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第九話 セミテリオから何処へ その十八


(先生さ〜とおっしゃるのですか。まぁ、なんでしょう。今のあちらの世の日本の方は、先生にそんな話しかけをなさるのですか。さ〜などとお呼びするのは失礼なことだと、わたくし教わりましたわ)

(まぁ、カテリーヌさん、わたくし、常々、だんなさ〜にだんなさ〜と申しておりましたのに)

(はい、ですから、マサさまが、彦衛門さまに親しみを込めてお呼びになってらっしゃるのだと思っておりましたが、違ったのでしょうか)

(はい、親しみを込めて。でも、だんなさ〜は、旦那様のことですから、親しみというよりもこう、敬うというでしょうか。ねぇ、だんなさ〜)

(深く考えるとそういうこっつなりますのっ。だか、うむ、慣れておりましたからのっ。ましてや、カテリーヌさんのおっしゃるさ〜などとは思っておりませんでしたのっ)

(カテリーヌさん、今の世では、さ〜やね〜は普通ですよ。よ〜になると、少し絡まれているように感じなくもないですが)

(まぁ、みなさん武蔵さんのようにお話なさるのでしょうか。武蔵さんはまだお若いからと思っておりましたのに)

(いや、やはり、さ〜やね〜はあらたまった処では使いませんよ。カテリーヌさん、ご安心ください。それと、夢さんや僕が申したのは、先生さ〜ではなく、センサーです。え〜とフランス語には無いのでしょうか。センス)

(扇子ですか。ventilateurですが)

(いえ、扇ではなくて、感覚でしょうか)

(sens、あっ、はい。えっ、ご仏壇に感覚があるのですか。まぁ。物、あらごめんなさい。でもご仏壇って物でございましょ。物に感覚があるんですか。まぁ)

(ほうっ。ご仏壇に感覚があるのですかのっ)

(えっ、ご仏壇が痛いとかくすぐったいって感じるんですか。うわぁ、ユリ、ご仏壇をくすぐってみたくなります。ご仏壇っていつもしかつめらしいでしょ。しかめっつらでしょ。くすぐったら笑い出したりして)

(ユリさん、不謹慎ですわ。それに、今まで、たまの外出で、たしかにご仏壇をお見かけすることは少のうございますが、声を出すご仏壇などお目にかかったことございませんわ)

(おほほ、おほほほほ)

(夢さん、笑ってないで)

(夢、まったくくだらない話しをしおって。どうしてお前はいつまでもそんなくだらない連中とつきあっているんだ。まったく。うるさいったらありゃしない)

(おっ、ご主人登場ですかのっ。いやいや、そんなに目くじら立てないで、この輪に御一緒なさればいいのですのっ)

(そもそも、こんな墓場でいつまでも話しているなどあり得ないことなのであり、ましてやくだらない話しなどに、誰が加わるものか)

(彦衛門さん、申し訳ございません。主人はこういう人ですから、お構いにならないで)

(構ってもらうなんて、冗談じゃないっ。放っといてくれ)

(はいはい、あなた、放っておきますわ。あら、でも、今、あなたからお口をお開きになったのではなかったかしら)

(ふん、ああ言えばこう言う。まったく、馬鹿にしやがって)

(あなた、いくらなんでも、お下品な言葉遣い。みなさま申し訳ございません)

(うるさいっ)

(はいはい、はいはい)

(♪はいしどうどうはいどうどう♪)

(うわぁ、懐かしい。金太郎さんですね。♪まさかりかついだ金太郎、馬にまたがりお馬の稽古♪)

(それでは当たり前ですのっ。♪熊にまたがりお馬の稽古♪でしたのっ)

(まぁ、だんなさ〜がお珍しい)(いやぁ、ほら、絵都が歌ってましたのっ。絵都は勇ましいですのっ)

(♪はいしどうどう、はいどうどう、はいしどうどう、はいどうどう♪)

(うるさいっ)

(はいはい)

(マサさん、ごめんなさい。こういう主人で)

(いえ、わたくしも一寸ね、からかってみたくなってしまいましたの。こちらこそごめんあそばせ)

(マサさん、ユリさん、ご隠居さん、本当に申し訳ございません)

(いやいや、そりゃぁ、あちらの世では夫婦。こちらの世でも夫婦とはいえ、あちらであろうとこちらであろうと、連れ合いの言動にまで責任持たされたり謝っていたら、身が持ちませんよ。お気になさらず)

(でも、みなさまに御迷惑ですもの。話の腰を折ってしまい、申し訳ございませんでしたわ。で、ご隠居さん、センサーのことですが、私も詳しくは存じませんのよ。ただ、今のあちらの世では、自動ドアや自動改札など当たり前ですものねぇ。ドアの前に立てばドアが開きますし、タクシーのドアは開け閉めしないですし、ほら、箱の蓋をとったり、そうそう、電報でも開くと音楽がなったりですものねぇ。自動ドア、戦前にはございませんでしたっけ)

(自動ドアねぇ、横浜の方で、指喰ふ扉が電車にあったような、あれは、僕が医者になるかならないかの頃でしたかね。大正の終わりか昭和の始め頃でしょうか)

(あら、私の生まれた頃から、もう自動ドアがございましたの。存じませんでしたわ)

(ご隠居さん、扉が指を食べちゃうんですか)

(ユリさん、ちぎれることですよ)

(まぁ、恐ろしい。今はそんな扉がたくさんあるんですか)

(カテリーヌさん、今のドアは滅多にそういうことはないですよ。あっ、僕も関西の電車で驚きましたがね。ドアの所にゆびつめ注意って書いてあってね。東京に住んでいると、指をつめるというのは、やくざの世界でしょう。でも関西弁では、どうも、指を挟むということらしくて)

(ご隠居さま、それでは、やはり、電車の扉は指をはさむということでしょうか)

(障子や襖を閉めても、うっかりすると指をはさむことはございましたのっ。あれは結構痛いもので。自業自得とはいえのっ)

(あの、はさむついでに、ユリ、口を挟んですみません。お話の先を知りたくて)

(そうでしたわね。え〜と、ご老女とご老人がいらして、ご老女がご仏壇の扉を開いて、灯明が灯り藤色のお線香を三つに折って、燐寸ではない何かで火をつけて、香炉に置かれて、それから皺々の首を伸ばされて鈴を鳴らされて、ご仏壇の上の方を見上げて、両手をさするように合わせられて、口ごもるようにお経を唱えられて、再び鈴を鳴らされて、それからお花を花立ごと鷲掴みなさって、ご仏壇の扉は開けたままよいしょと立ち上がられて、ご老人の方を向きもせず、話しかけもせず、立ったまま襖を開けて、立ったまま閉めて、ぱたぱた足音鳴らして去って行かれました)

(で、ご老人は)

(ご老女が敷かれていたお座布団の上にそのままお座りになり、皆さんお集りのようで、私が代表してご挨拶いたしましょう、とご仏壇の奥に声をおかけになったのでしたのっ。変なご挨拶だと思いましたのっ。毎日ご先祖さまに、そういう話しをするものですかのっ)

(あら、だんなさ〜、それは不思議ではございませんでしたわ。わたくしも、ここに参る度に、墓石を撫で、お線香が消えても、だんなさ〜にお話いたしておりましたもの。お経では詰まりませんでしょ)

(そうでしたかのっ。私はとんと記憶にないですのっ)

(お墓で、そういえば、みなさま、どちらかというとお墓の中の私達に話しかけておりますわね。みなさまがうらやましいですわ。わたくしなど、どなたも。たまに、あなたはどういう方だったのですか、などと見知らぬ方に日本語で問われるくらいで。血の繋がった方などわたくしの所にはいらっしゃりませんもの)

(カテリーヌさん、人間、概ね一人で生まれてきて、概ね一人で死んでいくものですよ。そして死者はその内忘れ去られる。まぁ、集団自決もありゃ、瑞円、瑞空、瑞海みたいなこともあるけれど)

(ご隠居さまはよろしいですわ。ご先祖様や他家の皆様と御一緒でしょう)

(カテリーヌさん、あなたも赤ちゃんと御一緒でしょ。ユリなんか)

(あら、ユリさんは、ご両親がいらっしゃいますわ。私の場合は、こちらに来てまで小言ぶつぶつ大言怒鳴ったりのと一緒なのもねぇ。ですからしょっちゅう娘や孫に乗って逃げ出しておりますもの)

(あら、そうですわねぇ、夢さま。生きている時も、こちらの世界でも、不自由なものですわね)

(お話続けてもよろしゅうございますかしら。そのご老人が、鈴も鳴らさず、新しいお線香もつけず、ご老女がつけたままのお線香の香が漂う中、小声でご仏壇の中の方に話してらして、その間、わたくし共四十名、息をひそめておりましたの)

(ところがご老人、いきなり、座布団の上で向きをかえて、つまりご仏壇を背にして、座布団から降りると正座のまま畳に両手をつき、深々とお辞儀なさったのでしたのっ)

(驚きましたわ)

(みなさまようこそ当家へいらっしゃいました、とでしたのっ)

(驚きましたわ)

(まるで、私共四十名が見えるかのようでしたからのっ)

(わたくし共もつられてお辞儀して。でも怪訝な様子で首から上だけを軽く頭を下げたまま前方を見ているような、でしたわね)

(私共の中からどなたかが、もしかして、僕達のこと見えるんですか、と尋ねられ)

(ご老人が、にっこりと、はい)

(あら、声も聞こえるみたいですよ、とどなたかが)

(ご老人が、にっこりと、はい)

(まぁ。私達のことを見えたり聞こえたりできる方だったんですか。たまにいらっしゃるようですが)

(そうそう、音天さんみたいに)

(ああ、時々ここにいらっしゃる方ですね)

(いやぁ、幼い頃はえ〜と、絵都の娘の子、朝子が孫で、綾子が曾孫で、え〜と玄孫は何という名前でしたっけのっ)

(まぁ、だんなさ〜)

(マナさんですわね)

(カテリーヌさんが覚えてらっしゃるのに、だんなさ〜。新幹線に乗った綾子と朝子に乗って、生まれてすぐの摩奈の顔を見たではないですか、あの時は、暫く京都の朝子の所に滞在いたしましたのに。それにこの前も)<第一話セミテリオの烏をご参照ください>

(そうそう、摩奈でしたのっ。摩奈も、幼い頃は、私達の気配ぐらいは感じていたのでしたがのっ。ですからそのご老人もそういう方だと)

(でも、おほほ、そのご老人、わたくし共と同じでしたの)

(えっ)

(はい、こちらの世の方でしたのよ)

(まぁ)

(でしたら、マサさんや他の方々のこと、ご覧になれますわね)

(聞こえもしたのでしょう。ははは、みなさんが息をひそめてらした時、ご老人はさぞかしおかしかったでしょうね)

(かもしれませんわ。その後のご挨拶で、お部屋に入ってらした時に気付かれてたとおっしゃってましたもの)


お読み頂きありがとうございました。 霊園セミテリオの気の世界を、お楽しみ頂けましたなら幸いです。

お読みになられたあなたと、書き手の私が共に生きておりましたら、来週水曜日に再会いたしませう。


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