第四話 セミテリオのこども達 その十
(彦衛門さま、マサさま、ユリのお話続けても構いませんかしら)
(おう、すまん、すまん)
(びわちゃんと彩香ちゃんもすぐばいば〜い、また明日って、お花屋さんの前でお別れして、彩香ちゃんはお店の中に入って行きました。お花屋さんでしょ。もう色々なお花の香りが甘いの。色も色々。ユリに分かったのは百合と紫陽花と百日草ぐらいで、他のはお名前が書いてあっても、カタカナの長ぁいので覚えられませんでした。あっ、一つだけ覚えています。土耳古桔梗、紫色がきれいでした。青や水色や白や黄色や赤や桃色や橙色のお花がたくさん。お花が大きいのも小さいのがたくさん付いているのも、丸いのや細長いのや蕾ばっかりのも、花が全然ないのも、大きい葉っぱや小さいの細長いの、緑色も濃いのから薄いのまでたくさんあって、そういうのが細長い桶に入っていたり、植木鉢に植わっているのもあったり、お花の先だけ、それも生きていない乾いたみたいなのや布や紙でできたお花がお人形さんと一緒に小さい篭に入っていたり、それから、ほら、よくセミテリオにお持ちになる方が多い、あの透明の薄いのに包まれた花束もお店の道路側に置いてあって、ユリほっとしたんです。たぶんセミテリオにお持ちになる方がここで買われるんだって。ユリの想像通りになりそう、お花と一緒にセミテリオに帰れるわって。おリボンも色とりどり、おリボンや何種類もある色々な柄の包装紙と一緒に針金や鋏や細々としたものや、値段を書く紙やきれいな袋に入った色々なお花の種や球根も少し、大きい篭や小さい篭、三角帽子のお人形さんや大きい木を植えるための結構大きい植木鉢もいくつかあって、兎さんや猫さんや犬さんお猿さんの植木鉢の動物は本物の大きさみたいでした。そういうのも計算する機械の横に置いてありました。計算する機械ってね、これがすごいの。算盤じゃなくて、釦を押すと下の引き出しががしゃんて開いて、中にお金が見えて、機械が計算してくれて頂いたお金とお釣りが細長い白い紙に印刷されて出てくるんです。先ほどロバートさまがおっしゃった機械とは別のものかしら)
(然様、異なる物ですな。それは私も最近あちらこちらのお店で見かけております。ユリさんがご覧になったのより一層驚異的な物もありました。商品に貼られたり最初から印刷されている何本も並んでいる棒に、本体と繋がった四角いものをあてるとそこが赤く光って、その後、客から受け取ったお札や硬貨を本体の上の部分から入れると、下から釣り銭が出てくるのでござる。あれには最初は感心いたしましたが、どうも、人間が馬鹿になるのではないかと心配でもござる。心配したとて何ができるわけでもないとはいえ)
(ほうっ、便利な世の中になりましたのっ。それでは算術算盤などなくとも職に就ける。学問をする理由はなくなるのかのっ)
(だんなさ〜、やはり、自分で計算することは大切かと思います。まだみなさまがそういう機械を持ち歩いているわけではないでしょう。それに、機械は壊れても算盤は壊れません。算盤ぐらいできないと困りますでしょ)
(おばぁちゃん、算盤も壊れることがある。ほら、逆さにして上に乗って廊下をすべる、あれ面白かった。けれど、下の段の玉が四つになったりして、計算できなくなるでしょって叱られたけれど、もう四つになって壊れたから他も四つにしちゃおう、なんてね)
(なんと罰当たりな)
(誰の罰が当るの、太鼓の撥かなぁ)
(虎之介殿、算盤も進化した様でござる。我輩が目にした計算する機械の横には算盤も置いてあってな、どうも我輩が見慣れた物とは異なるのでじっくり見たところ、下の段の玉の数が四つなのだ)
(きっとそのお店の人が遊んで、ついでに全部四つ玉にしたんだ。こどもの頃の僕みたいなのがいるんだね、わはは。それともまさか、亜米利加に占領されて十進法ではなくなったとか)
(虎之介殿、まず最初に、亜米利加が占領したのではなく、連合国軍であり、英吉利や豪刺太利やまだ独立前の印度軍もおりましたな。今も亜米利加軍は多数日本にいるようでござるが、皆様覚えてらっしゃいませぬか。ここセミテリオにも様々な国の兵士が散歩してましたことを。次に、亜米利加は十進法の国でござる。おっと、一フィートは十二インチ、十進法ではないものもござる。こりゃ困った。あっ、いや、日本も時計は十二時間ずつ計二十四時間で一日ですしな)
(今もまだ占領下なのですかのっ。随分長い)
(いや、占領下ではないらしいのだが、いや、しかし、先日の旅の最中にもそのような新聞を目にいたしました。どこぞで亜米利加軍兵士が自家用車で日本人を轢き殺して逃亡した、司法権が日本にあるのか云々と)
(おっ、それでは私の頃と変わりがないですのっ、やはり占領下ですのっ。私が幼少の頃、江戸幕府は亜米利加や英吉利と妙な条約を結びまして、たしかその頃にも異人の犯罪を幕府は裁けなかったとか。おっ、しかしながらあの頃は占領下ではなかった。異人の強い要請であちこち開港せざるを得ませんでしたがのっ)
(僕の従兄が言っていたけれど、不平等条約を締結せざるを得なかったのは、日本の法律が整備されていないと他国に思われたからだと。だから法整備の為に司法、つまり法学に力を入れる必要があった為に法学を設置する大学が多かったと。僕が法学に興味を持ったのはそれ以来なんですが。僕亡き後にもまだ不平等が続いているようですね、ということは、まだ日本の司法制度は欧羅巴に遅れていると思われているということなのでしょうか)
(彦衛門殿、今はどうもそれ以上らしいのでござる。亜米利加軍基地というものが、日本のあちらこちらにある様で、その基地を減らすとか移転するというのも、どうも日本政府の一存ではできないような仕組みになっているようでござる)
(ほうっ、やはり占領下かのっ、戦に負けたからであろうのっ。印度軍や英吉利軍もまだ日本に駐留しておるのかのっ。あまり兵を目にせぬが)
(だんなさ〜、戦はわたくしもう結構。どうして殿方は戦、戦と殺し合いをなさるのがお好きなのでしょう)
(血が騒ぐというのか、こりゃ間違っておる、正さねばならぬ、と思うわけで)
(正さねばならぬと、どうして思われるのでしょう。他所様には他所様の考え方がございましょうに)
(しかし、誤りは正さねばならぬものでのっ)
(誤りを正すのにどうして戦をせねばならぬのでございましょう。西郷さまは勝さまとお話合いなされて江戸市中での戦は避けられました)
(それでも上野のお山や、會津で戦はあったのっ、西郷さんは西南戦争をしたのっ。マサの兄上も西南戦争では政府側で活躍したのっ。同じ薩摩の出でありながら刃を向けて戦った兵はここセミテリオに幾人も眠っておるしのっ)
(おのこの血が騒ぐのは避けられぬことなのでしょうか。おごじょにはわかりません)
(ユリも戦は嫌いです。日清、日露と十年毎でしたでしょ。父や父のお友達が懐かしそうに勇ましそうなお話をなさってました。提灯行列で街が橙色に染まって歓声があがったのを、母の腕に抱かれて見ていたことをユリもおぼろげに覚えておりますが、こちらの世に参ります前には世界大戦。ユリは恐ろしゅうございました。遠く離れた欧羅巴では多くの方々が戦火に追われ殺されているのだと思うと、生きた心地がいたしませんでした。でも、帝国陸海軍の軍人さんのお姿は凛々しくみえておりました。こういう方々が命を失う戦になど行かずに済めば、戦など起きなければとお祈りいたしておりました)
(日露戦争、戦勝記念提灯行列、懐かしいのぉ。次から次へと宮城に押し寄せて来てのっ、警備がたいへんだったと同僚が申しておったわ。その後、東京市内だけでもいくつも凱旋門ができたのだが、ユリさんはご存知かのっ)
(はい、京橋にも浅草にも)
(新橋と日比谷にも確かありましたな)
(うわっ、僕見たことないよ。そんなにいくつもあったの。凱旋門って門だから一つでいいのに)
(ほうっ、虎之介殿はご存知ない。さてはこれも大地震か先の大戦で失くなったのかのっ、浅草十二階と同じだのっ)
(凱旋兵を迎える為でしたからな。日本の各地にできたそうです)
(へぇ、そうだったの。それでも僕は一つも見たことないよ)
(凱旋門と言えば、一番著名なのは巴里のですな。作れと命じた本人はくぐれなかった凱旋門)
(あっ、それなら僕も知っている。奈爺でしょ)
(奈爺なら私も名前は聞いたことあるのっ)
(もしかして、それ、仏蘭西の皇帝ナポレオンのことでございますか。日本語では奈爺と言うのですか。今まで存じませんでしたわ。私が奈爺を知らないと申しますと、日本の方々が怪訝なお顔をなさっていたのは、道理で。まぁ、そうだったのですか。私の曾祖父母の頃のお方です。伊太利亜遠征先で凱旋門を目にして、巴里にも作るように命じて、でもご自分がくぐられた時は棺の中だったそうですわ)
(仏蘭西は露西亜と共に大戦を戦いましたの。日本も中国で独逸と戦ってました。日本からわざわざ仏蘭西軍に加わった方もたしかいらっしゃいました。でも、わたくしも戦は嫌いです。ですから、お話を戻させて頂きますわ。仏蘭西では十進法とは違う部分もございますの。八十は四掛ける二十、九十九は四掛ける二十足す十九になるんです)
(やはり算術は必要ですわね。あのぉ、お話を元に戻させていただいて、算盤は小さいですし。持ち歩けますでしょ)
(いや〜、マサさま、例の紐が繋がっていない電話、あれにも計算機がついておる。あれは算盤より更に小さい。我輩も驚きました。あの紐が繋がっていない電話、携帯と呼ぶらしいのだが、そもそも、携帯するものは多いであろうに、何故携帯と皆がよぶのか、ともかくその携帯はこれまたかなり皆が持っておるのだ。ユリさん、びわちゃんや彩香ちゃんは持ってなかったですか)
(ユリは見ていません。でも小学校の中で、たぶんそれかしら。池田先生に何か言われている子がいました。切っておきなさい、って。あんな硬そうなもの、どうやって切るのかしらと思っていました。鋏の刃が折れてしまいますわよね。それで、彩香ちゃんがただいま〜ってお店の奥、その色々な色のおリボンや計算する機械がある所なんですけど、そこの椅子にお母様がいらして、ママお腹空いた。英語教室でおやつ食べたんでしょ、夕ご飯まで待ちなさい、その間に宿題すませちゃいなさいっておっしゃって、彩香ちゃんがつまらなそうな顔して、パパお腹空いた、って言いながら暖簾の奥に入って行ったら、正面に神棚があったんです。神棚見たの、ユリ久しぶりでしたから懐かしくて。でも、神様はいらっしゃるみたいには感じませんでした。ユリが毎日お家で拝んでいた時には神様いらしたって感じてましたのに。お休みだったのかしら。六月は水無月でしたよね。神無月じゃないですよね。あっ、神棚の下ではお父様がテレビジョンみたいなのと英語の字がたくさん並んでいる板みたいなのがくっついたので何かしていました)
(おっ、それですな。ユリさん、先ほど我輩が申し上げた、何語でも書ける機械です)
(はい。でも、数字ばかり書かれてましたわ。お父様は、お帰り、明日の仕入れの予定を作っているから一寸待って、今日は何を勉強したなんておっしゃって、お母様がいらっしゃいませ、何にお使いですかとおっしゃって、お店の入り口の方に向かってらっしゃるのが見えて、そこでユリ気付いたんです。彩香ちゃんに乗っていてもセミテリオには戻れない、なんとかしてお母様に乗せて頂かないとって。彩香ちゃんは明日になったらまた学校に行くから、それまでにお母様に乗り換えしなければ、彩香ちゃんとお母様が手をつなげるか、もっとお側に寄ってくださる機会を逃さない様にしなければって。お風呂にでも一緒に入ってくださらないかしら、でも前日、びわちゃんはお一人で入ってらしたしなんて考えておりました。ママ、夕飯なぁに。今日はぴざにするわ。さっきさらだは作っておいたから。ぴざのえるを二つで足りるでしょ。足りないかなぁ。ぐらんまはどれくらい食べるかしら。やっぱり三枚かな。うわっ、嬉しい、やったね、片方は選ばせて、めにゅうどこにあるの。なんだかわからない言葉がいくつも出て来て、あっそうだ、きっとえるってのは英語教室の檸檬の時に出て来た直角の形の字ね、とは思ったのですが。ぴざがなんだかわかりませんし。さらだもわからないですし。その時にすぐわかったのは、彩香ちゃんが見ていためにゅう、お品書きだってでわかったのですが、あっ、そのめにゅうね、とってもきれいなんです。薄っぺらい紙じゃなくて、厚手の紙で、総天然色の印刷でお写真みたいでした。ぴざってのはお好み焼きの豪華なのみたいで、色々な具が乗っていて、それぞれのお写真の下に具の名前が書いてあって、それと蛇の字とえむとえるって書いてあって、値段が書かれてました。大きさを蛇の字とえむとえるで分けているみたいでした)
(我輩は理解できましたぞ。例のMcDonald’sでもじゃがいもや飲み物が大きさ別にございましたな。蛇の字えすはスモール、小という意味で、えむはミディアム、中という意味で、えるはラージ、大、すなはち、小中大でござる)
(松竹梅ですわね)
(お婆ちゃん鋭い。小中大と松竹梅は似ているっ)
(マサさま、その松と竹と梅の場合、大きさではなく、内容が豪華なことを示しておるのではないかと思うのですが、いかがかな)
(マサさま、わたくしも不思議でございました。松と竹と梅がどうして良いものなのか)
(わたくしもよくは存じませんのよ。お琴の曲とか支那の古典とか噂は耳にいたしましたが。いつ頃のことか、江戸、いえ、東京に参ってからそれも昭和の御代になりましてから食堂などで等級を表すようになったようです。ですからそれ以前、カテリーヌさまやロバートさまがお耳になさった時には、たぶん、お目出度い三種類ということだったのでは)
(どうしてでしょう)
(ユリも知ってます。松と竹は冬でも緑、梅は冬に咲くからです、ね)
(ユリちゃん、お婆ちゃん、浦和にいた僕の従兄がね、浦和は鰻が名物だとかで鰻屋でごちそうしてくれたことがあって、その時に松竹梅って品書きに書いてあった。松が上なのか梅が上なのかわからなくて、従兄に散財させちゃ申し訳ないと思って、中学生の僕はまんなかの竹を選んだんだ。そしたらね、従兄が、贅沢者め、まっいいか。こんなことは滅多にないし、と言ったんだけれど、その時に、松が上だって説明してくれたよ。松は門松で竹より背が高いだろう、って。でもさ、門松では竹の方が高いのが多い、だろ)
(で、洋食贅沢お好み焼きでは、大きさだけで値段が違うみたいでした。彩香ちゃんはじゃがいもがたくさん乗っているのを選んでいました。あとはお父様が、ぐらんまの好きなのはカレーで、パパはこれがいいかなって、貝や海老がたくさん乗っているのを選んでいました)
(カレー、懐かしい、あれは旨い)
(精養軒で私が頂いたあれはカレーだったのでしょうか。夫が印度のカレーとは別物と申しておりましたが)
(カレーは私も食べましたぞ。カレーライスもカレーうどんも。あの黄色いどろどろさ、妙にてかてか、ところどころに野菜や肉が浮かんでおって、なんとなく似ておるのっ)
(だんなさ〜、何をまた)
(それで、お父様がお電話なさって、あっ、お電話も、もちろんぐるぐる取っ手を回すのではなかったんですけれど)
(亀歩き青年が持っていた、あの紐無し電話、だろうのっ)
(いえ、それでもなくて、ちゃんと壁につながっていて、数字の釦を押すんです。それで、ご注文なさって、七時に届けてください、っておしゃって)
(七時に夕飯とは遅いの。私の頃は七時というと酒を飲むか、灯下書を楽しむか酒を飲むか寝るか)
(だんなさ〜、わたくしの頃の昭和には、もう東京市内ではかなり電灯が普及しておりました。家の中でも各部屋に電灯を付けておりました。ほら鶏が朝子の家にいた頃、戦後でしたけれど、わたくしがこちらに参ります頃には、あのくらいには明るい夜でした。綾子が摩奈を生んだ時など、どう申しましょう、こういう、太い紐を円状にしたような明るいラムプがどこのお部屋にもございましたでしょ)
(どーなっの形の事ですな、ほう、確かにあれをどう日本語で表現するのか、我輩にも分かりませぬが、彦衛門殿、ご理解できますかな)
(円盤の中央をくり抜いた形ですのっ、目にいたしましたので、わかります。亜米利加ではあれをどーなっの形とおっしゃるのだのっ。いや、形の方は分かるのだが、マサの言う電灯の普及と私の疑問が噛み合ぬようだのっ)
(いえ、だんなさ〜、わたくしがこちらに参る前には、電灯が普及しておりましたから、夕餉のお時刻が遅くても大丈夫になって参りました。朝子の処はご主人様が官吏でしたからお帰りも早かったので夕餉は七時前でしたが、悦のところは遅かったですわ。昔でしたなら、暗くなる前にお支度を終えないと油がもったいなくて、電灯ももったいないのですけれど)
(なるほど、最近の日本でこどもが少ないのは、どこにでも電灯があるからなのだのっ)
(だんなさ〜、わたくしにはだんなさ〜のお考えに付いていけません)
(つまりだのっ、昔は灯りがもったいないから、早く寝た。今は電灯を点けてももったいないとは思わないらしいからなのか早寝しないから、子ができぬ、というわけだのっ。マサは五人産んで、悦も五人産んだが、朝子は三人、綾子は一人、どうみても先細りなのは、電灯のせいなのかのっ)
(そういえば、日本には貧乏人の子沢山という言葉がありますな。独り身の我輩には分かりませぬが、しかし、あれはそういうことだったのでしょう、いや、まだ電灯より灯油ラムプでしたし。いや、灯りはいずれにせよ金がかかりますし。はてさて。我輩は貧乏人の子は早死にするから何人も作るということかと、いや、しかし、何人も作ると育てるのに更に貧乏になりますな、これは悪循環ですな。子沢山でなければ更に貧乏になることもなく、生まれた少数のこどもを大切に滋養豊かに育てられますがな。しかしながら、裕福ならば問題ない。我輩は六人兄弟でした)
(おう、ロバート殿も六人ですか。私も六人兄弟でした)
(はい、六人で皆育った。一方、元奴隷の黒人達は、やはり数多く生まれて数多く死んで行きましたしな)
(ロバートさまはカトリックでいらっしゃいましょ。わたくしもそうでしたから、子は神の思し召しですものね)
(ロバート殿、貧乏人の子沢山を見かねた荻野久作博士とおっしゃる方が過度の妊娠を避ける為と、子宝に恵まれない婦人の為に、おごじょが何時みごもるのか、月経との関連を解明なされたのです)
(荻野久作博士、僕の大先輩ですっ)
(あら、虎ちゃんのなの。へぇ〜。越後には著名な荻野博士がいらっしゃる、と父が自慢気に語っておりましたが、ユリが、どうして著名なのと尋ねたら、教えて頂けなかったの)
(ユリさん、嫁入り前のお嬢さまにはちょっとね)
(オギノ式として産むため産まぬ為と一人歩きし始めて、わたくしがこちらに参ります直前には、支那で戦争始めてだいぶ経っておりましたし、ABCD包囲網とやらで今にも別のお国とも戦争が始まりそうでしたから、まずは国力増大、人口増やそう、産めよ増やせよとなりました)
(天皇の赤子ね。赤紙で招集される。産めよ増やせよと言われるより前に生まれて増えていた僕より少し先輩は片っ端から戦地に送られていく時代でした。同じ赤子でもこちとら末席汚すひ弱な肺病病みだったけれど)
(虎ちゃん、すねてる)
(いやぁ、すねてはいません。どちらにしてもセミテリオ送りだったわけで。戦死者が多かったから戦争は終わり、僕たちが死んだから肺病が解明されて、どちらにしても僕たちの後の世代は死ぬ原因が少しは減ったわけだしね)
(セラヴィ、それが人生。それが人間、次の世代に引き継がれて行くんですね。私の長男も、その子、またその子、その子って、あら、産まれているのかしら。先細りかしら。あら、まただいぶお話が逸れてますわ。ユリさま、ごめんなさい)
*
続く
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その十一は、22日にアップいたします。