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第十話 セミテリオの新入居者 その四十一


(わかりませんわ)

(そりゃ、悪事千里を走る、ですな)

(火のない所に煙は立たぬ、でしょうか)

(壁に耳有り、ですのっ)

(それは、噂話の方でしょう。そうではなくて、墓のことなんですよ)

(まぁ)

(お墓にお布団はかけられない、ってのかしら)

(いえいえ)

(墓穴を掘る、ですか)

(いえいえ、それは、そりゃ私は墓穴を掘ったのかもしれませんが、でも、墓穴に今いるわけで)

(墓穴でしたらこちらのみなさん皆そうですわ)

(金は墓まで持っていけない、ですか)

(金もたしかに持って来られませんでしたが、そもそもの墓のことなんですよ)

(お墓、ですか)

(はい、墓なんですよ。幸いというか何と申しましょうか、私は養子に入った先で、ここの墓に入れました)

(あら、たしか富実さんのご祖父母さまのお墓が別にあるって、おっしゃいませんでしたか)

(はい、ありますよ。和実もそこに入っています、で、私の未婚の妹達もそこに入る予定です。で、そこの墓が問題なんですよ)

(お墓が......問題なんですか)

(はい)

(判じ物ですのっ)

(我輩には解りかねますな)

(もしかして)

(そう、そのもしかして、なんです。あれっ、もしかして、私、今、ご隠居さんのお考えになっていること、理解できたのでしょうか)

(その様ですね。そろそろ、こちらの音の無い会話にも慣れてらっしゃった様ですね)

(ほうっ、これですか。この感覚。道理で、皆様が私の心や考えを読まれてらしたわけですね。あはは、なるほど、これじゃぁ、考えてしまうと見抜かれる訳ですね。ふむ、考えなきゃいいということ、ですか)

(そう、考えなければ、読めない。たぶん、忘れていることは考えられないみたいですよ)

(そりゃそうでしょう。あっ、でも、なるほどね、虎さん)

(えっ、でも、ユリ、今、富実さんやご隠居さんが考えてらしたこと、気付きませんでした)

(えっ、気付かないってこともあるわけですね)

(はい、どれほど気をつけているか、そちらに向いているかってのもある様です)

(そうなんですか虎さん)

(はい)

(えっ、ですから、ユリにも解るようにご説明ください)

(つまりね、私のいるこちらの墓は、義父母が入ってますし、私も入れてもらえた。で、私の妻もその内入るだろうし、娘夫婦も入るだろうし、まぁ、その先にも、娘の子供達や子孫が入るだろうから、永代供養が続くわけですよ)

(永代供養......って、そういえば永遠って意味じゃないんですって、前どなたか話してらした、あのことですか)

(誰かが墓地使用料金を払わねばならない、ってことですから。払い手がなければ墓はその内つぶされる。で、墓の住人は、無縁仏に合葬される)

(子孫繁栄が大事なのですわね。それにしても、墓をつぶされるなど、なんと無慈悲な。こちらの世で永遠に住み続けられると思って、みなさま高いお金を払ってお買いになるのに)

(誰も墓参りに来なくなれば、その時はあちらの世の方々と縁が切れてしまうということで、無縁となるわけですのっ。年に一度でも訪ねて来る子孫がいるということは幸せなことですのっ)

(左様でございますわね、だんなさ?)

(そこなんですよ。私の実家の方の墓は、私の末の弟達双子の勇実と武実が終戦直前に亡くなって、暫くは骨壺のままだったのですが、終戦後のぼろ儲けの時に祖父母が買った墓に納骨して、その後、祖父母、両親、そして和実が入っているのですが、その墓に今後入る予定の、雅実と怜実は独身ですからね、その後は誰も入らない。どちらも結婚しなかったですからね)

(富実さん、ご兄弟多かったでしょう)

(はい、数だけはね。兄がいるからと、私が養子に出てしまったのも、両親の誤算だったというわけですよ。墓の将来まで考えていなかった。いや、私が養子に出た頃は、妹達の誰かが養子を取ればいいなんて思っていた筈なのに、そう巧く事は運ばなかった。結婚に縁がなかったのは、要するに、性格が悪いんですよ。うん、そう、あそこまで性格が悪かったとはね、俺、思ってもなかった。本当に酷い目に遭ったもんだ。こちらに来られてせいせいしてる。ここまでは、この墓の中までは追いかけられない、あはは)

(あはは、実も蓋も無いおっしゃり方ですねぇ)

(然し乍ら、蓼食う虫も好きずきですのっ)

(だんなさ〜)

(マサ、マサのことを蓼とは申してませんのっ。それに、マサが蓼だとすると、私は虫ということになりますのっ)

(だんなさ〜)

(でも、他のご兄弟は)

(晴実には孫が四人、しかし曾孫はできませんでしたし、次の恵実には孫すらできませんでした。で、次が和実で、そりゃね、障害者でしたから、結婚できなかったのは無理なかった、で、次が私で養子に出てしまった。次の久実は、こどもは二人、でも孫が五人になって、もう曾孫が八人もいるんですよ。私がやっと孫二人というのに、代々早々と結婚し、どんどん出産してね。末広がりしてます。ですから、久実のところの子か孫と雅実か怜実が養子縁組して墓を継いでもらうなんて調子のいい事も考えはしたみたいなんですが、でも、ほら、もう、姉達は嫁ぎ先の名字になって、嫁ぎ先の墓に入るわけですしね、ましてや孫質はそれぞれ更に別の生計、更に別の家族でしょう。ましてや、久実は雅実に邪険にされてましたしね。疎遠になっていました。口を開けば久実は駆け落ちしたとか、勝手だとか、あんな男のどこが良かったのとか皮肉や悪口でしたから、その子や孫が、たとえ財産や墓が手に入るからと言われたって、怜実の方ならまだしも、雅実との養子縁組なんて話に乗るわけがなし。財産は、子が無いと、黙っていても甥や姪に回るらしいですしね。そりゃね、孫が五人いるからといって、ましてやまだ幼い曾孫がいくらいたってね、それぞれの家の墓があるわけでしょう。つまり、弟達、祖父母、両親、兄の七人に加えて、今はあちらの世で存命の妹達二人が入ると実家の墓の入居者はそこでおしまい。後は、そりゃ、姉達ぐらいは墓参りに来るでしょうが、嫁いだ先の墓があるのですから、入る予定の無い実家の墓の永代使用量まで払うでしょうか。ましてや、姉達の死後、孫や曾孫が払うわけはない、ということで、妹達が入った後は、しばらくしたら無縁仏になってしまうわけですよ。そこに気付いたわけです。で、雅実と怜実が焦った。で、どちらかが思い出したのが、以前、うちの娘が口をすべらした、翔のこと。あれは本当だったのか、と私に問いただしてきたんですよ。困りましたね。だって、そりゃ、たぶん。たぶん私の息子なんだろうけれど、でも、確信は無い。お兄さんに確信が無いなら、こちらで調べます、ってなもんでね。で、興信所に頼んで、戸籍謄本を取り寄せたり勝手に写真を撮らせたりで。で、その写真を、私も見せられたわけです。籍の方はね、案の定、女将夫婦の子になってましたし、写真は数枚あって、高校の制服のと私服のと、全身のと横顔に正面からのも。でもねぇ、う〜ん、私の実家の誰かに似ているかと言われてもね、わかりませんよ。血液型でわかるかも、なんて騒いでいましたが、翔の実の母親の血液型だって知らないのにね。あっ、さっき、同級生が高校生って、武蔵君おっしゃってましたが、もしこっちの世界にいらしてなかったら、今いくつかな)

(もうすぐ十六っす)

(じゃぁ、翔と同じ年ってことか。翔も武蔵君ぐらいの感じなのか)

(でもおじさん、俺、こっちでもう二年経っちゃったっす。俺、あれから二年経った自分ってイメージできないから、こっち来た時のまんまっす)

(それにしても、私にはこんなに大きな息子がいるかもしれないってことですか。いやぁ、ほんと、実感ないですね。あぁ、それで、写真を見せても煮え切らない私の態度にね、かつて口をすべらせた娘やあろうことか妻にまでね、真相はどうなんだ、と尋ねて来たそうです。ひどいでしょう。そりゃね、義父の死の後に妻にはばれていたとはいえ、そのまま有耶無耶にしていたことだったのに、寝ていた子、いや妻を起こしてしまったんですよ。そりゃ、元は私が作ったこととはいえ、といっても、作った自覚はあまりなかったことなのに、我が身に跳ね返ってきましたよ。更なる家庭内不和というか、それまでは触れようとしていなかった話題に、妻が積極的にというか、発言し始めましてね。まぁ、鬱憤が貯まっていたんでしょうね。私に対しても、私の妹達に対しても。で、私の実家の方の誰の何回忌だったか忘れましたが、娘の第二子出産の臨月と私の親族の法事が重なりましてね、いくら都内どうしだからと言ったって、妻が面倒を見ていたとはいえ、上の子を連れて、破裂寸前のお腹を抱えて法事でもないでしょう。死んでしまった者よりも生きている、これから産まれて来る者の方が大事に思うのは、子や孫のいる立場でなら当然なんでしょうけれど、孫どころか子すらいない、いや、それ以前に結婚すらしなかった妹達にはね、法事に出て来ないなんて何事だ、ってことになったわけですよ。前はね、孫や曾孫に恵まれている久実がやり玉にされていた。そこに、養子に出た私にできた娘がまたまた養子に恵まれて、子宝に恵まれている、ってのは、癪に触るわけですよ。先ほど申しましたように、晴実と恵実はそれぞれこどもができたけれど、晴実はこども二人で孫四人までは拡大したものの、孫は四人とも皆独身のまま、まぁ、結婚しようとか、たとえ結婚してもこどもを作るにはちょっと遅い。恵実は、こどもは四人いるのですが、独身のままだったり、結婚しても子ができなかったりでね、孫はいない。つまり、独身の妹達に加えて、しばしば法事で集まる私の姪や甥やその子、孫の内、子宝に恵まれているのは、久実と私の所だけですからね。やきもちというかやっかみというか、まぁ、言いたい放題だったんですよ。それでも、私に直接言うならまだしもね、身重で法事に出なかったのは私の妻の教育が悪いと言わんばかりだったそうで。ああいう時って、食事してしばらくすると、席が入れ替わるでしょう。なんとなく、男は男だけで、女は女だけで固まってしまうので、その時に妻が責められていたのを、私は後になるまで知らなかったんですよ。こどもなんて、何で作るんだか気が知れないわ、散らかすしうるさいし、言う事はきかないし、おむつだ離乳食だと手はかかるし、口の周りはくわんくわん、手はべたべた、床は食べこぼしで汚いったらありゃしない。やれ病気になった、それ怪我した、小児科だ歯科だ耳鼻科だ、うっかりすると入院したり、習い事だって金がかかるし、学校行けば行ったで、PTAだ、懇親会だと面倒だし、受験騒ぎが終われば、まるで一人で育ったみたいに勝手なことして、恩を仇で返されるようなもんでしょ云云かんぬん)


お読み頂きありがとうございました。 霊園セミテリオの気の世界を、お楽しみ頂けましたなら幸いです。

お読みになられたあなたと、書き手の私が共に生きておりましたら、再来週水曜日に再会いたしませう。


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