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第十話 セミテリオの新入居者 その五十九


(お試しになってはいかがでしょう。ご理解いただけるやもしれませんわ)

(でも、お話できないでしょ。幼子としかお話できないでしょ)

(でも、トミーさん家、孫が二人いるって言ってたっしょ)

(孫にはじいじだって、わかってもらえるってことですか)

(さぁ、お孫さんと仲よろしかったならば)

(富実さまがご入浴のお姿を夢でみせられたならよろしいのじゃございませんこと)

(裸をですか)

(いえ、銭湯の湯船に浸かってたっしゃるのを)

(え〜と、孫達は銭湯に行ったことはないだろうし)

(では奥様に)

(せいぜい、風呂に入りたかったと思われるだけかもしれませんしね)

(夢の中でお話、できないものでしょうか)

(ですのっ)

(まぁ、嫁の夢に出られたとして、本当は帰りたかったんだって言ってもねぇ、家に連絡が行った時の私の最後の居場所はここですし、近くに飲み食いした跡があってじゃねぇ。家族にも世間にも結果は同じ。ホームレスみたいなままでこちらの世に来てしまったから、私の晩節はホームレスということになったわけで、体裁で言うなら、妻や娘や婿や孫には悪いことをしたのかな、なんてね。妹達には、私がホームレスみたいになっていたって伝わったら、あはは、何となく、ざまぁみろって感じもしなくもないのですが、でも、妻がそんなこと、義理の妹達に伝えるわけありませんしね。あっ、そうそう、ロバートさん、思い出しました。妻の言い方、あと、配偶者とか、ワイフってのもありますよ)

(wife、英語ですな。ほうっ。昨今はwifeまで使うのですかな)

(私は使ったことないですよ。何か妙に気障っぽくて)

(なるほど、もしや、色々な呼称があるのは、照れ隠し、日本の男性は照れ屋なのですかな)

(う〜ん、照れる、そうかもしれませんね。ただね、ほら、学生時代の友人相手でも、妻のことを話すのは何となく照れるというか、ましてや同僚の場合、面映いというか、ましてや玉の輿の我が身といたしましては、こう、どう呼んでも勘ぐられそうな。まぁ、妻のことを話題にすること自体避けますしね。男には男の世界がある、なんちゃって)

(ほらほら、それも照れなのですな)

(話しを戻せば、まぁ、こんな訳で、帰りたくない、金は著しく先細りしてきて、最後の晩の銭湯代を残したら、もう殆ど無い、妻に会わせる顔がなくとも帰宅する、妹達が何と言ってくるやら、ああもう、やけっぱちで、煙草とカップ酒買って、寝込んで、で、どうも凍死したらしい。夏に凍死ですよ。我ながら嘘みたいだと思いました)

(まぁ、あるにはあるんですよ。以前もお話しいたしましたが)

(らしいですね。行政解剖でそう言われたことになってますし)

(解剖とは腑分けのことですのっ。あれはいただけない。立ち会いなど真っ平御免ですのっ)

(どうも、酔っぱらって寝たままこちらの世に来てしまったものですから、自分でも何がどうなって、どうなっていたのか、どうされたのか、そのぉ、どういう格好でどう自宅に帰ったのか否か、全くわからなくてね)

(気付かれたらこのセミテリオでしたか)

(そうなんですよ。気付いたら、この服で、たぶんこの服を着せられたんでしょう。どこのどなたが着せてくれたものやら)

(私にもわかりますのっ。マサが側に来てくれるまで、数十年間、私はこの世界を存じませんでしたのっ。このセミテリオにおりながら)

(祥月命日でお参りする度にわたくしが色々とお話いたしておりましたのに、だんなさ〜は、それにも気付いてらっしゃらなかったのですわね。非道いですわ)

(マサ、然様なことを申されてもですのっ、私には聞こえませんでしたからのっ。聞こえぬものに返事はできませぬのっ)

(だんなさ〜)

(まぁ、そんなものですよ。僕もハナに語りかけてましたが、返事はなかった。でもね、同じ墓に入ってからは、たまには返事してくれますがね、それも最近はとんと。と言う訳で、皆様とおしゃべりしたり、あちこち出歩いたり。そんなものですよ。知らないものは見えない。見えないことは知らない。南京虐殺やナチの虐殺、原爆被害など、その時には隠されたし、余所の事で見えなかった、知らなかった。見なかったことを後から知ることはできますが、知ったからと言って、知ったことにするのは辛いから知らないことにするってのも多いですしね)

(そうですわね。民男がそうですもの。主人が私に暴力ふるっていたこと、私がいくら言っても愛がいくら言っても私の主治医が伝えて民生委員さんまで民男に伝えても、それでも民男は信じませんでしたもの。あの時に民男が信じてくれていたら、私、もっと早く愛の所に引っ越せましたのに)

(おや、どなたでしょう)


お読み頂きありがとうございました。 霊園セミテリオの気の世界を、お楽しみ頂けましたなら幸いです。

お読みになられたあなたと、書き手の私が共に生きておりましたら、再来週水曜日に再会いたしませう。


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