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第十話 セミテリオの新入居者 その二十五


(まぁ富実さん、妙な笑い方)

(何かよいことでもあったのですか)

(ふふ、よいこと、ですか。いや、よかったのは最初だけで、終には)

(終わりよければ全て良し、ではなかったのですか)

(始めよければ全て良しなら良かったのですがね。終わりが悪いと始めもやはり悪かったことになるのか。でも、人生なんてそんなもんでしょう、結局プラスマイナスゼロならば仕方ない)

(ぷらすなんとかとは、何ですかのっ。カテリーヌさんのお国のことですかのっ)

(わたくしの国は仏蘭西ですわ。それほど長いお名前ではございません)

(いや、名前ではなくて、ご隠居さん、どうしましょう)

(それは英語、我輩の出番でござる。プラスとは加える、マイナスとは減じる。加えて減じて零になるということですな)

(彦衛門さん、収支がとんとんということですよ)

(なるほど、ご隠居さん、とんとんとはご名訳。とんとん。とんとん拍子のとんとんと同じ意味ですかな。しかしながら、何故、とんとん)

(とんとん拍子は、拍子を取る音ではないでしょうか)

(歌舞伎や落語の拍子木や板をたたいたり足踏みする音ですな。それは我輩にもわかるのですが、収支とんとんのとんとんはこれ如何に)

(さぁ、ロバートさん、僕、今まで考えたことが無かったですよ)

(豚をとんと読むのはこれ如何に)

(さぁ)

(豚はぶぅぶぅなのにね)

(しかしながら、とんとも読むであろう)

(とんとんは豚豚ってことかしら)

(いやぁ、ユリさん、豚が二匹では加減して零にはなりませぬ)

(でも、わたくし、豚が二匹って覚えることにいたしますわ)

(カテリーヌさん、豚が二匹ってお覚えになったら、ぶぅぶぅっておっしゃってしまいそう。うふっ)

(いえ、グローニュですの)

(グロ〜って、フランスの豚って、カテリーヌさん、かえるみたいに鳴くの)

(はい、わたくしには同じように聞こえますわ。グローニュって。あら、でも、ユリさん、豚と同じ鳴き方をする鳥もいますのよ)

(ええっ、何て鳥なのかしら。烏はカー、鳩はポッポ、雀はチュンチュン、燕はチーチー、雲雀はピーピー。グローって鳴く鳥、ユリ知りません)

(あの、私、その鳥存じておりますのよ。でも、日本語で何と呼ぶか存じませんの。鳴き声を耳にしたことはございますが、わたくしにはグローニュですの。烏や鳩や雀や燕ではないです。知っていますから。え〜と、高い木の多い所で、茶色で、あら、でも灰色のもいて、鳩と同じくらい、いえ、少し小さいかしら。グローニュですのよ)

(茶色や灰色の鳥って、いくらでもいそうですね)

(虎之介さんにそうおっしゃられると、わたくし困りますわ)

(その鳥の名は、仏蘭西語では何ですかな)

(はい、ロバートさん、coucouですのよ)

(cuckooですな)

(あら、それ、郭公ですわ)

(マサはいつの間にカテリーヌさんのお国の言葉まで学んだのですかのっ)

(だんなさ〜、そうではなくて、今カテリーヌさんが日本語で郭公っておっしゃいましたもの)

(いえ、わたくし、仏蘭西語でcoucouと申しましたの)

(ですから、郭公でございましょう)

(マサさま、coucouは日本語で郭公と呼ぶのでしょうか。あら、仏蘭西語と同じですわ。でも、グローニュっですの)

(我が祖国の言葉とも同じですな。はてさて、どこの言葉が先なのであろうか)

(カテリーヌさん、たぶん、同じ鳥だと思いますわ。でも、郭公はぐろ〜とは鳴きませんのよ。かっこうって鳴きますの。ですから、郭公)

(閑古鳥のことですのっ。閑古閑古と鳴くのですのっ)

(あら、だんなさ〜、然様でございますわね。いつからわたくし郭公と呼ぶようになったのでしょう)

(カッコウが鳴く歌がありましたよ。♪カッコウ、カッコウ♪)

(うわあ、ご隠居さん、その歌、面白そう。ユリに教えてください)

(わたくしも存じませんわ。ご隠居さん、ぜひ)

(そうですか、マサさんもご存じない。ふむ、たしかに、この歌を歌っていたのは、瑞穂が中学生の頃でしたか。昭和の中期ですね。いや、マサさん、ユリさん、僕もこの♪カッコウ、カッコウ、カッコウ、カッコウ、カッコウ♪という終わりの部分しか知らなくて)

(残念ですぅ)

(私も残念ですわ。どこかで耳にしたいものです)

(私にはやはり閑古閑古と聞こえますのっ)

(ふ〜む。乗ることはできても、歌わせることまでは僕たちにはなかなか難しいですねぇ)

(閑古鳥の歌ならいくつもありましたのっ)

(うわぁ、彦衛門さんも歌ってくださるのかしら)

(いや、私は忘れましたのっ。それにマサの様には歌えませんのっ。俳句や短歌に節回しはつけられませんのっ)

(お歌って、なぁんだ。あら、ごめんなさい)

(もしかして、ご隠居さんのおっしゃる歌、私知ってますよ。♪静かな湖畔の♪とかいう歌じゃないですか。で、終わりの方が♪カッコウカッコウカッコウカッコウカッコウ♪)

(そうそうそれそれ、それですよ瑞穂が歌っていたのは)

(ユリさん、私も真ん中は覚えていませんよ。あれ、二番があって、たしかフクロウが鳴く。え〜と、フクロウがどう鳴くんだったか......ホーホーホーじゃ、音の長さが合いませんね。思い出せません。あれね、林間学校でキャンプに行く前に練習させられるんですよ。そういえば、カテリーヌさん、フクロウは仏蘭西語ではどう鳴くんですか)

(フクロウって、ロバートさん、何でしょう)

(カテリーヌさん、英語でowl,仏蘭西語ではhibouですよ)

(あ、hibou、あれは、今の英語のowlみたいなのが鳴き声ですわ。hou houですもの)

(マサ、私にもふくろうとあうるといぼーが似て聞こえてきましたのっ。ロバート殿やカテリーヌさんとご一緒しておりますと、異国語がわかるようになるものなのですのっ)

(あの、フクロウの鳴き方の前に富実さんがおっしゃったきゃんって何ですか、その何とか学校ってどこにあるんですか。あっ、富実さんが通われた学校の名前かしら)

(いえ、ユリさん、林間学校ってのは、どこの学校にもあって、いや、どこのってわけでもないなぁ。臨海学校ってのもあるし)

(ユリ、わかりません。学校の中に別の学校があるんですか。あっ、ユリわかりました。幼稚舎と尋常小学校が一緒になっているみたいなの、でしょ)

(いえ、そういうのじゃなくて。え〜と、夏休みの間に、海に行ったり山に行ったり)

(僕の頃にもありましたよ。臨海学校の方は、鎌倉に行きました。一泊、いや二泊だったか。ユリちゃんも、学校から行かなかったかい)

(鎌倉は、修学旅行でした。海は、あら、行きました。いやぁね、忘れてました。あれのことですか。離れた浜では、男の子達が怒鳴られていました。遠くまで勝手に行っちゃうんですって。女の子は水辺でお遊びでした)

(僕たちは遠泳させられましたからね。溺れりゃ泳げるようになる、なんて、先生がボートの上から押し付ける。怖かったですね。女の子はその点楽だったのかなぁ)(ユリ、水着になるの恥ずかしかったです。でも、水に入らないでいるのも恥ずかしくて。か弱いから入れないと思われるのも、男の子みたいに元気過ぎるって思われるのもどちらも嫌でした)

(ですわね。わたくしユリさんのお気持ちわかりますわ)

(そんなものですか)

(富実さん、そんなものなのでしょうね。僕にはなんとなくわからないでもないですが)

(そんなものなのですか。虎之介さん、もしかして、それが僕が受けた男女平等の教育との違いなのでしょうか。なるほどね、僕は男も女も一緒の教室でしたが、嫁は、女子ばかりの環境で育ってましたから。なるほどね、男は狼と言っていたのが、今更ながらにわかるような)

(あら、富実さん、殿方は獣でございましょう。狼ですか。たしかに狼も獣ですわね)

(えっ、マサさん、男は狼ってご存知ないですか。いや、その。そうだったのですか彦衛門さん、ご隠居さん)

(いや、私はマサ一筋でしたのっ)


お読みになられたあなたと、書き手の私が共に生きておりましたら、再来週水曜日に再会いたしませう。

お読み頂きありがとうございました。 霊園セミテリオの気の世界を、お楽しみ頂けましたなら幸いです。

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