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第九話 セミテリオから何処へ その二十九


(でも、だんなさ~、話してしまったら、さっぱりいたしますわ)

(それもそうですのっ、しかしですのっ)

(あの、ご法事ですから、お坊様がいらして、お経をあげて、その間に、ご焼香いたしますでしょ。で、何しろ、わたくしども四十名ほどよりかなり多くの方、百名ほどいらしたのかしら。広々としたお仏間もあちらの世の方々が肩が触れ合うほどで。一々ご仏壇の前までご焼香に動くほどのゆとりはなくて、ご焼香のお盆をまわされてましたの)

(おっ、マサ、私はあれにも驚きましたのっ。お盆に、皆、硬貨を置いてましたのっ。しかもその硬貨、百と書いてありましたのっ。銭ではなく、円で、百円。百円がお線香の料金とは、随分なと思いましたのっ。嘉徳氏のお宅がそりゃぁ、大邸宅とはいえ、よほど希有なお香なのですかのっ。私には、普通の香りにしか思えなかったのですがのっ。で、その百円玉が百人として、最後に一万円になりますかのっ。最後に半紙に包んで坊主に渡してましたのっ)

(たしかに、珍しいですね。お香のお盆をまわすこともですが、ご焼香の時にお金を置くのですか。ふむ。僕は知らないですね)

(あら、お寺でお育ちになられてもご存知ないのでしたら、だんなさ~やわたくしが不思議に思ってもかまいませんのね)

(お香にお金をお払いするのって、普通ではないのかしら)

(カテリーヌさん、普通は、のし紙に包んでお渡しするものですしね、それも、喪主、施主というか家長、代表者が。ご参列のお一人お一人がというのは、僕も知りませんでした。その土地の風習ですかね。それとも宗派なのか、いや、やはり僕は知りません)

(でも、わたくし、教会に参りまして、ろうそくを灯してお祈りする時にはお金を箱に入れておりました。ろうそくの代金ですわ)

(なるほど。同じですかね)

(僕も、教会では賛美歌の間に箱がまわされてきますからね、そこにお金を入れてましたよ)

(ロバートさん、わたくしもそうでしたわ)

(ふむ。すると、異人の風習が関西には広まっているということですかのっ)

(で......)

(はい、で、ご焼香のお盆がまわされてくると、皆様、お金を置いて、お香をぱらぱらとなさって、それからご仏壇の方を向かれて、手を合わせて、目を閉じたり閉じなかったり、ご挨拶なさったり、いろいろとお願いなさったり、ご報告なさったり、それぞれがそれぞれの何かを語られてましたわ。形だけの方もいらっしゃれば、ぼんやりとご仏壇を眺めるだけの方もいらっしゃいましたが、中には、長々と、お時間かけて)

(半分にも満たなかったのですがのっ、そうやってご焼香なさってらっしゃる方のお考えや心が、私どもに分かる時があるのでしたのっ。面白かったですのっ。いや、面白いだけではなかったのですがのっ。で、摩奈の時に仰天したのですのっ)

(もちろん、みなさまお語りになられても、口に出されるわけではないのですから、あちらの世の方々にはお聴こえにはなりませんのよ。でも、こちらの世のわたくし共には聴こえますもの。もちろん、だんなさ~やわたくしのみならず、わたくし共四十名程にもですわ。みなさま、ご自分のご係累の方々のお傍で嬉しそうになさったり、ご心配そうなご様子でございましたから、どれほどの方が摩奈の心の中のお話に注意をなさってたかは存じません。わたくしとて、だんなさ~や絵都や朝子とつもる昔話をいたしておりましたのよ。で、摩奈はまわってきたご焼香のお盆に百円玉を置いて)

(私は、おう、きちんとしつかっているのっ。お盆を受け取る時にお辞儀もしておりましたのっ、などと感心しておりましたのっ)

(で、手を合わせまして)

(きちんとまっすぐ両手をあわしてましたのっ)

(で、目をつぶって)

(目をつぶると、あの子が幼い時に大泣きしていた顔を思いだしましたのっ)

(ご先祖の方々に語り始めましたの)

(ですのっ。で、次の方にお盆をまわしたのですのっ。きちんとお隣の方に挨拶しませんでしたのっ)

(だんなさ~、隣は綾子、摩奈の母でしたから。ご挨拶もないでしょう)

(で、綾子もご仏壇の方を向いて語ってましたのっ)

(だんなさ~。そんなに先走りなさらないでくださいませ)

(いや、その、つまり、ですからのっ)

(どうせその内、みなさまにもお分かりになることですわ)

(ですのっ。ですがのっ)

(だんなさ~、往生際の悪い)

(ははは、男というものはえてして往生際の悪いものなんですよ)

(ご隠居さん、そうなんですか。ユリ、男の方の方が潔いと思ってました)

(いやぁ、勇気を振り絞って、みっともないところは見せたくないという意地で、がんばってふんばって、というのが男。女の方が強いですよ。出産に備えているのか、出産を経たからなのか、それとも、鈍いのか。自然体で受け入れる)

(でございますわね。私も、そう感じておりました。いざとなると、男性の方がおろおろ。女性の方がしっかりてきぱき、でございましょ。主人は、こどもが怪我した時には、さすがお医者さまでしたから、てきぱきしておりましたが、こどもが学校で何か問題を起こしたりすると、もうおろおろ。しまいにはお前の育て方が悪いだの、みんな私のせいにしましてね、怒りまくってお酒をいただく量が増えてよけいに八つ当たりしておりましたわ)

(学校で問題って、何でしょう)

(ええ、まぁ、いろいろと)

(お伺いしたらいけないかしら。ユリ、知りたい)

(ええ、でも、彦衛門さまのお話をお伺いしたいですし)

(えっ、はい、でも、ユリ気になります)

(夢さんさえ構わないなら、お語りになられても構わないんじゃないですか)

(ですな。こちらの世は永遠みたいなもののようですからね。吾輩も、今のあちらの世の日本の学校で何が問題になるのか興味津々ですな。吾輩の頃も教師は定規を手にしておりましたからな)

(定規、ですか。算数のお時間かしら)

(いやいや、ユリさん、定規は鞭代わり)

(鞭、ですか。怖い)

(そりゃ、男児ばかりの学校ですからな。いろいろと)

(ロバートさんまで、いろいろと、ですかぁ)

(皆さん、ご自分の事は語りたくないようですし、マサさんに続けていただきましょうか)

(いや、それはですのっ)

(だんなさ~、往生際が悪い)

(いやはや。ですのっ。まだ覚悟ができておりませんのっ。夢さん、お先にどうぞ、ですのっ。その間に覚悟を決めることにいたしますのっ)

(では私から。あら、大したことじゃございませんのよ。いえ、やはり大したことでしょうか。こどもが三人もおりますとね、皆それぞれに色々とありました。綾子は、高校の帰りに喫茶店に寄ったんですよ。それで両親が学校に呼びだされて)

(喫茶店って、cafeのことでござしましょ。いかがわしい所ではございませんでしょ。それとも、日本では違うのかしら。あら、でも、cafe、日本ではお酒も出すのでしたかしら)

(ああ、カテリーヌさん、そういう所もありましたが、喫茶店でお酒は普通は出しませんよ。コーヒー紅茶ジュースにサンドイッチやスパゲッティくらい、ですかね。ああ、あとアイスクリームとか、蜜豆とか。僕がこちらの世に来た頃から、喫茶店はどんどんなくなってますがね)

(お嬢さま、殿方と喫茶店にいらしたのですか)

(いえいえ、同級生の女学生ばかり三人で放課後に、お腹が空いたし、いろいろとおしゃべりしたかったからで)

(で、ご両親が学校によばれるのですか)

(制服で入ったからということでした)

(制服で入るといけないのですか)

(学校の名誉にかかわることとなるそうで)

(まぁ)

(私の時代でしたら、たしかにね。高女の制服で入るなど不良扱いでしたわ。でも、娘の時代でもまだなのかと、私、驚きました。私も、悪い親なのかもしれません。今度からお友達と喫茶店に入りたかったら、学校から離れた所か、私服に着替えて入ればいいでしょう、なんて綾子に申してしまいました)

(あはは、そりゃいい)

(ユリ不思議なんですけどぉ、どうして綾子さんとお友達が喫茶店に入ったのを先生はご存じだったのですか)

(おっ、師が女学生を尾行したのですのっ)

(あら、彦衛門さま、もうご覚悟できまして。でしたら私、ここでおしまいにいたしましょうか)

(いやいや、夢さん、まだまだですのっ。しかしながら尾行ということですとのっ、ついつい)

(尾行ではなかったようです。どうも、娘達三人が喫茶店に入っていくのを、通りがかりのどなたかが、わざわざ学校に連絡したそうで)

(まぁ)

(ですから、学校でも言われましたのよ。制服で入るからどこの学校の生徒かわかるのだから、だから制服で喫茶店に入るのは学校の名誉を傷つけると)

(何か、変ですな。いや、まぁ、密告社会というのですかな。禁酒法時代がそうだったと聞きますが)

(私もね、戦前を思い出しましたわ)

(お上がいけないという音頭取りをして、盲従した民は踊って競って告発する側に回る。全体主義への一歩。告発される側になると弱いから、告発する側になってみると、力を得たかの如き快感。権力者の一端を担っているかの如き誤解に満ちた満足感。よってたかって弱者をいじめる。嫌ですねぇ。僕は別にどちらでもないつもりでしたよ。でも僕がこちらに来た頃からの嫌煙はまさにこれですね。長生きしなくてよかった。煙草吸うだけで、悪者扱い。煙草を他の物に置き換えてみると、如何に現状が異常か分かるのにね)



お読み頂きありがとうございました。 霊園セミテリオの気の世界を、お楽しみ頂けましたなら幸いです。

お読みになられたあなたと、書き手の私が共に生きておりましたら、再来週水曜日に再会いたしませう。


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