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第十話 セミテリオの新入居者 その五十八


(ええっ。ユリ、わからないです。だって、それって鶏さんと卵でしょ。食べなきゃ生きられなくて、生きるためには鶏さん買って来なきゃいけなくて。鶏さん殺したら卵も食べられなくて、あれっ、もっとわからなくなっちゃった)

(ユリちゃん、それ、三つを混ぜてしまうからですよ)

(ユリ、虎ちゃんみたいに賢くないもん)

(生きる為に消費するか、消費するために生きるかってのと、卵と鶏のどちらが先かってのと、鶏殺したら卵が食べられないってのは、三つとも別なんですよ)

(ふ〜ん。あれっ、でも、似てるでしょ)

(似ていても違うんですよ)

(ふ〜ん、そうなの。ユリ、考えるのや〜めた。考えようと考えまいと、ユリにはわからないんでしょ。だったら考えないもん)

(富実さまも大変でしたのね)

(大変とはいえ、自分で蒔いた種ですからね。何も考えまいとしても、色々と考えてしまうでしょう。それまでは、それこそ日々の業務に追われて考えもしなかったこと、思い出しもしなかったことを色々とね。草むしりをすれば、父親のことを思い出す。親父は寡黙だったな、って。戦争に行って穴掘りしていたことを言葉少なに語っていたことを思い出して、穴の中で爆弾抱えて敵が来るのを待たされたのだろうか、その時、親父は何を考えていたのだろうか、親父もそのまた親父、つまり私の祖父を思っていたのか、家では、養子だったから、義父母に遠慮して寡黙だったのだろうか。そういえば、俺も、家では義父母や嫁の前では当たり障りの無いことしか言わなかったし、そもそも、仕事が忙しくて付き合いが忙しくて、家庭内の会話など必要なことばかりで終わっていたし。ああいうこと、先祖や家族のことを考えたり思い出したりしたのが、まぁ、今になって思えば、死ぬ前兆だったのでしょうかね。爺ちゃんと婆ちゃんは、四国から駆け落ちして、世田谷で田畑を持って、娘を成して、死ぬ前に惚けても幸せだったんだろうって。その娘は子沢山で幸せだったのだろうし、親父もそういう意味では子孫繁栄した訳だし、で、俺だって、百姓の出でも世の中変わったから銀行員にまでなれた訳だし、子も、娘に加えて、もう一人まだ見ぬ息子が京都にいるらしいし、娘は婿取りして隣に住んでいて、孫も二人もいて。あ〜、この辺りまで思考が来ると、ダメなんですね。その二人目の、見知らぬ子のせいで、私の嫁が怒っている。世間的には幸せな筈の私が、何でこんな所でぐだぐだしているんだ。とんでもなく自由だけど、とんでもなく世間体の悪い日々に暇して、さっさと家に戻ればいいじゃないか、ってね。でも、それができない。踏み切れない。孫達の顔は見たいが、娘にはちょっと顔を合わせにくい。婿にはもうちょっと、妻には会いたくない。妹達にはもっと会いたくない)

(あのぉ、ごめんあそばせ。でも、わたくし、トミーさんのお話を伺っておりまして、わからなくなることが何度かございました。あの、たぶん同じ方のことだとは思うのですが、奥様のこと、何と呼んでらっしゃいますの)

(はっ、あっ、家では、え〜と、呼んだことないです)

(えっ、ではどうやって)

(用事がある時や話かける時には、あの〜とか、ねぇ、とか)

(まぁ、ご養子でらっしゃると、それ程にご遠慮なさるものなのでしょうか)

(いえ、まぁ、そのぉ、何て申しましょうか。出会った頃は、名字で呼んでましたよ。で、自分も同じ名字になってしまうと、名字で呼ぶわけには行かず、で、名前にさんを付けて呼んではみたものの、どうもしっくりこない。で結局、名前を呼んだことがなくて)

(まぁ、だんなさ〜、わたくしがだんなさ〜のお名前をお呼びしたことが無いのと同じですわ。だんなさ〜は、わたくしのこと、マサとお呼びになりますのにね)

(ですのっ。やはり、男でありながら養子というのは肩身が狭いものなのですかのっ)

(あのぉ、わたくしが申しましたのは、そういうことではなくて、え〜と、奥様のお名前ではなくて、トミーさんのお話の中で、奥様のことを嫁とおっしゃったり、妻とおっしゃったり、どうしてでしょう)

(カテリーヌさん、それは、それぞれ言葉の持つ意味が異なるからですな。我輩が日本に参った頃、仕事や立場で言葉が異なってましたな。おかみと呼ぶので、神様のことかと思いきや、内儀とのこと。これにはかみさんやおかみさん、山の神というのもありますしな。しんぞうさんと聞いて、心臓の様に大切に思っているのかと思いきや、新造とのこと。他にも平安時代とは意味が変わった女房、痩せてもいないのに細君、家の中ばかりにいるわけでもないのに家内や奥さんなどですな)

(そうですねぇ。私が婿入りしたのに、嫁入りしたわけでもない妻を嫁と呼ぶのは変なのでしょうか。でも、花嫁にはなったわけですし。あっ、私が妻のことを話すのに使うのは、嫁、妻だけだと思いますが。嫁と申していた頃は、親近感があったんですよ。自分に所属する者と申しましょうか。で、妻って申した時は、はっ、なんと申しましょうか、少し他人の様に感じて。所属ではなく、同じ家族の中の自分ではない存在というような。ははっ、娘の前では、おかあさんと呼んでましたが、娘はママって呼んでましたし、それも、今ではおばあちゃんと呼ぶようになりましたしね。でね、帰るつもりになったあの時点が境目だったんだと、気付いた時には、あはは。あの時、あそこでホームレスの道を選んでいたかもしれないわけですよ。あの時にね、私は翌日帰宅する方を選んだ。でも、結果は同じ。私が最後の晩に、翌日は身ぎれいにして帰宅するつもりだったなんて、嫁にも家族にもわからないですからね)

(ですわねぇ、伝えるのは難しいですものね)

(奥様の夢にでもお出になられないかしら)

(あっ、それいいかもしれません。できるのでしょうか)


お読み頂きありがとうございました。 霊園セミテリオの気の世界を、お楽しみ頂けましたなら幸いです。

お読みになられたあなたと、書き手の私が共に生きておりましたら、再来週水曜日に再会いたしませう。

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