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第十話 セミテリオの新入居者 その十六


(彦衛門さん、帝国海軍の飛行場を米軍が接収したということですか。それは、仕方の無いことですよ。戦争に負けたのですから)

(我が祖国が勝ったということですな。あはは、彦衛門さん、薩摩藩とて、古くは長州を、維新前には会津を、維新の前にも後にも琉球を支配したのではなかったでしたっけ。負けた土地を勝った側が支配するのは、戦国時代には当然のこと、それこそおとぎ話の桃太郎でも歌っていることですな)

(♪ももたろさんももたろさん、お腰につけたきびだんご、一つわたしにくださいな♪)

(♪これから鬼を征伐に、付いて来るならあげましょう♪)

(♪一度に攻めて攻めやぶり、つぶしてしまえ鬼が島♪)

(おやおや、虎之介さんまで、お歌など珍しい)

(ほんと、虎ちゃんが歌うなんて。どうしちゃったの)

(いや、僕も昔は幼かったわけで、で、この歌って、最初の方は可愛いから女の子向きでも、ほら、僕が歌った辺り、後半は勇ましくてね)

(彦衛門さん、鬼が島の様につぶされなかっただけ、厚木の海軍飛行場はましだったとも思えませんか。結局米軍の飛行場になったわけですし)

(いや、そういうことではなくてですのっ。そりゃ悔しいが、負けたのならば土地をぶんどられるのも仕方なかろうと思うのですのっ。先日のどなたかのお話ですと、戦争が終わって半世紀以上経った今でも亜米利加軍は日本に残っているそうですからのっ)

(えてして歴史とは勝者の歴史になるものでして。我が輩がこちらに参って後の両国の外交故に米国軍は日本国に駐留しているという、条約上の立場でして。敢えて申せば、彦衛門殿、我が死後のこととはいえ、我が輩の国亜米利加は、日本を我が領土にはいたしませんでした。おぅ、メキシコからは奪いましたな。しかし、南部は一応買収、アラスカは購入、やはり無理矢理領土にしたことは、皆無とは申せませんがな。現在我が国の軍隊が日本に駐留しているのは、あくまでも条約に拠ってのものであり、彦衛門殿のおっしゃるぶんどりとは異なるものですな)

(うへっ。ロバートさんのおっしゃるのは、安保のことですか。そういう真面目な話、政治は私、苦手でして。あたらずさわらずさわがずにスルーするのがうまくいきていく、要領の良い、お調子者の私の人生訓でして)

(いやっ、ロバート殿、富実殿、ご隠居さん、そういうことではなくてですのっ。その、真面目な話とか、政治の話とかではなく、え〜と、国家の威信とか国家の恥とか、軍事力の強弱ではなくてですのっ)

(だんなさ〜、まどろっこしいですわ)

(いや〜、マサ、厚木の村はどこにあるのでしたかのっ)

(だんなさ〜、覚えてらっしゃいませんか)

(いやぁ、厚木の場所が変わったのか、それとも、今は、別の厚木という所があるのですかのっ)

(厚木って言ったら、神奈川県の厚木市のことでしょう)

(ほうっ、今は村ではないのですのっ。で、同じ場所なのですのっ)

(と思いますが)

(ほら、だんなさ〜、富士のお山と江戸の間、富士から、どれくらいでしょうか。二十里ぐらい江戸の方にある)

(すると、私の知っている厚木村と同じ場所ですのっ)

(すっきりなさいましたかしら)

(いや、マサ、同じ場所ということになると、余計にすっきりしかねますのっ)

(だんなさ〜どうして)

(彦衛門さま、ユリ、じれったい)

(ユリさん、じれったい、ってどういう意味でしょう)

(えっ、カテリーヌさん、じれったい、って......

え〜と、いらいらするっていうか、はっきりしてっていうか)

(impatientですよ)

(あ〜、はい、impatient。ロバートさん、Merci)

(あの厚木ですと、相模からかれこれ五里は離れておりますのっ、まさに五里霧中ですのっ)

(五里っていうとほぼ二十キロですか、ご隠居さん)

(まぁ、そんなものでしょうか。相模湾から二十キロ程内陸になりますか)

(ご隠居さん、そうですのっ。ですから、私には解りかねるのですのっ)

(だんなさ〜)

(マサ、考えてごらん。海より五里も離れた陸に、何故海軍があるのですかのっ。帝国海軍だけでも不可解なのに、その後、亜米利加も、同じ場所に陸軍ならまだしも、海軍を置くというのは、私には理解できぬのですのっ)

(あら、本当に。だんなさ〜、たしかに)

(あ〜、そうですねぇ、確かに。まぁ、飛行機なら二十キロ、五里などひとっ飛びでしょうから)

(だんなさ〜、わたくし、わかったように思います。飛行機は船から飛び立てませんでしょう)

(ですのっ、マサ)

(ですから、海軍でも飛行場は陸地に作ったのではないでしょうか)

(いや、マサ、飛行場を陸地に作るならば、海軍ではなく、陸軍が作ればいいのではないですかのっ。何故に陸軍ではなく海軍が飛行場を持たねばならないのですかのっ)

(あら、然様でございますわねぇ)

(なるほどね。僕も、そう詳しくはないのですが、陸軍も飛行場を持っていた筈ですよ、ねっ、虎さん)

(はい、はい、所沢にありましたよ。僕が従兄弟にグライダーに乗せてもらった近く)

(ほら、マサ、陸軍が飛行場を持っているなら、何も海軍が飛行場を持たなくともよかろうにと思いませんかのっ)

(たしか、陸軍と海軍は仲がよくなかった、そんな記憶がありますが、ご隠居さんはご存知ないですか)

(そんな話を耳にしたような覚えもあります。僕の息子は海軍の軍医の芽でしたが、あまりそういうことは口にしていませんでしたね。ですが、はい、何か、海軍の方が自由闊達で、陸軍はお固くてやぼったくて、とか、うわさ話では耳にしていましたね。海軍は志願制で、陸軍は徴兵とかというのも)

(あの頃、そういうことは口に出せませんでしたが、たしかにそういう雰囲気がありましたね。行くなら海軍とか、海軍の世界観の方が視野が広いとか、陸軍は共栄圏と国内、それも帝都、それも官庁街でどれだけ実権を握るか、権力闘争ばかりで、などとね。僕はそういう意味でも、その辺りから一歩遠のいて司法の道を志していたわけですが)

(虎之介殿、ご隠居殿、つまりは、陸軍と仲の悪い海軍が、陸軍に対抗して飛行場を作った、ということになるのですかのっ)

(かもしれない、とは思いますよ。陸軍と海軍は仲が悪かったらしい、というのが、庶民の噂になっていたくらいですからね。火の無い所に煙はたたないでしょうし)

(ご隠居さん、航空母艦って、帝国海軍にありましたよ、ね。真珠湾攻撃の折には、赤城や加賀、飛龍、蒼龍等全部で空母が六艦ではなかったでしょうか。その後も、建造していた筈です)

(うわぁ、懐かしい。私、少し思い出してきました。かが、あかぎ、そうりゅう、ひりゅう、しょうなんとか、ずいなんとか。小学生の頃の友人の兄貴が、その内のどれかと同じ年だったかで、で、ミッドウェーで沈められちゃったんですよね。たしかどれかは敵にではなく、味方に。古くさい絵や紙の模型を出して来て、お前達知らないだろう、ちょっと前まで日本は勇ましかったんだぞ、って)

(あの頃伝えられていた戦果はいいことづくめで、実態は随分悲惨だったらしいですね。それにしても、そのご友人のお兄さん、よくお持ちでしたね)

(こどもにとっちゃ宝物ですからね。今はもう持っていないでしょうけれど。というかその兄貴はあちらにいるのかそれとももうこちらの住人なのか、そもそもその友人の名前とあの頃の顔かたちは覚えていても、高校は別でしたからね、今、こちらであっても、互いに気付かないでしょうしね。ましてやその兄貴となると)

(随分経ちますからねぇ。そりゃもう持っていなくとも当然ですね。ただ、あの頃、戦後すぐの頃、大人だったら帝国陸海軍の関連のものは、占領軍が怖くて処分したでしょうからね)

(宝物は大切にしますもの。ユリだって、きれいな色のおはじきや千代紙のお人形だって、大事にしていました)

(航空母艦とは何ですかのっ)

(あっ、それのことですよ。つまりね、飛行機は船から飛び立てるのですよ)

(だとすると、マサ、いや、虎之介殿、私の疑問は振り出しに戻りますのっ。何故、海軍は飛行場を内陸に作ったのですかのっ。船から飛行機が飛び立てるならば、陸地に飛行場を作る理由が私にはわからないのですのっ)

(我が祖国には、海軍に属しておりながら、陸上戦闘部隊というMarinesがおりますからな、海軍が飛行場を持っていても構わないとも思えるのですがな。どこで線を引くかが難しいことなのでしょう。我が輩がこちらに参った折には、陸軍と海軍だったのが、今では、あちらこちらの国に空軍というものがござる。つまり、空軍が分かれる以前には、空はどちらのものでもあり、どちらのものでもなかった、ということなのではないですかな。陸の上にも空はあり、海の上にも空がある)

(いや、ロバート殿、虎之介殿によると、飛行機が飛び立てる船がある。陸地の担当は陸軍である。ならば、何故に陸地に海軍が飛行場を持つのであろうか、ということでしてのっ。それも、海辺から五里も内陸にですのっ。五里霧中ですのっ)

(う〜ん)

(彦衛門さん、今まで僕は、厚木の海軍という謎に気付いたことがなかったですよ。面白い所に疑問を抱かれたのですねぇ。しかし、人間のやること、世の中には古今東西、何故というのがたくさんありますからねぇ。それが興味深い。ですからあちらのよで僕は長生きしてきました。彦衛門さんも、そういう謎をお持ちですから、こちらの世で消えないのですね)

(だんなさ〜、いつまでも疑問をお持ちくださいませな)

(マサ、謎が多いと、眠れませんのっ)

(眠れなくとも、疲れる身体のないわたくし共ですもの)

(ですのっ)

お読み頂きありがとうございました。 霊園セミテリオの気の世界を、お楽しみ頂けましたなら幸いです。

お読みになられたあなたと、書き手の私が共に生きておりましたら、再来週水曜日に再会いたしませう。


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