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第十話 セミテリオの新入居者 その四十二


(ぴちえ〜とは何でしょう。面倒事でしょうか)

(ピ〜ティ〜エ〜ですか。親と先生の会ですよ。あれっ、アメリカのでしょ。たしか占領軍が持ち込んだ筈です)

(ほうっ)

(左様。いや、占領軍が持ち込んだか否かは我輩は存ぜぬが、PTA、Tne Parent Teacher Associationは、我輩の祖国、亜米利加生まれですな。もう一世紀以上前のこととて、記憶が定かではないのだが、こども達の安全と健康と未来の為に組織されたものでしたな)

(ほうっ。一世紀前と言うと、私がこちらの世に参った頃に、その様なものがあったのですのっ。教育勅語と似た様なものですかのっ)

(彦衛門さん、教育勅語は明治の天皇がおっしゃったのはないですかな。PTAには政治家は関わったとは思いますが、あくまでもこども達の親と学校教師の会ですな)

(ロバートさんのお話しですと、随分高邁な理念があった様ですが、へへへ、あっ失敬、いや、実態はね、馴れ合いの押し付け合いの、みな嫌々、仕方ないからって印象ですよ。家の娘は私立でしたから余計に衣着せていたのかもしれませんが、いずれにせよ、母親達は先生におべっかつかい、先生は親達に気を遣いってなもんで。ですから、こどもが学校に行きだしたら、気を遣う関係が増えるだけで、つまり、やっぱりこどもはやっかい事を増やすだけと言いたかったんでしょうね。ですからね、その時には、こどもなんていないにこしたことない、二人目の孫が直産まれる

という時にね、妻にそんなことを言っていたわけですよ。妻には嫌みにしか聞こえないでしょう。私とは形ばかりの夫婦でしたしね、その時には妻も私にいちいち言いませんでしたが、子無し女達のやっかみだと思っていたそうです。で、妻の珍しく愚痴った話を聴いてね、久実が雅実に色々と言われていた、まるで仲間はずれみたいにされていたのが、その時に解った様な気がしました。それまでは、久実が駆け落ちして結婚して、さっさと実家を出てしまったことを怒り続けているのかと思っていたのですが、そうではなくて、どんどん子供、更には孫、曾孫までできているわけでしょう。それが妬ましかったのだと。怜実はあまり意地悪はしていませんでしたが、雅実は酷かったですからね。でも、あれは、年は一つしか違わないのに、自分には手に入らなかったものをどんどん手に入れて行くことへの嫉妬心だったのでしょうね。だから、私の娘が二人目を産むからと法事を欠席したことが腹立たしかったのでしょう。自分には手に入らなかったこども、勝手に養子に入ってしまって、自分を置き去りにした兄には、たった一人しかこどもができなかったとはいえ、その子が今度は二人目を産む。久実に続いて兄にも孫ができるなんて、ということで、それまでの久実への嫉妬からくる意地悪のお鉢が私の娘に回って来た。で、兄を養子にした私の妻は憎たらしい存在だからと、意地悪な発言を妻にした、ということなのでしょうね。雅実や姉妹の発言を妻から聴いた私は、久実があまり法事に出て来なかった理由が解りました。雅実や姉達の突き刺さる様な言葉は、実の姉ではない私の妻ですら堪えたのですから、実の姉妹になる久実ならもっと手厳しく冷たく遠慮なく発せられていたことでしょうし。きっと、嫌な気分になるくらいならと、法事に出ないで、勝手に欠席裁判されている方がましだと思っていたのでしょうね。お供えを送って欠席。で、私も、我が家もそうしよう。その時、我が家もこれからは私の実家の方の法事は欠席して、お供えだけ送っておこう、で、こちらの法事はごくごく身内だけですればよいし、という所までは、夫婦で珍しく合意できたんですよ。ついでに、私が死んでも、身内だけの密葬にして、実家の方には年末の喪中欠礼で連絡でいいよ、と申しました。今から思うと、あの時に妻にああ言ったのは、まるで予言だったみたいな)

(予言ですか、どうして)

(だって、私、早めにこちらの世界に参ってしまいましたから。こんなに早く死ぬ予定ではなかったですよ。そりゃ健康診断では、人並みに数値の高い項目もいくつかありましたが、別に大病わずらっているわけでもなし)

(こどもがいないからって、こどもや孫、曾孫のいる方に冷たい、意地悪するなんて、ユリ、そんなことしません。マサさまや彦衛門さまの玄孫さま、可愛いですし、ご隠居さんに玄孫さまが、何人でしたっけ)

(瑞円、瑞空、瑞海の三人ですよ)

(ご隠居さんに玄孫さまが三人お生まれになったからと言って、ご隠居さんをやっかみはしません。ねっ、虎ちゃんだってそうでしょ)

(僕は、そのぉ、子どもが煩いという点には同意いたしますが、余所様の子孫繁栄を羨むなどはしたない感情は持ち合わせません)

(でございましょ。孫、曾孫が産まれることこそ、ご先祖さまへの最大の恩返し、親孝行、祖父母孝行ですもの)

(私もね、その時の法事で、子孫のできなかった姉妹の意地悪な言葉を妻から聴いて、色々考えさせられましたよ。私の姉妹に娘を不孝者と言われた妻がね、親への最大の恩返しは、子孫を産んで育てる事だと、思ったけれど、口にはしなかったって、初孫に続いて娘が二人目を産んでくれそうで、孫ができる喜びは子ができた喜びより大きいから、私の実家のご先祖さまだって、未来に繋がって行く子孫繁栄こそ親孝行祖父母層祖父母孝行になると思いますわなんて申しておりました)

(富実さんのご姉妹のことを悪く申すつもりはございませんが、ご自分達も昔はこどもでしたのにね、こどもってそりゃ手もかかりますし、大変ですわ、でも、どこが似ているとか、何がまだできない、でもかわいいものですのにね。あの柔らかさ、我が子は可愛い、賢いと喜ぶ、あの楽しさを味わえないのはお悔しいのでしょうねぇ)

(くすん、ユリ、味わえませんでした)

(僕は、当面味わうつもりはありませんでしたし、今更味わえませんしね。でも、悔しくは無いですよ)

(我輩は、味わいたかったですな)

(私は、子育てはマサに任せておりましたからのっ。然し乍ら、子の成長を見るのは楽しみでしたのっ)

(僕もそうですよ。ハナに任せっきりでしたから。トミーさんの奥様のおっしゃることの方が、僕にはわかりますよ。孫を作ってくれたことが僕にとっては息子からの最大の親孝行、いや、孝行という言葉とは違うかな、感謝しました。でね、孫が曾孫を産んでくれた時には、もう感謝以上の喜び、で、玄孫が産まれた時には、もう、何と申しましょうか)

(うわぁ、ご隠居さん、顔がくしゃくしゃになってるっす。俺、あっ、僕、僕が産まれたことって、父ちゃん母ちゃんよりも爺ちゃん婆ちゃんの方が喜んでくれたっての、わかる気がするっす)

(でもねぇ、富実さん、女は閑になると、とかく噂話や悪口を申すものですのよ)

(そりゃ、あの姉妹は忙しくないですよ。閑。家賃収入と年金で結構贅沢できますし。子も孫もいなきゃ、忙しくないですからね)

(子や孫がいないと、先祖の方しか向けませんしね)

(なるほど、ご隠居さん、なるほど。あ〜、だからなんですね。子や孫ってのは、未来で、親や祖父母は過去なんですね。で、自分の子や孫という未来がないから、金も何もかも自分達で使い切ってしまいたい、だから高い美味しいものを食べて、法事で悪口言って意地悪言って、暇つぶし。一方、久実にしたって私や妻にしたって、子もいれば、それも、もしかして私には自分の子かもしれない翔にも送金していたわけですし、そりゃたしかに退職してからは閑でしたが、それでもね、孫を遊園地や動物園に連れ出したりしてましたものね)

(子孫って素晴らしいものですのよ)

(そんなもんですかねぇ)

(虎ちゃん、そうなのよ。ユリにも虎ちゃんにも耳の痛いことだけど、子孫繁栄って言うでしょ。子孫がいなければ繁栄してない、ってことでしょ)

(そりゃそうですわ。子、孫、曾孫と生まれてこなければ、誰が家名を、お墓を継いでくれるのでしょうか)

(左様ですのっ)

(我輩にはその辺りが理解できませぬ。いや、理屈は解るのですがな、心情的に、理解できませぬ。自分が産まれて、生きて、自分が死んで行く、そこに子、孫が産まれぬことが、それほど重大なことなのですかな)

(ロバート殿、それは、ロバート殿が、おのこであり、独り身であるからですわ)

(マサ様、左様ですかな)

(はい、左様でございます。子、孫、曾孫が産まれてこそ、産んでこそ、ご先祖様から受け継いだ文化、財産、宗教を次世代、次々世代へと継承できるのですもの。お墓もですわ。子、孫、曾孫無くして、墓を継ぐ者が無くなるなど、とても寂しいことですわ)

(しかしですな、我輩はこの墓に独り住まいであり、そもそも、我輩の国では、墓は個人の者であり、墓参者が絶えることはあっても、墓を継承する者は初から存在せぬものでして)


お読み頂きありがとうございました。 霊園セミテリオの気の世界を、お楽しみ頂けましたなら幸いです。

お読みになられたあなたと、書き手の私が共に生きておりましたら、再来週水曜日に再会いたしませう。


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