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第九話 セミテリオから何処へ その二十七

(♪お腰につけたきびだんご、一つわたしにくださいな♪)

(いや、マサ、ですからのっ)

(はい、だんなさ~)

(桃太郎が江戸前の武将であるならば、鬼の宝を取ってくるのは当然でしてのっ。もし桃太郎がご維新の後の、いや、徳川将軍時代の武将であるならば、鬼の宝を取ってくるのは、武士の道に反しているということでしてのっ)

(えっ、彦衛門さま、それじゃぁ、桃太郎さんは、雉や猿や犬に黍団子をあげて、一緒に戦ってもらっても、鬼の宝を持ってこられないってことですか)

(ユリさん、ですからのっ、武士たる者、鬼と戦っても宝を持ってきてはいけないというわけですのっ)

(えっ、それじゃぁ、何のために戦うのですか)

(鬼が人に悪さをしていたから懲らしめたのですのっ。懲らしめるのと宝を持ち帰るのは別ですのっ。まぁ、その宝がもとは人の物だった場合は、これは持ち帰っても構わないのですのっ)

(なるほど。興味深いですな。南北の戦いは、考え方の違いであったのですな。故に、領土を取る取らないはなかった。まぁ、同じ合衆国の土地とはいえ。ふむ。我が国は、昨今の歴史を見ても、領土領民は取らない、なるほどこれが民主主義なのであろうか)

(ロバートさん、確かに、貴殿のお国は、日本を占領しましたが、アメリカの土地とは主張しなかったのでしたね。そういえば、ベトナム戦争も、アメリカは負けたのですが、もし勝ったとしても、ベトナムをアメリカの土地、ベトナム人をアメリカ人にする、とはたぶん、言わなかったでしょうね。なるほどね。こりゃおもしろい。まぁ、日本は今でも半ばアメリカみたいなところがあるにはありますが)

(ですわねぇ。街中には英語が氾濫してますし、米軍基地もたくさんありますし)

(夢さん、ほんとにそうですよね。日本はアメリカの核の傘の下に入っていることになってますからね)

(また、かくの武器の話ですかのっ。私はどうもその話はよくわからないのでしてのっ)

(ユリも、わかりません。♪ももたろさんももたろさん♪の方がおもしろいですよねぇ、マサさま)

(ですわねぇ。♪お腰につけたきびだんご、一つわたしにくださいな♪)

(♪あげましょう、あげましょう、これから鬼を退治しに、ついていくならあげましょう♪ こちらの世界の方がよっぽどおもしろいですわね、ユリさん)

(いやぁ、世の中そんなに単純なものではないですからのっ)

(殿方はすぐにそうおっしゃる。単純で平和で、戦などない方がよっぽど素敵ですわ)

(あのぉ、どうして桃太郎のお話になったのでしたかしら。え~と、マサさまと彦衛門さまのご旅行のお話は)

(そうでしたのっ。どこまでお話しいたしましたかのっ)

(法事の時のお話でしたかしら)

(でしたかのっ。嘉徳氏のお宅には長逗留いたしましたのっ)

(ですわねぇ。為す事もなく、お隣の社も見せて頂いて、奥の山裾の辺りのお墓のご先祖様方々のお名前がもう消えかかってらして、嘉徳氏が亡くなられたお近くの小川も見せていただいて、久しぶりにメダカを目にいたしましたわ。ここでは川が遠いですものね)

(メダカがいましたか。珍しい)

(メダカが珍しくなったのですか。わたくしが存命中はいくらでもその辺りにいましたが)

(川がなくなりましたからね)

(えっ。川を埋めたのですかのっ)

(蓋をしてしまったのですよ。ゴミが捨てられるから、それに道を広げたくてね)

(まぁ)

(マサ、私には、メダカよりも、あの蜻蛉が懐かしかったですのっ)

(ほら、江戸、いや東京では見かけない、だが、宮之城にはいたあの黒い蜻蛉)

(はいはい、たしかに、播州にもいましたわね)

(それに、蝉も、ここほど煩くなく)

(蝉、日暮の声が、素敵でしたわ。こちらでは聞こえませんものね。カナカナカナカナ)

(ユリの頃、上野のお山では、ないていました。今はいないのかしら)

(最近のこの辺りの蝉はガシャガシャうるさいですわね)

(図体もでかい。昔は日本にいなかった蝉でしょう)

(虫はみな煩いですもの。わたくし、苦手です)

(あら、カテリーヌさん、こほろぎや松虫や鈴虫、美しい音色ですよぉ)

(日本の方は、お好きなようですわね。驚きましたわ。籠に入れて飼ってらっしゃるのでしょう)

(あはは、僕、思い出しましたよ。北海道から来た学生が、鈴虫を捕まえて籠に入れて飼っていて餌も水も毎日かえて、でもいつまでも鳴かない。ある日友人が遊びに来て、で、鈴虫ではなく、ごきぶりだったってのをね)

(まぁ。ごきぶりを飼ってらしたなんて)

(虫には違いませんがね)

(あのぉ、ゴキブリはともかく、秋の虫、フランスの方は嫌いなんですか。きれいな声なのに。縁日で売られてますし、それに、お豆腐やしじみみたいに売り歩いてます)

(いやぁ、ユリさん、最近はお豆腐ぐらいですよ。あ、あと、竹竿とか。そうそう珍しいのではパン屋とか、最近は昼時のみの弁当屋もありますね。車で運んできて、あっ、ユリさん、大八車じゃなくて、ガソリンで動く車、自動車で来るんです)

(食べ物が、自動車に乗ってくるんですか、へぇ~、いいなあ、あっ、でも、ユリ、食べ物にはなりたくないです)

(おほほ)

(吾輩も目にしましたぞ。それも先ほど。虎之助殿と入った遊技場の外に、何やら怪しげな)

(怪しげですと、血が騒ぎますのっ。いや、昔の血が。如何様に怪しげでしたかのっ)

(斯様な所に斯様な御仁が斯様な異様な物を売っていた、という幾重にも異様な。いや、然しながらこの異様、怪しげというのは、異人と呼ばれた吾輩がいうのは問題でありますな。吾輩が来日した頃、じろじろひそひそこそこそ盗み見されてましたからな。つまり、吾輩は帝都に居る、身なりもからだも言葉も帝都に住む方々とは異なっていたからでして)

(わたくしも、辛かったものですわ。ですから一人では外に出ませんでしたの)

(わたくしもですわ)

(マサさま、日本の方でしたのに、どうして)

(言葉がね。薩摩の言葉は、江戸言葉とは大層違いましたから。着物や髪結いは江戸の方の真似をできても、ちょっと口を開けば)

(だって、ユリ、いつものと違うもの見たら、じろじろ見ちゃいます。で、お母さまが、じろじろ見るものではありませんとおっしゃるから、こそこそ見るしかないでしょ)

(つまり、いるべき所でない所に、いるべき人ではない異様な人がいれば、これが怪しげということになるのですな)

(然り。夜中に寝静まった暗闇の中に、人家の戸口に人がいれば、盗人也)

(あら、家人を起こしたくないお百度参りから帰ってらした方かもしれませんよ)

(ふむ。しかし、ロバート殿が目にされたのは、先ほどということは昼間でしたのっ)

(しかし、日本の人ではなかったですな。それに売っているものが、弁当や竹竿ではなく、納豆でも豆腐でも魚でも野菜でもなく、いや、しかしあれはパンもございましたな。何しろ異様な風体で、こう、妙な帽子をかぶり、妙な日本語で、妙な物を売っていた様でしたな)

(パンが妙な物でござるかのっ。味は異様であれど、まぁ、西洋の方ならよく食すものでござろうのっ)

(いや、その、パンにはさむ物が。吾輩は初めて目にいたしましてのっ。大きな長い櫛に刺された仔牛ほどもある肉の塊をそぎ落として)

(ロバート殿、私は食さないが、仔牛であるならば、西洋の方なら食すのでありましょうのっ)

(牛であろうか。牛ならば食すが。いや、何の肉であるかは不明でしたからな)

(初めて目になさると、異様ってことになるのでしょうか)

(おっ、夢さん、いや、その)

(私、いえ、私たち、何でも初めて目にすること多いでしょう。赤ちゃんなんて、初めて目にすることだらけでしょう。でもいちいち異様などと思わないと思ったので)

(ふむ)

(なるほど。異様と思ってしまうのは、それまでの体験や記憶とは異なる物事に対して感じるのでしょうか。ほうっ、興味深い。体験や記憶が少ない内は、異様とは感じない。体験や記憶が増えていくと、異様と感じるようになる、ってことでしょうか)

(ご隠居さんのおっしゃるのって、難しくてユリにはよくわからないんですけど)

(ユリさん、もし、海の中に鳥が飛んでいたら、異様でしょう。あるいは、山の上の水も無いところで魚が泳いでいたら)

(うわぁ、ユリ、見てみたいです)

(なるほど。ユリさんは、異様と感じる前に見てみたくなるのですね。あっ、つまり、珍しい、初めての体験で、でも異様だからといって、それを怪しいとは思わない。ああ、そこなのですね)

(いづれにせよ、異人と呼ばれていた吾輩が、異様な風体で異様な物を売る異人を怪しいと感じたということは、吾輩の感性が老けたということですかな。嘆かわしや)

(すると、ロバート殿、怪し気というのは)

(撤回いたします。え~と、珍しい光景と感じることにいたしましょう。さもないと、ご隠居さん流にはアンモナイト、吾輩、この世からも消えてしまいかねないですからな)

(まぁ、そんなこんなで、嘉徳氏の所に長逗留しましてのっ、法事が終わってからこちらに帰ってきたというわけで)

(えっ、それで終わりですか。だって、ユリ、まだ、わからないことばっかりです)

(私も、不思議ですわ。頭のまわりにクエスチョンマークがたくさん付いているみたいです。あっ、こういう言葉を使ってはおわかりにならない方もいらっしゃるかしら。え~と、はてなマーク。あら、これも駄目ですわね。え~と、不思議に思った時に使う記しなんですが。つまり、頭のまわりに不思議不思議不思議といっぱい飛んでいるような)

(夢さま、わたくし、わかります。いえ、夢さまのまわりにその記がたくさんついているのがですが。マサさま、どうして嘉徳氏の所に何十人もの方々が飛んでいらっしゃったのか、まだご説明頂いてませんもの)

(あらそうでしたわね。ごめんあそばせ。でも、カテリーヌさん、どうしてそこまで飛んでいったのか、わからないままなんですよ。一応の説明は付いたのですが、それが正しいのかどうか)

(それでも、ユリ教えてほしいです。だって、だって、ユリもふわっ~すぅ~をしたり、富士のお山の上や琵琶湖の上を飛べるかもしれないんでしょ。っていうか、知らないで飛ばされるより、理由を知っていた方が、不安じゃないと思います。あら、でも、どうかしら。ユリ、一度怖かったものは、二度目の方が怖いし。あっ、だから初めての時に怖くない方がいいし)

(理由ですか。まぁ、法事があったから、ということでしてのっ)

(法事の度にあちらこちらからあちらこちらからお招びがかかっていたら、だって、でも、だって、そしたら、一年三百六十五日、どなたかの法事があると思います。その度に旅するってことですか。えっ、それって、ユリもその内、そのすぅっ~、ふわぁ~を何度も体験するってことかしら。よかった、やっぱりお聴きして)

(いや、そういうことじゃなくてですのっ)

(じゃぁ……)




お読み頂きありがとうございました。 霊園セミテリオの気の世界を、お楽しみ頂けましたなら幸いです。

お読みになられたあなたと、書き手の私が共に生きておりましたら、再来週水曜日に再会いたしませう。

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