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第十話 セミテリオの新入居者 その五十四


(蛍ですわね。まだ日比谷公園で蛍が見られるんですね)

(うわぁ、ユリ、ここセミテリオでももう随分長い間見ていないのに)

(いえ、蛍ではなくて)

(煙管の火ですのっ)

(煙管でも煙草でもなくて、え〜と、ランプというか、携帯の灯り、あっ、携帯電話の画面です。で、そこで、佐藤さんが小声で、田中君いるかい、って)

(しばらくすると、こっちです、今行きますって声がして、田中っていう学生が現れました。隣人で学生だって紹介されなかったらホームレスか失業者だと思える様な人で。近くに来ても臭くはなかったんですが、なんとも服装がよれよれで髪もぼさぼさ、髭面で。およそ今時の小洒落た学生には見えなくて。で、今丁度メモをまとめていたんですよ。携帯からパソコンに送信するまでちょっと待ってくださいって言われて)

(ホームレス、あら、随分前に聞いた言葉です。何でしたっけ)

(そうそう、我輩が家庭の無い、と訳しましたな)

(家庭じゃなくて家が無い人のこと、と私が申しました。つまり、家の無い者ということで)

(乞食のことであろうのっ)

(物もらいですか)

(ふ〜ん、貧乏だと物もらいになっちゃうんすか、あれ、痛いっすよね。あっ、そうか、目医者に行くと金かかるから行かないっすか)

(ルンペンですわね)

(いや、たぶん違うんですよ。浮浪者って言うのかなぁ。ルンペンはフランス語ですか)

(いえ、わたくしの国の言葉ではございませんわ)

(ドイツ語ですよ。襤褸布という意味だったか)

(あぁ、ちょっと違うかもしれません。その田中君が色々と分類していましたが、詳しくは覚えていなくて。え〜と、浮浪者にはなる場合もあるって言っていたっけ。何しろ、その田中君ってのが、社会学の卒論を書くためってことだったんで、色々と言葉の定義をして話してくれていたんですが。ともかく、浮浪者とルンペンと乞食とホームレスは全て違うことになるらしいです。あっ、つまりですね、佐藤さんは、ホームレスをなさってらして、で、そのつかの間の隣人がその学生で。つまり、卒論を書く為にホームレスを取材する為に一時的にホームレスをやっていたと言う訳で佐藤さんの隣人になってたってことで)

(えっ、つまり佐藤さんって方はルンペンか乞食か物貰い、ってことですか。まぁ。トミーさん、然様な方とおつきあいなさってらしたんですか、あら、まぁ)

(ああマサさん、私だって、いや、何でもありません。そうですよね。そう思いますよね。私も驚きましたよ。ガード下でそれまで何回か一緒に飲み食いしてね、客が増えて椅子を寄せたことも何度かありましたが、全然臭いませんでしたしね、いつも同じ服って訳でもなかったですし。でもね、まぁ、その学生と佐藤さんと、もうお一人山田さんとね、あっ、この山田さんだって本当の名前かどうか知りませんよ、山田さんが持っていた烏賊薫を肴にジンロ、ああ、最近流行っている韓国の焼酎ですが、それを飲みながら色々と夜更かししました)

(いかくんって新しいお魚の名前かしら。君なんてついてかわいいです。いかに似ているのかしら)

(ユリさん、かまぼこはおととなの、ですか)

(えっ、かまぼこはおととなの、って何でしょう)

(かまととのことですよ)

(かまととは解ります、でも、おととって、何でしょう)

(魚のことですよ。かまぼこはお魚ですかって、知っているのに知らないふりしてることをかまととって言うでしょう)

(あ、そうなんですか。ユリ、知りませんでした。いえ、かまぼこじゃなくて、いか君のことです)

(ご隠居さん、助けて下さい)

(ユリさん、烏賊の薫製のことですよ)

(あっ、薫製した烏賊なんですね)

(烏賊の薫製って、東京湾の烏賊ですか)

(えっ、東京湾で烏賊、採れるのかなぁ。烏賊薫は、袋入りので、コンビニで売っているんですよ。マサさん、私だって、その時までは、ホームレスって怖い感じでした。汚い、臭いだけじゃなくて、なんかね、たかられたらどうしよう、盗まれたらどうしよう、くってかかってくるんじゃないか、何か病気を伝染されないかって、社会の落伍者みたいな、関わり合いになりたくない、地下鉄の構内や公園のベンチにいるのに気付いたら、さりげなく無視して通っていましたからね。でね、田中君、これは学生の本名だったらしいのですが、彼の話では、ここだけじゃなくて、どこでもホームレスって言葉でくくっているけれど、ホームレスになった理由も、なっている理由も人それぞれだということでした。佐藤さんは、本当の意味ではホームレスの範疇には入らないそうです。離婚で奥さんから家を追い出された後、最初はアパート暮らしをしていたそうですが、今は千葉の弟の所に住民票だけ移して、年金もちゃんと受け取っているけれど公園仲間の方が居心地がいいとかで、昼間もホームレスらしく活動しているそうです。で、山田さんは勤続十年以上の筋金入りのホームレスということになるそうで、オリンピックの前からバブルになる頃までは日雇いで建設現場で働いていたそうですよ。で、大怪我して、最初は建設会社が労災申請するのが面倒だからと面倒見てくれていたらしいんですが、バブルが弾けて会社が倒産して、行く宛が無くなったとかで。田中君によれば、家族と不和とか人間関係の煩わしさから逃れる人や、ギャンブルや借金で追われて逃げてきた人とか、厭世観にどっぷり浸っている人とか、犯罪歴があったりでまともに職に就けない結構若い人とか、中には惚けている人もいるそうです)

(ホームレスらしい活動って、トミーさん、何でしょう。僕、らしい、って言葉嫌いでね。よく、医者らしくないって言われるんですよ)

(ご隠居さんがご質問って珍しいですね。ええ、確かにご隠居さんがお医者さんだったなんて、そのお見かけからは解りませんよ。で、ホームレスの活動って、街中や駅で新聞や雑誌や空き缶を拾って束ねてまとめて売って金にすることです)

(あら、♪屑屋おはら〜い♪じゃございませんか)

(そうですよね。リサイクルしているんですから、立派な稼業とも思えない事もないんですよね)

(後、何か、ホームレスの雑誌というのもあるらしくて、それを売るってのもあるそうです)

(路上でご商売をなさる方、ユリもたくさん見ました。ああいう方をホームレスって言うのかしら。だったら、押し売りよりよっぽど怖くは無いってことかしら)

(ユリさんの路上でご商売ってのは、家まで無いってことではないでしょう。貸間にでも住んでいたかもしれなくともね。昔の貧乏人と今の貧乏人では、質と量が違うんでしょうね。戦前戦後、あっ、彦衛門さん、第二次世界大戦の戦前戦後のことですが、食うものに困って、米軍の残飯すら食っていた。今は、売れ残りとはいえ、手つかずのコンビニ弁当が手に入るらしいですしね。昔ならベンチや路上で生活していてもそうそう追い払われなかったが、今は、公園も道路も駅も、管理者責任を問われるからと、追い出されますしね。寺社やお地蔵さんのお供えを食ってもそうそう目くじら立てられなかったのに、今は窃盗になるんでしょう)

(いや、私の頃も、取り締まってましたのっ)

(あらだんなさ〜、お目こぼしなさってらしたでしょう)

(オッホン)


お読み頂きありがとうございました。 霊園セミテリオの気の世界を、お楽しみ頂けましたなら幸いです。

お読みになられたあなたと、書き手の私が共に生きておりましたら、再来週水曜日に再会いたしませう。


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