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第十話 セミテリオの新入居者 その十九


(末の二人の娘さんって)

(私の妹達のことですよ。雅実と怜実。特に雅実はひどくてね。私が結婚前に姉達とすぐ下の妹はもう家を出ていましたから、家に残っているのは、当時、祖父母に両親、兄にその二人だけでしょう。で、あの頃、え〜と、雅実が女子大を卒業して就職したばかりでしたから二十二かな、で怜実が一つ下。あの頃はね、女子大に行ったら花嫁候補みたいなもので、なのに、兄のことがあったからなのか縁談はまったく来ませんでしたし、なら、自分で恋愛でもして探してくればいいのに、雅実も怜実もだめでしたね。まぁ、雅実は母に似て性格がきつかったですから男も逃げたのかもしれませんが、怜実はどちらかというと父似で優しくて。で、勉強は性に合わないからと、大学にも短大にも行かずにね、簿記を学んで、雅実が女子大生の頃にもう就職していたんですよ。就職先で男を見つければよかったのにね。まぁ、母がどちらかは入り婿をもらって、農家を継いでもらわなきゃ、自分が死んだ後和実をみてもらわなきゃなんて申してましたから、相手を見つけるのも大変だったのでしょうけれど。雅実か怜実のどちらかが先に外に出てしまえば、残った方が、いやがおうでも農家を継いで兄の面倒をみることになった訳でしょう。妙に牽制し合っていました。で結局二人とも未だに独身)

(まだご結婚なされるかもしれませんわ)

(マサさん、二人とももう七十前ですよ。今さら)

(いえいえ、殿方は、嫁女がいないととかく不便ですもの。で、女子もね、お相手がいらっしゃる方がいろいろと)

(ですのっ)

(彦衛門さん、マサさん、時代が違いますよ)

(いやぁ、男と女の仲は、時代が変わろうと場所が変わろうと同じですのっ)

(はい、ユリ、結婚したかったです。こちらに来てしまいさえしていなければ。グスン)

(お年頃でしたものね、ユリさん、おいくつでしたっけ)

(十九でこちらに参りました)

(十九か。僕は十七でこちらに来てしまわなくとも、まだ結婚は全く考えていませんでしたね。十九だと、早く嫁がないと嫁の貰い手がなくなる頃だったのかい)

(そんなことはなかったけれど。でも、ユリ、お見合いの直前だったのに)

(ほら、富実さん、結婚はしたいものなのですよ。しなきゃ、男も女も不便)

(なのでしょうねぇ。夫など、私がこちらに参った後、私とロビンを異国に置いて、二人目の妻と共に英吉利に帰ってしまいましたもの。寂しいですわ)

(カテリーヌさん、たしか上のお子さんをあちらに残されたのでしょう。残されたご主人さま、お子さんをお育てになるのは、お一人では大変だったと思いますわ)

(でも、乳母を雇えばよかったのに)

(あの頃の日本で、仏蘭西語や英語を解する乳母はさぞかし難しかったでしょうな)

(ですからご再婚なさったのでしょう)

(はい。でも寂しいです)

(カテリーヌさん、上のお子さんの為と思えば)

(はい、でも、もうその子もきっとこちらの世界に。それまでの間、せめてもう少し一緒にいられたならば良かったのに)

(こどもは直に巣立ちますのよ)

(ですわねぇ、マサさま)

(それに、今、こちらで、ロビンちゃんとご一緒でしょう)

(はい)

(それでよろしいのではございませんか)

(はい。ねぇ、ロビン)

(フニャ〜)

(ロビンが久しぶりに返事してくれました)

(まぁ。ロビンちゃんも喜んでるのよ。きっと。カテリーヌさんが羨ましい)

(あら、ユリさんも、そちらでご両親さまとご一緒でしょう)

(はい、でも、無口で)

(トミーさん、たしかに、今の日本では、男も女も、結婚するのに年齢は関係ないかもしれませんねぇ。でも、彦衛門さん、マサさん、結婚しなくとも、何の不便も無い世の中なんですよ)

(まぁ)

(むしろ、結婚してしまった方が不便が多いかも)

(まぁ、富実さん、何をおっしゃる)

(ねぇご隠居さん)

(いや、僕に振らないでくださいよ。僕は結婚してよかったと思いますよ。結婚していなきゃ、好きなようには医院をやっていけなかったやもしれず)

(お医者さまでしたら、手に職、それも高給職、どのようにでもなされたでしょうに)

(いやいや、医者といえども、勝手の許されぬ職場の方が多いゆえ)

(そうなんですか)

(上や下に気を使う職場は僕には向いていませんしね、かといって一人だと困る、いや、昔はね困った。今は、一人でも困りませんよ。コンビニ行けば何でも揃うし、家政婦だって一時期よりは簡単に手配できるし)

(難しくなったそうですねぇ。女中にさんを付けなけりゃいけないとか、女中さんとか小僧などと呼ぶのもいけないとか)

(まぁそうなんですか)

(はい。田舎出の尋常小学校もまとも終えていない子などもういないそうですわ)

(まぁ、小学校を出てもお仕事ないんですか)

(ユリさん、今は中学校まで義務教育ですよ)

(そうでしたわねぇ)

(わたくし、学校には参りませんでしたのに)

(カテリーヌさん、わたくしもですわ)

(僕の頃は、まだまだ中等学校に行くのは半数もいなかったのだが、良い国になったのですね)

(そう。こどもの学ぶ権利ですからね。もっとも、学ぶ義務の方で嫌でも学ばにゃならないとも言えるのですがね)

(権利ねぇ。そんなこと考えたことなかったですよ。そりゃぁ、私が大学に行っていた頃、周りより恵まれているなんて言われもしましたが、銀行に入ってみれば、窓口の女の子を除けば男連中皆大卒でしょう。あっ、守衛さんなんかは中卒でしたか。農家の出でも大学出りゃ良い職に付けるなんて言われてね、たしかにそうでした。今の若者に比べればうんと楽させてもらったのでしょうか)

(えっ)

(虎さん、今のあちらの世の若者は気の毒ですよ。大学出ても仕事がない。いや、あるにはあるのだが、大学出たからといって正社員になれるという訳でもなく、就職できてもすぐ辞めたりね。我慢ができない、あはは、まぁ、私も他人のこと言えた立場ではない、あはは)

(そうですか、大学を出ても仕事があるとは限らないってことですか)

(まぁ、大学も雨後の筍のように戦後増えましたし、猫も杓子もともかく入れる大学に行っている時代ですからね。だからなのか、学歴と仕事とは直接は関係くなる。手に職を付けるというのは本来の大学の趣旨ではないとも言えるやもしれず。まぁ、医学部行けば大概医者になるとはいえ、他の学科じゃね。音楽や美術でもその道に進める人はごく一部、ましてや他の学科になるとね。そんなに需要がないのか、それともそんなに才能のある人がいるわけがないのか)

(そうそう、そんなことは妹達にしても嫁にしてもね。まぁ、嫁の場合は教養を身につけてよいご縁があればというお見合いの釣書用、そんなものでしょ。で、妹達は、う〜ん、あのまますぐ下の久実が勉強続けていたなら就職に役立ったか、いやぁ仏文じゃやっぱり釣書用だったのか、とはいえ、農家の娘が仏文じゃ、まるでフルコースとお漬け物、釣書にはならなかっただろうなぁ。で、怜実はその点、簿記で身を立てていましたから、大学よりも役立った。で、雅実はね、家政科、まさに釣書用みたいな学科、あはは、まぁ、家政学科なんて入り易かったでしょうけれど。今ならさしずめ、偏差値の低い大学)

(偏差値って何、虎ちゃん教えて)

(滅多に無いユリちゃんの頼みなのに残念、僕にも分かりません)

(そうですか、虎さんの頃は無かったですか。あれっ、そういや私の頃も言われていたけれど、今ほどではなくて、たしかあくまでも参考なんて言われていて、あれっ、ご隠居さんご存知ですか)

(僕も知りませんでしたよ。孫の瑞穂の頃に言われていましたが、そうそう、曾孫の頃からやたらと言われるようになって。あれも長い目で見れば流行やもしれません。そうそう、偏差値で行く大学や学科を決めてしまうから、大学に合わないとか仕事と合わないなんてことも起きるのでしょう。僕みたいに、坊主より医者、印哲より医術なんて性に合ったものに出会えれば学業も職業も長続きするのでしょうね、きっと)


お読み頂きありがとうございました。 霊園セミテリオの気の世界を、お楽しみ頂けましたなら幸いです。

お読みになられたあなたと、書き手の私が共に生きておりましたら、再来週水曜日に再会いたしませう。


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