので、妙に騒がしくなってしまって、お店の方が大変そうでしたので、こちらに戻って参りましたの)
(お前が顔出しゃ、口を出さなくとも騒々しくなるに決まってる)
(あら、あなた程ではございませんわ)
(減らず口たたくものではないっ)
(あなたこそ)
(なにおっ)
(殴れますか。もう殴れませんでしょう。皆様すみません、こんなですもの、あまりここにはね)
(なんだか、すさまじい墓もあるのですね)
(あっ、富実さん、こちら、夢さま、で、小言幸兵衛さんの奥様で、で、夢さま、こちら富実さん、こちらにいらしたばかりの方で、今までお話伺ってましたの。今ね、最後のいい所なんですよ。富実さん、それで)
(えっ、あっ、はい。その、知らないことは見えないという訳なんですね。ですから、酔って寝込んで死んでしまったことはわかるのですが、記憶にあるのは、翌日朝の銭湯代を残したことぐらいで、つまり、身ぎれいではないままで、つまりあんな服で死んだくらいで、結局あの時に寝込んだのが墓の外で、気付いてみたら墓の中というぐらいで)
(うわっ、うわっ)
(えええええっ)
(ユリちゃん、武蔵君どうしたんだい)
(えっ、だって、虎ちゃん、わからない、ねっ、武蔵君、そうよね、あの人よね)
(うっす、そうっす)
(あれっ、えっ、こんな服で死んだけれど、先ほどまではこんな服ではなかった)
(着替えられましたね)
(えっ、着替えなんて墓の中に持ってきてないですよ。えっ、これ、どういうことですか)
(うふふ、あのね、お話したと思うけど、思えば着替えられるの。お服を思い出せば着替えられるの。和装でも洋装でも、この前なんてユリ、夢さんところのお孫さんの真似までできちゃったし)
(えっ、そうなんですか。これ、この服、墓の外で寝込んだ時の服です。でもここに参りました時には先ほどまでの服で、えっ、つまり妻か葬儀社の人が私に着せた、着替えさせたわけで、うわっ、つまりやはり私は素っ裸にされたわけで......)
(ねっ、ねっ、武蔵君、やっぱりそうなのよね)
(うっす。トミーさんって、あの人だったっすか。ほら、お爺ちゃん、あの時の)
(おっほん。私は武蔵君の祖父にはあらざれども、武蔵君にお爺ちゃんと呼ばれると、嬉しいものですのっ)
(ふんっ、僕がお爺ちゃんと言えば怒るくせに)
(そりゃですのっ、武蔵君は可愛い。虎之介殿は、もう可愛いという年齢ではなかろうのっ。で、武蔵君、あの時のとは)
(ほら、お爺ちゃんとお婆ちゃんがどこだっけ、え〜と大阪の方に旅行していた時に、警察が来ていたって俺、僕話たっしょ。お巡りさん達が来た時にそこに倒れていた人がこのトミーさんっす)
(大阪ではなく、播州ですのっ。ほうっ、すると、警察官出動とあいなった元凶の人物ですのっ。はっはっはっ、つまりは事件ではなかったということですのっ。ほうっ、ふむふむ。先程来拝聴していた富実殿の最期ということなのでしたのっ、成る程)
(元凶...... ところで、その、皆さんがおっしゃってる、思い出したらその姿になれるってこと、そうなんですか。よかった。墓の外と墓の中の間を知らなくて。知っていたら行政解剖の姿だって思い出したかもしれないし、あれ、解剖ってことは、素っ裸なわけでしょう)
(あはは)
(女性の皆様にそんな姿を晒すことにならなくて、あ〜よかった。あっ、そうか、つまり、私は、こんな格好で墓の外にいたけれど、墓の中に入れられた時にはこのスーツ姿だったというわけですか。ふ〜ん。スーツ姿の方が長かったから、自分でも違和感なかったのですが、そういえば、墓の外にいた頃は、スーツではなかったわけで。つまり、やっぱりどこかのどなたかが着替えさせたわけで、うわっ、やっぱり、あちらの世のどなたかは私の素っ裸をご覧になったわけで、うわっ、うわっ。しかも銭湯入る前だし、しかも夏だったし、うわっ。穴があったら入りたいっ)
(トミーさん、大丈夫ですよ。既に墓穴に入ってますからな)
(やっぱりそうだったんですねぇ。だからユリ言ったのに。あの警察が来た時のって。なのに、あの時ユリの言ったことどなたも気にもとめないで、他の話になっちゃったからユリも忘れてたけど、最初に気付いたの、気付きかけたのってユリだもん)
(お姉ちゃん、俺も気付いてたっす、ってか、どこかで見たことあるおじさんだなぁって、言ったっす。けど、俺も相手にされなくて、ってか、相手にされないの慣れてるし)
(まぁまぁ。何だか、やはり恥ずかしいですね。こんなに恥を晒してしまって、妻や娘、孫には顔向けできないですし。あはは、でも、妹達はどう知っているのだろう。あはは、実態を知ったら恥ずかしがるんでしょうか。ふふ、何となくざまぁみろって感じもしなくもないですが。いや、それより何より、外にいた時には墓掃除しましたが、中に入ってしまうと、余計に顔向けできません。うわっ、お義父さん、お義母さん、申し訳ございません。うわっ、この墓の中にいるのは辛いですねぇ。これも罰ですか自業自得ですか、うわっ。おっと、でも、見た事ない息子の顔ってのも見てみたいですし。お義父さんお義母さんすみませんが、息子の顔、見に行きたいんです。手当たり次第、方法を探ってみたいのです。お許しください。それにしても、ユリさんにせっつかれていろいろと恥ずかしい話してしまいました)
(せっついたの、ユリだけじゃないもん)
(ユリさん、我輩はどなたか、せっつきましたかな)
(ロバートさんはね、あまり。でも)
(でも、ですか。わたくし、せっつきましたかしら。ねぇ、だんなさ〜)
(せっつきませんでしたのっ。私は厚木の飛行場が海軍だったというのが未だにひっかかっておりますがのっ)
(ユリさん、わたくしもせっつきませんでしたわ)
(いえ、カテリーヌさんは、ほら、お子様が何人かというところで)
(でも、あれは)
(僕も、せっついた記憶はないですね)
(ご隠居さんまで。もういいですっ。ユリが一人でせっつきました)
(こちらの世は長いのですもの。ユリさん、せっつかなくてもきっとその内、お話してくださいましたわ)
(ですわねぇ)
「カァ〜」
(ほら、烏さんもお返事なさってる)
(コルネイユですわ)
(クロウですなっ)
(閑古鳥は鳴かなくとも、セミテリオは閑古鳥が鳴いてますのっ)
(閑古鳥ががいなくても、鳴いていても、おかげさまで、富実さんの長〜いお話をゆっくり楽しめましたわ。ありがとうございます)
第十話終了
お読み頂きありがとうございました。 霊園セミテリオの気の世界を、お楽しみ頂けましたなら幸いです。
お読みになられたあなたと、書き手の私が共に生きておりましたら、再来週水曜日に再会いたしませう。