第九話 セミテリオから何処へ その三十三 最終回
(当然ながら、もう結婚しておりますの、それはおめでとうございます。ご結婚相手は今日はいらっしゃってるのでしょうか、いえ、あちらも法事で、それはそれは、大変でしょう、とか、お幸せですわね、ご結婚の次はおめでたもそろそろ、いえ、はい、もう、来春生まれますのよ、まぁ、それは重ね重ねおめでたいことで、悪阻は大丈夫そうですね、もうそろそろ男の子か女の子か分かる頃でしょう、最近は生まれる前にわかるそうで、どちらがお望みなんですか、などという話の流れになりますわねぇ)
(えっ、生まれる前にわかるんですか。すごぉい。で、どちらなんですか、マサさまのえ〜と玄孫の次は何でしたっけ)
(来孫ですな。その次が昆孫、え〜とその次が)
(仍孫、雲孫ですよ、ロバートさん)
(あっ、そうでした。まだ続くのですかな)
(続くのでしょうか。僕も知りません)
(子、孫、ひ孫、玄孫、来孫、昆孫、 仍孫、雲孫。なんだか早口言葉かお経みたい。あっ、で、来孫さんは、女の子なんですか、男の子なんですか)
(まだ、分からないそうでした)
(でも、どうして分かるの。とっても不思議。だって、お腹の中にいるのに、どうして)
(ユリさん、今はね、お腹の中を見られる機械があるんですよ。で、その機械とてね。男の子だと分かりやすいのですが、女の子だとね)
(どうして)
(つまり、ついている物があれば男の子、なけりゃ女の子。ですが、無いというのを証明するのは難しいものでね)
(ですのっ。無実というのを証明するのは難しいのですのっ)
(あはは、こりゃいい)
(えっ、ユリ、わかりません)
(その内わかりますわ。いえ、あら、無理かしら。あっ、その内、お生まれになれば、わかりますよ、ユリさん)
(はい。で、いつお生まれになるんですか)
(来年の三月だそうです)
(うわぁ、おひな様の頃かしら。じゃぁ女の子だとすぐお節句。あっ、ユリが話そらしてしまいました。ごめんなさい)
(いえ、それでね、そういう話を摩奈が他所の方々と、あら、他所の方々ではないですわねぇ。そちらにいらした方々、皆どこかでつながっていらっしゃるのですものね。で、摩奈が話している間にね、わたくしとだんなさ〜は、綾子の心の中の回想が見えてしまいましたの)
(でしたのっ、あの時に綾子の世界に参ったからなのか、あちらの世でもこちらの世でも見えない筈の綾子の声が聞こえてしまったのですのっ。それで、今まで少しずつお話してきたことが全部分かって、次から次へと仰天でしたのっ。あの綾子の回想が見ええていなければ、ここまで私もマサも、皆様にお話し辛いことはなかったと思いますのっ。もう、開き直って、恥の上塗り、話しますがのっ)
(摩奈がそういう話をしておりました横で、綾子がね、こどもが出来て結婚して、で、一番幸せなのはきっと彼よね。こちらはひやひやさせられっぱなしなんだから、まったく、って聞こえたんですの。そりゃね、身ごもったのに結婚しないよりはましよ。でも、そもそも、一緒に住むからって宣言されて、それから一年経ったら、このまま妊娠しなかったら別れるからと言われて、そんなのありなわけ、とね。もう、だんなさ〜もわたくしも、結婚したことと身籠っていることは朝子や綾子や摩奈の言葉で分かっておりました。摩奈が手を合わせてご先祖様かたがたに身ごもったことの報告をしている時には驚きましたが、単純に喜びもいたしました。でもね、一年間も結婚せずに一緒に住んでいた上に、身籠らなかったら別れるなどと考えていたなどとは、もう言葉もなくて)
(あのぉ、結婚前に一緒に住むのでしたら、私の所も)
(まぁ、夢さま、然様でございましたの)
(いえ、私ではなく、孫娘がやはり)
(あぁ、そういえばそうでしたね。あの時も、僕は、今はこんなものだと思いましたが)
(あら、わたくし存知ませんわ。夢さまいつ、いえ、ご隠居さんもご存知のことなのでしょうか)
(あら、あのお話した時、カテリーヌさんもいらっしゃったのではないですか。ほら、望がお付き合いしている醤油顔の翔也さんのこと)
(あら、はい、おりました。そういえば)
(まぁ、いつのことですの)
(あの時、マサさまと彦衛門さまはご一緒いたしませんでしたわね。時折白黒の犬を連れてここに参ります娘と孫に乗って、みなさまと娘夫婦の家に参りましたの。その時にお話いたしましたが、あら、私も、やはり申しにくいものですわ。孫娘がね、娘夫婦の家で一緒に住んでおりますのよ。あっ、孫娘が娘夫婦の家に住むのは当然なんですが、醤油顔の彼もね。まぁ、結婚を前提にはしているらしいのですが。なんともね。ですから、今の時代、そんなものなのかもしれませんわ。そう驚かれることではないのかもしれません。いえ、でも、私も初めて知った折には卒倒しそうでしたわ。娘の両親がいる家に来て、いえ、帰ってきてかしら。料理の分担表までできていて。で、娘夫婦も、結婚していないのにそれをたいして騒いでいないのですもの。おおらかというか放任というか。何ともね。お恥ずかしい限りですわ。あら、主人はこのこと知らないことになっておりますの)
(まぁ、通い婚はそんなものだったのではないでしょうか。あの頃、それこそ婚姻の法整備もなかったのやもしれず。いやぁ、あったのでしょうか。今度虎さんに聞いてみたいものですね)
(でも、ご隠居さん、通い婚の時代、平安時代でしたっけ。あの頃は、みなさんそういうご結婚でしたでしょう。今は、まだ)
(そうでもないのではないでしょうか。実際、ほら、ここセミテリオの仲間のご子孫に、わかっているだけでももう二組ってことでしょう)
(夢さん、そうだったのですか。それはそれは。摩奈のことを知る前でしたら、夢さまがどういう方なのか、変な目で見てしまったかもしれませんわ。いえ、もしあちらの世におりましたなら、お付き合いをいたしたくなくなっておりましたかもしれません。ごめんあそばせ。でもね、わたくしも、摩奈のことを知った折、思わず、そういう摩奈を育てた綾子が悪い、いえ、そう考えましたら、そういう綾子を育てた朝子が悪い、そういう朝子を育てた絵都が悪い、そういう絵都を育てたわたくしが悪いってことになりますでしょう)
(マサさま、そこまでおっしゃったら、ご子孫が悪いことは皆ご先祖さまが悪いことになってしまいますわ)
(ご隠居さん、鎌倉時代になったら皆親戚でしたっけ)
(と言われてますねぇ)
(だったら、マサさんとユリもご親戚かもしれないってことでしょ。うんと遠い遠い遠い親戚ってことになるんでしょ。ってことはユリも悪いってことかしら)
(いや、それは違うのではなかろうか)
(どうして)
(何故ならば、子孫の悪が先祖の悪だとして、先祖の悪が子孫の悪とは言い難し)
(いや、そもそも、悪いことなのでしょうか)
(ご隠居さん、悪くないと思われるのですか)
(悪いというのは、その時代の判断で、それぞれの時代の常識や法律に違反していると悪いということになりますがね。だからと言って、本当の意味で悪いことなのでしょうか。盗むというのは悪いことでしょう。命を盗むことが殺人。しかし、法律の名の下に、殺人を犯すことを死刑と言う、あるいは、若者を戦場に送って殺すことも然り。けれど、時代や地域によって、徴兵も死刑も悪とは言わないわけですからね。彦衛門さんとマサさんが、このお話を何度もためらっていらしたのは、彦衛門さんとマサさんが生きてらした頃の日本の時代の常識で判断なさるからで。式をあげる前に結ばれるとか、妊娠するというのが悪かどうかは、先ほどから語って参りましたが、それほど悪いことではないのかもしれませんからね。ましてや今のあちらの時代ではね)
(ご隠居さま、今までご隠居さまにおっしゃっていただいて、式もあげずに一緒に住むことや身ごもることが悪いことではないのかもしれない、というのは、それなりに私もわかりますの。でもね)
(しかしですのっ、身ごもらなけりゃ別れるというのは、いただけませんのっ。それでは出戻りですのっ。いや、式をあげていないのだから、出戻りにはなりませんかのっ)
(そこなんですよ、彦衛門さん。式をあげていない、ないしは、籍を入れていない、だから、別れる自由がある。摩奈さんにしてみれば、一度籍を入れてしまうと、妊娠しないからといって別れるのは大変だとでも思われたのではないでしょうか)
(別れるのは、籍が入れてあろうとなかろうと大変だと思いますわ)
(たしかに。それでも、籍が入れてなければ、法律上のややこしいことは避けられますからね。妊娠できない場合、以前もお話したことがありますが、本当は、男にだって責任がある。ただね、昔から、妊娠できないのは女側に理由があることにされていましたからね。男は、妊娠させられないなどとなると、沽券に関わると思って、なかなか検査に応じないらしいですしね。ある意味、摩奈さんの、妊娠できなければ別れるというのは、賢い判断かもしれませんね。男の側は辛いでしょうね。きっと綾子さんの世代でもかなり驚かれたと思いますよ。で、回想されて、それを読んでしまった綾子さんより前の世代、ましてやもっともっと前の世代のマサさんや彦衛門さんは、そりゃぁ語りたくはなかったでしょう。でも、どうでしょう。もし、摩奈さんが結婚して妊娠できないままですと、彦衛門さんとマサさんのご子孫が増えなかったかもしれませんからね)
(いや、私には、まだ他にも玄孫はいる、マサ、いますのっ)
(はい、ここの墓、本家筋にも。それに、後はもうわからなくなっておりますが、まだたぶん。末広がりの裾広がり)
(僕だって、少々驚かされましたよ。今のあちらの世の女性は、そこまでたくましくなっているのだとね。僕のところも、ひ孫の嫁がいつまでも妊娠しなかった時にはハラハラしましたが、一挙に三人育てようという覚悟もたいしたもんだと。女が強くなってきたのですね。子孫を残そうとすることこそ、人類の生命体としての意味が在るわけで)
(あっぱれとでももうしましょうかのっ)
(そうそう、そうですよ。どうせ、気に病んだとて、手も足も出せない我ら。何事も気楽にとらえれば善しかな)
(子を生すどころか結婚の前のお見合いもできずにこっちに来ちゃったユリなんて、意味の無い人間、ってことですか)
(いやぁユリさん。人にはそれぞれ存在理由があるものですよ。ユリさんを見たから、こんなかわいいあかちゃんを生みたいと思った方がいらしたかもしれませんし、ユリさんが亡くなったから、病気には気をつけようと思った方もいらしたでしょうし、ね)
(ありがとうございます。でも、なんか、すごいなぁ。お見合いして、結婚して、赤ちゃんができて、って考えていたけれど、ユリもう時代遅れなんですね。摩奈さんすごい)
(いやぁ、凄すぎるのですのっ)
(ユリさん、だんなさ〜やわたくしが言いよどんでおりましたこと、今なら分かっていただけますでしょう)
(はい。でも、お話していただけたから分かったんです。でも、ほんと、凄いなぁ。いいなぁうわぁ、虎ちゃんだったら何て言うかしら)
(あはは。虎さん、案外タジタジとなったりして。そうでなくとも最近の元気なユリさんに負けているようですしね)
(まぁ、そんなこんなで、法事が終わってのっ、私共四十名もそれぞれのご子孫の近くで和やかでしたのっ。ご仏壇の横にきちんと紋付袴で正座なさった嘉徳氏に黙礼してのっ、摩奈達と共に、え〜とタクシーに乗って、電車に乗って、新幹線に乗って皆で新横浜で降りましてのっ)
(新幹線の速さも怖くは感じなかったのですよ。皆一緒ですと落ち着いて乗れました。朝子夫婦は京都で降りなかったのですよ。綾子の家まで行くと申しましてね。摩奈も割と近くに住んでいるとのことでしたから、摩奈のお相手のお顔でも見られるかもしれないと、それに、絵都と碧さんのお墓も割と近くて。だんなさ〜とわたくしも綾子の家にと思ったのですが、残念なことに、わたくし共四人は憑いていけなかったのです。またフワッ〜と浮き上がって、スゥ〜)
(またフワッ〜スゥ〜が何度もですか)
(いや、フワッ〜もスゥ〜も一度だけでしたのっ)
(途中で絵都と碧氏はスゥ〜と降りて、わたくし共はこちらにスゥ〜と戻りましたの)
(突然消えてしまわれました折には、わたくし心配いたしておりましたの。こうやってマサ様と彦衛門様がお戻りになられて、嬉しゅうございます)
(カテリーヌさん、ありがとうございます。わたくしも、一時はもうこちらには戻れないと、また別の世に参るのかと思っておりましたし、嘉徳氏のお宅に落ちました時にも不安いっぱいでしたし、でも、播州の夏も良うございました。あちらの世におりましたなら、夏は暑くて辛かったでしょうけれど、こちらの世におりますと、夏はお盆で、今回のように皆様にお目にかかれる良い機会ですわ。終いには、子孫にも会えましたし、それに来孫が直に生まれるようですし)
(めでたしめでたし、ですわね)
(終わり良ければ全て良し)
(まぁ、生まれることはめでたし、しかし生まれる前のあのいろいろはなんともですのっ)
(世は人に連れ、ですわ、だんなさ〜、あきらめましょう。いえ、来孫誕生を待ち望みましょう)
(そうですわ)
(いいなぁ、ユリもフワッ〜スゥ〜をしてみたいですぅ。蝉にでも乗ってみようかしら)
(蝉がこれだけやかましくとも、烏も暑さを避けて、蝉を食いには来ませんのっ)
(暑さ寒さを感じぬ吾達が幸かな)
(暑さ寒さも悲願まで、いや、この世に来るまで)
(あ〜あ、ユリ、ジージーガシャガシャよりカナカナカナカナがいいのになぁ)
第九話 おわり
お読み頂きありがとうございました。 霊園セミテリオの気の世界を、お楽しみ頂けましたなら幸いです。
お読みになられたあなたと、書き手の私が共に生きておりましたら、再来週水曜日に再会いたしませう。