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第九話 セミテリオから何処へ その二十六


(国というのは、私の頃に大きくなったのですのっ。私には、お国というのは薩摩でしたのっ。二才の頃、あっ、偽ではなくて若者のことですがのっ、あの頃から、お国というのは我が藩のことではなく、日の元にっぽん、やまとまほろばの国、そして大日本帝国と大きくなりましたがのっ、そのお国を守る、お国の民を護らんが為に戦わざるを得ねば戦うのが当然ですのっ)

(インディアンも、今になって我が輩が思うに、自分たちの土地を守ろうとしたのでしょうな。なのに悪者扱いされたわけですな。我が輩が直接インディアンと戦ったわけではないが、インディアン方々に、謝罪すべきなのですな。陳謝いたします)

(悪者扱いされるは、土地は奪われるわ、テレビでどんどん悪者扱いされて、遠く日本にいる、いえ、いらした夢さんまで、インディアンは悪者だと思ってしまう、ですね、夢さん)

(えっ、はい。ごめんなさい、いえ、皆さんにではなく、インディアンの方々に。あら、でも、そうしたら、桃太郎の鬼さんたちも、もしかしたら悪くなかったのかしら)

(でも、あれは、鬼が京で悪さをしていたから、ではなかったでしょうか)

(そうでしたわねぇ、マサさま)

(そうですわ。ですから、鬼の宝を奪い返してもいいのかもしれませんわ)

(いやぁ、戦というものは、敵の物を取れるからこそのもので、いや、こりゃ武士たるものの道に外れるわけで)

(だんなさ〜、また先ほどの堂々巡りですか)

(戦をしなくとも、自分より劣ったと思い込んだ文明の地では、持ち帰ってきちんと保存する為だとか、研究の為だとか、何だかんだと理屈をつけて結局土産物を持ち出すものですからね。ましてや戦争すれば、取っていく、いや、採って、盗っていくのでしょう。今なら撮るのにすら許可がいるのに)

(あの、わたくしわかりません)

(あはは、我が輩には理解できますな。カテリーヌさん、日本語には、とるという音にいくつも漢字がありましてね、それぞれ意味が異なるのですな。ただ手にするのも、採取するのも、盗むのも、撮影するのも、すべて、とる、なのですな)

(まぁ、そんな)

(それをまとめて、とる、という日本語、ある意味すばらしい。カテリーヌさん、とる、と覚えれば、いろいろと使えるわけですよ。え〜と、avoirもrassemblerもvolerもphotographierもみんな、とる、なのですな。便利至極)

(アイヌの骨は大英博物館にありますしね。持っていかれた日本も、北京原人の骨を持ち出そうとして、失くしましたしね)

(劣ったものと思い込めば、とれる、わけですのっ。いやはや、武士の道に反する、いや、反しないのでありましょうかのっ)

(ユリ、今、とるって考えていたの。もちろん、盗むなんてしたことないです。お店では手に取るってことはしました。でね、お写真は撮られたことはあっても、撮ったことはないので、この三つのとるはいいんです。でも、でもね、もしかして、採るはやってたんです。ユリ、蓮花摘みしたことありますし、鬼灯もお口に入れていましたし、お花に付いた小さな虫を指先でつぶしたり、それに、それにお野菜を食べてましたし。虫やお花やお野菜が痛いって感じないって思ってたから、ユリ、いろいろととってました。ごめんなさい。虫さん、お花さん、お野菜さん、ごめんなさい)

(ユリさん、そこまで言っていたら、生きていかれませんよ)

(はい。もう、生きてはいないです。でも、でも)

(ユリさんにそう言われたら、我が輩が先ほど謝罪した相手のインディアンとて、謝罪せねばなりませんな)

(えっ、そうなんですか)

(インディアンとて、生くる為に、狩りをしたり、何かを植えて食べていたわけでしょうからな。そもそもインディアンより先に動物がいたでしょう。バイソンやガラガラヘビやワシや、我が輩は詳しくは知りませんが)

(食ってひねりだす、人間とはそういうものですのっ。今や私は食うこともひねり出すこともできぬ身、哀しいですのっ)

(だんなさ〜)

(人間は罪深いものなのですよ)

(ですからわたくし、毎晩rosarioを手にお祈りいたしておりましたの。ところで、ロバートさん、先ほどのDuma pereの話にインディアンが出て来るのでしょうか)

(いえ、たしか出てこなかったと思いますな。長くてややこしい小説でして、警察の誰かが、すぐにcherchez le femmeと言うのですよ面白かったのは覚えているのですが、登場人物は多くてややこしくて、よく殺されたり死ぬのですがね)

(怖い小説のようですわ。どうして殺したり戦ったり......)

(人間は罪深いものなのですよ。動植物を殺して食う。まぁ、これは弱肉強食、生きるためには仕方ない。食うものに困らなくとも、考え方が違うだけで、同じ人間同士で殺し合うのですからね)

(それで外交。外交とは戦を避けるためにこそ存在するものでしてな、吾輩の信条とでも申しましょうかな。南北戦争の後、吾輩も死を嫌というほど目にしましたからな。一人の死には数限りない周囲の悲しみを伴う。祖父、父、夫、子、兄、弟、従兄弟、叔父等々。なぜ南部と北部は戦ったのか。確かに、あの戦いでは、奴隷制という人類に対する犯罪を無くすという輝かしい勝利が北部軍のみならず人類にもたらされた訳ではありますが、その見解の違いで戦うか。宗教の違い、富の差で戦うのは言葉では、話し合いでは解決できぬものだろうか)

(両者が戦うつもりになっての戦いならばまだしも、それですら、戦いというのは、見解や宗教、思想の違いを戦いに結び付けるのは指導者であり、戦いに赴かざるを得ないのは、そういう指導者本人ではないわけで。兵たちのどれほどが戦うことに疑問を抱かないものだろうか。ただねぇ、こちらは敵視していなくとも、相手側は勝手にこちらを敵視することもあるわけで、相手がこちらを攻めてくる武器を持つならば、こちらも持たねばならない。矛盾の世界ですよ。矛に勝る盾、盾に勝る矛を持とうと、それの繰り返し。まぁ、それが武器を発展させ、ひいては科学を発展させているとも言えなくはなくとも、なんとも矛盾。というわけで、日本の周囲の国々がもし核武装すれば、その内、日本も核武装せざるを得なくなるやもしれず。この原爆に二度も見舞われた日本ですら、今や核を平和利用している訳で、それがいつ核弾頭になるかわからないとも言えますしね)

(かく武装とは何ですかのっ。書いて戦うのであるなら、言葉での戦い、人は死にませんのっ)

(The pen is mightier than the swordというのがありましたな。ペンは武器より強し)

(いや、その書くではなく、え~とnuclearですよ。ほら、以前話したことがある、終戦直前の爆弾の元みたいな)

(あっ、ユリ、覚えています。たくさん死人が出た爆弾のことでしょ)

(わたくし、こちらの世に参っておりまして、ようございました。そのような恐ろしいことを見聞きせずにすみました。さぞかし生きた心地しなかったことでしょうね)

(当時は、はっきりは存知ませんでしたのよ。何か、すさまじい新型爆弾で広島が、数日後に長崎が襲われたというくらいで、少しずつひどさがわかりましたが。当時はね、報道が規制されてましたでしょ。終戦前は、帝国軍に、終戦後は占領軍に)

(そうでしたねぇ。弟の一家が全滅したらしいことも何となくは分かりましたが。ともかく詳しいことはあの頃はあまりね。規制されていたからなのか、新聞やラジオが自己規制していたのか。で、その核を、持たない、持ち込まない、作らないでしたか、非核三原則というのもありましたが、実態は、アメリカの原子力空母が日本には来ていますしね)

(その、かくというのは、私には分かりかねるがのっ、いくら戦が嫌とて、攻められたらやはり刀を手に、いや、鉄砲を手にするのが武士というものですのっ。それと、ご隠居さん、私が先ほど私が逡巡していた、宝を持ち帰るかどうかのことですがのっ、やはり持ち帰るべきではないのですのっ。たしかに、私があちらの世に生まれた前後の頃の戦は、戊申も西南も、みな、考え方の違いでしたからのっ、それで戦ったのでしたがのっ、江戸より前の戦は、考え方の違いではなかったのですのっ。誰が一番上に立つか、誰が領地領民を多く手にするかの戦いでしたからのっ。つまり、領地をわが物にしたい、というのが先にあるわけでしてのっ、で、領地には領民がついている、領民がついていれば田畑の食糧、海や川が近ければそこの魚や海藻が手に入るという、要するに分捕り合戦でしたからのっ、桃太郎が鬼の宝を取るのは当然なことなのですのっ)

(♪ももたろさんももたろさん♪)

(♪お腰につけたきびだんご、一つ私にくださいな♪)

(最近、ユリさんも歌がお好きになったようですのっ)

(はい、彦衛門さま、マサさまとご一緒に歌えてユリ嬉しいです)

(あら、こちらこそ)

(しかしですね、彦衛門さん、一向一揆なども多数ありましたよ、それに、ほら、江戸以前、いや、あれは江戸の初期でしたが、天草のもありましたよ。キリスト信仰の)

(なるほど。しかしですのっ、一向一揆や天草の乱では、領地をとりあげたのでしたかのっ、もともといづれも領主の土地でしたからのっ)

(なるほど、たしかに)

(それにですのっ、領地領民を手にしても、だからと言って、領民の心の中まで変えられますかのっ。今まで天主教を信じていたものが、次の日から仏を信じるなどということができるものですかのっ)

(わたくし、できません。わたくし、日本に参りまして、日本の地に眠って、いえ、眠ってはおりませんわね。でも、ここに長くおりましても、私の店主はあの方だけですもの)

(愛はカトリック系の大学でしたし、望の幼稚園はカトリック系でしたが、だからと言って、心の底からカトリックというわけでもないですものね。ご隠居さんは、お寺のご出身でらっしゃって、仏様をご信仰なさってらっしゃるのでしょうか)

(おっ。はてさて、信仰なのでありましょうか。うむ。物心ついた時、既に日常に仏様がいらした。しかし、あれは信仰でしたか。いや、日常と申しましょうか。習慣というか)

(でございましょう。わたくしも、マリア様がいつも身近にいらっしゃって、日に何度もロザリオを手にお祈りして。ですが、いつもいつも神様のことを考えてる訳ではなくて、でも、いつも思い出すともうしましょうか、いつも身近にいらっしゃるように感じられるお方ですのよ)

(♪ももたろさんももたろさん♪)



お読み頂きありがとうございました。 霊園セミテリオの気の世界を、お楽しみ頂けましたなら幸いです。

お読みになられたあなたと、書き手の私が共に生きておりましたら、再来週水曜日に再会いたしませう。


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