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第十話 セミテリオの新入居者 その二十一

えっ、病院って昔はなかったのですか。病院と医院って建物の大きさの違いというかお医者さんの人数の違いかと思っていました。で、ご隠居さんの所は何時から病院に)

(病院と医院というのは、結構決まり事がありましてね。まぁ、今みたいに高くはなかったけれど、それでも三階建てにしたのが、オリンピックより前で、え〜と、それから五階建てにして、僕がこちらに来てからまた改築しているから、あっ、入院患者はいないから、あれっ、どうなんだろう。結構ややこしいんですよ。あっ、それに家には無い科があるから)

(あら、ご隠居さん、内科のお医者さまだっておっしゃってませんでしたっけ)

(えっ、あっ、はい、僕は内科でした。あ〜、内科ではなくて、無い科があるってことで)

(あの、わたくしわかりませんわ。無いのがあるのですか)

(あはは、いや、そうじゃなくて、え〜と、僕は内科医でした。内科というのは、昔で言うなら外科ではないぐらいのことで)

(血を見ないですむということですか。で、その、ないかがあるというのは病院ではないということでしょうか)

(う〜ん、え〜と、無い科があるというのは、例えば産婦人科が無いとか。おっと、今は産婦人科の無い病院などいくらでもありますから、これじゃ説明にならない。でも、以前から病院とは呼んでいるわけで。つまり通称と制度上の呼称とが一致していないことはいくらでもあるわけで)

(わたくしわかりませんわ)

(カテリーヌさん、私の疑問の方が先ですのっ。介護とは何なのかというのがですのっ)

(それはつまり、ほら、和実を世話するようなことで。掃除洗濯炊事。つまり女は男の介護をしているってのが実態で)

(富実さん、それねぇ、ちょっと僕にはひっかかる表現で)

(僕もひっかかります。そんなの、女が男の世話するのは当たり前でしょう、ねっ、ユリちゃん)

(はい、いえ、いいえ。ユリもずっとそう思っていました。いえ、思わされていたのかなぁ。だって、ユリがあちらの世にいた時は、女の人が男の人のお世話って、普通だったでしょう。でも、ユリ、望さんを見てから、考え方変わったの、うううん、変えたの。どうして女の人は男の人を世話しなきゃいけないのかって。だって、望さんって、別に誰の世話もしていないでしょ。動物のお世話はたくさんしているけれど。で、きっとその内、ご結婚なされて、でも、ご結婚したからって、変わらないと思うの。それって素敵だなぁってユリ思うから。だから、虎ちゃんみたいに、女の人は男のお世話をするのが当然だとは思わなくなったの)

(ほうっ、ユリさんがそう思うのですか。ユリさん、たしか大正のお生まれでしたか。あ〜、大正はモダンな女性が多かったとはこういうことですか)

(いえ、明治の生まれです。こちらに参ったのは大正でした。虎ちゃんこそ、私より後に生まれたのに、男の人のお世話を女の人がするのが当たり前なんて、いつまでも考え方を変えられないのね)

(僕は当然だと思ってますよ。女は子を産む、育てる、だったら外に出て働くなど無駄。それに女は学校も途中でやめるし、力も無いし、何もかも男が上に決まってる)

(望さんは違うもん)

(そんなの特別な例でしょう、ねっ、ご隠居さん)

(いやぁ、男だからとか女だからで能力が決まるわけではないと、僕は思いますよ。孫娘だって医者ですしね。僕は虎さんみたいに男が上だなどと思ってませんし。そりゃ、僕は、トミーさん流に申せば、掃除洗濯炊事子育て全部ハナ任せでしたからハナに介護されていたってことになるんでしょうけれど、だからといって、ハナの死後、ああ、やっぱり嫁に世話になっていたっけ。でも、それは女が男より劣るからと思っていたわけではなくて、まぁ、世間一般並みに)

(結局は、男が上手に女を使う、つまり、上手に使える男の方が上ということでしょう)

(虎さん、そう言ってしまったらおしまいですよ。それを気付かせずに、うまく使えてこそ男が上なんですよ)

(なるほど)

(で、そこがね、雅実は違った。男だとか女だとか言うのではなくて。ずっと、和実に障害が合った事を自分のせいにしていた母は強かったでしょう。で、母が亡くなってしまうと、雅実の押さえが外れたんですよ。元々ね、母がいた頃だって、酷かった。ほら、怜実を結果的に追い出したのと同じでね。元々和実を邪見に扱っていたわけですよ。バカとか邪魔とか平気で言っていましたしね。で、それはないだろう、なんて私が言おうものなら、兄弟喧嘩に口挟まないで、さっさと養子に行っちゃった癖に、でした。あれは喧嘩じゃなくて一方的でしたけれどね。和実は、頭が悪いわけじゃないから、自分が邪魔に思われているぐらいはわかっていたでしょうし、それに、結局家事一切妹が面倒見ていることはわかっていたでしょうし、我慢していたんだと思いますよ。生てからずぅっと、親以外はかばってくれなかった。いや、そんなことはなかったんですけれどね、晴実と恵実それに久美は嫁いで家を出ていましたし、怜実も雅実に追い出されたようなものでしたし、一緒に住んでいたのは母と雅実だけでしたから。母が死んでしまえば、雅実と暮らすしかないからなのか、和実は何も文句言わず、それまでと同じように、小さくなった畑で野菜を作って。で、採ってきた野菜を持って家に入れば、こんなに同じものばかりあったってどこにも入れる所も無いでしょ、バカじゃないのっ、少しずつ採ってくればいいものを。もう少し土を払って来なきゃ台所が泥だらけになるでしょ、と蹴っ飛ばしたり。今から考えると、あの頃、雅実は五十前でしたから、更年期だったのかもしれませんが、本当、見ていられなかった。和実は雅実のはけ口だった。私まではけ口にはされたくないし。出てけと言われて、和実は出て行く場所もない。私は、雅実に出てけと言われれば、自分の家に帰ればいいだけですからね、それも私には帰る場所は二つもありましたし)

(おおおっ、隅に置けませんのっ。別宅があったのですのっ)

(いえいえ、いや、あの頃、私、大阪支店にいたんですよ。母がこちらの世に参った折も、私は大阪におりましたから、大阪の社宅にも帰れたので)

(ほうっ。大阪に。それは遠いですのっ)

(いやぁ、新幹線で三時間。たいして遠くはないですよ。母がこちらの世に参った折にも、突然でしたから、もう新幹線はなくて、翌日朝一番ので自宅にも寄らず、実家に。そのあとも、たまに実家に行っても、雅実が当たり散らしてきたら、時間によっては自宅に帰ることもありましたが、自宅からも足が遠のいてね、できるだけ新幹線で大阪の社宅に帰ってました。その方が気が楽。そんなわけで、私の足は遠のく。それに私は私でいろいろ問題抱えていましたし。それでも嫁は時折顔出してたらしくて、その採って来過ぎた野菜を家に持ち帰ったりしていましたがね。しかし、あれは更年期だったのか、雅実はあれからずっとあのままだし。世の中の女性の更年期ってあんなにすさまじいものなんでしょうかねぇ。もう怒鳴りまくるわ、暴れるわ、言いたい放題、したい放題、母という重しがなくなると、ああまでわがままになれるものなのか。いや嫁もそういえば同じ年だったが、あんなじゃなかったし。雅実のは結婚していなかったからなのでしょうかねぇ。いや、でも、嫁と私の関係と、雅実と和実の関係は、夫婦か兄妹の違いぐらいしかなかったのに)

(更年期はねぇ、難しい。ホルモンバランスが変わるわけですからね。今は、男性にも更年期があることになっていますよ)

(らしいですね)

(ただ、男性の場合は、ホルモンバランスが変わっても、生ませられる。女性の場合は、更年期を境に、生めなくなるわけですからね)

(あっ、そうですねぇ。なるほど、和実がいたから、実は我が子を生めなかった、なるほど。いやぁ、でも、結婚したかったらすれば良かったのに。あ、こういうことを雅実の前で言おうものなら、放っておいて、みんな勝手に結婚して、私だけに和実を押し付けてなんて言ってましたっけ。別に押し付けていたわけじゃなくて、だって、それ以前は母はいたんですし、和実の生活費は、賃貸マンションで成立していたわけですから、それこそ通いの家政婦さんにでも任せればよかったんですよ。要するに、雅実の言い訳に過ぎなかったんですけどね。もしかしたら、雅実は一人嫁げなかった身の不幸を他人のせいにしたかった、いや、でも、嫁げなかったのは怜実だって同じだし、ああ、だからか。なるほど)

(えっ、何がですか、富実さん)

(いえ、ユリさん、こっちのことで)

(こっちのことって、どっちのこと)

(まぁ、まぁ)

(うわぁ、ユリ、気になります)


お読み頂きありがとうございました。 霊園セミテリオの気の世界を、お楽しみ頂けましたなら幸いです。

お読みになられたあなたと、書き手の私が共に生きておりましたら、再来週水曜日に再会いたしませう。


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