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第九話 セミテリオから何処へ その九


(ユリ、怖いです)

(わたくしも、怖いです。今のあちらの世界は、本当に気をつけないと、轢かれそうになりますでしょう)

(ですよねぇ。あの時、隼人君が轢かれそうになって)

(うわぁ、ユリさん、思い出させないでください。わたくし、また気絶してどこかに行ってしまいます)

(あら、今はセミテリオにいるんだから、大丈夫でしょ)

(いえ、ここからどこかに、マサさまみたいにびわこに飛んでしまいそうです)

(つまり、一人一人が自分で考えなきゃいけない、ということですよ。大勢に流されずにね。さもないと、全体主義になってしまう。あの戦争がそうでしたからね。行け、行け、挙国一致、一億総攻撃、進め一億火の玉だ、一億玉砕、で、負けたら今度は一億総懺悔ですからね。冗談じゃないですよ。で、臣民が国民になって、臣民の時には軍部に洗脳された踊らされた、って言うんですからね。天皇もそういうことになっている。天皇の赤子として戦地に送られて、敵を殺して自分も死んで、それが当然だったにもかかわらず、一部の軍人が責任とって死刑になれば、戦争の最高責任者だった筈の天皇も、帝国陸海軍の兵として敵を殺した一平卒も、銃後の護りとされた臣民も、皆罪を償ったかのような曖昧なまま。そもそも何が罪なのか。そうそう、あの、東京軍事裁判もそうでしたよ。日和見で参戦したソ連は戦時捕虜をシベリアに抑留して強制労働させたり、原爆を長崎や広島に落として一般人を大量殺戮してもその責任を問われないアメリカや、中国が赤化したのだからと、日本軍の中国での虐殺は問われなかったり、あれも日和見。この世に正義は無いのか。何でも力関係で事を進めて行くんですからね。官僚は日和見国民を上手く扱う。禁煙推進だけじゃないんですよ。健康診断だって、健康な兵卒を探す、帝国軍人を作るためのものでしたしね。兵増産の為に産めよ増やせよと言ったり、昨今では、年金を保障する為に、年金を払ってくれる子を増やす為に、少産を解消しようとしたりね。お上意識が抜けなくて、ついつい乗せられたり寄らば大樹の陰の国民ですよ。そもそも国民という言葉からして、国の民でしょう。民あっての国なのに、逆転している。近代造語ですよ。玄孫が三つ子なのは、少産解消の為ではなかったのが、せめてもの慰み、とはいえ解消の一助にはなってしまうのが、腹立たしいような)

(ご隠居さん、今日は過激ですね)

(何のお話しておりましたっけ)

(日和見ですよ)

(筒井さんのお話し)

(え〜と、筒井さんがいらした峠からなら、琵琶湖が枇杷の形に見えたかもしれないって)

(そうですのっ)

(しかし、洞ヶ峠から、琵琶湖が見えるかどうかは、私は知りませぬのっ。ただ、あの辺りには、他にも山々があるのですのっ)

(山の上からでしたら、枇杷の形に見えたのでしょうね)

(琵琶湖の形もですが、私、昔から思っておりますのよ。地球が丸いと分かるのでしたら、そう分かるのも分かるのですが、地球が球だなんて、どうして分かっていたのでしょうね)

(えっ、だってそう決まってるんでしょう)

(ユリさん、決まっているのではなくて、そうなっているんですけどね)

(島津の殿のお屋敷に、球体の地球が宝物の様に飾られておりましたのっ。殿のお傍に目にしたことがありましてのっ、触れてはならぬので遠くから首を伸ばせるだけ伸ばして、これが地球か、これが我が国、これが薩摩なのかと。宮之城など載っておらず、エゲレスは遠くて、そのエゲレスと我が藩は戦ったのですのっ。エゲレスはかくも遠くからやってきて、それでも薩摩を負かした。いや、薩摩も善戦いたしたのですのっ。ほんのこつ大したものでしたのっ)

(エゲレスに目を開かれて、遣英されたのでしたわねぇ)

(そうそう、幕府には届けずにのっ。私も行ってみたかったですのっ)

(でも、そうなさってらしたら、わたくしはだんなさ〜とは結ばれませんでしたわ)

(ですのっ。たぶんに)

(みなさま、ご維新の後は活躍なされて。あら、だんなさ〜もご活躍なさいましたわね)

(ですのっ。私なりに、それなりに)

(その留学の話、僕は知らなかったのですが、鹿児島では有名だそうですね。今、駅の前に銅像があるそうですよ。学会に行った先々から絵はがきを送ってくる友人がおりましてね、銅像の写真を送ってきたことがありましたよ。普通、銅像は一人なのに、鹿児島のは何人も一緒の銅像なので、珍しいと思い、帰京した友人と話しに花を咲かせたのを覚えておりますよ)

(まぁ、ご隠居さん、そうなんですか。あの方々が銅像に。故郷に錦、いえ銅像をねぇ)

(私の銅像は、何処にもないですのっ)

(だんなさ〜、お写真ですらないのですもの。わたくし、だんなさ〜が亡くなられてから、寂しく想っておりましたのよ)

(私の写真は、いや、ある、どこかにある筈なのですのっ。式典服姿で写真館で撮られたことはあるのですのっ)

(まぁ。わたくしは持っておりませんのに)

(写真館の話しはしましたのっ)

(そうでしたか。まぁ。あちらの世におりましたなら、何とか方々探しましたものを。だんなさ〜のお写真、手に入れておりましたなら、孫曾孫にも伝えられましたものを。残念ですわ。今更、孫、あらもうみんなこちらの世ですわね。でも、曾孫玄孫にあなたの勇姿を見せたかったですわ)

(あの写真館は、東京ではなかったですのっ。西の方に赴任しておった折りでしたのっ。もうマサとは夫婦でしたのっ。まぁ、よいではないですかのっ。今はこちらの世で、私の顔は毎日見られるのですのっ)

(はい、わたくしよりも二十以上お若いままのだんなさ〜を)

(マサ、私より二十老けている姿だと言うが、マサはマサの姿を見られるわけではないですのっ)

(そりゃぁそうですけれど)

(あのぉ、ご隠居さん、どうして地球が球だって分かったのかしら。カテリーヌさんがそうおっしゃった時に、ユリがそう決まっているからって言ったら、決まっているのではなくて、そうなっているのだ、とおっしゃって。そうなっているのはいいんですけど、どうして、球だって分かったのかしら)

(ほう。何か、教わりましたねぇ。三角点がとか測量がとか、天体の観測でとか。いかんせん、僕の専門分野ではないですし。う〜ん、虎さんがいたら、説明いただけるでしょうが。まぁ、彼も文科ですが、しかしまだ在学中でしたしね)

(ユリさん、もう四十年以上前でしたかしら。宇宙から地球を見たら、球体だと、写真を見たことございますわ)

(夢さん、それ、前、どなたかから伺いました。月にまで行ったってお話でしょ)

(ああ、それ、たしか僕が話したんですよ。で、その時、ユリさんは、兎に会えたのかとおっしゃって、虎さんが、いるわけないとおっしゃって、あはは)

(そうそう、それです。ユリは、兎さんがついたお餅を食べたかったんです。でも、虎ちゃんに馬鹿にされて、で、カテリーヌさんは、仏蘭西では兎ではなくて、何かがいらっしゃるって)

(ご婦人ですわ)

(でも、どちらも本当はいらっしゃらない、でしょ。つまらない。あっ、夢さん、ユリの言いたいのは、宇宙から地球を見て丸い、じゃなくて球だってわかるのは、マサさまと彦衛門さまが、空の上から琵琶湖をご覧になって、枇杷の形だっておわかりになったのと同じで。つまり、え〜と、地上にいて、琵琶湖が枇杷の形だってわかったのは、どこか山の上から見たからだって。でも、地球が球だってこと、見て分かったのは、ユリがこっちの世界に来て随分後のことでしょ。宇宙に誰も行かない頃に、どうして地球が球だってわかったのか、不思議なんです)

(女学校で教わったのは、コロンブスでしたっけ、どなたかが世界一周して、元の場所に戻って来られたから、地球は球だってわかったと教わったような)

(夢さん、コロンブスはアメリカ大陸発見、いや、アメリカ大陸に到達したのでして、世界一周したのは、マゼランではなかったですかね)

(コロンブスはアメリカ、でしたわね。はい。あの辺り、もうお一人、え〜と、蛙みたいな名前の人いましたわね)

(蛙......かわず、あっ、蝦蟇、ヴァスコダガマ、あはは、蛙ですか。何をした人でしたかねぇ。あの三人はともかく船に乗って海を渡ったのでしょう)

(でも、人って、まっすぐ歩いているつもりでも、いつの間にかだんだん曲がっているってこと、ございますでしょう)

(わたくし、ございますわ。帝都の中心、築地や銀座、お城周りの道はまっすぐでも、少し郊外に出ますと、まっすぐな道って少のうございましょう。一人で歩くことなど滅多になくとも、細い道など怖くて入れませんでしたわ。水たまりも多かったですし、それに、みなさまに珍しがられましたし)

(カテリーヌさんは、外国人ですもの。でも、日本人の私でも、学校帰りに駅を降りて、家の方に向かって歩いていて、いつもと違う道を歩きたくなって。あの瞬間ってとってもわくわくして。嬉しくてね。この先に何があるのかしら。坂道を登りきったら何が見えるのかしら。この角をこっちに曲がったら、何があるのかしら、なんて。でふと気付くと、どちらを見ても知らない所ばかりで。自分では顔が見えなくとも、たぶん真っ青になっていたんでしょうねぇ。普段通らない道ですから、怪しまれて犬に吠えられたり。今でしたらねぇ、犬さんに道を教えてもらおうなんて思うのですが、あの頃は、犬と心で話できるなんて思ってもみませんでしたし。で、吠えられたり野良犬に追いかけられて慌ててかけて逃げたりして、余計にどこを歩いているか分からなくなって、その内、お手洗いにも行きたくなって、でも、幼い子ではあるまいしべそかけませんしねぇ。そんな時に、買い物かごを持ったご近所のおばさまを見つけたり、おめかししてらっしゃるおばさまを見つけてほっとして。でも、あっ、ここでおばさまに見つかったら、夢ちゃん、こんな所で何しているのなんて言われちゃって、母に言いつけられそうで、ですからおばさまには見つからないようにそっと後を付いて行って、そうすると家の近所まで帰れるなんてこと、何度もいたしましたわ。おばさまの後を付いていって、駅まで戻ったこともありました。もう今度は駅からはいつもの道で帰宅して、ただいまのご挨拶もそこそこにお手洗いに飛び込んだり。しばらくはそういう冒険をやめても、またその内、ちっちゃな冒険してみたくなり、一つ前の駅でおりたりね。そういう時には、先に駅のお手洗いですませておいたり、おほほ)


お読み頂きありがとうございました。 霊園セミテリオの気の世界を、お楽しみ頂けましたなら幸いです。

お読みになられたあなたと、書き手の私が共に生きておりましたら、来週水曜日に再会いたしませう。


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