第十話 セミテリオの新入居者 その三十三
(ちえ〜んて〜ん、って何ですか)
(ああ、え〜とフランチャイズのって言ってもこれもわからないだろうし、え〜と、同じ系列の、え〜と、資本がってのも説明難しいし、ほら、マックのハンバーガーとかKFCとか、コンビニとか)
(KFCは我輩わかりますな。そのマックのハンバーガーと隣り合わせの店に、御仁に乗って入ったことがありますな)
(ユリもコンビニはわかりま〜す。入ったことあります)
(ではユリさん、ユリさんが入ったコンビニと同じマーク、いやデザイン、いや、同じ色で同じ文字の看板のコンビニ、他にも何店かご覧になったこと、あるでしょう)
(はい、見た事あります。あの川口のお店の方ががんばってたくさんお店を持ってらっしゃるんだなぁって思いました)
(いやぁ、そうじゃなくて、そりゃ、もしかしたら川口にどれかのコンビニの本店か発祥地ってのがあるのかもしれないけれど、そこまで俺知らないし)
(あら、富実さん、何か考えてました)
(えっ、いや、あの、つまり、そのぉ、同じ色で同じ文字で同じ名前の看板の場合、そういうのをチェーンと言うのですが。で、喫茶店にもチェーンってのもあったのですが、ルノワールとかUCCとか。あっ、そういうのとは違って、スタバとかドトールとかヴェローチェとか)
(富実殿、左様に異国の言葉を使われると、私には訳がわかりませんのっ。ロバート殿やカテリーヌさんならいざしらず)
(いや、我輩、チェーンは鎖と理解いたしましたがな、他の言葉は全て、これ、英語、米語にござらぬ)
(わたくし、ルノワールだけわかりました。でも、お店の名前ではなくて、画家ですのよ。もしかしてわたくしの国のどなたかが日本でcafeを開いているのでしょうか)
(たぶん違うと思いますが、私もそこまで知りません。ともかく、え〜と今申し上げましたヴェローチェや他のお名前は、カフェ、喫茶店の名前で、あちこち、たぶん日本全国に同じ名前の店があって、え〜と、どこでもほぼ同じ味の飲食物が出されて、ほぼ同じ価格でってことで、内装、つまり、椅子や卓や壁も同じトーン、え〜と、同じ材質や色調で、ってのでして。チェーンというのは、まぁ、ユリさん流に申せば店主の大本が同じということで、資本力え〜と、つまり金があるから、つまり、一昔前の、喫茶店ごとに店主が異なり、店の調度や雰囲気や価格も味も異なるというのではなくて。で、私は、女の子達と、そういう、なんていうか当たり前の、普通の喫茶店に入ったわけでして、え〜と、そういう喫茶店を短くして茶店と呼ぶのでして)
(日本語は何でも短くするのでござる)
(ですのっ)
(あら、だんなさ〜まで)
(ですかのっ)
(はい、左様という言葉が抜けておりますもの)
(ですのっ)
(ほら、また)
(マサさん、何しろ、我輩は、別れの時のさようならに驚いたのですな。まさに短くしてあるわけでして)
(左様でございますわね)
(そう、左様なら、でござる)
(では、ここで私も)
(富実さん、ずるいですっ)
(いや、丁度良い潮時かと)
(まだまだ、でしょっ)
(いえ、そこで女の子達と別れて、手頃な千枚漬けを買って新幹線に飛び乗ったわけでして)
(で)
(でもなにも、そこでさようならしたわけで)
(なぁんだ。あらっ、青年ってのは)
(あ〜、はい)
(それから数ヶ月経って)
(その青年に会えたのかしら)
(いやいや、まだまだ、そもそも、私はその青年に会ったことはないんですよ。青年になる前の少年の写真は見たことがあるのですが)
(ええっ、そうなんですか)
(その青年は、こちらの方かしら。あちらの世の方かしら)
(私より五十以上若いんですから、まだ存命ですよ、いえ、こちらに来る少し前までは、確かに存命だったと)
(でしたら、巧くすると、お目にかかれるかもしれませんわよ)
(そうなんですか)
(左様。しかし乍ら、本当に巧くすると、なのですがな)
(はぁ)
(何しろ、他人様の身体を乗り降りするのは、まぁ、それなりに慣れればなんてことはないが、他人様の動きを制御できませんからね。僕など、家に帰るのに、地下鉄を乗り継ぐのが難しくて。最近こそこつをつかみつつありますが、お乗りになるのでしたら、身内ならまぁ簡単というか)
(身内でしたら、だいたいご自宅にお戻りになりますもの。夢さんなどお嬢さんやお孫さんに乗りっぱなしですものね)
(わたくしも、播州からここまでの帰り道は、楽でございましたわ)
(ですのっ)
(そういうものなのですか。でも、身内というのは俺の場合あり得そうにないしなぁ)
(富実さん、何かおっしゃいましたか)
(あっ、いえ。また読まれたみたいだ)
(僕など、最近は、念じて自宅に帰れるようになりましたよ)
(ご隠居さんは、そのお年でもお上手なのですね)
(そのお年......あはは)
(失礼申し上げました。なんとなく、お若い方が動きがご自由なのではと)
(それは、まぁ、あちらの世の常識でしょうね。僕はこの通り、ふわふわ気ままな性格ですから)
(なるほど)
(あっ、だから虎ちゃんはだめなんだわ)
(えっ、どうして)
(だって、虎ちゃんって、いつも理屈ばっかりだし、それに、ほら、男は男はって、考え方が古いんですもの)
(ユリちゃん、それ変だよ。僕よりユリちゃんの方が古い。生まれた年も、ここでの年月も僕より古い)
(あら、でも、ほら、ご隠居さんは、虎ちゃんより古いお生まれだし、ご年齢も古いでしょ。でも、あちらこちら動けるんですもの)
(そうですか。私も、そうなりたいものです。あの子に会ってみたい)
(あっ、そうだ。富実さん、その子ってその青年のことでしょう。あっ、だから、続きは)
(はい、ですから、新大阪駅で女の子達と会ってから数ヶ月後にね、ってところに話は戻るんですよ)
(まだまだ先が長いのかしら)
(そりゃ、端折ることはできますよ。そうしましょうか)
(う〜ん、つまらない。早く先を知りたいけれど、でも、どうせこちらの世は退屈ですし)
(話を続けてもいいですか)
(はい、はい、お願いします)
(その後も何度か京都の料亭を使っていたのですが、ある日、お運びさんに、そこのお嬢さんが出てきてね、で、ちょっと席を外した時に、廊下で声をかけられて、新大阪駅で会った時に話に出ていたお店の千枚漬けを、丁度持っているので、よろしかったらお持ちになりますか、と。お代は、と尋ねても、固辞されて、では、その内、何らかの形でお返ししましょう、と。で、端折ると、それから数日後に、偶然、今度は難波の本屋で出会ってね、昼前だったので、千枚漬けのお礼に近くのレストランでランチをご一緒して、あはは、頂いた千枚漬けは、本当は東京まで持って帰るつもりだったんですが、実は、自分一人で食べてしまってたんですよ、などと話して、また買っておきましょうか、いえ、何時料亭を使わせて頂くか不明ですし、いえ、あそこでしか買わないので、いらっしゃらなかったら私がかわりに頂けばよろしいですしなどと、千枚漬けの話ばかりしてましたよ。その光景を銀行の者に見られていてね、でも、お嬢さんが東京からいらしてたんですねなど言われて、若い女の子と一緒にいても、もうそういう目で見られる、安全な存在になっているのだと、安心するやら悲しいやら)
(悲しい、ですか)
(そりゃぁ、男たるもの......)
(あはは)
(ロバートさん......)
(トミーさん、失礼、しかし、我輩は独身でしたからな。妻ある者とは感性が異なりますな)
(いやぁ、その辺りの感性というのは)
(ははは)
(ご隠居さんまで)
(僕はね、寺で育ちましたからね。不邪淫の戒めがありますからね。僕は関係ないですね)
(はぁ〜)
(まぁ、そういう目で見られる、娘に見られるって、私も安心しきっていたのですよね)
(で、あの子の方も、他人からは父娘に見られるって安心感を共有してしまった。当然の事ながら、大阪に住んでいる私よりも京都の千枚漬けのお店の近くに住んでいる子は、大阪の友人と会ったりする時に、銀行まで千枚漬けを持ってきてくれるようになって、で、銀行の方では、京都の料亭の娘だってことはもう知られていて、私も千枚漬けの代金、当然ながらきちんと清算していましたしね。ただ、用事が済んでから銀行に立ち寄られたりして、こちらもたまたま何の問題も起きず接待の予定もなく、早めに終えられそうな時には、千枚漬け運びのお礼をかねて、どうせ私も一人で食事するよりは誰かと一緒の方がいいわけで、夕食を一緒にということが何度か重なり)
(で......)
お読み頂きありがとうございました。 霊園セミテリオの気の世界を、お楽しみ頂けましたなら幸いです。
お読みになられたあなたと、書き手の私が共に生きておりましたら、再来週水曜日に再会いたしませう。