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第九話 セミテリオから何処へ その八


(あのぉ、ユリ、わからないんですけど、ってゆうか、マサさまと彦衛門さまもさっきおっしゃってたから、お二人もユリと同じで不思議に思ってらっしゃると思うんですけど)

(何をでしょうか)

(あのぉ、汽車でお傍を通られても、枇杷か琵琶の形にはお見えにならなかったのでしょう)

(然様ですのっ)

(でも、上からご覧になって、勾玉やびわの形に見えたのでしょう)

(はい、そうですよ)

(どうして、どうやって、琵琶湖がびわの形だって、名を付けた昔の方はわかったのかしら。ユリはね、教科書の地図で、枇杷に似ているなって思いました。でも、琵琶湖って名前を付けた昔の人は、彦衛門さまやマサさまみたいに上からなんてご覧になれなかったと思うんです)

(なるほど、確かに)

(遠くの山から見たら如何でしょうか)

(なるほど、確かに)

(でも、富士のお山からは見えませんよねぇ)

(なるほど、確かに)

(彦衛門さま、先ほどからなるほど確かにとしかおっしゃらないのですわね)

(おっ、いや、考えておったのですのっ。あの辺り、確か山々が連なっておりましたなっ。それに、筒井順慶の洞ヶ峠もあの近くであったのでは、などとのっ)

(日和見のお話ですか)

(そうそう、夢さん、よく御存知ですね)

(ここにいらっしゃる方で、ご隠居さんでしたらお判りになると思いますが、NHKの大河ドラマ)

(はい、僕はわかりますよ)

(もう随分昔、半世紀も前でしょうか。大河ドラマの信長か秀吉の時に筒井順慶が出てきたように覚えております)

(半世紀前、随分昔の話しですねぇ)

(でございますわね)

(はんせいきって)

(ああ、一世紀が百年ですから、半世紀は五十年ですよ。それこそ信長でしたっけ、人生五十年と言ったのは)

(たかだか五十年前の話しが古いのですかのっ。私やマサはもう一世紀以上。信長や秀吉となると、私より更に三百年も前のこと)

(はい、で、その大河ドラマのどれかに筒井順慶の話しが出て参りまして、その頃、ドラマの中か、他の番組かで筒井順慶と日和見のことを知りましたの。主人に早速話しましたら、お前はそんなことも知らなかったのか、と。あの頃からでしたかしら、主人が私のことをばぁさんと呼びはじめたのでしたわ。あら、これはどうでもいいことですわね)

(いやぁ、どうでもいいことではないでしょう。まぁ、しかし、そのご主人は今またお傍で)

(ええ、都合が悪くなるとだんまり、でございますわ)

(ふふ、静かになりますね)

(まぁ、ご隠居さんったら。でも、ほんと、最近は以前に比べて随分お静かですこと。最近、わたくしのロビンも静かでございましょう。わたくしがこうやってみなさまと楽しくお話ししておりますと、ロビンは聞いているのか、いい子ですわ)

(ユリ、筒井順慶は知りません。信長や秀吉みたいに人の名前みたいですけど)

(夢さんのお年でも、もう筒井順慶はご存知なかったのですのね)

(旧い者は忘れられるものなのですのっ)

(私の頃ですと、おはんは筒井順慶かっ、などと言われようものなら)

(まぁまぁだんなさ〜)

(いやぁ、あの西南の役の頃を思い出しましてのっ)

(わたくし、何のお話だか全然分からないのですが)

(ユリも分かりません)

(旧い話ですからね。僕が簡単に申しましょう。信長の家臣に光秀と秀吉と筒井順慶がいたのですよ。もちろん他にもたくさんいたわけですが、この三人を覚えてください。もう一度いいますね。信長の家臣に光秀と秀吉と筒井順慶、いいですか)

(わたくし、日本の方のお名前苦手ですわ。一度に四人も覚えられるでしょうか。こちらの世では紙もペンもございませんでしょう。それに、かしんって何でしょう)

(家来みたいなもの、でいいかしら)

(まぁそうですね、そうした方が簡単ですし、ユリさんとカテリーヌさんにもお分かりいただける)

(ユリは大丈夫です。だって、信長も光秀も秀吉も有名ですから知ってるし。秀吉はお猿さんでしょ。筒井さんだけ覚えればいいの)

(筒井.....さん、ですか)

(だって、さんを付けると、ご近所のお知り合いみたいな感じで、覚え易そうなんです)

(ユリさん、お猿さんまで出て来るんですか。信長はお猿さんまで家来にしていたんですか)

(うわっ、違うの。秀吉はお猿さんに似ていたから、信長に猿って呼ばれていたんですって)

(あら、でも一人を猿でお話しいただけると、わたくし、分かり易いかもしれませんわ)

(じゃぁ、そうしましょう。信長の家来に、光秀と猿と筒井さんがいたわけです。ユリさん、カテリーヌさん、これでいいですか)

(はい)

(はい、わたくしも大丈夫そうです)

(信長は光秀に殺されます)

(はい)

(ユリ、知ってるもん)

(猿は怒ります)

(うわっ、猿が怒ったら怖そう。顔真っ赤にして、キャッキャッひっかきそう)

(うふふ、ユリさん、ありがとうございます。覚えられそうです)

(しかし、何ですのっ、数百年前のこととはいえ、こういう覚え方をされるものなのですかのっ。旧い方々が少々哀れに感じられますのっ)

(でございますわねぇ、だんなさ〜)

(怒った猿は、光秀をやっつけようとします)

(ユリ、やっぱりおかしいです。猿蟹合戦の逆みたい)

(えっ、ユリさん、蟹も出て来るんですか)

(あっ、違うの。昔々のお話しでね)

(でも、信長さんと猿さんのお話も昔々のお話しでございましょう)

(うっ。でも、信長とお猿さんのお話しは本当にあったの。で、猿蟹合戦の方は、作ったお話)

(私もそう思っておりましたのよ。でもね、愛や望のところで動物達に囲まれておりますと、猿と蟹が喧嘩するってのも、あるのかもしれないなんて思えるんですよ)

(夢さん、まぁまぁ。カテリーヌさんが余計に訳がわからなくなりますよ)

(ですわね。ごめんあそばせ)

(光秀が信長を殺す。猿が腹立てて光秀と戦う。その時に洞ヶ峠にいた筒井さんが、光秀と猿に誘われるわけです。で、筒井さんは、勝つ方に付きたい。で洞ヶ峠で、どっちが優勢か見ていたというわけですよ)

(あのぉ、わたくし、また分かりません。場所は洞ヶ峠で、筒井さんが見ていたのはお猿さんと光秀さんで、どうしてそれがひよりみという言葉になるんでしょう)

(日和見とは日和、つまり天気を見るということで、天気がどう変わるか見極めることなんですが、英語では、え〜と、opportunismです)

(あっ、opportunismeですわ。あっ、筒井さんが、どちらに付くか決めたというのが、opportunisme、なるほど、はい、わかりました)

(えっ、ユリ、わかりません)

(今度はユリさんがお分かりになりませんか)

(情勢を見極めてからどっちにつくか決めるというのは、日和見と同じでしょう)

(はい)

(だから、筒井順慶は、日和見の代表のように言われるわけですよ)

(あっ、だから、筒井順慶だと言われるの、彦衛門さんはお嫌なんですね)

(然り)

(峠の上からですと、さぞかしよく見えたことでしょうね)

(筒井順慶が日和見だったのか、そんなことは無い、という説も昨今ではあるそうですわ)

(昔過ぎて、どなたも見ていないですものね)

(日和見は古今東西いますしね、何も筒井順慶のみではないですよ。僕もあちらの世でどれほど読まされ聞かされ見せられたことか。一番酷いと思ったのは、終戦直前でしたね。日ソ不可侵条約があったのに、アメリカが広島に原爆を落とした後に条約を破棄して連合国側に付いたのですからね。どうも前もって準備していたらしく、即、樺太や満州に侵攻しましたからね。そうそう、戦後の原爆の調査でも、日本の医者は占領軍の前で、日本人側よりも米軍側にいたり、政治の世界でも、野党第二党にいる政党は、非常にしばしば、まさに筒井順慶ですからね。与党と野党第一党の両方から誘われる。結構ごて得らしいですしね。要するに、弱い者が生き残る為の戦略なのでしょうが、僕は見ていてうんざりさせられますね。日和見というよりも裏切りと感じますよ。主義主張を持たぬ、哲学の無い、自己保身。筋が通らぬ。いい加減。煙草でもそうですよ。みんなが吸っている間は一緒になって吸っている。世の中が禁煙運動に傾いてくると、途端に禁煙し、嫌煙家と一緒になって喫煙者を責める。個人のみならず、企業、報道も。これも日和見。つまり、日和見はファッショにつながるんですよ。そういう自覚の無い者がなんと多いことか。嘆かわしい。世界の歴史は日和見でできているのかと思わされますよ)

(赤信号、みんなで渡れば怖くない、というのを思い出しましたわ)

(夢さん、そういうの、ありましたねぇ)

(主人など、最初から馬鹿にしておりましたが、あの言葉を聞いた時に、私はなるほどと思わされ、でも、考えてしまいましたのよ)

(ほう)

(赤信号をみんなで渡っている時に、信号を守らないのは歩行者の方だからと、トラックがたくさん集まってみんなで轢き殺したら怖くない、のかもしれない、なんて)

(ほうっ、夢さん、過激な事をおっしゃる。やはり、轢き殺したら、そりゃぁ、逮捕されるでしょう。いくらトラック側が信号を守ったと主張してもねぇ)

(赤信号でも、みんなが渡るから、渡っちゃう、青信号だから、歩行者が大勢いてもトラックみんなで行っちゃう、これ、やはり怖いことでございましょう)


お読み頂きありがとうございました。 霊園セミテリオの気の世界を、お楽しみ頂けましたなら幸いです。

お読みになられたあなたと、書き手の私が共に生きておりましたら、来週水曜日に再会いたしませう。


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