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第十話 セミテリオの新入居者 その十七


(彦衛門さん、もう、ユリの番でもいいですか。彦衛門さんが五里に夢中なので、ユリ、我慢していたんだから)

(おう。霧の中より夢の中の方がいいですのっ)

(それでは、富実さん、お話の続き、お願いします。奥様が目に涙を浮かべられて、で、どうなったの)

(えっ、目に涙を浮かべてのところからまた始めるのですか。勘弁してくださいよ。その辺りは省いて、つまり、結局、翌朝は宿を出てからのドライブをやめて、ドライブは世田谷経由新居ということになったんですよ。せめて今から訪ねるって実家に電話ぐらいさせてほしかったのですが、それも断られて)

(まぁ、お電話お持ちでしたの)

(あぁ、そういえば、あの頃、電話は申し込んでから随分待たされていましたっけ。でも、我が家、ほら、戦後の食糧難で儲けてましたからね。早々と。ご隠居さん所も、お医者さんは早くからお持ちでしたでしょう)

(そうですねぇ。戦前からありましたよ。あの頃のは壁というか柱にくっつけてあって。なんだか柱に向かって話しかけているような妙な気分でしたっけ。でそれから卓上式の黒いのを長く使っていて、あの頃は都内通話は何分かけても十円でしたっけ。孫の瑞穂がよく長電話していましたよ。深夜なら、病院でない方の電話なら誰も使わないんだから構わないでしょ、って。テスト勉強の前には友達とつなぎっぱなしでね。僕がはばかりに起きると瑞穂の部屋から声が聞こえてくるというのがしょっちゅうでした。で、瑞穂が結婚した時には、何やら薄い緑の電話を引いて。あの頃から電話が黒じゃなくなった。で、僕がこちらの世に来る前には、携帯電話でしょ。何だか、どこにいても電話がかかってくるのが落ち着かなくてね。で、部屋に置いたままにして出かけると、携帯電話の携帯の意味がないじゃないの、と孫や曾孫に叱られて。でも、トイレに持って行って落とすのも嫌でしたしねぇ)

(まぁ、お手洗いでお電話ですか)

(いや、マサさん、そこまでは)

(なんだか、話と一緒に臭いもどこかに飛んでいきそうですのっ)

(だんなさ〜)

(彦衛門さん、今はテレビ電話もありますよ)

(うんっ。それだと、音と一緒にはばかりの臭いも風景も相手に伝わるということですのっ)

(だんなさ〜)

(電話、あれも、国に騙されたようなものでした)

(加入権のことですか)

(そうそう)

(たしかにあれはひどかった。そりゃね、加入権をチャラにされた頃の十万円って大したことがないといえばない、とはいえ十万円ですよ。それも、十万円を払った頃の価値観からしたら、大卒初任給並、いやぁそれ以上の金額でしょう。あれをチャラにしてしまっていいことにしたのは政治家達ですからね)

(旧くは鎌倉、江戸の徳政令。最近では、いやぁ、もう最近ではないですけれど預金封鎖も似たようなもの、ごく最近では銀行やスーパーなど企業の破産を救おうとして、赤字補填。電電公社の赤字救済があの加入権放棄してくれ、でしたし、そうそう同じ頃でしたっけ。国鉄の赤字は煙草税でってのがありました。なのに僕がこちらに来てからはJRの駅がほぼ全面禁煙のようですしね。全く政治家というのは)

(腹が立つか、っていえば、立たなくはないけれど、腹立てたって変わるわけじゃなし。ひどいひどいと口を合わせて文句は言ってましたよ私もね。でも政治家に期待したって、国に期待したって、だめ。それこそご隠居さん、鎌倉以来の歴史が証明しているじゃないですか。だったら庶民は適当に要領よく生きてりゃいいんですよ。小市民的生活と学生運動の連中に言われてもね。だって、あの連中だって、安保が終わった後は結局小市民的生活してたわけでしょう。私の人生観。いえ、人生観なんて持っていませんでしたけどね。庶民は庶民らしく適当に日々の生活を楽しめりゃそれで構わない)

(そういえば、維新の頃も、士族が崩壊させられて、しかし、士族は庶民ですかのっ)

(だんなさ〜)

(しかしですのっ、マサ、悦は士族の娘でしたのっ。だが、先日ここでうらみつらみを語っていたではないですかのっ。ほら、戦争が終わって、持っていた株も貯金も無くなって、と。士族でも庶民というわけですのっ)

(彦衛門さん、士族というのは新憲法の下では無くなったんですよ)

(そうでしたのっ)

(で、みんないっしょくたになって、庶民、というわけですのっ)

(腹が立つか、っていえば、立たなくはないけれど、腹立てたって変わるわけじゃなし。ひどいひどいと口を合わせて文句は言ってましたよ私もね。でも政治家に期待したって、国に期待したって、だめ。それこそご隠居さん、鎌倉以来の歴史が証明しているじゃないですか。だったら庶民は適当に要領よく生きてりゃいいんですよ。小市民的生活と学生運動の連中に言われてもね。だって、あの連中だって、安保が終わった後は結局小市民的生活してたわけでしょう。私の人生観。いえ、人生観なんて持っていませんでしたけどね。庶民は庶民らしく適当に日々の生活を楽しめりゃそれで構わない)

(そういえば、維新の頃も、士族が崩壊させられて、しかし、士族は庶民ですかのっ)

(だんなさ〜)

(しかしですのっ、マサ、悦は士族の娘でしたのっ。だが、先日ここでうらみつらみを語っていたではないですかのっ。ほら、戦争が終わって、持っていた株も貯金も無くなって、と。士族でも庶民というわけですのっ)

(彦衛門さん、士族というのは新憲法の下では無くなったんですよ)

(そうでしたのっ)

(で、みんないっしょくたになって、庶民、というわけですのっ)

(そう。で、儲けるのは要領のいい奴、つまり大企業を作って儲けてつぶして救済される。大企業から献金されてう

まく儲ける政治家とそれを陰でささえる官僚という構図)

(戦後の民主主義で、僕は世の中変わったと思っていますよ)

(あれだって、アメリカがくれたもので。日本の風土には合わないってんでしょ。だからいつまでも民主的じゃないこといっぱいあるし)

(選挙で、一応選べるわけで)

(あは、一応ですよね。私、投票場がどこにあるか、知りませんでした)

(はぁ)

(だって、私が投票に行こうが行くまいが、何も変わりやしませんよ)

(変わったかもしれませんよ)

(だって、結局庶民は庶民のまま、むしられる存在なわけで。少しでも自分もむしる方に回れればいいわけで)

(富実殿は、日本がどうあるべきか、など考えたことがないのですかのっ)

(彦衛門さん、そういうこと考えてらしたのですか)

(いやぁ、あの頃の士族たるもの、考えておりましたのっ。いや、そうでもないか。私は若かったからでしたかのっ)

(でしょう)

(かもしれませんのっ。ご維新の後は、士族の面々、日々の方便をどう得るか、それぞれ結構大変でしたからのっ)

(あのぉ、ユリの聞きたいお話の続きは、どこへ行っちゃったんでしょう)

(ああ、ユリちゃんには、そちらの話の方が気楽なんだね)

(虎ちゃん)

(僕は今の話がひっかっかってますよ。僕ははからずも司法の道へ進む前にこちらの世に来てしまいましたが、あのまま生きながらえて、もし学徒動員されていても生還して、司法の道に進めたとして、はたしてその場合の僕は、庶民をむしる側になってしまったのか、などと。僕の高等学校の同級生達はそれぞれ如何なる道を進んだのだろうか。もう大半はこちらの世にいるのかもしれませんが、庶民に成り下がったのか、それとも志高く、よりよい大日本帝国、いや日本国を作る一助になったのだろうか、などとね)

(う〜ん、虎さんなら、一助どころか二助、三助になっていたやもしれませんね。僕は僕なりに医療の道で人助けをしたと、少しは自負してもいいのでしょうか。まぁ、風邪や高熱には対処していましたし、息子も孫も孫娘も曾孫も医療の道に進んでいますから、代々、小さな人助けにはなっているのかな、そう思えて幸いです)

(もしかしたら虎さん、泥棒の一人や二人は捕まえていたかもしれないでしょう。それだって人助けですよ)

(いや、僕は検事か裁判官志望でしたから、直接泥棒を捕まえるつもりはなかったのですが。たしかに、それでも人助けにはなりますか。泥棒が減るならば、泥棒が改悛するならば、ですけどね。泥棒が出獄してもまた泥棒をするような世界を作ってしまったのやもしれませんし)

(虎ちゃん、なれなかったことを考えていたって仕方ないでしょ。それより、富実さんの、実際にあった話の方がユリには面白いわ)


お読み頂きありがとうございました。 霊園セミテリオの気の世界を、お楽しみ頂けましたなら幸いです。

お読みになられたあなたと、書き手の私が共に生きておりましたら、再来週水曜日に再会いたしませう。


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