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第九話 セミテリオから何処へ その三十

(The Scarlet Letterもそうですな。正しい道という概念で町の人々が盲信して女性とその子を迫害する。時代も所も選ばず、人は恐ろしいものに取りつかれていることを薄々気づきながら迫害する側にまわる。恐ろしいものですな)

(まぁ、スカーレットオハラですか。懐かしい。映画が素敵で、原作を読みましたのよ。映画も原作も何度も。風と共に去りぬ、で、明日は明日の風が吹く、で終わる小説。映画では、レットバトラーが素敵でした。そうそう、あの最後の文章、名訳なんだってと、愛が申してましたっけ。明日は別の日という英語なのに、題が題だから明日は明日の風が吹くって訳されたそうです。スカーレットがとても気が強くて、でも可愛くて、で、派手で、あんな女性だったら私もDVなどに遭わずにすんだのでしょうね)

(夢さん、それは、何ですかな)

(スカーレットの出て来る小説ですわ。ロバートさんのお国の南北戦争の頃の。ロバートさんがおっしゃったスカーレット何とかって、風と共に去りぬのことでしょう)

(はっ、えっ、我輩存じませぬ)

(えっ、ご存知ないのですか。とても有名ですわ)

(え〜と、確かに我輩は南北戦争のすぐ後に生まれてはおりますが、その小説は存じませぬ)

(あれ、ヴィヴィアンリーがすばらしかったですね。戦後と言っても南北戦争ではなく、第二次世界大戦の後の映画ですからね、日本ではですけれど。たぶん、本国でも小説になったのは南北戦争の戦後からだいぶ経ってからではないでしょうか。ですから、ロバートさん、ご存知なくとも当然かもしれませんよ。周囲に体験者がいると、なかなか書けないものでしょう。ほら、日本でも、戦争のことを皆が書くようになったのも、戦後数十年経ってからでしょう。侍ものが書かれるようになったのも昭和中期くらいですしね。そろそろその時代の人がこちらの世に来るようになってからでないと、なかなかね。あまり近い過去のことは、書き手にも読み手にもなまなましいですからね)

(なるほど。たしかに、我輩が申したThe Scarlet Letterも、書かれたのは僕が生まれた少し前ですが、それより百年も前を舞台にした小説ですからな)

(ロバートさん、で、それ、何ですか)

(いや、昔の、吾輩の時代の亜米利加の小説ですな)

(いつかユリにお話ししてください)

(いやぁ、吾輩も詳しくは覚えておりませんな。我輩こそ、そのスカーレットの小説を教えていただきたいものですな。我が国が舞台の小説。夢さん、何度もお読みになったのでしたら、いつか教えていただきたいものですな)

(ユリさん、ロバートさん、それ、いい考えですね。皆が今までにお読みになられた小説をここで語れば、この永遠かもしれぬこちらの世での暇つぶし。今度、ユリさんもお読みになった小説の話でもしてください)

(ご隠居さん、ユリはだめです。だって、ユリの頃、小説って女の読む物ではない、って。ユリ、教科書と、少女画報ぐらいです)

(少女画報、まぁ懐かしい)

(夢さまもお読みになってましたか)

(はい、はい。吉屋信子の花物語など、うっとりと。ああいう世界はもうないのでしょうねぇ。ところで、彦衛門さま、もう大丈夫でしょうか)

(いやいや、まだですのっ)

(夢さま、申し訳ございません)

(マサさまがお謝りになることございませんわ。では、続けましょうか。民男は、これまた馬鹿でしてねぇ。男の子って、高校生になってもじゃれあいますでしょ。学校の廊下でじゃれあっていて、制服の胸ポケットから煙草が落ちてしまい、丁度通りがかりの先生に見つかってね。両親呼び出し、停学一週間。こればかりはね、学校に持っていくなんて馬鹿じゃないの。家で吸いなさい、とも申せませんでしょ。悪いことするなら隠れてやればいいものを、隠しておけばいいものを、なんてこと、親の立場で申せませんでしょ)

(あはは、確かに、馬鹿ですね。おっと、夢さん、すみません。けれど、賢ければ、悪いことは隠れてやるもの。それを知っているから官僚や政治家はうまく隠していること、多いんでしょうねぇ。時折ニュースになる官僚や政治家の悪事など氷山の一角に過ぎないのかもしれませんよ)

(高校生の喫煙が禁止なのですな。ふむ。吾輩の頃、十歳程の子が街中で吸っていても、誰も止めませんでしたな)

(でしたのっ。丁稚小僧が隠れて吸うと番頭さんに叱られている、などという光景はよく目にしましたのっ)

(ですな。亜米利加でも、日本でも、こどもの喫煙など日常風景でしたな)

(要するに過ぎたるは及ばざるが如し、なのでしょうか。これもね、もしかしたら、皆が吸うから吸ってみるか、だから、皆が吸うのをやめたなら、こっちもやめるというのか。何か自主性が無いですね。吸うにしたって吸わないにしたって)

(上の二人は高校で親が呼びだされましたが、公男など中学の時ですよ。いたずら、と思っても構わないなんて私は思ったのですが、相手方のご両親が大層お怒りになりましてね)

(喧嘩で怪我でもさせたのですかな)

(いえいえ、それならば喧嘩両成敗でございましょ)

(それに、お相手は小学校からのお友達でね、ご本人は笑っていましたし、話を聞いたお母さまもバカねぇで済ませていたんですが、お父様がね、家の大事な跡取り息子になんてことをさせたんだ、と。それも、直接我が家にいらっしゃるのではなく、学校であったことなのだからと、学校側で何とかしろと、話がどんどん大きくなってしまいましてねぇ)

(一番下のお子さま、何をなさったんでしょう)

(山へ行ったまま帰って来なかった公男の、まぁ、ほほえましいと申してはなんですが、大事になってしまった他愛ないいたずらも、今となっては、思い出の一つになりましたが、当時は、もう、おかしいやら、でもおかしいなんて顔できませんでした。何しろ相手のお父様が大層ご立腹なさって、主人も、珍しく頭を下げてはおりましたが、あれも、私の育て方が悪いということにされたのでしたわ)

(ははは、偏屈爺さんも頭を下げたこともあったのですね)

(あら、頑固爺さん、お休みかしら。何もおっしゃらない)

(寝た子を起こすものではございませんわ)

(ははは。怒りは消耗しますからね)

(ユリ、よくわからないんですけど、消耗したら消滅しちゃうんですか)

(ハハハ、消耗しすぎたら消滅、しますね、僕たちの場合はわかりませんが。でも、こちらで長生きしてらっしゃる方々に、怒りっぽい方はいらっしゃらないように感じますよ)

(たしかに、こちらの方々、概ね穏やかですわね)

(で、何をなすったのでしょう)

(カテリーヌさん、ドッグフードっておわかりになりますかしら)

(僕はわかりますよ)

(犬の餌のことですな。何故に英語ですかな)

(あら、然様でございますわね。え~と、日本でドッグフードというのは、犬の餌なのですが、売っているもので)

(ユリ、わかりました。望さんがあの白い犬と黒い犬にやってたものでしょ)

(犬の餌をわざわざ売っておるのかのっ)

(彦衛門さま、そろそろ大丈夫そうですか。何でしたら、お話の順番、そろそろお譲りいたしましょうか)

(いやいや、お続けくだされ)

(だんなさ~、わたくしも不思議ですわ。犬の餌など、残飯でございましょう。わざわざ残飯を作って売っているのですか、まぁ)

(マサさま、違うんです。残飯ではなくて。今では、どこでもドッグフードを普通に売ってますのよ。それも色々な種類で、犬種別や年齢別など)

(残飯ごときに犬の種類や年齢が違う必要があるのですかのっ、こりゃなんちなたまげた驚きですのっ)

(で、ニーニャ、え~と、以前お話しいたしました、大型プードルを飼っておりました頃、まだ残飯もやっていたのですが、何しろ大型でしたから、やはり食事の量も多くて、残飯だけでは足りなくて、それで、ドッグフードを、大きな、お米の袋程のを届けて頂いてましたの。まだドッグフードは珍しい頃で、ですから、犬を飼っていてもご存じない方がいらしても当たり前の頃でした。公男は、ドッグフードを一握り、学生服のズボンのポケットに入れて学校に持っていって、新発売の菓子だと言って、お友達に食べさせちゃったんです。で、お友達が、おいしくないなぁといいながらもポリポリカリカリ食べ終わってから、ドッグフードだとばらして。騙されて食べてしまったお友達は、怒ったものの、ご自分でもおかしくなって。で、家でお母さまに話したらお母さまもお笑いになって、でも、お母さまがお父様にお話しになったら、お父様が大層お怒りになられてね。で、伝えられた学校の先生方はお困りになったようで。もし本当のお菓子ならば、学校でお菓子を食べるなど校則違反でございましょ。でも、お菓子ではなかったわけですし。でも、騙されたお友達は、お菓子だと信じて校則違反して食べたわけですし、ね)

(ドッグフードっておいしいんですか。おいしいなら、ユリも食べてみたかったです)

(さぁ、どうなんでしょう。いくら自分の息子がよそ様のお子様に食べさせたからと言って、私は自分で食べたくはなかったものですから。でも、そのお友達がどこか具合が悪くなったとかは聞かなかったですよ。学校での会談の後、お詫びのしるしを持ってご自宅に伺いましたが、お母さまも複雑なご表情でしたわ。ご主人さまが大事にしてしまったとはいえ、元はと言えば子供同士のいたずらでございましょ)

(ドッグフードを食べた犬が健康を害したという話も特に僕は聞いていませんが、売られ続けているのですから、まぁ、問題はないのでしょうね。もっとも、そうやって売られているものを信じて食べるから、時折、毒入りとか針入りとかニュースで騒ぐのでしょうかね。おっと、ドッグフードのことではなくて、人間用の食品のことですよ。信用しすぎてはいけない。かといって、いちいち疑っていては、すべて手作りせにゃならぬ。戦前までなら、畑の野菜の肥やしが人糞なのは当たり前でしたからね)

(おおおっ、私の好きな話ですのっ)

(彦衛門さま、私の話は一応きりがついておりますわ。お元気になられついでに、お孫さん、いえ、曾孫さんでしたか、お話しをお続けください)

(え~と、孫は朝子だから、綾子が曾孫で、よって、摩奈は玄孫ですのっ。で、玄孫の次は何と呼ぶのであろうかのっ)

(来孫ですな)

(ご隠居殿、かたじけないのっ)

(いえ、僕ではないです。今のはロバート氏)

(ほほっ、ロバート殿、流石でございますのっ)

(そのぉ、玄孫の摩奈がですのっ、礼を言って盆を受け取って、百円玉を盆に置き、ご仏壇の方を向いて、焼香して、手をこう合わせて、目をつぶり、すぐに目をあけて、ママ、曾祖父の上って何って言うんだっけと尋ねて)

(摩奈の母が綾子で、祖母が朝子で、曾祖母が悦で、ってことは、わたくしのこと、あら、わたくし高祖母になるんですねぇ。つまり、曾祖父の上は高祖母ですわねぇ)

(つまり、私が高祖父になるわけですのっ。父が一人、祖父が二人、曾祖父が四人、高祖父になると八人にもなるわけですのっ。で、私ではない後の七人の高祖父の一人のことを、摩奈はそこに訪ねてきたわけですのっ)





お読み頂きありがとうございました。 霊園セミテリオの気の世界を、お楽しみ頂けましたなら幸いです。

お読みになられたあなたと、書き手の私が共に生きておりましたら、再来週水曜日に再会いたしませう。

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