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第十話 セミテリオの新入居者 その二十九


(最初の頃は、私も慎重でしたよ。外で銀行の誰と会うかわからないですし。それに、学生時代の仲間で大阪に転勤していたのもいて、連絡入れて、一緒に飲んだりもしました。でも、私以外は皆家族を連れて転勤してましたから、家族持ちですとね、いろいろ制約があるでしょう。何時には帰らなきゃならないとか、遅くできたこどもの急病とかね。大阪の街がある程度わかってくると、旧友に無理させずとも自由に動き回れるようになる。とはいえ、大阪城や通天閣とか、何度も行く所ではないですし、薦められて動物園にも一度は足を運びましたが、いい年をした男が行く所でもないですし)

(通天閣とは何かのっ)

(だんなさ〜、大阪で博覧会の後地に建てられた、仏蘭西風の塔ですわ。新聞に絵が載りませんでしたかしら)

(覚えておりませんのっ)

(仏蘭西の塔ですか。あら、それ、ロバート、こちらのロバートさんではなく、夫のロバートが語っておりました。凱旋門の上にエッフェル塔を載せた、まがいものができたらしいって)

(そんなに昔からあれはあるのですか。へぇ〜)

(そんなに昔.....ですか。わたくしも)

(あっ、すみません。でも、あれ、そんなに古いのかなぁ)

(古い.....ですか)

(あっ、また失言、重ね重ねすみません)

(いやぁ、通天閣は、戦前に壊されたか壊れたかしたような記憶がありますよ)

(まぁ。残念ですわ)

(通天閣、僕は聞いたことありますよ。塔でしょう。エッフェル塔も通天閣も訪れたことはない、なかったのですが、ロープウエイで結ばれていたとか。まぁ、あの頃、鉄は供出させられていましたからね、壊されてもしかたがない)

(まぁ、壊されてしまったのですか。私のお国風のが。残念ですわ。一度見せていただきたかったですわ。戦争では、仏蘭西は敵国でしたから仕方ないのでしょうか)

(壊されたには違いないけれど、その前に燃えたのではなかったでしょうか。たしか僕が床に臥せっていた時にそのような報道を新聞で見たような記憶があります)

(ご隠居さんも、虎さんも、そうおっしゃいますが、でも、カテリーヌさん、私、登りましたから)

(そういえば、僕も息子の学会に着いていった時に。賑やかな町並みでね。東京タワーよりはかなり低いでしょう。上まで登ろうとは思いませんでしたが。戦後立て直したのでしょうかね)

(そうやって、変わって行くのでしょうね。わたくしの存じておりました東京は、もうほとんど影も形もなくて)

(あはは、僕だって、生まれ育った寺も、僕が建てた小さな病院も今は無いですからね。そんなものですよ。あちらの世界からこちらに参ってまだ十年程というのにね、どんどん変わっていく)

(変わらないのはここセミテリオのみ、ですか)

(いやぁ、この辺りですら、お参りにどなたもいらっしゃらなくなると、墓が無くなりますからね。隣近所も様変わりするんですよ)

(まぁ、墓が無くなりゃ、人に憑けばいいのです)

(墓が無くなるということは、親類縁者もいなくなって、見ず知らずの人に憑く、まぁ、我輩などは、その典型。人がいなけりゃ犬にも乗る。あはは、あれは面白い体験でした)

(あっ、そういえば先ほどおっしゃっていらした。で、どちらの犬に乗られたのですか)

(トミー殿、然り。先ほどまでぶつぶつ小言の多かった方のお孫さんかお嬢さんの所の犬にね、乗ったことがある)

(ロバートさん、そのお話、そこで終わりにしてください。ユリ、まだまだ富実さんのお話伺いたいですっ)

(はい、ということで、トミーさん、我輩の話はまた別の機会に)

(つまり、富実殿、通天閣とは、城ではないのですのっ。博覧会の後に建てられた塔なのですのっ)

(ただ、どうも、私が登ったのは、ご隠居さんを除く方々がご存知の塔とは違うようですけれどね。あっ、そうそう、博覧会があったってことですね。私の知っているのは、七十年の、あっ、千九百七十年ですよ。その万博で、あ〜、そういえば、あの万博の跡地にも行きましたよ。太陽の塔はそのままで、周りはだだっぴろくて、何もなくてね。なんだか夢の跡というような。あそこも、今は何か、庭園とか博物館とかできたらしいですが。あはは、通天閣も太陽の塔も博覧会の跡地にあるんですね。日本人は記念の塔が好きってことなのか。いや、東京タワーも、建設中の浅草のタワーも別に跡地ではないか)

(その建設中の浅草のというのは、我輩も目にしましたな。しかし、その太陽の塔というのは如何なるものですかな)

(ロバートさん、わたくしもそれをお尋ねしようと思っておりましたの)

(岡本太郎氏の作品で、え〜と、人間が手を広げたような形で、通天閣とどちらが高いのでしょうか。通天閣が街中にあり、太陽の塔が、広場にあるから、比較しにくかったですが、ご隠居さん、ご存知ですか)

(いやぁ、そもそも万博自体に僕、行っていなくてね。テレビで見て充分満足していたんですよ)

(そうなんですか。万博、行ってみたかったですね)

(おや、トミーさんもいらしてないとは)

(行きたかったですよ。でも、嫁が妊娠中で入院してましたからね。嫁を病院に置いて一人で大阪に行くなど、あの頃の婿の私としてはとてもとても)

(あのぉ、塔のお話、おしまいにしてください。富実さんのお話、まだまだ続くんでしょう)

(いや、別に続けなくても構わないですよ。面白くもないでしょうし)

(ユリ、セミテリオにいると退屈なの。面白くなくても、見た事もない塔のお話よりは面白いかもしれないです)

(えっ、はい。で、え〜と、大阪に転勤した話でしたね)

(物見遊山の話でしたのっ)

(はい、あ〜、つまりね、一応見るべき所は見たので、話すと言っても、大阪の業務、あ〜、業務なんて、仕事のこと話したってそれこそ面白くもないでしょう)

(ユリ、お仕事したことないです。でも面白そう)

(ユリさん、貸借対照表とか、財務分析とか、損益計算とか、面白いですか)

(ちんぷんかんぷん、それ日本の言葉ですか。舌かみそう)

(でしょう、面白くないでしょう)

(まぁ、そんな仕事をしていたわけですよ。で、仕事が終わって、接待はする、されても、それも業務の内ですしね、そうそう旧友との飲み会があるわけでなし。たまには自宅にまっすぐ帰っても寝るだけでしょう。観光地も一応まわってしまってますしね。要するにたんたんと月日が過ぎて行く。初めての独身生活も謳歌どころか錆ついてくる)

(悪い虫が付きましたか)

(悪い虫ねぇ。悪いか、虫か、あはは。いやね、私、そりゃ、高校の時に関西から転入してきたってのがいましたが、あの大阪弁に慣れなくて、悪い虫ったって大阪弁なわけでしょう。それに、それこそ信用第一の銀行勤務、ましてや副支店長としては、悪い虫が付きそうな所は敬遠しておりました)

(それで、大阪で働いて、東京のご家族に仕送りなさってらした。大変ですわね)

(そうですね。あの頃は給与も銀行ですら振込ではなかったですからね)

(振込とは何かのっ。切り込みとは違うのかのっ)

(切り込み、あはは、恐ろしい。違いますよ。彦衛門さん、手形は、江戸時代にもあったでしょう)

(江戸時代ですかのっ。昨今の方々は、徳川家が将軍であった頃のことを、いつもひとくくりにして江戸時代とおっしゃる様ですがのっ、どうも私はそれに慣れませんのっ。ま、それはともかくも、はい、私の頃も、明治の御代になってからも、手形はありましたのっ。ただ、私はよく存じませんのっ。殿や殿の側用人など重鎮と商人のなさることでしたからのっ。振込とは手形の事ですかのっ)

(約束手形とか、為替も似た様なものなのですが、要するに、給料を口座に入れるのですが)

(口座とは何ですかのっ)

(あ〜、そこからですか。どう説明したらご理解いただけるのでしょうか。え〜と、もしかして、彦衛門さんの頃は、藩ごとにお金の単位が違っていたのでしょうか)

(おう、おう、それは私にも答えられますのっ。藩の銀札はありましたのっ。明治の御代になってからは、あちらこちらの藩の札に加えて、太政官札やら政府札やらいろいろありましたのっ。どれを使うかでどれほど物が買えるかが異なっていて、煩雑でしたのっ。両分朱が円銭厘になったのは何時頃でしたかのっ。私が三十路に入る前でしたのっ)

(銀行は、ございましたか)

(同じ頃にできましたのっ)

(え〜と、口座とは、銀行に預貯金のある個人や団体が、え〜と、う〜ん......)

(お座布団の様なものかしら。大店に参りますとお座布団を出してくださるでしょう)

(はぁ〜。う〜ん、そうですねぇ。今時座布団出す銀行などないだろうが。いや、椅子は柔らかいか。え〜と、ままよ。ここにマサさんの座布団を置いて、ここに彦衛門さんの座布団を置いて、彦衛門さんの座布団の上に百円置いて、その百円の内、五十円をマサさんの座布団に移すとして)

(百円とは大金ですのっ。その半分をマサに渡すのですかのっ。何やら勿体ないことですのっ)

(だんなさ〜、何かおっしゃいましたかしら)

(...)

お読み頂きありがとうございました。 霊園セミテリオの気の世界を、お楽しみ頂けましたなら幸いです。

お読みになられたあなたと、書き手の私が共に生きておりましたら、再来週水曜日に再会いたしませう。

明日、1月1日は彦衛門さんのご命日です。

皆様におかれましては、善き新年をお迎えくださいませ。


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