表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
144/217

第九話 セミテリオから何処へ その二十四

(彦衛門さん、例の出来の悪い何かとは、何のことでしょうか)

(え〜と、あの時には、ご隠居さんはいらっしゃらなかったですかのっ。武蔵君が知っていたのに虎之介殿はそれまで知らなかった、今のあちらの世の、何かを調べる方法で)

(出来の悪い何かですか、はて、何でしょう)

(武蔵君の教科書に載っているそうですわ。鎖の様な、誰だか分かるとか、でしたわ)

(もしかしてDNAのことでしょうか。あれは鎖状だそうですし)

(あら、DNAですか。望がよく申してますわ。人間は猿よりゴリラに近いらしいとか何か申してましたわ。でもDNAがどうして出来の悪い何かになるのでしょう)

(いや、武蔵君が何か言ってたのですがのっ。どうも私は横文字が苦手でしてのっ。ただ、虎之介殿が、警察かどこかで見聞きしてきたことによると、そのデ〜何かがあると、科人が誰なのか解るということでしたのっ。こりゃ警察が楽になる、警察が不要になるとまでは口が裂けても申せませんがのっ。私は感心したのでのっ、そのデ〜何とかというものに)

(確かに、DNAは司法医学で使われているそうですね。僕が学んだ頃にはまだ明らかにされていなかったのですが、あれは、瑞穂が生まれた頃でしたかね。今の医者は大変ですね、いや、警察も大変、あはは、犯人も大変だ)

(そのDNA、我輩も知らぬ存ぜぬですなご隠居さん、英語ですかな)

(頭文字だったと思いますよ。日本語ではデオキシリボ核酸というのですが、デオキシリボのDと核、ヌクレアーでしたかね、それとacidの)

(ほうっ。新しい英語ですな。いやはや全く言葉は進化してますな。英語でありながら我輩には不明な言葉がどんどん増えてますな。書店か図書館で現代英語辞典の頁でもめくりたいところですが、いかんせん我が指は触れられぬ、嗚呼悲しきこと。夢さんも御存知の言葉なんですな)

(あら、ロバートさん、私も言葉だけしか知りませんの。愛と望に付合って、どこかの博物館、あれ、どこかしら。上野のか、北の丸公園のかしら。博物館の中に積み木を組み合わせるようなのがあって、一緒に遊んだ記憶はあるのですが)

(ところで、何故庄屋の落語が話題になっているのですかな)

(あら、わたくしが、嘉徳氏のお宅が代々庄屋だったと申しましたの)

(嘉徳氏ですか。どこの墓の方ですかな)

(ロバートさん、先ほどまで、お戻りになられた彦衛門さんとマサさんからお話伺っておりましたの)

(おっ、そういえば、先日、三人で消えて行かれましたな。で、絵都さんはお休みですかな)

(絵都は、今、こちらにおりませんの。戻って来る途中で降りましたの)

(ほうっ。で、お三人でどちらに旅なされたのですかな)

(今、そのお話をずぅっとお伺いしてたの。途中で色々なお話してたから、まだ、旅先に着いてすぐの頃のことです。行きはたいへんだったそうです。ユリ、すぅ〜、ふわぁ〜の所が好きでした。何だか一緒にお空を泳いでいるみたいで)

(ほうっ、空をね)

(あっ、あと、勾玉の琵琶湖と、お山がお墓でっての。うふふ、洗濯板にしたいってユリが思ったのも)

(勾玉に女形が墓で洗濯ですかな。まるで判じ物ですな。で、お三人でどちらに行かれたのですかな)

(三人でなくて、絵都の再婚のお相手の碧さんと、あと四十名程ご一緒に、播州平野の外れだったようです)

(そうです、とは、定かでないということですかな。四十名とは随分賑やかな旅だったでしょうな)

(いやぁ、もの静かでしたのっ。で、着いた先は大きい川の支流の中くらいの川の支流の小川の近くの大きなお屋敷で、そこの数十年前の主が嘉徳氏とおっしゃる方で、代々庄屋さんだったそうですのっ。でその嘉徳氏が、そこは播州平野の外れだとおっしゃったのでしたのっ)

(播州ですか。播州と言えば赤穂浪士、赤穂浪士と言えば仮名手本忠臣蔵。あれは華やかで賑やかで楽しめましたな)

(あら、そうですわね。赤穂浪士。私、播州で思い出しましたのは、素麺でしたのに)

(夢さんは私のお仲間ですかのっ)

(だんなさ〜、お気の毒ですわ)

(何故に)

(だんなさ〜のお仲間にされたら、あちらのお話もお好きみたいで)

(はっはっはっ)

(夢さん、わたくしも、ロバートさんに言われて、今、播州赤穂浪士を思い出しましたのよ。あちらにおりますと、赤穂浪士の忠臣やお武家の方々の重い心など思い出せないほど、嘉徳氏もお宅も辺りもたいそう穏やかでしたの。あちらにおりました折には赤穂浪士のことなどどなたもお話しになりませんでしたし。今ロバートさんがおっしゃられるまで気付きませんでしたわ。随分前のことだからでございましょうか)

(さしずめ、講談でならば♪時は元禄十五年♪ですからな。我輩が来日する二百年前のことだったそうですね。我輩、忠臣蔵は作り話だと思っておりましたらな、親しくなった近所の八百屋の爺さんに、本当にあった事ですよ。名前は歌舞伎とは違ってますが、日本は古くからある国なんですよ、と言われました)

(古いで思い出しました。嘉徳氏のご家系は数百年も続く古いご家系でらして、お家も大層広くて)

(数百年も続くご家系ですか、まぁ)

(カテリーヌさん、驚かれなくとも、我々がこちらの世に参る前、あちらの世で生まれたということは、ご両親お二人がいらしたわけで、そのご両親にもご両親がということで四人が、その四人にもご両親がと、八人、十六人、三十二人、六十四人、百二十八人、二百五十六人、五百十二人、千二十四人、と何人もいらした故に生まれて来ているわけでして。まぁ、たしかに千二十四人くらいになると、中には同じ人物も混じっているやも知れませんが、それでも、十世代遡るだけで一応千二十四人が関わってくるわけですからね。一世代二十五年として、十世代ですと二百五十年ですか。まだ江戸時代ですね)

(二百五十年前ですか。革命より前ですわ。まぁ、わたくしがあちらの世に生まれるためには、ルイ十五世の頃に千二十四人もの方が関わっていらしたということですか。あら、まぁ。では、それからさらに二百五十年前、シャルル八世の頃ですともっともっと増えるわけですわねぇ。その千二十四人のお一人お一人に千二十四人がいらしたということでよろしいのかしら。Mon Dieu)

(おほほ、イチニッパー、ニゴロク、ゴイチニ、おほほ)

(まぁ、夢さん、どうなさったんでしょう)

(麻雀を思い出しましたの)

(おっ、夢さん、麻雀なさる、いや、なさってらしたのですか)

(ほんの少し。主人がお友達を連れて来て、人数が足りなかったり、どなたかがお席を外した折に代理でぐらいでしたが。で、どなたかが勝たれると、そういう計算の仕方なさってらして。ご隠居さんは麻雀はなさってらしたでしょうか)

(僕はとんと。一応坊主の息子、まぁ、それほど自制していたわけではないのですが、僕はあまりね)

(主人は学生時代のお友達をよく連れて来てましたわ。民男が生まれた頃から下火になりましたが、それまでは週に二度程。あの頃は、主人を除いてみなさん独身でしたから、終電間際までいらして。愛はわざとぶつかったり、これなぁにと牌を読んだりして、他の方に手の内を教えてしまったり、邪魔していましたわ。父親を取ってしまうお友達を最初は嫌っていたのですが、でも、お友達はみなさん面白がって、で、父親よりお友達に甘えるようになってね。懐かしいですわ。あの頃は皆さんお若くて、それに主人もまだ優しかったですし。麻雀、記憶の底に眠っていたのですね。懐かしい。ポン、チー、リーチ、ロン、ドラドラ、国士無双東南西北白撥中おほほ)

(夢さん、なんか面白そうなその言葉、何ですか)

(麻雀の牌の呼び方や上がり方など)

(それって、何ですか)

(あら、ユリさんの頃にはなかったのでしょうか。随分昔からあったように思っておりました)

(息子の学生時代にも隠れてやっている連中もいた様ですが、戦時中は禁止されていたのではなかったでしょうか。息子も僕ものめり込まなかったですね)

(それって、もしかして、支那の賭博のでしょうか。支那では禁止されていたとか。でも、絵都が、大連から送ってきた手紙によく書いておりましたわ。碧さんが、机の上で小さいお豆腐みたいなものをがちゃがちゃ言わせて遊んでいると。象牙の立派な彫り物を手荒に混ぜて、どこが面白いのでしょうか、女の私には解りませんなどと。その麻雀というものなのでしょうか)

(賭博のようですのっ。碧氏はそういうお人なのですかのっ。絵都はそういうおのこがよかったのですかのっ)

(だんなさ〜、碧さんは別に賭博ばかりなさってらしたわけではないですし。ちゃんと、亡くなる前に、絵都やお子達が生活に困らないように、遺されましたし)

(よもや、博打の稼ぎではなかろうのっ)

(何をおっしゃいますやら。兄が紹介した方ですのよ。それに、ちゃんと満鉄でお仕事なさってました)

(だが、絵都はぼやいておりましたのっ。皆無くなってしまったと。あれは、博打の悪銭身に付かずではなかったのかのっ)

(あれは絵都のせいではなく、日本が戦争に負けたからでございましょう。以前絵都が話しておりましたでしょう)<第六話をご参照ください>

(そもそも日本が戦争を仕掛けたのですがね)

(ご隠居さん、千二十四人のお話、わたくし、今、考えておりましたの。わたくし一人があちらの世に生まれてくるために、二百五十年前ですと千二十四人もいらしたわけで。で、今、世界の人口はどれほどなのでしょうか)

(え〜と、僕がこちらに来る前には六十億程だったのではなかったでしょうか。僕が生まれた頃は十五億ぐらいでしたか)

(ということは、その六十億人のそれぞれが、二百五十年前のご先祖が千二十四人いらしたら、時代が古い程、人口が増えてしまいませんかしら)

(カテリーヌさん、人口というのは、それぞれの時点であちらの世で生きている人の数ですからね。僕達のようにこちらの世に来た者達は数に入りませんから。どんどん生まれて来ても、どんどん死んで行く者達もいるわけですから)

(あら、そうですわね。えっ、あら、でも、それぞれに千二十四人もいらしたら、あら、私、解らなくなりました。ご隠居さんがお生まれになった頃は十五億っておっしゃいましたものね)

(なんとなく、カテリーヌさんが混乱してらっしゃる理由が分かってきました。もしかしてこういうことでしょうか。二百五十年前に千二十四人がいたからあちらの世にカテリーヌさんが生まれてこられた、ということは、ご先祖の数がどこかの時代でおかしなことになるのでは、人口の妙な逆転現象が起きてしまう、そういうことですか)

(たぶん、はい、そのような)

(ユリも全然わかりません)


お読み頂きありがとうございました。 霊園セミテリオの気の世界を、お楽しみ頂けましたなら幸いです。

お読みになられたあなたと、書き手の私が共に生きておりましたら、再来週水曜日に再会いたしませう。

評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ