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第九話 セミテリオから何処へ その二十二


(法事が何回もあったらたまらないって、ユリ、そりゃ、お経を聞いている間正座をしなきゃならなかったから辛かったし、それにお経って何言っているかちんぷんかんぷんだから退屈でしたけど、でも、何かつれない感じします)

(法事が嫌だとは、先祖に対して失礼だと思いますのっ)

(ですよねぇ、彦衛門さん。それに、法事ってご先祖さまには直接会えなくても、ご親戚のみなさまにお目にかかれるでしょ。だからユリ楽しみでした。それにお清めの御馳走も出るし)

(準備なさる方は大変ですのよ。お料理もですが、お掃除したり障子や襖を新しくしたり、神主さんやお坊さんにお包みしなければならないですし。手間も暇もお金もかかるのですもの。年に数回も法事があったら、身が持ちませんわ)

(あっ、そうなんですね。ユリ、知りませんでした)

(ユリさん、こちらにいらしたのは嫁がれる前でしたものね。それに乳母日傘の箱入りお嬢さんでしたでしょう)

(あっ、はい)

(で、嘉徳氏がおっしゃるには、毎年も二年毎も多すぎる。随分前に家族会議をなさったらしいですわ。三年毎だと、もし受験生がいた場合に大変だと)

(どうしてでしょう)

(カテリーヌさん、今の世は、三年毎に中学受験、高校受験、大学受験とあるんです)

(まぁ、そうなんですか。夢さん、日本は大変なんですね)

(五年という案も出たそうですが、覚え易くともなんとなくきりが良過ぎて却下されて。じゃぁ六年という案が出て、それだとある特定の歳の方がご気分がわるかろうと)

(どうしてかしら。あっ、ユリ、わかりました。例えば子歳と馬歳ばかりが繰り返されるってこと、でしょ)

(ユリさん、そうだそうです。で、七年は、何か幸運の数字だとかで、法事に幸運というのは、いくら何でもと避けられて、それで八年に落ち着いたそうです。八年毎の八月のお盆の中日に。八は末広がりだから、末まで続く、子孫繁栄にも通じると)

(七を避けられたのは、ラッキーセブンからかしら)

(夢さん、たぶんそうでしょうね。ただ、七は三と共に法事では使う数なんですがね)

(夢さんがおっしゃったの、何かしら)

(ユリさん、西洋の文化にあるそうですよ。七は幸運の数字というのが。ほら、八は末広がりだから良いというのと、先ほどの蟻が十匹と同じで。カテリーヌさんのお国ではそういうのはなかったかしら)

(はい、いえ、いいえありましたとお答えすべきなのかしら。日本語は難しいですわ。え〜と、わたくし、たしかに、七は幸運の数字だと思っておりました。でも、なぜかしら。一週間が七日ですからかしら)

(ユリわかりました。虹の色だからってのはどうかしら。だって、虹が見えたら嬉しいでしょ)

(はい、あら、でも、虹が七色って、わたくし存じませんでしたわ。それに、太陽や月や星の色も仏蘭西と日本では違って見えるからかしら、違う色のこと多いですし)

(なるほど、星ね。そういえば、水金地火木土天海冥の九から地球を引いて八、もし海王星か冥王星が見える前ならば七ですがね。キリストの弟子の数は何人でしたっけ)

(十二人ですわ。わ。Simon、Andre、Jacques、Jean、Philippe、Barthelemy、Thomas、Matthieu、Jacques、Simon、Thaddee、Judas。よかった。ちゃんと言えました。これね、覚えさせられたんですよ。もう何年前かしら。随分経ったのに、まだ言えました)

(うわぁ、日本語と全然違う風に聞こえました)

(あら、ユリさん、お名前ですもの。仏蘭西語ではなくて。あら、でも、仏蘭西語なのかしら。夫が英語で言うと似ていても違ってましたわ。Simonは同じ書き方では英語と違うのはアクセントがつくだけですが、AndreはAndrew、JacquesはJamesで、あら、でも私も英語ならキャサリンですし。あら、十二使徒ってどこの国の方になるのかしら。元のお名前はどうお呼びするのがよいのかしら)

(あの頃、今のような国はなかったでしょう。強いて言えばイスラエルになるのでしょうか。するとヘブライ語ですか。釈迦はマガタの出身でマガタ語を話していたそうですよ)

(あっ、ご隠居さん、キリスト様はAramの言葉で語られたのでしたわ。でも使徒が皆Aramの方だったのかしら)

(時が経つと色々とわからなくなるものなのですね。そうやってユリも忘れられるんだわ)

(皆が過去を覚えていたら、未来の人程、覚えている事が多くて大変ですもの)

(みなさま、わたくし、お話しを続けないともう忘れそうですわ。だんなさ〜など、玄孫の名前をもう忘れてしまう程ですもの)

(マサさま、ごめんなさい。お続けになってくださいませ)

(どこまでお話しましたかしら。八年のことでしたわね。八年、あ、それで、わたくし共四十名が嘉徳氏のところに参った今年が丁度その八年目にあたるそうで。嘉徳氏は、それに合わせて皆様もいらっしゃったのではないでしょうか、とおっしゃって。ただ、随分お早いお越しのようで、とも)

(するとですのっ、わたくし共四十名の内、若い青年が嘉徳氏に尋ねたのでしたのっ。僕がここにいる理由がわからないのですが、とね)

(皆様口々に、そこがわからないのです、とね。そこが何処だかは分かっても、先ほど嘉徳氏のご先祖やご子孫のお名前をお伺いしても、自分達との関連が分からない、自分達の親戚や知人にはいないようです、と)

(嘉徳氏が、申し訳なさそうな表情で、小生にもわかりません、とおっしゃってのっ)

(どなたかが、よろしいじゃございませんこと。少なくとも、関東平野を飛び立ち播州平野まで物見遊山ができたと思えば。道中楽しめましたでしょう、などと)

(長いこちらの世の日々の退屈しのぎになりました、とおっしゃった方が、嘉徳氏に、いやぁこれはすみません、とおっしゃれば、嘉徳氏も、こちらの世に参ってからは、親戚縁戚ばかりで、他家の他所の方とはなかなか巡り会えません。遠路遥々いらっしゃった皆様とは初対面でございますが、大歓迎いたします。おもてなしもできませんが、どうぞ長逗留なさってください、などとおっしゃってのっ)

(おもてなし、ですか。ユリ、元々無理だと思うんですけど。お茶もお菓子も頂けませんもの)

(お抹茶、ねりきり、わたくし、頂きとうございます)

(ですわねぇ、カテリーヌさん、お抹茶ではなく、玉露でしたが、玉露とねりきりは、目にはいたしましたのよ。法事の席で。でも味わえませんものねぇ)

(法事って、え〜と、先ほどのお話のでございましょう。法事でねりきりと玉露を頂くのですか。玉露も良い香りですが、ほうじちゃでしたら法事によろしいのに。あら、あちらの世界の方、法事ってお食事会なのでしょうか。先ほど、ご隠居さんが、法事は教会のミサと似ているとおっしゃってましたが、ミサではなくて、お食事なさるのですか)

(カテリーヌさん、法事は、先ほどマサさんやユリさんがおっしゃってたように、食事するんですよ。確かに、僧侶を呼んで、お経をあげて、で、僧侶と共に、あるいは僧侶抜きで、集まった親戚一同が食事を共にするってのが習わしですわ。ですから、準備がたいへんで。で、お食事の後には、玉露とねりきりが出ましたの。わたくし共は目にするだけでしたが)

(それにしても、その八年毎の法事に、縁も所縁も無い私達四十名がここに呼ばれるとは、さぞかし気の強いご家系、いや、気が強いのではなく、強い気の家系なのでしょうか、などと、あれは確か、立派な軍服の若者が口にしてましたのっ。横で、囚人の様な今様の服を着た髪が長く女々しい青年がびくびくしていましたのっ。あの青年達は如何なる関係だったのかのっ。まぁ、いづれにせよ、嘉徳氏は気がお強いようには見えませんでしたからのっ)

(嘉徳氏は、しっかりなさった、なんと申しましょう。大柄で、こうゆったりなさったご立派な身なりでしたわねぇ)

(村長だったそうですからのっ)

(あら、あなたさまも郡長でしたのに.....)

(でしたのに、とは、何が続くのですかのっ)

(あら、だんなさ〜、ごめんあそばせ)

(あのぉ、彦衛門さん、ユリ、以前のお話から警察関係のお仕事だと思ってました)

(いや、それも)

(まぁ、警察のお仕事と郡のお仕事って随分畑違いじゃないでしょうか)

(夢さん、明治の頃は、そんなものでしたよ。薩長土肥の士族ならば、人材少なく役多く。少し前までの敵であった徳川旗本も大分新政府に登用されたそうですよ。そうですよね、彦衛門さん)

(私など薩摩に居た頃には役を務めてませんでしたからのっ。ご維新の折、まだまだ二才でしたからのっ)

(彦衛門さんって偽者なんですか。えっ、彦衛門さんって彦衛門さんじゃないんですか。えっ、ユリ、彦衛門さんって本当のお名前だと思ってました)

(あら、ユリさん、にせって二才って書くんですよ)

(あのぉ、わたくしも、わからなくなりました。彦衛門さんって、明治の始まりにはまだ二才だったのですか)

(わっはっはっ、こりゃ困りましたのっ)

(まぁまぁ、これも薩摩言葉なのでしょうか。え〜と、二才と書いて、にせと読んで、若者のことで)

(ああ、そういえば青二才という言葉がありますね。あれは薩摩言葉なのでしょうか)

(ご隠居さん、薩摩の言葉かどうか、わたくしも存じませんが、同じような意味で。稚児の次は二才、郷中で集まって生活したり学んだり、でしたわねぇ、だんなさ〜)

(でしたのっ、懐かしいですのっ。あの時宮之城まで参っていれば、今の郷中を見られたかもしれませんのっ)

(今でもあるのでしょうか)

(そうですのっ。哀しいですのっ。あれからもう百年以上。樹木は茂れど材木は朽ちますのっ。人も死にますのっ、残るは石垣ばかりですかのっ)

(わたくしの歩いた坂道はもうないのでしょうか)

(かもしれませんのっ)

(仏蘭西にわたくしの歩いた石畳はあるのかしら)

(ユリのお父様のお店はどうなったのかしら)

(私がこちらに参ります前に、私の育った家はとうにございませんでしたわ。空襲では幸い焼けなかったのですが)

(僕が育った寺も、空襲では焼け残りましたがね。寺は、あはは、僕ですね、病院にしてしまいましたから。そんなもんですよ)

(哀しいものですのっ)

(悲しいですわ)

(涙も出ませんでしょう)

(こちらの世では、涙も出せませんからのっ。涙どころか......)

(だんなさ〜、およしになって)

(マサさん、もう遅いです。ユリ、彦衛門さんがおっしゃりたいこと、分かってしまいました。うふふ)

(ユリさんごめんなさいね)

(あら、私は分かりませんが)

(夢さん、まだだんなさ〜の口癖をご存知ないのかしら)

(申し訳ございません。私、セミテリオにあまりおりませんでしょう)

(ですわねぇ。あのぉ、だんなさ〜は、何かというと、下のお話に結びつけるので、恥ずかしい限りですわ)

(えっ、あ〜ぁ)

(夢さん、わかりましたかのっ。それとも申してもよいですかのっ)

(えっ、あっ、結構でございます。確かに涙どころか、何も出せませんものね。主人は愚痴ばかり出して皆様に御迷惑おかけいたしておりますが)

(うるさいっ)

(あら、あなた、耳をそばだててらしたのかしら)

(うるさいっ、だまれ、つべこべ言うんじゃないっ)

(皆様、申し訳ございません)

(いいんですよ。夢さんが謝ることはない)

(ありがとうございます)




お読み頂きありがとうございました。 霊園セミテリオの気の世界を、お楽しみ頂けましたなら幸いです。

お読みになられたあなたと、書き手の私が共に生きておりましたら、再来週水曜日に再会いたしませう。

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