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第十話 セミテリオの新入居者 その四十四


(携帯は、あの持ち歩く電話のことですのっ。着信拒否とは、電話局に電話で呼び出さない様に願い出ることですかのっ。で、留守電とは如何なるものですかのっ。まだ電話の種類があるのですかのっ)

(あっ、いえ、え〜と、留守にしていますって、電話が応対してくれるんですよ。で、かけてきた用件は録音できるようになっていて)

(まぁ、今の電話はそうなっているのですか)

(あ〜、携帯も録音できるんですよ。写真も撮れますし、映像も、ゲームも、色々できるんですよ)

(今の電話は写真も撮れるのですかのっ)

(しかし、電話は電線でつながっておりますのっ。写真を撮るのも大変ですのっ)

(あっ、いえ、え〜と、写真が撮れるのは携帯の方で。あっ、でも、電話にはファックスも付いているし)

(くしゃみもするのですかのっ)

(えっ、あっ、ファックスです。文章や写真も送れるんです。いくら昔と違うと言ったって、電話はくしゃみはしませんよ)

(いやはや、電話も色々とあるものですのっ)

(で、電話に郵便に電報と追いかけ回されて、もうどこにいてもつきまとわれている感じで、


まるでストーカーでしょ。そりゃね、身から出た錆でしょうけれど、でも、本当に私の子かどうか、未だに定かではないってのにね。もう妹達のめちゃくちゃぶりにうんざりして、携帯は電源を切って、財布だけ持って家を出ていたんですよ)

(ストライキをする者のことですか。おっと危険思想)

(stalk、茎のことですかな。それとも忍び足のことですかな)

(虎之介さん、ロバートさん、どちらでもなくて、あれっ、でもあれ、英語だと思ったんですが、現代英語なのでしょうか。ご隠居さんは、ご存知ですか)

(僕がこちらに来る少し前頃から使われ初めていましたよ。執拗に、一方的に好意を寄せている者につきまとう、とか言うんでしょう。精神科の領域のように思えました)

(そうそう、つきまとい、ですね)

(しかし、好意を感じていれば、待ち伏せしたり付け文したりは当然ではないでしょうか。いや、僕の頃はもう不良学生ですらそういうことはできなくなっていました。時代も憲兵も隣組も許してはくれなかったでしょう)

(虎ちゃん、付け文なんて、うわっ、不潔)

(いやぁ、ユリちゃん、僕がしたわけではなくて、僕はしてないのでして)

(殿方とご婦人方の出会いは、ユリさん、不潔ではございませんわ)

(お仲人さんが入ってお見合いすればいいんです。ユリ、お見合いもまだでしたのに)

(そうですか、ご隠居さん、ストーカーという言葉は最近の言葉なんですね。それまでも無かったわけでもないでしょうに)

(無いことは無かったと、僕も思いますよ。たぶん、ほら、携帯で、メールでやりとりしたりしている内に、自己肥大するのでしょうかね)

(めぇる、とは何ですかのっ)

(携帯電話やパソコンで、文章で連絡を取り合うことです)

(電話で、文章をやりとり、それは、先ほどのハックションのことですかのっ)

(あぁ、あれとも違って、そのぉ、携帯電話では、文章もやりとりできるんですよ)

(愈々益々電話というものが複雑になっておりますのっ)

(でね、その携帯電話でも家の固定電話でも、電話に出なければ文章で送ってくるわけですよ。で、もううんざりして、妻の手前もありますしね。で、普段なら、外出時には電源を入れておくのですが、もう鬱陶しくてね、電源切って。どうせ、携帯にかけてくるのは、あの頃、圧倒的に私の実家関連で。もう退職してだいぶ経ってましたし、友人連中ともこの年になると疎遠ですし、かけてきても固定電話の方でしたからね、電源切ったって問題なくて。有栖川宮公園をぶらついて、図書館で時間つぶして、近くの輸入品ばかりのスーパーうろついて)

(有栖川宮家はご健在なのですのっ)

(いえ、だんなさ〜、だんなさ〜がこちらにいらしてから途絶えたそうですわ。で、わたくしがこちらに参ります数年前でしたかしら、お宅のあとを東京市が公園にして)

(いや、そもそもマサさん、もう宮家は、本筋を除いて、戦後ほとんどなくなりましたよ)

(ほうっ)

(まぁ)

(その公園、どちらにございますの)

(割と近くですよ。あ〜、カテリーヌさんやロバートさんにはいい場所ですよ。あの辺り、外国人が多くてね。もっとも都内は昔に比べて外国人が増えましたよね。昔は米語ぐらいしか耳にしませんでしたが、最近は、もうどこの国の方かわからない言葉も電車の中でも耳にしますよね。で、その有栖川宮公園近くのスーパーなんですが、だいぶアジア諸国の食品も増えていましたが、欧米の物など妻の趣味の食品ばかりですしね、結婚するまで和食ばかりの私には、何かね、妻に責められているような、でも、買って帰ったら喜ぶだろうか。そもそも食事も、育った環境も違いすぎた。結婚したことは正しかったのだろうか、なんて妙に反省というか、人生を失敗した気分になったりして、失敗したと思っては娘に悪いのか、もしかしたらの息子に悪いのか、で、姉達からの話は妻と目を合わせるのが辛い件ばかりですしね、そりゃ私の蒔いた種なんですけれどね、その種が本当に芽を出したのかどうかも定かでないのにね、家に帰りたくないなぁ、って、ふと思ってしまったんですね。昼前から携帯の電源を切ったまま夕方になって、何か、こう、自分がどこにも繋がれていない、自由な人間なんだと思えて。大阪支店に在職していた時よりももっと気軽、身軽になった感覚でね。あの頃には纏わり付いていた中年男の脂も落ちて、こう、自分で言うのも変ですが、飄々としたというのか、透明人間になったような感覚とでも申しましょうか。身体は年齢相応に老化したものの、学生時代の様な軽さ。いや、学生時代の格好付けはもう無いですしね、学生時代ですと未来が永遠に続きそうな感覚だったのと異なって、もう、人生の先が見えているという違いはあったのですが、すべきこともしてはいけないこともして、酸いも辛いも甘いも苦いも全部通り越して、と申しましょうか、ありのままの富実という一個人)

(あはは)

(ご隠居さん、何故お笑いになられるのですか)

(おほほ)


お読み頂きありがとうございました。 霊園セミテリオの気の世界を、お楽しみ頂けましたなら幸いです。

お読みになられたあなたと、書き手の私が共に生きておりましたら、再来週水曜日に再会いたしませう。

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