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第十話 セミテリオの新入居者 その二十六


(嘘おっしゃいっ)

(いや、その)

(僕はハナ一筋でしたよ。そもそも、狼になる頃に、すでにハナは側におりましたから。はは、今更ながらに、あれは父の巧い手)

(とおっしゃるのは)

(いや、ハナは、嫁入り前の修行ということで祝言より前に広島から来て我が家に入ってましたから)

(ほうっ。あれ、でも、それ、私の祖父の所もそうでしたが、でも、祖父の弟の嫁になる筈だったのが祖母でしたから、そうか、私の祖父母の場合は巧い手じゃなかったわけか。はは、祖父は狼、いや、祖母も狼)

(まぁ、ご先祖さまのことを、富実さん)

(ユリちゃん、ご先祖さまが獣だったから子孫ができる、とも言えるんだけれどね)

(虎ちゃんも獣なのかしら)

(そりゃ僕だって、と言いたいところなんですが、僕の頃には獣は許されなかった。それ以前に、僕は病に倒れたひ弱な存在でした。弱きものは淘汰され、よって子孫を残せなかった)

(えっ、よくわからないけれど、虎ちゃんがっくりしてるのかしら。えっ、でも、ユリだって西班牙風邪でこっちに来ちゃったし。同じよ。あっ、だからお見合いできなくて、結婚できなくて、こども産めなくて、ユリの子孫は残せなかったんでした。うわぁ、でも、弟は生き残れたし。あっ、ごめんなさい。虎ちゃん一人っ子でした)

(だからね、男は獣がいいんだよ、ユリちゃん)

(虎さん、それはちょっと)

(いやぁご隠居さん、男は獣。ゆえに、無垢の乙女を護るのは、同類が獣と知ったる男となるわけでしてね。将来国を背負うに足る者、まずは身近な乙女をまもれ。っですから、男が獣という前提で、僕たちは紳士であろうと、日々努力を積み重ね、の筈だったのですが、僕は紳士になる以前にこの世に参ってしまいました)

(ユリさん、でもね、男は皆獣と思ってらした方が、わたくし共おなごにはよろしいのですよ)

(マサさま......)

(マサさん、今は女も狼ってのがいるんですよ)

(まぁ富実さん、そうなんですか)

(はい、いや、その。あの、狼でなく、獣なんですか。男はみんな狼よって、歌がありましたよね、ご隠居さん)

(ああ、ありましたね。でも、皆さんご存知ない様ですから、あれは、戦後の歌なのですかね。まぁ、狼も獣も似た様なもので)

(赤ずきんとか、七匹の子やぎの童話とか、三匹の子豚ってのもあったのに。あ〜、あれ、日本の童話ではないからか。そういえば、日本に狼はいなくなっていたっけ)

(狼、いなくなったのですかのっ。そりゃまたどうして)

(ハンターですよ、ご存知なかったんですか。彦衛門さんの頃にいなくなったのではなかったでしょうか)

(はんた〜とは何ですかのっ)

(あっ、狩猟、狩人って言うんですか)

(狼を狩ったのですかのっ。狼は大神とも書くことがある、恐れ敬うこともあったのにですかのっ。そりゃそりゃ。おうっ、犬と同じで美味なのですかのっ)

(さぁ、たぶん、毛皮が欲しかったのではないでしょうか)

(狼がいなくなったのですかのっ。そりゃそりゃ。まぁ、私もあちらの世からいなくなったのですがのっ)

(あぁ、それでしたら、僕たちみなあちらの世にはもういないわけですから)

(狼もこちらの世のどこかにいるのでしょうねぇ)

(あら、富実さん、どうなさったのですか)

(いや、その、あれっ、私、そもそも何の話をしていたのでしたっけ)

(え〜と、狼の話の前は、臨海学校の話、で、あっ、郭公の歌のこと、あれっ、何かユリ、富実さんに尋ねてました)

(あっ、それ、林間学校のことでしょう。で、それはもうユリさんにはお分かりいただいたと思いますが)

(いえ、その学校の前に郭公のお歌を何かのためにご練習なさるって)

(あぁ、キャンプですか。キャンプって、え〜、うわぁ、日本語で何て言うんだろう。キャンプねぇ)

(野営ですよ)

(ご隠居さん、ありがとうございます。野営ですか。何か古くさい、いや失礼、古めかしい、あっこれも失礼ですね。え〜と時代を感じさせられます)

(野営って、兵隊さんがすることかしら)

(兵隊さんは、一応いないことになっているから。そうじゃなくて、え〜と、その、あれ、何のためにするんだろう。まさか、あはは、まぁ、あれも後に役にたったともいえなくもないけれど。そうか、中学校だと、それからどんな道に進むかわからないから、色々な体験をさせておこうってのだろうか。自衛隊に入る連中も、登山家になる連中もいるだろうし、まさか、食料危機に備えていたとか、将来ホームレスになる連中の為ってこともあるまいし)

(あはは、富実さん、いろいろと考えましたね)

(えっ、で、きゃんぷって何ですか)

(だから、野営だって、ユリちゃん)

(野営って、だから、兵隊さんのすることなんでしょう。でも兵隊さんは今はいないんでしょう)

(いないというか、たしかに、兵隊とは言わず隊員と呼んでいるんだっけ。まぁ、それでもキャンプは楽しいんですよ。テント張って、あっ、テントは何て言うんでしょう)

(天幕ですよ)

(あ〜、天幕ね。ご隠居さんありがとうございます。ですから、野原というか山の中に天幕張って、飯ごうでカレーライス作って、え〜と、カレーライスは、日本語で何と言うんですかご隠居さん、度々すみません)

(カレーライスは、ライスカレーなんてね。いや、富実さん、どうしましょう。辛いご飯とか)

(カレーライスは私にもわかりますのっ。あの、黄色い辛いドロっとしたものですのっ。我が薩摩の東郷どんが考案した甘い肉じゃがの兄弟で、印度風のものですのっ。ハイカラな西洋料理ですのっ)

(へぇ〜、そうなんですか)

(帝国海軍のカレーは有名でしたね)

(で、我輩は、印度料理かと思って食した日本のカレーライスに驚かされました。おや、もしや、カレーの話、以前もいたしましたような記憶がございますな)

(ロバートさん、構いませんわ。何度でも。わたくし共の世はいつまでも、いつも暇なのですもの)

(はい、ユリもそう思います。でも、今、きゃんぷのこと、ユリ知りたいんです)

(あ、キャンプですね、ユリさん。ですから、山の中に、天幕を張って、飯ごうでカレーライスや握り飯を作って、食べて、キャンプファイアー、え〜と、野営火ですか、皆で集まって真ん中で火を燃やして、そこで歌ったり踊ったりするんですよ。あはは、自分で言っていても、まるでインディアンみたいですよ。ねっ、ロバートさん)

(然様な絵画を見たことはござるが、この目で見たことはないのですな。インディアンのことは以前、ここでお話したことは何度かござるが)

(でね、その野営の時に歌ったり踊ったりするために、野営の前に学校で練習させられるんですよ。天幕の張り方、飯ごうの使い方、歌に踊り。で、練習させられた歌の一つがカッコウの歌だったんですよ)

(はい、わかりました。富実さん、ありがとうございました)

(じゃぁ、私の話はここでお終いということで)

(えっ、何か変です。だって、その前、郭公と豚の鳴き声の話の前は、え〜と、豚はどうして出て来たんでしたっけ。豚は)

(ユリちゃんじゃなかったっけ。トントン拍子って言ってたの)

(違います。ユリ、豚二匹って言ったと思いますけど)

(収支とんとんは素晴らしいご隠居さんの表現だとは、我輩が申しましたな)

(あっ、はいはい、僕言いました。プラスマイナスゼロと富実さんがおっしゃったのを、彦衛門さんがご理解なされず)

(ほら、みなさん、もう何の話だったかお忘れでしょう。ですからこの辺りで、私の話はお終いにして、今度はみなさんのお話をお聞かせ願いたいものです。みなさん、それぞれ積もるお話があるようにお見受けいたします)

(あら、富実さん、そんなことないんです。だって、ユリなんて、たったの十九年しかあちらの世におりませんでしたし)

(僕も十七年ですよ)

(マサさんはいかがです、さぞかしあちらで長くご生活だったのではございませんか)

(いえ、まぁ、わたくし、そんな年に見えますの。まぁ。努力して、若く見えるようにしなければ。さもなくとも、だんなさ〜よりかなり老けて見られますのに)

(マサ、それは仕方ないことですのっ。何しろ私は数え六十二で、いや、正月にこちらに参ったから六十三でしたからのっ)

(すると、今ここにお集まりの皆さんの中で、あちらの世に一番長くいらしたのは、え〜と)


お読み頂きありがとうございました。 霊園セミテリオの気の世界を、お楽しみ頂けましたなら幸いです。

お読みになられたあなたと、書き手の私が共に生きておりましたら、再来週水曜日に再会いたしませう。

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