第九話 セミテリオから何処へ その七
(富士の山も見せてもらい、星に囲まれて、そりゃ、このまま昇天しても構わないかと、いや、やはり宮之城をもう一度この目で見たいものだと思いながら、気を失った、いやたぶん、何時もの如く眠りについて。時間の感覚が無いですからのっ、たぶん翌朝だとは思うのですがのっ、もしや数日、数ヶ月後ということはないでしょうのっ。今、蝉が鳴いてますのっ。つまりもう七月にはなっておりますのっ。で、あの、絵都に引っ張られるようにして、死体の身元を気にし乍らここから発った折りには、紫陽花が咲いておったし、蝉は鳴いてはいなかったですのっ。私とマサはどれ程ここのセミテリオを留守にしていたのでしょうかのっ)
(そうですね、僕達も時計持ってませんからね)
(ユリも暦持ってないし)
(でも、ユリさんと私、愛と望の所に結構おりましたわね。あの子達のは、マックとブランの散歩を兼ねたお墓参りですもの。気が向けばですし)
(ですわね。でもひと月も経ってないと思います)
(その間、わたくしは寂しかったのですわ)
(カテリーヌさんごめんなさい)
(それで、その目覚めたというか気付いた時ですがのっ、夜明けのような、陽の光は見えなかったのですがのっ、こう白っぽい)
(雲ですか。雲ってやっぱり白いんですか。ユリ、一度雲に乗ってみたいんです。ふわふわふんわりの上に、乗って、お昼寝したり。ユリも行けるかしら)
(ユリさん、行けるかもしれませんが、雲の上には、普通は乗れませんよ。おっ、でも、もしや気の存在の僕達なら乗れるかもしれませんね)
(あら、私も乗ってみたいですわ)
(わたくしも)
(でも、ユリさん、カテリーヌさん、夢さん、みなさん、わたくしも乗りたいと思いますが、それ、雲でななくて、こう朝霧のような、朝の白っぽい感じだったんですよ)
(もう、周囲の星明りもなくなり、足下の、街の灯も自動車のラムプも、道の電灯も消えてました。でも、わたくし達、絵都と碧さん、わたくしとだんなさ〜、その他の大勢の方々と手をつなぐようにして、まだ漂っておりましたの。空にね。で、もう富士のお山も海も見えなくて、どこかのお山らしいのですが、どこだか分からずじまいで、もしかしたらこれほど山ばかりなのですから、宮之城でしたら嬉しいこと。ここで手をつないでらっしゃる方々は、皆東京に住んでらっしゃった宮之城ゆかりの方々、ご子孫なのでは、お尋ねしてみようかしら、などと思っておりました。ぼそぼそと話し声もしていたんですよ。でも、だんなさ〜とわたくし以外のお声には、宮之城のなまりは無いのです。もっとも、わたくし共とて、もうほとんど薩摩言葉は話しませんしね。絵都や大正、昭和生まれの方々が東京に住んでましたら、薩摩言葉でお話しするわけございませんものね)
(どこだか分からない所を、空を彷徨っておりましたのっ。どのくらい経った頃でしたかのっ。また夕暮れになって、下からまぶしく反射する、大きな水たまりのようなものを見つけました。勾玉のような形をしておりましてのっ)
(まがたまって何でしょう)
(魂の形ですよ)
(えっ、勾玉って魂の形だったんですか、ユリ、知りませんでした。へぇ〜、そうだったんですか。じゃぁ、ユリ、気だから勾玉の形してるのかしら)
(あのぉ、魂の形って何でしょう)
(ですから勾玉の形です)
(あのぉ、わたくしにはわかりませんわ)
(え〜と、カテリーヌさん、日本の祭りの太鼓の張った面にある模様を御存知かしら)
(あの、大きい太鼓のですか。はい。丸く張った叩く所に、黒い同じ模様が二つか三つ描いてある、あれでしょうか)
(そうそう、それですわ。あの模様の一つの形が勾玉の形です)
(そうなんですか。で、勾玉は魂の形なんですね)
(ご隠居さん、そうなんですか)
(と僕は聞いたことがありますよ。昔の人は魂の形はああいう形だと思っていたそうです)
(私、心臓の形だと思っていました)
(夢さん、でも、あの形、心臓というより胃の形ですよね)
(あら、ご隠居さん、そうですわね、たしかに。昔の人は魂は胃にあると思っていたのかしら)
(さぁ、どんなもんでしょうねぇ。昔の人がそうそう手術や解剖をしていたとも思えませんしね。まぁ、動物を解体はしていたでしょうが、それでも仏教が入ってきてからはあまり一般的ではなかったでしょうからね。よって、ターヘルアナトミアを訳し乍ら腑分けする死体を手に入れるのに苦労したそうですしね)
(ご隠居さん、ユリ、全然わかりません)
(ユリさん、わたくしもわかりませんわ)
(いえいえ、別にどうでもいい話しなんですよ。つまり、どうしてあれが魂の形と思われたのかということで)
(ねっねっ、ユリ思うんだけど、勾玉って人魂と形が似てませんか)
(なるほど。人魂は幼い頃何度か家の墓で目にしましたが。なるほど)
(死人が墓で眠り、墓から立ち上る人魂。つまり死者から抜け出る魂の形、ですか。なるほど)
(ここでも見かけることはなくなりましたのっ)
(あれは、人骨の成分のリンが燃えると言われていますからね。土葬でないと見えないものなのでしょう)
(勾玉の形、つまり魂の形の水たまりをご覧になったのですか)
(ですのっ。で、引っ張られ、宙に漂い、周囲に満点の星の後は、白い雲のような霧のような中に包まれ、次には光る勾玉の水たまり。きっとあの中に吸い込まれるのだろうのっ。昇天ではなく水没ですかのっ、などと思っておりましたのっ)
( 水の中に入るなど、どのような気分なのでしょうと、少し恐ろしくも感じておりましたの。何しろ、 こちらの世に参りましてから、触れず飲めず頂けずでございましたでしょう)
(マサ、忘れてはならぬ。出せぬひねれぬ、涙も尿も糞便も)
(まぁ、だんなさ〜)
(彦衛門さま)
(はっはっは)
(触れず飲めず頂けず)
(出せぬひねれぬ)
(だんなさ〜。話しが進みませんわ)
(こちらの世は長いですからね、のんびりと行きましょう)
(で、触れず飲めず頂けず、あちらの世で何が起きようと、子や孫や曾孫、まだ見ぬ玄孫に何が起ころうとどうにもできず気を揉むばかり、の気の存在になって久しゅうございますからね、絵都に引っ張られるようにして、宙に浮き、満天の星に囲まれ、最後は勾玉の水たまりに落ちるのかしら、勾玉でしたら美しい。あの水たまりに落ちたら、もう気の存在ではなくなるのでしょうか。もう気を揉むこともなくなるのでしょうか。それともまた別の世界があるのでしょうか。あちらの世からこちらの世に参る前は、少しは怖くもあったのですよ。いくら先立っただんなさ〜にお目にかかれると思ってもね。でも、あの時、怖かったのに怖くはなかったこの世を過ごしてしまいますとね、次の世があろうがなかろうが、既に何もできぬ身、人任せどころか運を天に任した日々が長かったのですもの、また別の世であろうと、それも楽しめることでしょう、と。ましてや、前回は一人でこちらの世に参りましたが、今回は、だんなさ〜だけではなく、絵都や碧さん、その他三四十人ご一緒ですものね。怖くはなかったのですよ。きらきら光る水の中に吸い込まれるのだろうと思っておりました。そうだんなさ〜と話ししておりました。少しずつ落下しているのを感じておりました。勾玉がどんどん大きくなってきて、いよいよ吸い込まれるのかと)
(その時でしたのっ、マサ。六七十歳ほどに見受ける紋付袴の男がのっ)
(この方は、同じ年頃の留袖を召された、たぶん奥様と手をつながれていたのですよ)
(あれはもしかしたら、琵琶湖ではなかろうか、とつぶやかれたのですのっ)
(手をつないでいた三四十人が一斉に、うんうん、そうだ、おおっ、ほうっ、まぁ、みなさんどよめきましてね)
(琵琶湖ということになってしまったのでしたのっ)
(富士のお山よりわかり辛かったのですもの。富士のお山は横を何度も、船で、汽車で、新幹線で通りましたから、横からは見た事何度もございましたでしょう。上からの富士のお山は、近くなって来た時には出来物が破裂した様な形で興ざめいたしましたが、遠景では紛う事なき富士のお山。それに比べますと、琵琶湖はすぐ傍を汽車や新幹線で通ったことがあるのかもしれませんが、真上から見ることなど無かったものですから、光る勾玉の水たまりに見えておりましたのね。琵琶湖と言われて、琵琶の形をしているのですねぇと納得いたしました。でも、少し傾いているので、琵琶よりは勾玉の方がよろしいのにとも思いましたわ。琵琶湖と名付けられた方は勾玉を御存知なかったのでしょうか)
(ユリ、琵琶湖って、尋常小学校で教わりました。京都の近くにあるんでしょう。ってことは、富士山から琵琶湖まで随分遠くまでいらっしゃったんですね)
(一晩だったのか、二晩、三晩かけてそこまで漂ったのかはわからなかったのですのっ。しかしその三、四倍漂えば宮之城に着きそうだと思っておりましたのっ)
(枇杷っておいしいですわねぇ。ほんのり甘くて)
(そういえば、びわちゃん、どうしてらっしゃるのかしら)
(びわちゃん、ユリさん、どなたでしたかな)
(ほら、そこの小学校の)
(そこの小学校のびわちゃん、ですか)
(ほら、ユリが初めて今の小学校に行った時に乗せていただいた)
(あら、はやと君のお姉様。ユリさんとわたくしが幼稚園に乗せて頂いた時の)
(カテリーヌさん、思い出してくださった)<音天より読者のみなさまへ:第四話をご参照ください>
(琵琶湖のびわは、枇杷なのであろうかのっ)
(彦衛門さん、もしかしたら、楽器の琵琶が、果物の枇杷に似ているから、かもしれませんわね)
(枇杷、懐かしいですわ)
(ユリはびわちゃんが懐かしいです。セミテリオに遊びに来てくれないかしら)
(わたくしもことねちゃんに会いたいです)
お読み頂きありがとうございました。 霊園セミテリオの気の世界を、お楽しみ頂けましたなら幸いです。
お読みになられたあなたと、書き手の私が共に生きておりましたら、来週水曜日に再会いたしませう。