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第九話 セミテリオから何処へ その二十


(時折、うんっ、というお顔になったり、またがっかりなさったりでしたのっ。で、ご老人のお話が終わると、どちらかというと最近の服、背広というものですかのっ、背広を着たご年配の方が、え〜と、こちらにお邪魔しておりますのにこういうことをお尋ねするのは何ですが、こちらはどちらでしょう、と尋ねられてのっ)

(ご老人、その嘉徳氏は、怪訝な表情で、ただいま説明いたしましたが、と)

(え〜と、そのぉ、ご家族のことではなく、この場所はどちらでしょう、と)

(嘉徳氏、怪訝な表情になられて、皆様どちらからいらっしゃったのでしょうか、と)

(口々に、私達の奇妙な体験を語りましたのっ。気付くと空中にいて、手をつないで、輪になって、漂い、富士のお山を超えて、琵琶湖の上を渡り、夜になり朝になり昼になり、ふわぁ〜すぅ〜ふわぁ〜と、行き着く先は極楽かはたまた地獄か、これがこちらの世の終わりの定めなのかなどと、気付くとこちらの畳の上にいたということを語ったのでしたのっ)

(ご老人が、それはそれは随分遠方よりいらしたのですね。遠路遥々我が家までご足労かたじけなく存じ上げ奉ります。ここは播州平野の外れ。斯様な片田舎まで、早々とお揃いでいらっしゃったこと、恐悦至極にございます。当方、先ほど申し上げました先人の流れにて、などとおっしゃられて。わたくし共、播州平野の外れにいたのだとわかっただけでしたの)

(播州平野と聞かされてのっ、私は、宮之城にはやはりまだ道半ば、と残念に思っていたがのっ、我ら四十名程の中から、京都より西に来た事は無いだの、播州平野はどこにあるのでしょう、岡山でしょうか、いや、播州は兵庫だろう、だが、どうしてこちらにお邪魔することになったのだろう、手をつないだまま、風の流れか空気の流れか、偶然こちらに降りたのでしょうか、いやいや、何か僕達がここに呼ばれる理由があったに違いない、神様の思し召しでしょうか、あら、でもこちらにはご仏壇です、等々口々に口を開き始めてのっ)

(あのぉ、嘉徳さま、私達をお呼びになりましたかしら、と尋ねた方がいらして)

(嘉徳氏も怪訝な顔してましたのっ。残念乍ら、小生、皆様がどなたなのか、ただいまお一人ずつお顔を拝見いたしましたが、どなたも存じ上げず申し訳ない限りです。ただ)

(ただ.....と、皆口を合わせて、嘉徳氏の口元を見ましたのっ)

(ひと月ばかり先に法事があるのですが、まさか)

(まさか.....と、皆、再び口を合わせましてのっ)

(で、嘉徳氏がご説明なさったのは、そちらのご家系では、いえ、ほら、その前に嘉徳氏が延々お話なさったご先祖さまやご子孫さまの多くが七月から九月にあちらの世からこちらの世に移られて、嘉徳氏も九月の終わりだったそうで、八月の盆休みに合わせて、まとめた法事を八年に一度なさるそうで)

(あの、すみません。わたくし、八月のぼんやすみがわからないのですが)

(まあ、カテリーヌさん、こんなに長く日本にいらして)

(ユリさん、わたくし、セミテリオには長くおりますが、セミテリオも日本にあるのですが、でも、あちらの世界の日本には十年もおりませんでしたのよ。それに、お付き合いして頂ける日本の方は少のうございました。bonなお休みは、日本の皆様がお正月の他にお休みになる良い時だとは存じておりますが、でも七月ではなかったかしら)

(カテリーヌさん、お盆はサンスクリットのウラムバーナから来た言葉でして)

(まぁ、サンスクリットとは、古い言葉ではございませんか)

(ですねぇ。仏教が伝わった頃からでしょうから)

(まぁ、日本語にはそんな古い時代からの異国語があるのですね)

(火教の影響もあるらしく、自然の中に神が宿るという感覚と類似してましてね、日本で受け入れられ易かった様ですが、要するに、ご先祖が帰ってくるとされている日のことですよ。キリスト教にもありませんか)

(Jour des Mortsというのが十一月にございますわ。まぁ、お盆はそういう日だったのですか。良いお休みなのでbon休みだと、あら、たしかにbonだけ仏蘭西語というのはおかしなものですわ)

(お盆は、本来七月だったのですが、太陰暦の旧暦を太陽暦の新暦にかえて、それで、旧暦の七月と、新暦の七月と、旧暦の七月は新暦の八月に相当するので新暦の八月に行う所とできましたね。ただ、戦後、どんどん、新暦の八月にお盆というのが広まりましたからね)

(然様ですわね。戦前は、新暦七月にお盆休みの所も結構ございましたわ)

(そういえば、ユリも、覚えています。七月のお盆と八月のお盆って)

(お店や会社ごとにどの月にお盆休みにするかバラバラでは困るからと、大勢にあわせて、最近はもっぱら八月がお盆休みですね)

(あの、ご隠居さん、ほうじって何でしょう。ほうじ茶のことでしょうか)

(えっ、ほうじ茶って何ですか。ユリ、知りません)

(あら、ユリさんがご存知ないのですか、まぁ)

(夢さん、だって、お茶って、お抹茶と緑茶とお番茶と、あとあったかしら。あっ、ユリは苦手な、お紅茶。ほうじ茶って、お紅茶みたいに、カテリーヌさん達異国の方が飲むお茶かしら)

(あはは、ユリさんが知らないとは、僕も驚きました。そうですか。ユリさんの頃には無くて、カテリーヌさんは御存知とはね。お二人の仲がよろしいから、ついつい同じ頃の方々だと思っておりましたが、ユリさんの方が古いのでしょうか)

(古いって、ご隠居さんまで、ひどいです。私、ご隠居さんより後に生まれたと思います。こちらの世には大正八年に来たのでご隠居さんより早かったですけど)

(で、カテリーヌさんは焙じ茶をご存知なんですか。ふむ)

(わたくし、千九百二十三年にこちらに参りましたの)

(千九百二十三年ですと、え〜と)

(私が生まれる三年前ですから、昭和元年は大正十五年で、ですから大正十二年ですわ)

(ほうっ、大正八年と大正十二年の間に焙じ茶はできたってことですか。忘れておりましたねぇ。そうですか。僕は焙じ茶なんて昔から飲んでいたような気がしてましたよ)

(で、カテリーヌさん、ご隠居さん、夢さん、ほうじ茶ってどんなお茶なんですか。日本のお茶なんですか)

(ユリさん、ほうじ茶って、お番茶より香りが素敵ですわ。色は同じかしら。でも、香りが素敵なんですよ)

(私もその茶を知りませんのっ。煎茶や玉露なら存じておりますのっ。もしや、法事で使われる故に法事茶なのですかのっ)

(えっ。あら、そうなのかしら。でも、漢字が違いますわ。だんなさ〜、わたくしの兄から、薩摩のお茶を頂いたことがございましたでしょ。あれは緑茶でしたが色が悪くなっていて。それでもお番茶よりは香りがございましたでしょ。焙じ茶は一寸違う香りですわ。お番茶より高くて。お番茶は番所で飲まれたから番茶と言うと教わりました。ですから出がらしみたいで香りなどどうでもよい、下級侍のお茶だと)

(お番茶って、一番最初の芽のお茶だからだと、私はそう聞いたことがございます。一番最初の芽だったら美味しい筈なのに、どうして不味いのかしらと思っておりました。私は物心ついた頃から、平素のお茶は焙じ茶でしたの。でも、学校でお昼にお薬缶で配られたり、そうそう、勤労動員で工場で出されたのは、薄いお番茶でした。あの頃は、お茶の葉も統制されていたのではなかったかしら。で、お番茶の葉を焙じるから焙じ茶と呼ぶのだと思います)

(で、お盆にほうじ茶を乗せるておもてなしするのが八月なのでしょうか)

(なるほど。お盆に法事茶ですのっ)

(いや、それは、彦衛門さん、カテリーヌさん、違いますよ)

(おほほ。お盆って、もしかしてお盆に使われたのでしょうか)

(夢さん、たぶんそうだということになってます。ほら、お盆には、お盆にお供物を乗せますからね)

(あらまぁ。私、冗談で申しましたのに。まぁ、そうなんですか)

(おっほん。やはり、盆には盆に乗せる法事茶ですのっ)

(だんなさ〜、嘉徳さまのところの法事では玉露でしたでしょう)

(でしたのっ。法事で出す茶はみな法事茶ですのっ)

(だんなさ〜)

(でも、ほうじは焙じ茶ではないのでしょう。何なのでしょう)

(あっ、カテリーヌさんに問われていたのですね。え〜と、法事とは、キリスト教にもあると思いますよ。何日ごととか、何年ごととか、キリスト教にもないですか)

(はい、毎日朝と夕方、日曜日や聖人の日など、一日何度も教会に参れますわ。わたくしも、昔は朝夕、だんだん朝夕のどちらかになって、その内、日曜日だけになって、来日してからは、教会が遠うございましたでしょう。ですから、日曜日のも参れないこともございまして、辛うございました)

(亡くなられた後のミサは)

(一週間後や五十日後、それと毎年亡くなった日には)

(五十日後ですかのっ、おっ、神道と同じですのっ)

(そういえば、彦衛門さんのお宅は神道でしたね)

(ですのよ。だんなさ〜は、お正月に亡くなったものですから、たいへんでしたの。年始回りでいらっしゃって初めてだんなさ〜の死去を知られた方が多くて、皆様ついついおめでとうございますとおっしゃりかけて慌ててご愁傷さまですに言い換えたり。わたくしは神道で育っておりませんでしたから、神棚に紙をかけるかどうかも迷いましたわ。作ってあったお節料理をお出しするのも何か妙な、でも、慌ただしくて他にお料理も作り置いてなかったですし。女中達は大晦日の夕刻からそれぞれ実家に帰っておりましたし。わたくしと悦もただひたすら動き回っておりましたわ。お正月の羽織袴でいらした兄も温と明彦と春彦と正彦とお節の鶏の甘辛煮を肴にお酒を召し上がられておいおい泣いて、終いには鶏飯を作ると言い出してお台所に立たれて)

(はっはっ)

(だんなさ〜)

(されど、あちらの世を去る日は自分では決められないものでしてのっ。私は、お節のうずら豆や伊達巻きをつまみ食いしておくのだったと、今だに、後悔しておりますのっ。それに武人殿の鶏飯も美味かっただろうのっ。私が喰うはずのはんぺんや芋もパクパク喰ったのであろうのっ)

(だんなさ〜。もう百年も経っておりますのに)

(食い物の恨みは恐ろしいと言いますのっ)

(え〜と、嘉徳さんのお宅では何年に一度とおっしゃいましたかしら)

(八年に一度だそうですのっ)

(ご隠居さん、仏教ではそうなのですか)

(いや、仏教では、普通七に関連する法事が多くて。あと、三ですか)

(ユリも不思議に思ったの。だって、七七四十九の四十九日でしょう。どこから八が出て来たのか)

(あら、四十九と五十は近いですわね)

(まぁ、家族の悲しみの癒えるのにそれくらいかかりますしね。しかし、七と言うのは、うむ、天体が関係あるのか、四十九というのは僕達の前世への執着が取れる頃なのか。おっ、伝染性疾患の場合、最初の一人から次の誰かに伝染り、その人からまた伝染りとすると、四十九日もあれば、それ以上広がらない、伝染らなくなる日数なのやも。あっ、で、七が選ばれるのは、人体の医学的理由なのか、そもそも一週間が七日ですしね。宗教が異なっても同じ程の日数ということは、何かと関係があるのでしょうね。惜しい。あちらの世にいた時に気付いていたなら、興味深い研究ができたやもしれません。バイオリズムと関係あるだろうか)

(あら、バイオリズム、愛が凝ってましたのよ。中学生の頃には、生まれてからの日数を計算して、何か、それ専用の定規も買って。しまいには何かこのくらいの時計の様な専用の機械まで買ってましたわ。すぐに壊れてしまったそうですが。で、望は、動物にもそれぞれリズムがあって、それは人間とは違うなどと申してました)

(そうそう。バイオリズムね、僕も興味があって、その定規と専用の用紙を買ったことがありましたよ。暫く続けておりましたが、忘れたりして一時やめてしまうと、また計算しなおしたり、結構面倒でね。まだ覚えていますよ。え〜と、Pが二十三、Sが二十八、Iが三十一、いや三十三で元に戻って。僕が一番興味があったのは、その三つの波が生まれたときと同じように三つ揃って始まるのがほぼ還暦に近いということでしたね。最小公倍数。還暦は生まれ変わると言うでしょう。それが面白くてね。偶然なのか、人類の知恵なのか)

(それって、何でしょう)

(Pは身体のリズムで、え〜と、リズムは日本語では何と言うのかな。拍動、強弱、どちらもやや違うような。ああ、こういう使い慣れた日本語でない日本語、難しいですね。リズムがお解りになるのは、え〜と、夢さんぐらいですか、すみません皆さん。どうも体調が思わしくない。いつもより疲れる、なのに、普段は散らかしているものをやたら片付けたくなる、そういう時にバイオリズムを調べると、Pの前後でね。若い頃と言ってももう半世紀を生きた頃にはPの一日後ぐらいだったのが、だんだんP当日、こちらに来る前には、Pの二、三日前ぐらいが一番きつかったですね。そんな体験から、僕はあのリズムは存在していると感じておりますがね。で、身体のリズムPは二十三日ごとに、Sは感情のリズムで二十八日ごとに、Iは知性のリズムで三十三日ごとに元に戻ってというのがあることになっています。僕はある、と思っています。似非科学だとも言われていて、似非ではないことを実証しようとは、僕もしてみたんですよ。カレンダーに、あっ、暦のことですよ、調子の悪かった日、頭が働かなかった日、頭が冴えている日、機嫌のいい日、悪い日等を書き込んでおくでしょう。で、後からバイオリズムのグラフと比べると、結構一致していたのですがね。ほら、見えない人には、見えないものは信じられないと言うでしょう。そういうのを僕は科学とは思わないわけで。見えないものを見える形にできたら、それこそ人類の未来、いや、未知の世界が開けるわけで。それこそ科学だと僕は思うわけですよ。ですから、似非科学と言われていたものを実証しようとしてみて、それなりに、少なくとも僕や家族のは結構合致していましたよ)

(愛も占いなんかよりよっぽど当るって申してました。でも、私はあまり。主人など、馬鹿にしておりましたわ)




お読み頂きありがとうございました。 霊園セミテリオの気の世界を、お楽しみ頂けましたなら幸いです。

お読みになられたあなたと、書き手の私が共に生きておりましたら、再来週水曜日に再会いたしませう。

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