第十話 セミテリオの新入居者 その十
(娘が生まれた年に祖父は他界したのですが、あの時にえ〜と、あの時に何歳だったかなぁ。九十を超えていたと思いますよ。で、その十年後に祖母が死んで、あの時、百まで生きると思っていたらと姉が言っていたから、やはり九十は過ぎていたんですが、計算すると、え〜と、千九百年よりは前に生まれていることになりますね。あっ、そうそう、日露戦争の前に上京してきたのだから、その頃、祖父は二十を過ぎていた筈で、日露戦争がいちやくしんの日清戦争の十年後でしたっけ、だから、千九百四年。千八百八十年頃の生まれだと思います。ユリさんの方が先にお生まれになってらっしゃいますか)
(千何年って、西暦でしょ。ユリ、苦手なんです)
(私も苦手ですのっ)
(あら、わたくしにはわかりやすいですわ。わたくし千九百二十三年にこちらに参りましたの。ユリさんは、以前、たしか、わたくしより四年程早くこちらにいらしたっておっしゃってましたから、ユリさんは千九百十九年にこちらに参られたのですわ)
(はい。十九で、大正八年でした。)
(ってことは、千九百十九年が大正八年てすわね。そこから十九を引くと、千九百年、あら、ちょうど千九百年にユリさんお生まれになってる)
(ってことは、私の祖父母よりユリさんの方が後でお生まれになったということですね)
(富実さんのおじいさまおばあさまは、私より二十ぐらい上の方々なんですね。私が幼い頃に、手に手をとりあって上京なさったってことかしら。あら、それじゃぁ、富実さんのお父様はユリより少しお若いのかしら)
(え〜と、父は千九百年生まれです。あっ、ユリさんと同じ年ですね)
(おじいさまとおばあさまは、富実さんのお父様が幼い頃に上京なさったってことは、あら、やっぱり富実さん江戸っ子何代目になるのかしら)
(あっ、上京してきた祖父母ってのは、父方ではなく、母方の方で、父方の祖父母は、あれっ、いつから東京っていうか江戸にいたんだろう。あれっ、そういえば父方の家族の話って、あんまり聞いたことないんだ。元々父は寡黙だったし。あ〜そうか、ってことは、もしかしてずっと江戸っ子だったのかもしれない。父方の方は、どこか余所から来たとは聞いたことないし)
(あのぉ、わたくしわからないのですけれど。江戸っ子のお話、さきほどもなさってらして。江戸っ子ってそれほど大事なことなのでしょうか)
(あはは、たしかに。どうでもいいともいえますね。いやぁね、たぶん、ほら、都市は人の入れ替わりが激しいから、何世代に渡って都会に暮らせている、続いているってのは、珍しい事ですからね。珍しいものは珍重される、その類いですよ。仏蘭西でも、パリッ子って何か独特ではないですか)
(なるほど。然り。我が輩には理解できますな。ニューヨークっ子と同じですな。ふむ。都市生活者ではなく、代々都市で生まれたものは、珍しい存在なのですな。ふむ。これは興味深い)
(わたくしなど、せめて死んでからは宮之城に帰りとうございましたのに。だんなさ〜をこちらに埋葬いたしましたから、そのままわたくしも東京の土になりました)
(マサ、お前は、私と同じ墓には入りたくなかったとでも申すのかのっ)
(だんなさ〜、今申し上げたではありませんか。だんなさ〜がこちらにいらっしゃったから、わたくしこちらに入りましたの)
(しかしですのっ、墓の手配をしたのは、私ではなく)
(わたくしでもございませんわ。温ですもの)
(しかたなかろう。温は薩摩を知らぬ身)
(ですわねぇ)
(ユリ、富実さんのお話の続き、聞かせていただきたいです)
(えっ、はい。つまり、要領の良いのは、私の母方祖父母というか祖父、いや、やはり祖母もでして。で、その、母方祖父母は手に手をとりあって伊予の国から上京してきたわけで。で、母は一人っ子でね。あの時代には珍しく。で、私の父は入り婿で)
(どこが要領良いのかしら)
(あ〜、ユリさんは、要領の良い話を聞きたいんですね)
(はい。だって、手に手をとりあって上京したのって、別に要領が良い話しだとも思えなくて)
(あ〜、上京したことが要領良いとも言えるんでね。手に手をとってと言ったって、カテリーヌさんみたいにロマンスではなく、いやぁ、ロマンスは二人の間にはあったのかもしれないけれど、何しろ駆け落ちなんですよ。それも略奪婚みたいな)
(うわぁ、すごい。うわぁ、ユリ聞きたい、でも、聞いてもいいですか)
(私もあまり知らないんですよ。ただ、私が結婚する少し前に、その頃祖父は少し惚け始めていたんですが、僕に昔話を語ってくれてね、祖父は伊予で農家の跡継ぎだったんです。結構大きな農家だったそうで、一族の財産を守ろうとしたのだろうと思うんですが、祖父の弟が除隊したら一緒に祝言上げて、本家と分家とに分ける予定だったそうです。で、祖父も祖父の弟もそれぞれ親達が決めた相手というのがいて、家風に慣れる為なんて、まるで武士みたいなことを言っていたそうで、農家でしたからね、田植えや稲刈りなど皆でやる作業以外にも、祭りや餅つきなど事あるごとに許嫁達が顔を出していたそうで、で、祖父は父が決めた許嫁ではなく弟の許嫁に横恋慕して、で、手に手を取って上京。駆け落ちの駄賃に金をたんまり持ち逃げしたそうです。まぁ惚けかけていましたからどこまで本当なのかわかりませんが、祖父が自慢話のようににやにや私に語る横で、祖母が、そんな話しなくてもいいのに、恥ずかしいと顔を赤らめてました。それまで祖父母からそういう話を聞いたことはなかったのですが、祖父母の係累が伊予にいるらしいとは聞いていたものの、伊予、今の愛媛とは手紙や葉書のやりとりも、たしかなかったと思うんですよね。私が幼い頃、戦中でしたから、もし愛媛の親戚とうまく行っていたなら危ない東京にいるよりも僕や兄姉達こどもだけでも疎開させるってこともできたでしょうしね。そんな話は一切なかった。たぶん、駆け落ちしたのだったなら、ましてや金を持ち出ししたなら、恥ずかしくて帰れなかったのかなぁ、なんて思いましたよ。で、持ち出した大金で、その頃は安かった荏原の土地を買って、少しずつ土地を広げ、小作を作って、やっぱりこういうのは要領よかったんだと思いますよ。要領の悪かったのは、祖父母には娘一人で他にこどもができなかったことくらいでしょうか)
(ほっ、こども一人は要領悪いですか、僕には息子一人。その息子にも娘が一人、孫娘も一人しか産まなかったし、まぁ、曾孫の嫁は玄孫を一気に三人も産んでくれましたが、僕も息子も孫娘も要領悪かった分を曾孫が取り戻したってことになるんでしょうかね。ふむ、僕の家系は要領悪いことになるわけですね)
(いえいえ、ご隠居さん、そういう意味ではなくて。少ないこどもを大切に育てられる環境ならそれは素晴らしいこと。どんどん死んでしまうから多産だったのかもしれませんよ。実際、両親は九人子作りしましたがまともに育ったのは六人ですからね)
(あら、計算が合わない。ユリの勘違いかしら。えっ、たしか、末っ子のお二人が亡くなられたんでしょう)
(ああ、はい、え〜と、はい)
(九ひく二は七。今、六人っておっしゃいませんでしたか)
(はい、いえ、七人育つには育ったんですが、僕の兄は、ちょっとね)
(えっ)
(障害者なんですよ)
(障害者って何ですか)
(身体や精神のどこかが不自由な者のことです、今はね)
(えっ、ユリ、わかりません)
(盲人とか、聾唖者とか、精神疾患とか)
(あっ、めくらとかおしとか馬鹿な人ってことかしら)
(う〜ん、そうなんですけれどね、そういう言葉は、ユリさん、今は使ってはいけないことになっている)
(へぇ〜、どうして。だって、目が見えない人をめくらって言うでしょ)
(盲人、ないしは目の不自由な人、と言うことになっているんですよ)
(ふ〜ん)
(呼び方が違ったからと言って、実態が変わるわけではないように思います。法律の定義でもあるのでしょうか)
(虎さん、もう十年ぐらい前でしたか、まさに、その法律の定義が変わったんですよ。それまでは、身体や精神に欠陥があるという表現だったように記憶しています。めくらとかおしとか欠陥、あるいは正常ではない、こういう表現は誤解を招き差別につながる、ということでね)
(呼び方が変わったって、いじめる人はいるんでしょう)
(ですね。まぁ、せめて法律上だけでもできるだけ差別につながらないように、ということなのでしょう)
(どうしてそういう人いじめちゃうのかしら。ユリだったら、親切にしてあげるのに)(ユリさん、その、あげる、というのも問題になることがあるらしいですよ)
(えっ、どうして。じゃぁ、親切にしちゃいけないってことかしら)
(いや、親切にするというのは正しい行いなんですがね、あげる、というのは自分が相手より上にいる、ということになるらしくて)
(ええっ、だって、目の見えない人が困っていたら、目の見える人が助けてあげれば、あっ、あげるってのがだめなら、だったら、何もできなくなっちゃう)
(ということになる、堂々巡りになってしまう、だから手も足も出せなくて、けれど障害者を見ているのは辛い、だから目をつむる、見ないふりをする、結局助けられない。真面目な人ほど、何もできない、そういうことも結構あるようです)
(何か、とっても変)
(そう、僕もね、変だと思いますよ。法律の表現は正しい、あげるという表現が間違っているという解釈も正しい、助けたいという感情も正しい、でも、うまく噛み合ない。困っている人を無視するのは正しくない、下手に手出しするわけにもいかない、助ける方法を知らない)
(世の中そんなもんですよ。だから、私も、途中までは気にしていたけれど、親が黙ってろと言うから、私も黙るようになりました。まぁ、これも要領のよい、の一つかもしれません)
(障害には、先天性もあれば、疾病や事故など後天的なものもありますが、お兄さんの場合は、事故か何かででしょうか)
(私もよくは知らないんですよ。私が高校の頃には、同級生なんかに尋ねられて、で、答えられないから親にきいたことあるんですよ。でも、親もまともな病名を言わないんですね。よちよち歩きの頃に縁側から落ちて頭を石にぶつけたからだとか、その後高熱を出したからだとか言っていました。たぶん脳性麻痺らしいんですが、ほら、私の若い頃でも差別されたりいろいろと陰口たたかれたりしてたでしょう。で、両親は、他の兄弟の結婚や就職に影響があると思っていたらしく、兄弟姉妹達にすらまともに病名を言わなかったんですよ。今になって思えばね、障害者手帳には病名が記載されていたのかもしれない、なんてね。でも、私がそう気付いた時には、もう兄は他界していました。一昔前、起こしに行ったら布団の中で冷たくなっていて、心不全だったそうです)
(心不全......)
(ご隠居さん、何か)
(いや、心不全とは病名ではなく、状態でね。要するに心臓の動きが止まることで、つまり、どう言ったらいいか、普通、死んだら心臓は止まるでしょう。心臓が止まる前に何らかの疾患があったわけで、本来の死因はそちらなんですが、そこを調べず、傷も持病もなくて、要するに原因は追求せずに、心臓が止まったのだから心不全。とても便利な言い方なんですよ)
お読み頂きありがとうございました。 霊園セミテリオの気の世界を、お楽しみ頂けましたなら幸いです。
お読みになられたあなたと、書き手の私が共に生きておりましたら、再来週水曜日に再会いたしませう。