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第九話 セミテリオから何処へ その十四

(ご隠居さんがその、何とかさんに教えて頂いたように、その小山が、たくさんあったんですよねぇ)

(そうそう)

(ユリさん、本当にあちらこちらにありましたわ。空から見ているとたくさん見えて、おまんじゅうでしたら美味しかったのに)

(で、その小山が全部お墓だってことでしょう。どうしてそんなに大きなお墓を作ったのかしら。ここのユリ達のお墓って小山に比べたらとっても小さいのにね)

(自分が偉いと思う人は生きている内から自分で大きな墓を作るだろうし、あの人は偉かったと思えば、大きな墓を作りたくなるもんなんでしょうねぇ。仁徳天皇陵を作るのに、どれくらいの人が何年かかったなんて計算もありますしね。それに、ほら、エジプトのピラミッド、あれも、一応お墓ということになっていますしねぇ。中国にも、え〜と、誰だっけ、焚書坑儒の、そうそう、秦の始皇帝もでかい墓を作ったそうですし。古今東西そういうものなんでしょう)

(pyramideはともかく、仏蘭西にはお山のようなお墓は、わたくしは存じませんわ)

(もしかしたら、フランスの方は謙虚な方が多いんでしょうかねぇ。それとも、偉いということの無意味さを解しているか。偉いというのは幻想ですからね。何かで優秀だとか、何かで人より抜きん出て優れているというのはともかくも。それとて、その時代に合ったものでなければね。剣術に優れた侍がもし今のあちらの世にいたら、ややもすると殺人鬼と呼ばれかねませんしね。忍びの術を持っていたら、泥棒に間違えられかねませんよ)

(小山のようなお墓......もし、うふふ、わあ、あはは、わあは、うわっ、笑いがとまらなくなりそう。もう無いお腹が痛くなりそう、うっふ、ふふふ、わははははは)

(ユリさん、どうなさいましたの)

(ユリ想像しちゃったの。ここのみんなが小山のようなお墓にお入りだったらって、ふふふはははははは)

(ユリさん、だいじょうぶですか)

(はい、うふふふふふふふ)

(ユリさん、どうして)

(だって、だってよ、カテリーヌさん、ここのセミテリオにいくつお墓があると思う)

(存じません。どなたか御存知ですか)

(え〜と、僕より夢さんの方がこちらの世にいらしたのは後ですねぇ。カテリーヌさんとユリさんは僕より前、で、彦衛門さんとマサさんも、おや、マサさんは戦後でしたか)

(いえ、わたくし、日支事変よりは後でしたが、ピカドンで終わった戦争よりは前ですわ)

(やはり私が一番先にここの墓に入ったのであろうのっ)

(だんなさ〜がここに入られたの、ただでさえ正月三が日あけで閑散としておりましたが、まだまだこの辺りは墓石がちらほらでしたわ)

(すると、夢さんあたりが、ここの人数と言っては変だが、埋葬者数を御存知でしょうか)

(いえ、私も存知ませんわ。でも墓石だけでも一万は下らないと思います。どちらの入り口から入っても、行けども行けどもお墓でしょう。それに墓石一つに何人も入っているのが普通ですしねぇ)

(だからね、うふふ、うぁはははは)

(ユリさん、あまりお笑いになるとどこか別のところに行かれてしまうかもしれませんこと)

(えっ、大丈夫でしょ。あっ、そうかっ。マサさまみたいに空に漂うのかしら。それも楽しそうですけど)

(で、ユリさん、で、何がそんなにおかしいのですか)

(だって、だってよ。彦衛門さまとマサさま、それにご隠居さんがご覧になった小山の一つずつが陛下やおさむらいさんのお墓だっってことは、みんな一人ずつのお墓なんでしょう。もし、今、ここのセミテリオで、こちらの世に来たみんなが一人ずつ、あちらの世で小山作っていたらって考えたら、わっははっははっはははは苦しいです。息していなくたっておかしくておかしくて苦しいです)

(どうして)

(だって、だってね、そんなことしたら)

(ユリさん、私わかりました)

(ああ、なるほどね。僕もわかりましたよ)

(わたくしもわかりましたわ)

(私もですのっ。私と共におります私とマサと温の家族とと子、孫、曾孫と増えて行くと、それだけで、みなさんのお墓の上を覆ってしまう。ましてや、今話ししている我々だけで、この辺り目の届くところまでが小山だらけになってしまいますのっ)

(でしょう。でね、ユリ、考えていたの。そしたら、ここのセミテリオのこちらの世の人達だけで、帝都が埋まっちゃいそうでしょ。で、毎年毎年いえ、毎日毎日日本中でこちらの世にいらっしゃる人がいるわけで、みんなが小山作っていたら、それも、う〜んと昔からそんなことしていたら、ユリが生まれるよりずぅっと前に、帝国中がみんな小山になっちゃって、海にも小山をたくさん作るから海も埋まっちゃって、お魚は食べられなくなるし、富士山もなくなっちゃうし)

(富士のお山が、なくなるのですか)

(だって、小山を沢山作ろうとしたら、高い山の土も使わなきゃだめでしょ)

(なるほど)

(だから、どんどん平らで小山がぽこぽこぽこぽこってなって、まるで、神様かでいたらぼっちさんの洗濯板みたいになっちゃうでしょ)

(なるほど)

(ユリさん、でいたらぼっちさんって何でしょう)

(とっても大きな男の人のこと)

(Goliathかしら)

(ああ、薩摩のやごろうどんですのっ)

(ゴリアテにでいたらぼっちに薩摩にもですか。昔は大男がたくさんいたのかもしれませんね)

(ご隠居さんがそういうことおっしゃるなんて)

(でも、夢さん、この地球に昔、大昔、人間がいる前に、大きな恐竜がいたのは事実でしょう。でも、そんな大きな動物がいたなんて、信じられないのと同じなのかもしれませんよ。もしかしたら、僕達人間の生まれる前には、大男、大女達の時代があったのかもしれないとは思いませんか)

(そうですわね。竜は本当に恐竜がいたからでしたなら、でいたらぼっちも、本当に大男がいたからなのかもしれませんわね。ついつい主人の口癖みたいになって、夢物語みたいな事を言うんでない、なんて思ってしまいました)

(いやいや、一人気ままに医院をやっていた僕の戯れ言ですよ)

(でね、ユリ、洗濯板で、神様かでいたらぼっちさんは何を洗うのかなって。みんなのお墓が洗濯板にされちゃうって、何かひどいのかなぁ、なんて)

(でも、ユリさん、もし海を小山で埋めてしまったら、川が流れる所がなくてあふれてしまいますわ)

(あら、それじゃぁ、お洗濯する場所がなくなってしまうかしら。それとも、お洗濯するには丁度いい水がたまるのかしら、それとも洗濯板が沈んでしまうのかしら。よかった。みんなが小山みたいなお墓を作らなくて)

(地球が全部とっくにお墓になってしまってますわね)

(で、みな、お墓の上に暮らしている)

(うわぁ、もし、あちらの世で生きていたら、そんなの怖いです)

(ユリさん、ご自分で想像なさって、それを怖がるなんて)

(ふむ、しかし、恐怖というのは、他人には恐怖でないこともあり、ふむ。恐怖とは何か。考えさせられます)

(もしや、自分の墓の上で暮らされたくないから、小山のように目立つ形にして、しかも代々お参りなどされる場所になってしまえば、そこには住もうとする者がいないだろうから、などと将来を考えてやたら大きい墓を作ったのであろうかのっ)

(その内、いや、百年二百年ではなく、千年も経てば、このセミテリオにも誰かが住むことになっているかもしれませんね。その頃まで日本人がいれば、せめて人類が生きていればですが)

(うわぁ、ユリのお墓の上にどなたかが住むんですかぁ。それも嫌です。ユリの上に住まわれたら、ユリ、化けて出ちゃう)

(ですがねぇ、小山の様な墓を作っても、千年以上経って、墓とはわからなくなる、墓だとわかっても、さてどなたの墓なのかわからなくなっているのですからねぇ)

(無情ですこと)

(C’est la mort)

(あら、カテリーヌさん、いつものとは違います)

(ええ、でも似たようなものです)

(えっ)

(いつもは、わたくし、C’est la vie、今はわたくし、C’est la mortと申しましたの)

(最後が違うみたいです)

(はい、いつもは、人生なんてそんなものですわ、今は、死とはそういうものですわ、でしたの。同じ様なものでございましょう。ましてや、わたくしもあちらの世で死んだのですし)

(なんだか、切ないです)

(でも、ユリさん、数えてみましたか。今、ご隠居さんが、千年とおっしゃったので、ふと計算してしまったんです。で気付いたのですが、三十五でこちらの世に参りましたわたくし、もう、こちらの世で過ごしております方が二倍を超えておりますのよ)

(うわっ、ユリなんてあちらの世で十九年ですから、こちらでの方が、え〜と、五倍近いです。うわぁ、うわぁ)

(私も二倍、いや、まだ二倍にはなっておらんのっ。だがこちらでもう百年ですか。あっと言う間でしたのっ)

(その点、僕はあちらで百年で、こちらに来て十年ですから、まだまだですが)

(先ほどまで笑い転げてらしたユリさんが、なんだか沈んでらっしゃいますわ)

(はい)

(箸が転げても笑い転げるお年頃ですものね)

(女心と秋の空かしら)



お読み頂きありがとうございました。 霊園セミテリオの気の世界を、お楽しみ頂けましたなら幸いです。

お読みになられたあなたと、書き手の私が共に生きておりましたら、再来週水曜日に再会いたしませう。


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