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第九話 セミテリオから何処へ その二十一


(当るというおっしゃり方が、科学的ではないのか、いや、当る確率が上がればそれは科学にもなるわけで)

(ユリ、やっぱりわかりません。でも二十八日は七で割れます)

(そうそう、だから、毎週、同じ曜日に機嫌の波があってね。何曜日に生まれたか、その生まれた曜日から一週間後の同じ曜日には機嫌が上滑りしがちで、その一週間後はやや注意、その一週間後は感情が低調で、その一週間後は元に戻ってやや注意というようなのはね、確かにあると思いましたね)

(あっ、ユリが七で割れるって言ったのは、法事と似ているなって)

(おっと、すみません。僕、また横に逸らしてしまいました)

(いえいえ、お気になさらないで。こちらの世はいつまで続くのか、暇つぶしになりますもの)

(はいどうも。その八年毎の法事の話でしたね)

(♪はいしどうどうはいどうどう♪、やはり歌いたくなりますわ。で、八年毎というのは、わたくしも不思議に思いましたの。他の方が八年毎ですか、何故と尋ねてらして。嘉徳氏のお答えは覚えておりますのよ)

(マサ、私は覚えてませんのっ)

(だんなさ〜、あの時、嘉徳氏、突然、アリのお話をなさいましたでしょ。わたくし、何のお話かと。で、覚えておりますの。皆様、アリ、ほら、そこにもいるアリ、漢字で書けますかしら。あの時にも嘉徳氏、そうおっしゃったでしょう)

(でしたのっ。しかし、アリという漢字を書けないものがおったとはのっ)

(普段使う漢字ではございませんでしょう)

(だが、アリはどこにでもいますのっ)

(アリなどという漢字を書くこと、普段はございませんでしょう)

(あら、本当、難しいですわね。ちょっと考えてしまいました)

(簡単ですよ)

(ご隠居さんは物知りですもの。ユリ、書けません。虫へんぐらいまでです)

(いやぁ、あの、虫までは簡単でしょう。で、つくりの部分はね、義理堅い蟻と覚えればいいんですよ)

(義理堅いですか)

(それに、ほら、義理の義の字の上には、丁度蟻の触覚みたいなのがついている)

(どうして蟻が義理堅いのですか)

(ほら、そこの蟻達を見てごらんなさい。会う度に挨拶してるでしょう。義理堅いと思いませんか)

(まぁ、会う度にご挨拶なさることを義理堅いと言うのですか。まぁ、そうだったのですか。わたくし、ご挨拶するのは、わたくしはあなたを存じ上げておりますわ、ということだと思っておりました)

(なるほどのっ。しかし、挨拶をしなければ、敵意を感じますからのっ)

(だんなさ〜、ご挨拶ないからと一々敵意を感じてらっしゃったのですか)

(おのこの社会ではそうですのっ。ご維新前なら刀の柄に手をかける気分になりましたのっ。そこを自制するのが武士とはいえ)

(まあ、恐ろしい)

(♪あっちいってちょんちょん、こっちきてちょん♪)

(あら、夢さん、それ面白そうです)

(蟻の唄でございますか)

(はい。あら、ユリさんもマサさまもご存知ないですか。愛とお庭でアリを見ながらよく一緒に歌いましたわ)

(はい)

(ええ)

(瑞穂が歌ってましたよ。ってことは、戦後の歌ですか)

(ほんと。アリって、あっちでもこっちでもちょんちょんしてます。ほら、ここ、ユリのお墓の所でもご隠居さんの所でも。で、蟻って漢字は虫へんに義、頭にちょんちょんがついていて。ユリ、覚えました。あら、でも、覚えても仕方ないです。で、蟻って書けることと嘉徳氏のお話ってのが、わからないです)

(嘉徳氏のお宅の高等学校に通ってらっしゃる、つまり、嘉徳氏の玄孫にあたる青年ですが、お母様が何かをなさった時に、いきなり蟻という字を書き始めたそうで、曾孫にあたるその青年の父親に乗ってらした嘉徳氏は、漢字の練習でもなさってるのかと、高等学校生にもなると流石難しい漢字をすらすらと、いや、何度も書くのは忘れないように練習しているのかと思ってらしたそうですわ。で、嘉徳氏が、また、わたくし共四十名にお尋ねになったのです。蟻が十匹でなんでしょう、と微笑まれて)

(蟻が十匹ですか)

(おっ、そこは私も覚えておりますのっ)

(だんなさ〜、答えをおっしゃっては駄目ですわ)

(いやぁ、あれは、面白かったのっ。考えもしませんでしたのっ)

(一匹、二匹、三匹、四匹、五匹、六、七、八、九、十、十一、十二、十三、十四、十五、十六、十七、あの、十丁度じゃなくちゃいけないんですか、十八、十九、二十、二十一、あら、カテリーヌさんのお墓の後ろは見えないです。カテリーヌさん、ユリの続きを数えてください)

(えっ。あら、ユリさん、ユリさんがどのアリまで数えたのか解りませんし。それに、まだまだずぅっと見えなくなるまで続いていますの。数えなければいけませんかしら)

(ユリさん、丁度十匹でなければいけませんのよ)

(もっと沢山いるのに)

(おっほん。答えを申したいですのっ)

(だんなさ〜)

(十匹の蟻、まだわかりませんわ)

(ご隠居さんはいかがかしら)

(僕も見当がつきません。蟻が十匹ねぇ)

(十を何と読むかですのっ)

(じゅう、でしょう)

(じっぴきですね)

(あら、ご隠居さん、嬉しいですわ)

(夢さん、どうして)

(今、じっぴきとおっしゃいましたでしょう)

(はい、じっぴき)

(私がこちらの世に参ります前、もうじっぴきとは言わなくなってましたの)

(じゅっぴき、でしょう。知ってますよ。流石NHKのアナウンサーはじっぴきと言いますが、インタビューなどだとね)

(民放だとドラマでもじゅって、でしょう)

(そうそう、あれは気になりますね、いや、気になりましたね)

(じゅってってなんですか)

(じってのことですよ。彦衛門さんならご存知でしょう)

(ユリだってしってます。でも十手がじゅってなんですか。ええ〜、なんか変です)

(わたくしの国の言葉みたいで、素敵な響きですわ)

(だから、じっぴきもじゅっひき)

(それも素敵に聴こえます。懐かしいですわ)

(へぇ〜。ユリには変です。ユリね、ひちって言う度にしちって直されてました。でも、みんなひちって言ってたし、ひちかしちかわからなくなるのが面倒で、ユリはいつもななって言う様になりました。そしたらね、学校の号令で、丁度七番目になる時があって、ななって言ったら、言い直させられるの。正しいのはしちだっけひちだっけ、って間があいちゃうでしょ。だから、七番目になるのが怖かったです。お布団をひくもみんな言ってたし。あと、これはユリ大丈夫だったんですけど、歩ってって言い方もあるでしょう)

(ああ、歩いてが歩ってになるのでしょう。下品ですって、私も母によく叱られましたわ。でも、家の中の言葉と違うと、つい使いたくなりますものね)

(わたくし、それ、本当に難しくて。どうして同じかみなのに紙ですと一枚で、髪ですと一本で、神様ですとお一人で、あら、わたくしの神様はお一人ですけれど、みなさまの神様はたくさんいらっしゃるでしょう。一がいちとひととあって、それにその後につける言葉が違いますでしょう。日本語の難しいことの一つです。ほら、ひとつ、でいちやいっ、でないのですもの。ひいふうみぃという数え方もありますでしょう。あれ、わたくし、どうしてもわからなくて。どうしていちにぃさんしぃごぉじゃいけないのでしょうか)

(で、十をなんと読むかですのっ)

(じゅう、じっ、とう、ほかにもありますか、あっ、今のあちらの世のじゅっ、ですか)

(十月十日のとというのもありますわ)

(ああ、九ヶ月のことですね)

(えっ、十月十日が九ヶ月になるんですか)

(妊娠期間の数え方のですがね、日本流と西洋流では異なって、陰暦や数えの違いでね。前、説明したことありますよね。たしかカテリーヌさんに驚かれて。それともユリさんでしたか)

(はい。たしか、わたくしとユリさんで驚いたように覚えておりますわ。日本の赤ちゃんは、わたくしの国の赤ちゃんより、お母様のお腹に長くいたいのかしら、って)

(で、十月十日、最初の十はとと読み、次の十はとおと読むわけですからね。たしかに、日本語の十は読み方が何通りもある。こりゃ外国人にはやっかいでしょう)

(で、蟻が十匹をどう読むか、ですのっ)

(蟻がじっぴき、これが正しくて、でも、蟻がとおひき、蟻がじゅうひき、蟻がじゅっひき、蟻がとひきって読み方もあるってことかしら)

(匹を除くのですのっ)

(蟻がじっ、蟻がとお、蟻がじゅう、蟻がじゅっ、蟻がと、ですか、彦衛門さん、変ですっ)

(おほほ、ユリさん、今の中に正解がございましたのよ)

(えっ)

(嘉徳氏のところの高等学校生の玄孫さんは、お母様にありがとうが言えなくて、紙に蟻を十回書いたそうです)

(ありがとう、ですか)

(おほほ、そうですわ)

(解りますわ。どうしてなのでしょう。中学生や高校生の男の子って、ほんと、口きかなくなったりして。あれは、照れなのでしょうか。それとも反抗期なのでしょうか。女の子はそういうこと少ないらしいですのにね。それにしても、ありがとうを言うかわりに蟻を十回書くのですか。まぁ、疲れますこと)

(思春期、青年期の入り口の男の子が男になって行く途中の心理はね、なかなか難しいものがありますよ。僕の頃は礼儀が先ですから、それに家族といえどもそうそう容易く口を開く関係ではない時代でしたしね、瑞鏡の頃もそうでしたし、孫は娘ですし、曾孫はたしかにややそういう傾向ありましたね。はてさて、瑞海はどうなることやら。夢さん、あれね、複雑なんですよ。僕はもうあの頃から随分経ってますからね。男と女というものが、ましてやこちらの世に来てしまうと、まったく生々しくはないのですが。それまでは甘えていられた母お母さんがね、母になるわけですよ。女として見てしまう。で母と父が、女と男が何したから自分が生まれてきたわけで、その何がしたくなり始めるのが思春期なわけで、自己矛盾が生じてくるわけですよ。母を嫌悪し、父を嫌悪し、するとその嫌悪している部分を自分も持っていることも事実で、自己嫌悪につながる、それじゃぁ生きていけない、と気付く過程は悶々としますよ。照れくさくて親と目を合わせられない、口をきけなくなる、つい反抗的にもなる。女の子も少しはそういう過程を通るとはいえ、父になるというのと母になるのでは、どうも、母の方は美化されていますからね。まぁ、九ヶ月、いや十月十日、母体の中で育てるわけですから、美化された方がよいのかもしれませんが)

(あら、どうして蟻が十匹の話をしてたのかしら。ユリ、忘れちゃいました)

(おほほ、嘉徳氏が、蟻の漢字と十匹の話をなさったのは、その十をとうと読むってところにお話を持って行くためでしたの。法事を八年に一度なさるのは、四十九日、一周忌、三周忌まではなさる。これでも故人一人の為に通夜と葬式を合わせると五回も親戚一同が集まるわけで、結構たいへん。だから故人達をまとめて法事。とはいえ、三年以下では頻繁すぎる四と九は、ここで蟻が十匹の話が出てきて、つまり、四と九はそれぞれ死と苦に通じるから却下。そもそも年に何度も法事があるのではたまらないから回数を減らそうとなさったそうです)




お読み頂きありがとうございました。 霊園セミテリオの気の世界を、お楽しみ頂けましたなら幸いです。

お読みになられたあなたと、書き手の私が共に生きておりましたら、再来週水曜日に再会いたしませう。

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