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第十話 セミテリオの新入居者 その三十九

(えっ、あっ、いえ、あ〜、それでですね、その阪神大震災で、被害は最初は神戸ばかり伝えられて、それから淡路島もってことになって、大阪や京都の被害は大したことないような報道だったんですよ。で、大阪や京都って言われだすと、少し前までいた所ですからね、銀行の仲間を心配したりして、で、自分の、たぶん息子のことは、ははは、半日ぐらいしてから気付いたんですよ。ねっ、顔すら見た事ない、毎月送金していても実感がなかったですから。で、一度気付いてしまうと、これが落ち着かない。京都だから神戸に比べれば揺れなかったのだろうが、それにしても、たぶん自分と血がつながった存在が、地震で怖い目にあったのではないか、いやまだ幼すぎて、揺れの怖さなどわからなかっただろうか、いや、側の大人が騒げば幼くとも恐怖感は伝わっただろう、待てよ、側の大人は誰か。女将かそれともあの娘なのか、それにしても本当に私の息子なのか、全くの、真っ赤な他人が亡くなったり怪我しても、ある程度は気になるでしょう。それと大差がない程度でしたが、ただ、え〜と赤と青の間というのか、紫の他人、いや、赤と白の間でピンクの他人ですか、紫であれピンクであれ、赤の他人のことよりは気になったというか。たしか被害者の情報ってどんどん放送されていたと思うんですが、そういう中にも名前も出ていなかったですしね)

(ピンクって何かしら)

(桃色のことですよ)

(pinkですな)

(そうなんですか)

(あの、どうして他人は赤になるのでしょうか)

(カテリーヌさん、だって、ほら、赤い糸ってあるでしょう)

(はい、赤い糸)

(あっ、でも違うわ。赤い糸でつながっているのは、生涯を共に過ごすことになっている方だから。あら、でも、やっぱり生涯を共に過ごす方は、それまでは他人なわけだし。だから、他人のこと、赤の他人って言うのよ、きっと)

(いや、ユリちゃん、赤い糸でつながっているってのは、たしか中国の古い話にあって。あれっ、でも、赤い糸でつながっている場合は、伴侶になるわけだから、全くの他人というわけでもないし)

(僕も記憶が定かではないのですが、たしか仏教用語と申しましょうか、サンスクリット語が赤の他人の語源だったのではなかったでしょうか)

(ご隠居さん、そうなんですか)

(いやぁ、うろ覚えで、申し訳ありません。水のことをアクアと言うのではなかったでしょうか。で、水は血ではないからとか冷たいから、ではなかったか、と)

(でも、ご隠居さん、血は赤いですわ)

(そうですね。あはは)

(笑うことなんですか)

(いやぁ、思い出しましてね。僕、医学を志した原点というか、衝撃的だった勘違いを思い出しましてね。尋常小学校の頃に、どこかで見たんですよ。血液を赤と青に塗り分けてある人体図を。で、ずっと、静脈の中を流れている血は青いって思い込んでいました)

(うへっ、おじいちゃんって、お医者さんだったんでしょ。そうっすか。お医者さんでもそうだったんすか。俺、あっ、僕、教科書で見て、心臓から出る血は真っ赤で、指先まで行って戻って来る間に青になるんだって。手や足の指先のどこかに赤から青に変える何かがあるんだって)

(おっ、武蔵君、お帰り)

(お兄ちゃん、久しぶりっす。あっ、ユリお姉ちゃんに、それと、お医者さんでないお爺ちゃんとお婆ちゃんと、フランス人とイギリス人、ごめんなさい。お名前忘れたっす)

(こちらはカテリーヌさん、そして我輩はロバート、英吉利ではなく、亜米利加人ですな)

(ごめんなさい)

(武蔵君、お爺さまは)

(あ〜、お爺ちゃんは、あっちで友達作っちゃって、それに鰹節の出汁の香りから離れられないって。俺、じゃなくって、僕、退屈してきたから。中学校の時の友達がみんな高校生になってて、それは当たり前なんだけど、で、みんなあっちの世界の現実にどっぷり使ってるからさ、僕が一生懸命合図しても気付いてくれないし。鰹出汁もずっと知ってる臭いだから別にどうってこともないし。で、先に帰ってきたところ。ピンクが桃色ってところから聞いてたっす。桃色って、すっごい古い言葉みたいで面白くって、で、血の色の話で、へへへ。つい口出しちゃって。お爺ちゃんがいたら、きっと叱られたっすね。けど、静脈って透けて見えるのは本当に青ってか緑っぽいっす。でも、怪我して血が出ると赤いっしょ。不思議っしょ)

(なるほど、たしかに)

(不思議と感じることが学問の始めなんだよ、武蔵君)

(そうっすか。俺、僕、やっぱり勉強好きじゃないっす)

(あのぉ、お初にお目にかかります。私、新参者の富実と申します)

(えっ、そんなぁ、俺、僕、こっちに来た時中坊っす。大人にきちんと挨拶されると困るっす)

(中学生......ですか。お病気か交通事故か何かで、それとも最近流行のいじめによる自殺とか)

(えええっ、やっぱそう見られっすか。いじめはあったことはあったっす。けど、俺、僕、ちょっと失敗して、事故っす。いやぁ、あの、これ以上聴かないでください。まだ恥ずかしくて自分では話せないっす。あれっ、おじさん、どこかで見たような気がするっす。どこだったっけな)

(私の墓はすぐそこですから、あっ、でも、ごく最近入ったばかりで。それでご挨拶したんですよ)

(うっす。あっ、はい)

(あのぉ、わたくし、他人が赤いというのが、わからないままなのですが)

(カテリーヌさん、ご自分とは全く血のつながっていない方のことを、赤の他人と申すのですよ)

(マサさま、ありがとうございます)

(でも、トミーさん、青とか白はなんでしょうか)

(あ〜、赤の反対は青か白だなぁと。青や白は、全くの他人ではない、身近な存在かと。で、その間なら紫かピンクかと、勝手に色分けしてみただけですよ。カテリーヌさんにはややこしくしてしまい申し訳なかったですね)

(他人の度合いが赤か青か白か、はたまた紫か桃色か、ですか。面白い。そういう色分けとは違いますが、テレビなどで、災害や事件の報道がある度にね、僕も似た様なこと思っていましたっけ。もし知人がいたらどうする、僕の患者がいたらどうする、で、後は知らない被害者ばかりなんですが、どこまで気になるのか。同じ区内だったらとても気になる、年齢が近くても気になる。都内だったら、関東だったら、ってね。で、飛行機が墜落したりすると、乗客名簿、国籍が書いてあって、どこの国の方なのか。知人のいる国だと気になるが、遠い、名前は知っていてもどこにあるか定かでない国の方だと、ほとんど気にならない。地球のどこかで戦争や小競り合いや疫病が蔓延していたとして、疫病だと日本にその内入ってくるやもしれず、そりゃ一応医者でしたから気にはなりましたが、でも、その地域のことを知らなきゃ、死者数ってのは、単なる数字になってしまう。一人一人の死は、その死者にとっても、周囲の人間にとってもたいへんなことなのにね。同様に、昔の戦争、昔の疫病は、昔であればある程、気にならない。死者の数でしかなくなってしまう。残酷というか、そこが限界と言うか)

(くすん。ユリ、スペイン風邪でこちらに来ました)

(ユリちゃん、僕は肺病で)

(我輩は殺されましたな)

(私は糖尿で)

(わたくしは産後の肥立ちがよくなかったそうで。でも、産後の肥立ちがよくないとは、良く意味がわからないままですわ)

(わたくしは老衰で)

(僕も老衰ですよ)

(マサさんとご隠居さんがうらやましいです、ねっ、虎ちゃん)

(そうですね。ご高齢での死去はおめでたいですよね)

(死はおめでたいことなのですか)

(カテリーヌさん、それまで長生きできたご隠居さんやわたくしは、長生きできたから幸せなこと、おめでたい、ともとらえますのよ)

(まぁ、そうなんですか。おめでたいことなんですか)

(死んで幸せですか。まぁ、俺も幸せだったのかもなぁ、あのまま巻き込まれているよりは)

(あら、富実さん、そのお年で、こちらの世にいらして、幸せだとは、自殺でしたっけ)

(いやぁ、そうじゃなくてね。たぶん凍死らしいということにされました)

(ほうっ、この季節に凍死ですか、珍しい。今の日本で凍死者はどれくらいいるのでしょうかね。え〜と、ユリさんのスペイン風邪は、日本だけで約四十万人、年平均に十万人死んでいて、虎さんの結核では毎年のように十万人死んでいたんですよ。で、ロバートさん、年間何人が殺人の被害者かは、ちょっと僕にはわかりませんが、こうやって数字にしてしまうと、味気ないというかね、記録でしかなくなる。じゃぁ、どこまで同情というか心配というか、気になるかといえば、う〜ん。鎌倉時代までさかのぼれば、ここにいる日本の方々はみな親戚になるらしいですしね、カテリーヌさんやロバートさん外国人をふくめると、もっとさかのぼらなければならないですが、でも、人類アフリカ起源説でならば、数百年前になれば、みな親戚ですよ。で、結局、近い親戚ならば心配の度合いが高いってことになるのでしょうかね)

(おほほ。わたくしとユリさんも遠い遠いとても遠い親戚なのですね)

(こんなに違うのに。見かけも言葉も違うのに。不思議)


お読み頂きありがとうございました。 霊園セミテリオの気の世界を、お楽しみ頂けましたなら幸いです。

お読みになられたあなたと、書き手の私が共に生きておりましたら、再来週水曜日に再会いたしませう。


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