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第十話 セミテリオの新入居者 その五十一


(credit cardを使うと、トミー殿の居場所が妻女に知られるのであろうか)

(はい、ロバートさん、そうなんですよ。クレカ、クレジットカードを使うと、月ごとの明細が家に送られて来るんですよ。その明細には、何月何日にどこでいくら使ったかと書かれてあるわけで、当然ホテルやデパートの名前が書いてある。つまり、記載されているホテルで支払った日にちから、その日に泊まっていたってことになるでしょう。まぁ、前日払いや翌日払いがあるとしても、その前後にそこにはいたってわかるわけで。そりゃね、普通は、私宛に来る郵便物ですから妻は開封しない筈なんですが、無断外泊が続いていれば、その上、携帯ですら通じなければ、妻としては開封するでしょう。で、まぁ、ATMで現金をおろしたって、家族がその気になれば、銀行に問い合わせて解ってしまう。まぁ、クレカの明細を見れば、私が生きていることは解ったと思いますよ。まさか、誰かが私のクレカで買い物をしているとまでは、普通は思わないでしょうしね。で、そこまで考えてしまうと、無断外泊していても生きているってことぐらいは妻や娘にはわかってもらえる、たぶん、世間体を考えて当分は失踪届けを出さないだろうなんても思いました。まぁ、失踪届けを出しても犯罪の疑いが濃厚でない限り、警察は届けを受理しておしまいらしいですけどね)

(ふむ)

(あらだんなさ〜、不満顔ですこと)

(いや、そりゃですのっ、失踪届けを出されたとて、大の大人の場合、いちいち探しはしませぬのっ)

(そういうことです)

(でね、最初のホテルの時には服に困っていたのですが、半月もそんな生活をしてますと、服も上下数着ずつになって、で、ビジネスホテルだとコインランドリーがありますしね、とっかえ引っ返して生活できるようになったんですよ。ほら、もう仕事していませんでしたから、スーツやネクタイも不要ですしね。上から下まで数日分をコインランドリーに入れれば済むでしょう。ただ、数着ずつでもだんだん増えてきて、結局小さめのゴロゴロも買って)

(あのぉ、トミーさま、お話の途中、すみません。わたくし、解らない言葉がたくさん)

(私もですのっ)

(我輩も同様)

(今の話の中にですか。えっ、ロバートさんにもですか。英語は多かったかもしれないのですが。え〜と、ゴロゴロですか、あっ、すみません、あれは、でも正しくは何と言うのか、小さめのスーツケース、え〜と、旅行鞄のことですが、それに車輪が付いていて、重い物を持ち運ぶのに便利でして。最初はナップサックを買ったんですが、入りきらなくてね。で、ゴロゴロ)

(僕にも不明な言葉がまた出て来たのですが、その前に、なぜ雷神の太鼓の様な名称なのでしょうか)

(ゴロゴロは、引きずって歩くとゴロゴロ音がするんですよ。で、ナップサックのことですね。え〜と、背嚢とでも言うんでしょうか、ね、ご隠居さん)

(背嚢は解りますよ。なるほど、背嚢では入りきらないから車輪付き旅行鞄というわけですね)

(あの、何々だと何かがあって、数日分を入れれば済むってのは、何ですか)

(はいっ。あ〜あ、ビジネスホテルだとコインランドリーがあって、ですね。え〜と、ビジネスホテルとは、昔なら何て言うんだろう。ご隠居さん、助けてくださいよ)

(商人宿と似ていませんか)

(あっ、ユリわかります。お商売で日本中あちこち歩いてらっしゃる人が泊まるとこ、でしょ。でも、別の言い方してませんでしたっけ。木賃宿じゃなくって、なんだったかしら)

(木賃宿なら私も知ってますのっ)

(我輩も存じておりますな。旅籠と異なって食事はつかない宿のことですな)

(違うの。商人のお宿じゃなくて木賃宿でもなくて、え〜と)

(あ〜、ユリちゃん、あきんど宿の事じゃないかい)

(そうそう、あきんど宿。しょうにん宿じゃないの)

(同じものですよ、ユリさん。関西では商人をあきんどって言うんですよ。きっとユリさんは関西からの行商人の言葉であきんど宿って思ってらした)

(へぇ〜、あきんどって商人のことだったんですかぁ。うわぁ、ユリ、ずっと別だと思ってました。うわぁ、もう、えっ、え〜、こっちの世界に来る前からだから、うわっ、九十年ぐらい、ずっとずっと別の物だって)

(最初に思い込んでしまうと、間違えたまま気付かないことってよくあることさ、ユリちゃん)

(あら、虎之介殿、今日はユリさんにお優しい)

(はっ、はい。いや、僕にもそういうことってありましたし)

(で、あきんど宿に何があったんでしたっけ)

(コインランドリーですね)

(coin 、laundry、我が言葉であるならば、硬貨、洗濯物のことですかな、はてさて)

(ロバートさん、その英語の通りです)

(硬貨と洗濯物では、我輩には珍文漢文ですな。いや、漢文でしたら解ります。しかし、そのcお、あ〜なるほど、硬貨を洗うのですな。銭洗弁天の様な機械ですな)

(いえいえ、硬貨を入れると、洗濯物を洗って、乾かしてくれる洗濯機のことですよ)

(洗濯機は存じておりますな。しかし、あれは、その都度硬貨を入れるものなのでござるか。なるほど、家庭に貸し出してるわけですな)

(いえ、そうじゃなくて、家庭用のは一々お金を入れやしませんよ。あっ、ほら、ご隠居さんが先ほどおっしゃってらしたでしょう。お孫さんでしたっけ、曾孫さん、玄孫さんでしたっけ。洗濯機の使い方がとか)

(ああ、僕の孫が、玄孫の汚した物を洗おうと、曾孫の所で洗濯機を使おうとして、まごついていたという話ですか。はい、はい、先ほど話しましたね。今の洗濯機は、本当に便利でね、僕がこちらの世界に来る頃にもありましたが、一段と便利になってますよ)

(あれっ、ロバートさん、そのお話ぶりですと、コインランドリーをご存じなかったってことですか。お国では、洗濯機はご家庭に備わっているとは限らないとか、あ〜、でもあれはもうだいぶ前のことでしたか。アメリカの支店に転勤した人が言ってましたっけ。何もかもアメリカの方がすごいと思っていたのに、アメリカの家には洗濯機の無い方が普通だったとか。日本ではもう洗濯機が三種の神器で持っている家庭が多かった頃にね。で、皆、洗濯物をかかえてコインランドリーに行くって聞いたことありますよ)

(トミー殿、我輩の頃には、洗濯屋、洗濯人、洗濯桶は存在したものの、そもそも洗濯機は存在しなかったのですな。いや、晩年に本国より送られて来る雑誌の広告で洗濯する桶なるものの絵を目にしたことはあるが)

(うわっ、ロバートさんって、そんなに古い方なんですか、あっ、すみません)

(彦衛門殿とご隠居殿の間程ですな。Civil War、南北戦争が終わって五年後に我輩はあちらの世に誕生したのでござる)

(はぁ、南北戦争ですか。世界史の授業で習いました)

(私は、亜米利加の南町奉行と北町奉行の戦だとおもいましたのっ)

(そういえばそうでしたね、彦衛門さん)


お読み頂きありがとうございました。 霊園セミテリオの気の世界を、お楽しみ頂けましたなら幸いです。

お読みになられたあなたと、書き手の私が共に生きておりましたら、再来週水曜日に再会いたしませう。


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