第九話 セミテリオから何処へ その十七
(私共四十名、皆ほぼ同時にそれに気付きましてのっ、がっかり、ため息がもれましてのっ。気の我らとはいえ、さすがに四十名も集まるとため息も大きかったのか、ご仏壇の前の方にも伝わったのか、ご老人がもぞもぞなされ、次にご老女も身体を揺すられて、で、私共、気付かれてはいけないと、なぜか思ってしまいましてのっ、出ない息をひそめて、こちらももじもじ。実は私はその折、もう一つ気になっておりましたがのっ、だが、口を開くとご老人とご老女に気付かれるのではと、我慢しておりましたがのっ。いや、普段はあちらの世の方に乗せて頂いても気付かれないというのはもう理解ってますがのっ。何しろ四十名でしたからのっ。気付かれかねない。マサ、あの蠟燭、不思議ではなかったかのっ。我らが動いても炎が揺れず、それに、あの蠟燭、如何にして灯されたのかのっ。燐寸も擦らずに、蠟燭が灯り、蠟燭ではなく、こう、手先で何かが動くと火が出てそれでお線香に火を点けたのでしたのっ)
(ライターかしら、それともチャッカマンで点けたのではないかしら。どのくらいの大きさでした)
(ご隠居さん、手の中から火が出たように見えましたからのっ、手の中に入るくらいでは)
(ライターでしょう)
(夢さん、ライターとは何でしょう)
(マサさま、煙草に火を付ける、このくらいの)
(僕は煙草に火を点ける時にしか使いませんでしたが、なるほど、お線香にも使えるんですね)
(燐寸ではなくですかのっ。燐寸は便利でしたのっ。それまでは火打袋を持ち歩かねば一服もできませんでしたのっ)
(燐寸、懐かしいですねぇ。僕がこちらの世に参った頃は、燐寸などホテル、あっ、旅館、旅籠のことですよ、ホテルでもなければ滅多にお目にかかれなくなってましたね。百円ライター、いや、消費税がかかるから百五円ライターばかりで)
(百円って、お高いのですか)
(いえいえ、今のあちらの世では安いものですよ。ご隠居さん、もっとちゃんとしたライターをお持ちなさい、なんて時々、高価なライターも頂きましたがね、けれどあれはガスを入れるのが面倒でね、使い捨ては便利ですからねぇ。気分次第で色も変えられる。それに、なんだかんだと言われても、あれはたしか、最初はフランス製でしたね。ビッグだから英語で、アメリカのだろうと思っていたら、ビックでフランスのだと。文化の香り高い印象のフランスでも、こんなアメリカのようなものを作るようになったんだと思ったのを思い出しましたよ)
(わたくし、喜んでよいのでしょうか。それとも悲しむべきなのでしょうか)
(喜んでもよいのではないですか。結構評価が高かったですよ。たしか、世界中で使われていたようですしね)
(そうなんですか。わたくし、喜ぶことにいたしますわ)
(そうそう、カテリーヌさん、悲しんでもいいことないもの。何でも楽しまなくっちゃ。何でも良い方に考えなくっちゃ)
(ははは、ユリさんは、こちらの世に当分いられそうですね)
(はい、ご隠居さん、あちらの世では短か過ぎましたもん。ねっ、夢さん)
(あら、わたくしはそこそこ寿命を全ういたしました)
(いえ、夢さん、そうじゃなくて、あちらの世でお辛かったでしょ。ですから、こちらでは、ってこと)
(辛かった、はい、あっ、でも、それは晩年だけのことで)
(あら、でも、ほら、偏屈爺さんがこちらで)
(あっ、そうですわね。でも、私、愛や望や動物達と楽しんでおりますもの)
(ねっ、楽しみましょう)
(はい。ユリさん、ありがとうございます。ご隠居さん、ビックのライター、私も覚えておりますわ。最初は舶来ものとして、あのライターももう少しお高かったような。百五十円か二百五十円くらいしてませんでしたっけ。でも、私がこちらに参ります十年程前からは、煙草をまとめて買うとおまけに一つただでいただけましたものね。あれは、ビックではなかったのですけれど。もう日本製のが沢山出回って)
(夢様、その火付け道具でなくて、燐寸の方でしたら、わたくしの頃にもあちらこちらで只で頂けましたわ)
(そうそう。このくらいの箱で。あれも随分様変わりしましたねぇ。昔はただの箱に紙が巻き付けて貼ってあって。お店の宣伝に使われてましたでしょ。主人が喫茶店や、そうそう歌声喫茶や飲み屋のなど、あちこちで頂いて参りまして、で、コレクション初めましてね)
(コレクションとは何でしょう)
(集めることでございましょう。仏蘭西語でも似ておりますの)
(カテリーヌさま、ありがとうございます)
(で、周りの紙を剥がして、というのは私がしていたんですよ)
(おっ。収集癖はご主人なのに、夢さんがなさってたのですか)
(ええ、ああいう主人ですから)
(なるほど、偏屈のみならずってわけですか)
(お前は家にいて暇だろうと言われて。ですから、いくつかたまると、洗面器に水をはって、ふやかして、それを新聞紙の上で乾かして、アイロンかけて、台紙に貼って。で、自分の机の前のスクラップブックを眺めて楽しむのは主人でした)
(ふむ。ご自分の趣味でありながら、奥方に任せる、任せていたわけですね)
(新婚の頃は、主人が楽しめるのなら、家を守る私が主人の趣味をお手伝いするのも当然と思っておりましたの。でも、こどもが次々と生まれて育児や家事で忙しいさなかに、なんで私がしなければならないのと思っている内に、引き出し一杯燐寸箱がたまってしまいましてね、こどもに手伝わせて一度は整理したんですよ。こどもも、水でふやけて紙が剥がれてくるのが面白かったようで。でも、そんなのすぐに飽きてしまって。で、また引き出しが一杯になって、その内、ライターの時代になりましたから、机の上のスクラップブックも引き出しの中も、先ほどまで忘れておりましたわ。私がこちらの世に参って、主人も今はこちらで皆様に御迷惑おかけしていて、あのスクラップブックも引き出しの中身も、きっと、民男か嫁が捨ててしまったでしょうねぇ)
(形あるものは亡びる、ですからね)
(え〜と、お線香はその今のあちらの世の火打袋で理解ったがのっ、マサ、あの炎の揺れない蠟燭は如何にして灯されたのであろうかのっ)
(だんなさ〜、たしかに。お線香の前に蠟燭は灯すものですわねぇ)
(灯明ですからね)
(しかしながら、蠟燭を灯すのに、火打袋もその燐寸とか着火なんとかかんとかは使っておりませんでしたのっ。ご仏壇の扉が開いてすぐ、蠟燭は灯りましたのっ)
(でしたわねぇ。たしかに。ご仏壇の扉が開けられた時、わたくし共、みな、お名前を探そうといたしておりまして、すぐに奥の方のご位牌の字も読めないことに気付いたのですものねぇ。あの時にはもう蠟燭は灯されておりましたものねぇ)
(でしたのっ。でしたから、解らないのですのっ)
(何も押していませんでしたか。釦のようなものを)
(ご隠居さん、釦を押すと灯る蠟燭があるんですか。そんなに便利な世の中になったんですか。ユリ、信じられない)
(蠟燭に釦があるわけではなくて、え〜と、彦衛門さん、マサさん、御灯明の下に紐が伸びていませんでしたか)
(蠟燭に紐とはこれ如何に。蠟燭の芯は下ではなく上に出ているものであろうのっ。今のあちらの世は蠟燭の下に芯を出すものなのかのっ。おっ、油皿の芯、いや、あれも上に伸びてますのっ。もしや、蠟燭の下から芯を出して油皿に入れて、いや、しかし蠟燭は油を吸わないですしのっ)
(いえいえ、彦衛門さん、そうではなくて、電気ですよ。電気で灯る蠟燭かもしれないと思って)
(紐は、あったのかしら。覚えてませんわ)
(ご隠居さん、もしかしてセンサーかしら)
(ああ、なるほど。センサーね。流石、僕より後からこちらにいらしただけあって、よく御存知で。僕も気付きませんでした。いや、僕がこちらに来た頃にはまだ無かったのですが、なるほどね、御仏壇の扉を開けるとセンサーで御灯明が灯る。いいですねぇ。ついでにお線香も点いて、お経も上げられて、あはは、坊主の息子がこんなこと言って、いいんですかね。いやぁ、良くない。が、ははは面白い。昨今宗教離れしてますからね。坊主もバイトがいるそうですし)
(まぁ、バイトですか。お坊さんが、ですか)
(宗教離れですよ。昔に比べてね。いや、昔と言っても戦後くらいから特にね。他の宗教が入って来たと言うのか作られたというのか、いやそれよりも、目に見えない存在にすがらなくなったというのか。結婚は教会、生まれたら神社で死んだら寺でしょ。まぁ、寺と社は一心同体みたいな部分もありましたし、それぞれ随分長く日本には共存共栄だったのですがね。お布施だけでは成り行かないから土地を駐車場にしたり、幼稚園を作ったり、学校法人を経営したり、観光地にしてしまうなど色々ですよ。そんな才覚もなきゃ、結婚しても後継ぎに恵まれなかったり、後継ぎの予定が後を継いでくれなかったりで廃寺になる。あはは、僕が言うのもなんですがね。それに、仏教系の大学も数有りますから、坊さんはどんどん製造される。一方寺の数は減る。仏教とは何ぞや。坊さんのすること学んでも、寺の一つも持てない。寺を持っても経営できない。となりゃ、別の仕事でしのぎ、小遣い稼ぎで葬儀や法事の折に、廃寺寸前の処で経を詠んで、ってなのがね。同情すべきなのか、いや、それでも仏の道を伝える使命を果たしている尊敬すべき人物なのか)
(あのぉ、それが売徒のことでしょうか)
(あっ、マサさん、バイトって、アルバイト、ドイツ語の労働という言葉が元で、いつぞやどなたかがお話になってたと思いますが、片手間仕事と言うか、小遣い稼ぎの仕事)
(お坊さんが、ですか)
(もう一つ、私も質問がありますのっ。その先生さ〜とかいうのは、何ですかのっ。ご仏壇の扉を開けると灯明が灯るという、先ほどの件ですがのっ)
お読み頂きありがとうございました。 霊園セミテリオの気の世界を、お楽しみ頂けましたなら幸いです。
お読みになられたあなたと、書き手の私が共に生きておりましたら、来週水曜日に再会いたしませう。