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第九話 セミテリオから何処へ その三十一


(わたくしもだんなさ~も、はっきり覚えておりませんのよ、ただ、嘉徳氏が、どうも、摩奈の高祖父にあたることになるらしくて、そこを確かめたく思って、嘉徳氏にお伺いいたしましたの。そういたしましたら、嘉徳氏が、摩奈のことは、三回前、つまり二十四年前に赤子の折に来たことがあるらしいとおっしゃって。ただ、あまりに数が多くて、どういう係累なのか、定かでなく申し訳無いとおっしゃって。とにもかくにも、嘉徳氏か弟さまか嘉徳氏のお父様が、摩奈の父方の高祖父でいらっしゃるらしくて)

(摩奈を通じて、私と嘉徳氏がつながったというわけですのっ。私とマサが遠路はるばる、奇妙な旅をした訳がわかったのですのっ。いや、孫の朝子が現れた折に、既に摩奈の父との関係でわかっておりましたがのっ、いやはや、摩奈のあの心の中の発言がですのっ、私とマサのみならず、絵都や碧氏、朝子とそのご主人殿もあの場にいたことの、理由と申しましょうかのっ)

(ユリ、全然分かりません)

(いやぁ、つまり、摩奈が結婚しましての、ご仏壇のご先祖様方々に、それでご挨拶をしていたわけでしてのっ)

(おめでとうございます)

(いいお話じゃないですか。お話をしぶられて、何をもったいぶってらしたのでしょう)

(おめでとうございます。でも、ユリ、わかりません。それが、そのぉ、ずぅっと、彦衛門さまやマサさまが、お話しし辛いことだったんですかぁ。どうして。おめでたいことなのに。まさか、ユリ達に隠したかったのかしら。ユリが結婚できないままこちらに参ってしまったからかしら)

(いえ、いえいえ、そうでなくて。だんなさ~、そうなんですよ。おめでたいことなんですもの。そう考えればいいのですわ)

(そりゃそうですのっ。しかし身籠っているのですからのっ)

(まぁ、おめでたいことではないですか)

(えっ、玄孫さん、おめでたなんですか、まぁまぁ、おめでとうございます。本当におめでたですわね。あら、それで来孫なんですね)

(うわぁ。いいなぁ。ユリなんて結婚だってできなかったのに。結婚なさって、もうおめでたなんて、いいなぁ。ユリ、摩奈さんになりたいっ)

(ほうほう、そりゃ重ね重ねめでたいことで)

(玄孫の摩奈さんが来孫をお腹の中に入れてらっしゃるってことですわね。おめでとうございます。おうらやましい限りですわ。わたくしなど仏蘭西のどこかに来孫がいるのかどうかも存じませんのに)

(あら、おめでたいことが二つも重なってらして、何で、お話しし辛いんですかぁ。ユリ、やっぱりわかりません。もしかして、嘉徳氏の所のご法事だったから、おめでたいお話はご遠慮なさってらしたんですかぁ)

(いや、ですからのっ)

(だんなさ~、そうなんですよ。結婚して、身籠っていて、おめでたいことばかりなんですもの。そう考えればいいのですわ)

(結婚して身籠るなら、めでたいであろうのっ)

(もしかして、ご結婚なさってらっしゃらないのですか。最近はシングルマザーも多いですし)

(いやいや、結婚はしているのですのっ)

(それでは、何も問題ないではないですか)

(もしや、結婚相手のこどもではないのですかな。身籠ったことが分かって、あわててどなたかと結婚させたとか、そういうことですかな)

(ロバートさま、そんな)

(いやいや、古今東西、あることですからな)

(あっ、そういえば、摩奈さんのご結婚相手の方は、ご法事にいらっしゃってたんですか)

(いや、参ってませんでしたのっ)

(ほらほら、やはり吾輩の申すところの例ですな)

(いえいえ、ロバートさん、そうではなくて。摩奈のお相手は、あら、だんなさ~、なんてお名前でしたかしら)

(おっ、そういえば、失念いたしましたのっ。いや、吾輩愕然としておりましてのっ)

(何でしたかしら)

(まぁ、その内、私やマサがまさかあの場にいたとは知らないだろうから、きっと摩奈はここに報告に来るだろうから。その時にこそ、失礼な奴の名前を覚えるとしようかのっ。恥ずかしいから来ないかのっ、それとも子が生まれた時に合わせて報告とかのっ。高祖父は八人もいるから、報告に回るのも大変ですのっ。マサ、女系のこんなに離れた高祖父は無視されるということはないですのっ)

(かもしれませんわねぇ。気長に待ちましょう)

(あのぉ、失礼な方なんですか。玄孫さんとご結婚なさった方)

(そんなもんですよ。娘の結婚相手というのは、男親から見ると、愛娘を奪っていく失礼な奴。僕には、娘はいませんでしたが、孫娘の時には、うん。何ともね。孫が結婚しなければ曾孫はできぬ、とはわかっていても、結婚した方が幸せになるだろうと分かってはいてもね。孫娘ですらそう感じたのですからね。娘だとさぞかし。おっと、しかしながら、彦衛門さんの場合、玄孫さんのお相手ですねぇ。玄孫さんでも、お相手の男性は失礼な奴ですか。やれやれ、ですねぇ。身がもたないでしょう。いや、僕らは身は無い存在。気が気で無い、ですね)

(いや、失礼というのは、そういうことではなくてのっ)

(あっ、身重の玄孫さんがご法事にいらっしゃるのにお付き合いなさらなかったからですかぁ)

(いえ、それは、摩奈は両親と参りましたから、別に身重でもね問題なかったですし、それに、その、名前を失念した失礼な奴、いえ、失礼な方は方で、お母さまの三周忌の喪主なので、嘉徳氏のところまで来られなかったわけで。法事に来られないから失礼だと申すのでしたら、義母の三周忌の喪主の妻でありながら、嘉徳氏の方は八年に一度だから、この機会を逃すとご報告できないからと、あちらを欠席した摩奈の方がよっぽど失礼かもしれないんですのよ)

(なるほどね)

(つまり、昨今の若者は皆失礼だという意味ですかな)

(ロバートさん、僕、それ、面白くて仕方ないのですよ)

(若者が失礼、というのが、ご隠居さんには面白いのですかな)

(はいはい。面白い。亜米利加でも似たようなのはありましたか)

(仏蘭西でもありましたわ)

(やはり、古今東西なのでしょうかね、あはは)

(面白いですか)

(みなさん、ご自分がお若い頃、周囲の方々に、言われませんでしたか)

(はい、ユリ、しょっちゅう、お行儀が悪いと言われました)

(そうですわね。私も祖母によく叱られました)

(吾輩も、盈進館で言われましたのっ)

(わたくしは、いつもお行儀よくしておりましたわ)

(では、カテリーヌさんを除いて、ご自分が、そうですねぇ、若くはなくなってから、若い方々を失礼だと思ったことはなかったですか)

(あはは、ありますのっ)

(わたくしも、娘や孫をよく叱りました)

(なるほど。ありましたな)

(でしょう。で、変だと思いませんか。若い者はいつも失礼。ってことは、時がたてばたつほど、人間はどんどん失礼になる、ってことではないですか)

(くすん。ユリ、若い内にこちらに来ちゃったから、言われるばかりで言えませんでした。なんだか損したみたい)

(いや、しかしですのっ、若い内に、失礼だと叱られたからこそ、失礼でなくなって、よって、若い者の失礼を躾けるという、代々伝えていくのであるからして、それを躾けと申すのではないですかのっ)

(ふむ。そういう点もありましょう。同じことを伝えているのでしたらね。でも、時代と共に、変化しますからね。畳などめったにない所で育った今の若者には、畳の縁を踏まないということを躾けようがない。で、躾かっていないから、畳の縁を踏むのを見て、親の世代は、仕方無いと思う。祖父母の世代になると、若者を躾けられない親の世代が躾けられていないということになって、というような調子でね。若い者ほど、どんどん失礼になる。若い者は失礼だと思った時が、自分が若くなくなった時でね。あはは)

(彦衛門さま、何か、妙なご表情でいらっしゃいませんか。大丈夫ですか)

(だんなさ~、何はともあれ、摩奈が結婚して来孫が生まれるというのはめでたいことなんですもの。そう思いましょう、ね、だんなさ~)

(いや、ですからのっ。結婚して来孫が生まれるならば、こりゃめでたいわけで)

(えええっ。またそこに戻るんですかぁ。ユリ、わかりません。今日の彦衛門さま、変です。とっても変です。長旅でまだお疲れですか)

(いや、ですからのっ、旅の疲れというよりも、今の若い者の考え方や行動には、もう絶句する、なんちなたまげた驚愕至極でしてのっ)

(そんなものですよ。いちいち気にしていては身がもたない、まぁ、身はないとは言え)

(ましてや、こちらの世におりますもの)

(ですわねぇ、でもねぇ。お恥ずかしいですわ)

(もう、ユリ、じれったい)

(まぁ、まぁ、ユリさん)

(子は結ばれてから成るものですのっ)

(いえ、聖母マリアさまは違いました。いえ、ですから聖母さまなのですわ)

(そりゃ、摩奈は聖母ではないですからのっ。結ばれたから身籠るのですのっ)

(だから、重ね重ねおめでたいんでしょ。ユリ、わからないっ)

(結ばれてから子が成るならば、めでたいのですがのっ、結ばれる前に子が成るのは、やはりめでたいよりも恥さらし)

(ですから、結ばれずにお子様ができれば奇跡ですのよ)

(いや、奇跡ではなくてですのっ)

(あはは、つまり、結ばれたけれど、結婚ではなくて結ばれたわけで、妊娠した、ということですか)

(ユリ、ご隠居さんのもわかりませんっ)

(ユリさんにはお耳の毒ですかな。おや、今ここにいる皆の衆の中で、独身はユリさんだけですねぇ)

(いや、吾輩も、独身でござる)

(おっと失礼。しかしながら、ロバートさんはお付き合いなさってらした方がいらしたのではなかったですか)

(いや、はい、おりました。しかしながらヒロさんには指一本たりとも触れていませんぞ)

(だが、ロバートさん、以前語ってませんでしたか。花魁がどうのこうのと)

(あっ、ご隠居さん、ご記憶がしっかりなさってらっしゃいますな。確かに吾輩、語りましたな)

(ということは、ロバートさんは、ユリさんと違って、おぼこではない、ですね)

(そういうお話なんですか。くすん。ここで、ユリだけおぼこ、なんですね。虎ちゃんも武蔵君もいないから。くすん)

(武蔵君はおぼこだと思いますが、でも現代の子ですしねぇ。虎さんは、どうでしょう。おぼこでしょうかねぇ。微妙な年齢でこちらに来ましたからねぇ)

(確か、高等学校の最初の頃に病んで、ご実家にいらしたのではなかったですかな)

(だとすると、虎さんもおぼこ、ですか)

(ユリさん、よかったですわね)




お読み頂きありがとうございました。 霊園セミテリオの気の世界を、お楽しみ頂けましたなら幸いです。

お読みになられたあなたと、書き手の私が共に生きておりましたら、再来週水曜日に再会いたしませう。


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