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第十話 セミテリオの新入居者 その五十六


(日が暮れても、構いませんのよ)

(そうですよ、富実さん、ユリ達、時間はたっぷりあるんですもの)

(はぁ、でですね、たしかに宿泊費用に比べれば、一番大きいコインロッカーだって五、六百円ですしね。そんなこんなで、ゴロゴロ、あっ、例の車輪付きの旅行鞄ですが、これをコインロッカーに預けて)

(そのcoin rocker とは如何なる御仁ぞ)

(物を預かってくださる方ではないでしょうか)

(硬貨石材人が物を預かるのであろうか。おっ、日本の硬貨は時代を遡ると石で作っておったのでござるか。故に、石材人が硬貨を預かるということですな。さては、銀行と類似のものでござろうか)

(石材人......あ〜あ、ロッカーですか、いや、エルの方で、すみません。発音悪くて)

(locker......つまり錠前付き物入れ棚ですな)

(そう、皆さん、駅などでご覧になったことございませんか。壁際に、え〜と、青や黄緑や灰色や白っぽい棚がずらっ〜と並んでいて、っていうの。あれなんですが。荷物を入れて、お金を入れて扉を閉めて、鍵を受け取るっての。一日につきいくらってのですが)

(おもしろそう。お金入れると、何か出て来るんですか)

(いや、ユリさん、出てくるのは、鍵を入れた時に、自分が入れて置いた荷物だけですよ)

(なぁんだ、つまんない)

(自分が入れた物でない物が出て来たらそれこそ驚きですよ、あはは)

(そうなんですか、やっぱりつまらない)

(そのコインロッカーの鍵と一日の食事代だけ持って、ぶらぶら歩く。昼間はホームレスさん達も結構お仕事してるから、かと言って、私は田中君じゃあるまいし、お仕事まで付き合いませんでしたから、図書館や書店、映画館やデパートでウインドウショッピング、あっ、え〜と、店から店をひやかすというか、本当に買うつもりがあるという訳でもなくあちこちのぞいて見ることなんですが、で、夕食はガード下。そこで佐藤さんに出会えば、公園に行ったり、たまにはゆっくりベッドで休みたければビジネスホテルに空き室があるか確認して、あれば予約してからコインロッカーの荷物を出したり。佐藤さんに出会わなくても、コンビニで焼酎とつまみに煙草を買って公園に行って酒盛り。ホームレスまがいの生活がとても気楽で、こんなに自由な生き方があるのかって。野宿っていいんですよ。大地を感じる。大地と一体化しているというのか、もしかしたら地球の回転を感じられる様な。実際に感じたことはなかったのですが。都会の夜空とはいえ、月や、少しは星も見えましたしね)

(無宿人にも方便はあるのですのっ)

(方便って、彦衛門さん、え〜と)

(仕事のことですよ)

(ご隠居さん、ありがとうございます。仕事ですか、はい、ほとんど、何か仕事していましたよ。仕事って言っても、小銭というか飲食費煙草代、銭湯代稼ぎというか。年金貰っていない人が結構いましたから、国の世話なんかになってたまるか、って人もいたり、ですから空き缶拾って貯めて売ったりね。花見の頃が稼ぎ時だそうで、あと段ボールや新聞などの古紙回収とか、捨てられている金属を集めたり。ゴミ収集場所からは回収しちゃいけないなんて、私、知りませんでした。そこから持って行くと法律に触れるそうで)

(えっ、なんで。だって、ゴミって捨てた物っしょ。捨てたのに拾っちゃいけないっすか)

(そうそう、僕も聞いたことありますよ。いかにも放置自転車だからと、手入れして乗り回していたら捕まったとか)

(ご隠居さんのお知り合いですか)

(いや、近所の煙草仲間の孫が機械好きで、ひと月以上

区道に面した自宅の壁にたてかけてあった自転車をきれいに磨いてパンクを修理したりして、乗っていたそうです。で、駅前の駐輪場に留めておいたら、警察に連れていかれたそうで。盗難届が出ていたそうで。要するに、誰かが盗んで、乗り捨てした、ということらしかったのです)

(自転車は貴重なものですのっ)

(貴重な鉄を使っていますしね)

(屑屋さんをなさればよろしいのでしょうか)

(今はそれも区や都がしますしね、あと、ほら、このセミテリオにも時々通るトラックなんか。昔と違ってゴミを集めるのも大変らしいですよ。卒論用の田中君ではなくとも、彼らと語っていると社会勉強になりましたよ。自分が全く知らなかった世界でしょう。面白いと言っては失礼かもしれませんが。まぁ、私が一緒に飲んでいた連中は面白可笑しく語ってくれてましたが、田中君に拠ると、自虐的に語ったり、あるいは寡黙な人もいるらしいですし、滔々と政府や時代に恨みつらみを語ったりする人もいるらしいですし千差万別だそうです。でもね、なんか、♪襤褸は着てても心は錦♪って印象の人が結構いらした)

(そのお歌、面白そうですわ)

(歌ですかのっ。漢籍に似たのがありましたのっ)

(えっ、そうなんですか。娘が生まれる前に流行っていた歌なんです、たしか歌手のチーターが歌っていたと思います。あっ、襤褸と言っても、そんなに襤褸ではないんですよ。銭湯にも行くし、銭湯でいやがられない程度に身奇麗ですよ。銭湯に行く金がなきゃ、公園の水道でタオルをしぼったりね。夏なのに臭くはなかったですし。家が無いというだけで、結構物持ちなんですよ。着替えやラジオや食器や鍋や箸、針と糸とかね。最低限の持ち物なんですがね、でも、ああまで捨てられる人生って凄い。まぁ、皮肉な目で見れば、自分達が社会に捨てられた訳で、でも、そう思っている人よりも、自分から捨てて来たんだって思っている人の方が多かったかな。そりゃ、捨てられたと思うより、捨てて来たと思う方が楽ですしね。私は捨てるつもりはなかったのですが。人生を投げたのか捨てたのか逃げたのか、ははは、そこは私もそうだったのかもしれません。

使い捨てされたことを認めるのは嫌でしょう。私だって、途中までは、自分ではひょいひょい調子良く人生過ごしてきたつもりでしたけどね。自分で選択した、選択されたと思ってね。でも、振り返ってみたら、ある意味、大きな組織の歴史の一部で使い捨てされたとも言えなくもないなんて。日々の仕事や生活に追われていて考えもしなかった人生とは、なんてことを時間がたっぷりあって、夜通し飲みながら語っていると、妙に哲学的になったりしてね。こんなこと、それまで考えたこともなかったのにね。底辺と言われる人たちを暖かく感じると同時に、今まで自分がいた社会の冷たさそっけなさ味気なさを知りましたよ。こんなに早くこちらの世に参るとは思っておりませんでしたが、もしかしたら、人生哲学なんて考えるのは、生命の終わりが近くなっていたからだったのでしょうか)

(あはは、たしかに、人生何のために、などと考えだしたらきりが無いですからね。だから宗教があるとも言えるわけで。昔は生命を維持するだけでも大変でしたから、何のためによりも、如何に生き抜くかが最初でしょう、で、余裕があったら、如何に生きるべきか、で、更に余裕があれば、何のために、などとなってくるのではないでしょうか)

(ご隠居さん、ユリ、こちらに来ていなければ、お見合いして結婚してって考えていました。虎ちゃんだって、ね)

(そうですね。こちらに肺病で来させらけなければ、司法の道を進みたかったですね)

(それは、お二人とも恵まれていたからですよ。ご両親が食うには困らぬ生活をさせてくださったからでしょう。まだまだ、あばら屋に住んで襤褸を来て裸足で歩く子が多かった、あら、そういうお子は最近見かけませんわね。日本は豊かになったものですわ)


お読み頂きありがとうございました。 霊園セミテリオの気の世界を、お楽しみ頂けましたなら幸いです。

お読みになられたあなたと、書き手の私が共に生きておりましたら、再来週水曜日に再会いたしませう。


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