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第十話 セミテリオの新入居者 その二十八


(はい、え〜と、つまりその大阪の賃貸マンションに私だけ住んでいたんですよ)

(で、まんしょんとは何ですかのっ。立ちしょんでしたらわかりますがのっ)

(だんなさ〜)

(あ〜。ここでアパートというと堂々巡りになるし。え〜と、つまり、集合住宅ですよ。え〜と、昔なら)

(昔ですわねぇ、確かに)

(あっ、すみません、でも、彦衛門さんは、昔の方でしたよね)

(私は嘉永、マサは安政の生まれですからのっ)

(それって、明治より前のことでしょう)

(はい、確かに、明治の御代より少しばかり)

(やはり昔ですよ。私、昭和の生まれなんですから)

(はぁ〜)

(で、まんしょんとは)

(長屋......ですか。しっかりした造りの長屋を上にも積み重ねたような、アパートのような)

(ほら、ですから、だんなさ〜、あのため息ばかりの青年の)

(おうおう。あの青年が住んでいたような所かのっ。銀行に勤めていてもあの様な所に住むのですかのっ)

(その青年のお宅は存じませんから何とも申し上げられませんが。う〜ん、たしかにピンキリですからね。あの頃は、アパートというと木造モルタル、まさに長屋レベルですしねぇ。賃貸とはいえ、俺が住んでいたところは、鉄筋コンクリートの何とか工法って言っていたし、やはりあれは一応名称もマンションだったし)

(あっ、そのまんしょんっての、ほら、武蔵君がなんか言ってたわ)

(そうそう。マンションとアパートの違いとか、武蔵君が言ってましたっけ。それで、ロバートさんが、ほら、米軍のグランドとかグラントとかどちらが正しいかとか、そのようなお話もなさってらした)

(そうそう、南軍の将軍の名前でしたな)

(私も覚えておりますのっ。その南町奉行の話)

(やはり、そちらのお話の方が面白そうですよ。是非、そちらを聞かせてください)

<読者の皆さまへ:第二話、第三話をお読みください>

(富実さん、ユリ知ってるからそっちはいいの。富実さんのアパートのお話はまだ知らないもの)

(えっ、つまり、私は大阪で、丈夫な長屋を積み重ねたような形の、マンションという名の賃貸住宅に住んで、大阪の支店に通っていたわけですよ。五階建ての三階の2LDKでした。まぁ、五階まであれば、アパートというより、やはりマンションですね)

(富実殿、え〜と、五階の三階の後に何とおっしゃったかのっ。五階の三階は解りますがのっ、その後にも数字がついておりましたのっ。おっ、五階の三階、減じて二ですかのっ)

(はっ、いえ、五階建ての三階で、あ〜、2LDKですか。一人住まいですから、今流行りのワンルームマンションでもよかったのですが、一応、万が一娘や妻が来たおりに泊まれる部屋も必要かと思いましてね)

(えっ、ご家族がいらっしゃったら、同じお部屋でお休みになって積もるお話しを夜伽に、ではないのですか)

(いやぁ、いい年をした娘と二人同じ部屋というわけには参らないでしょう)

(そういう時代なのですわねぇ、寂しいこと)

(マサ、私の疑問はそこではなく、そのにぃなんとかがわからないのですのっ)

(あ〜、はい、2LDKのことですね。なるほど、明治には使っていなかった言葉でしょうね)

(そうそう、あれは、たぶん、オリンピックの頃か、あるいは、う〜ん、ベビーブーマーが結婚し始めた頃でしょうかね。住宅が足りなくて、公団の賃貸が、どこでしたっけ、たくさんできて)

(あ〜、ご隠居さん、高島平のことですね。板橋ですか)

(そうそう、富実さん、それですよ。あの頃からじゃないですか、LDKという言葉を使い始めたのは。便利な言葉ですよね。慣れてしまえば、長ったらしく言わずにすみますからね)

(で、それは何ですかのっ)

(Lはliving、居間のことで、Dはdiningで食堂、Kはkitchenで台所、で、頭の数字が寝室の数なんですよ)

(和洋折衷の言葉ですかな。我輩もとんと存ぜぬ)

(なんだか化学式の様ですね。解いてみたくなります)

(ユリにはちんぷんかんぷんですぅ)

(つまりですね、彦衛門さん、私の大阪の住まいは2LDK、つまり、寝室が二つに居間と食堂と台所がついている、ってことです)

(ふむ、共同厠がどこぞにあるということですのっ)

(はっ、いえ、トイレもついてます。ちなみに風呂も)

(共同ではなく、それぞれに厠と風呂場があるのですかのっ。長屋を積み重ねた、それも五階にまでして、厠や風呂場がそれぞれにあるのですかのっ)

(水汲みがさぞかし大変でしょうねぇ。五階までえっちらおっちら、何杯も。まぁ、富実さん、銀行からお帰りになって、毎晩水汲みなさってらしたのでしょうか。お気の毒ですわ)

(はっ、いえ、水道はそれぞれについてまして、蛇口をひねれば水が出てきますから)

(お風呂の焚き口はどちらにあるのでしょうか)

(えっ、ガスで、ひねって点火して)

(あら、あの青年の所の台所と同じなのですわね)

(それにしても、縦に重ねた長屋で、厠のものはどこに流れるのであろうのっ)

(だんなさ〜、やはりそちらが心配ですか)

(そりゃそうですのっ)

(わたくし、お風呂にためた水がどこに流れるのか、下のお宅が水浸しにならないか、不安ですわ)

(マサ、そう思うであろうのっ。で、水ならまだしも、厠ので、下のお宅がと、私は心配しているのですのっ)

(はぁ〜。彦衛門さん、マサさん、今の建築技術は、私の専門外ですけれどね、そういうことは聞いたことがないです。たぶん、水回りでは下には漏れないようになっているはずですよ。そりゃ、火事などで、上の階から大量の水が漏れてきてというのは、耳にした事もありましたが、それすら滅多にないと思いますよ)

(そうそう、その火事の時、火消しも五階などの火事ですと大変ですのっ)

(はぁ、え〜と、はしご車というのがあります。この近くの消防署にもきっとあると思いますよ。今では、数十階建ての高層マンション用のはしご車もあるそうですし)

(五階までのはしごとて、相当に長いものであろうのっ。ひやひや魂消ますのっ)

(だんなさ〜、魂消るとは魂が消えることですわ。消えないでくださいませ。わたくし、寂しゅうございます)

(マサ、かたじけないですのっ)

(彦衛門さまとマサさまがうらやましいです。ユリの魂が消えても、どなたも気にしてくださらなそう)

(そんなことないよ。ユリちゃん、僕だって、口やかましいユリちゃんが消えたら、少しは寂しい)

(え〜とですのっ、で先ほどのにぃなんとかには、なにゆえに、厠と風呂場は入れられないのですかのっ)

(あ〜なるほどね。今気付きました。たぶん、たぶんですけれど、団地やマンションの場合、風呂場とトイレは必ずそれぞれにあるものと決まっているから、いちいち表記しないということではないでしょうか。ほら、いちいち玄関がいくつとか書かないのと同じですよ)

(なるほど、常に、厠と風呂場はあるのですのっ。長屋を何階重ねるとも、必ず。文明の進歩というものですかのっ)

(わたくし、トミーさんのお話で、気になったことがございますの。ご質問してもよろしいいでしょうか)

(はい、カテリーヌさん、何でしょうか)

(万が一奥様かお嬢様が来たら、あら、ごめんあそばせ、いらしたら、とおっしゃいませんでしたか)

(あっ、はい、申したように思います)

(万が一とは、めったにない、ということでございましょう。来るという言葉は、そこに住んでいらっしゃるということではございませんわね)

(はい、え〜と、ですから、単身赴任、現代版で稼ぎということで。つまり、私だけが大阪に参ったものですから。妻も娘も、義父母とともに東京に残りましたから。家族持ちの社宅や独身寮ってのもあったのですが、副支店長として赴任したので、周囲が皆後輩になるわけでしょう。家に帰ってまで関係を続けるのが鬱陶しいと思ってね、外に借りたんですよ。銀行の人間関係とは無縁で、周囲に気兼ねなく気楽に過ごせると思っていました。今考えると、社宅や寮ってのは、相互監視があるから道を外さない、外せない、外させないってことでね、銀行みたいに信用第一の企業には、いい手だったのにね。考えてみたら、初めて一人住まいをした訳です。婿入りするまでは実家で、婿入りしてからは義父母と同じ敷地内、常に誰かと一緒に住んでいたのが、大阪転勤で初めて一人。帰宅早々寝転ぶわけにもいかないとか、朝から窮屈な洋食生活をしたり、着替えを洗濯機の横の籠に入れたりなどと言われなくて済みましたしね、一旦帰宅すれば我が天国。何もかも自由で気ままで、独身生活を謳歌しておりました)

(然り。我輩も、来日早々は国家を背負った気負いでね、まして外交官でしたし、国家を代表する一団に属する身でしたから慎重でしたが、外交官を辞任してしまうと、そりゃぁ気楽になりまして、あはは、懐かしいですな)

(僕も独身でしたが、あの時代、ましてや病身、羨ましい限りです。もっとも、普通は寮に入るわけなのでしたが、寮生活の連中が羨ましかった)

(虎さんは、まだお若かったから、独身生活謳歌など、家族持ちでなければおわかりにならないと思いますよ)

(トミーさん、我輩も家族持ちではなかったのですな、ましてや異国の日本で。見事に独身でしたな)

(あっ、そうでしたね。お国から遠く離れて、さぞかしお楽しみになられたのではないでしょうか)

(あはは、まぁね)


お読み頂きありがとうございました。 霊園セミテリオの気の世界を、お楽しみ頂けましたなら幸いです。

お読みになられたあなたと、書き手の私が共に生きておりましたら、再来週水曜日に再会いたしませう。

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