表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
126/217

第九話 セミテリオから何処へ その六


(ご隠居さん、私がマサと初めて出会ったのは)

(おほほ、たしかでございますわ。わたくしが初めてだんなさ〜と会いましたのは、おほほ)

(まぁ、おふたりのなれそめですか、お聞かせいただけるかしら)

(うわぁ、ユリも聞きたいですっ)

(あはは、そりゃ、あはは)

(まぁ、彦衛門さま、そんなに可笑しいことなのですか)

(いや、そのぉ、私がマサと初めて会ったのは、私がわんぱく盛りの頃で、そのぉ、悪童仲間の武人どんに妹君が生まれたというので見に行ったわけで)

(わたくしは覚えておりませんわ)

(当然でしょうのっ。そちとらまだ乳飲み子。繦をあててギャーギャー泣いておったわ。あの頃のマサに戻られてはこりゃ迷惑千万。子守りなどしとうないですのっ)

(おほほ)

(で、漂うておりますとのっ、富士のお山が見えましてのっ)

(周りに湖も湖面を輝かせて)

(すると、静岡辺りにいらっしゃったのでしょうか)

(いえ、それはまだ道半ばでしたのっ、いや、道というか)

(道はございませんでしたものね)

(野山なら、踏みしめて道にもなろうが、空中でしたからのっ)

(空中......)

(はい、空中)

(怖くはございませんでしたか)

(いや、その、最初は訳が分からない状態でしたからのっ。訳が分かってみると、こう、三四十人が手をつないでいるわけで、でふと気付くと、誰も何にも乗っていないわけですのっ。みんな気。鳥もいない。セミテリオの上を時折飛ぶいろいろな重そうな機械)

(だんなさ〜、飛行機ですわ)

(飛行機はこう、翼が二つというか魚のえらみたいなのもある機械ですのっ。鳥や魚とは違う形のもありますのっ)

(飛行船かしら)

(飛行船とはなんですのっ)

(繭のような形で)

(それとは違いますのっ)

(まさかロケットはこのセミテリオからは見えませんわ)

(ロケットって、夢さま、何でしょう)

(宇宙に行くものです)

(宇宙に行って、ユリ、お月様の兎さんに会いたい)

(夢さん、ロケットじゃなくて、ヘリコプターのことでしょう)

(なるほど)

(そのへりこなんとかはどのような形をしておりますかのっ)

(う〜ん、どう説明しましょうかね。確かに時折上空を飛んでおりますね。下から見ると長細い丸に尾がついていて、長細い丸の上にぼんやり丸が見えるような。止まっているのを横から見ると、その長細い丸の上には羽がついていましてね、その羽が長細い丸と平行に回転することで飛べるものなんですよ)

(たぶんそれですかのっ。飛行機より遅いような)

(そうそう。いや、昔の飛行機よりは速いかもしれません)

(で、私達のまわりにはそういう機械はなかったわけでして。つまり、我々数珠つなぎの気の面々は、空中を自力なのか他力なのか漂っておった訳ですのっ)

(で、そう気付いて、その上、富士山や湖が見えますでしょ。左手には海も薄水色にキラキラ光っておりますし。富士山の雪も見えましたのよ。富士山って、案外緑が少なくて、赤茶色の土で、赤富士とはこのことかしらなどとも思っておりました)

(そのぉ、漂う、というのは、何とも落ち着かないものでしてのっ。要するに、足下に地面が無い訳でしてのっ。こう、褌が緩んでいるような、下の方がす〜す〜すると申すか、頼りないと申すか)

(だんなさ〜)

(ふふ、彦衛門さんらしいです)

(斯様に富士が見え、湖が見え、駿河湾が見えるということは、どれほどの高さにいるのか、富士のお山が足下にあるなど、目眩がしそうな高さにいるわけで、余計にマサの手をしっかり握り、このまま昇天するのなら、富士を足下に見て昇天するならば、やむなしかなどと、思いは千々に乱れ)

(わたくしも、諦め半ば、期待半ば、でもこちらの皆様にきちんとお別れも申せずでしたでしょ。申し訳なくて。辺りを見回すと、数珠つなぎの皆様、とまどってらっしゃるような、或は富士を足下に見る摩訶不思議な体験を楽しんでいらっしゃるような、あるいは満足気な、中にはお経を唱えてらっしゃる方もいらっしゃいましたが、お話しなさってらっしゃる方々も小声でしたから、一様にお静かで。こう、自己紹介しようかしら、いえ、でも、と躊躇っておりましたの)

(自分の置かれている状況が定かでないというのは、なんとも心もとないものでしてのっ。ましてや褌が緩んでいるような状態でしたからのっ)

(だんなさ〜)

(かと言って、褌をしめられるわけもなく、何かができるわけでもなかったですしのっ。で、足下で富士のお山がだんだん動く訳です。富士のお山が動くなど、こりゃ大事だ。天変地異に違いない。いや、まてよ、動いているのは我が身。昔日に汽車旅を思い出しましてのっ。駕篭や馬で動いていても富士は動かぬが、汽車では車窓の富士が移動して見えるのと同じではなかろうか。さては、我が身が動いているのですのっ。つまり数珠つなぎの面々はゆっくりと動いているわけですのっ。この方角は南というか西というか、上手くすれば宮之城まで辿りつけるか、それもまた善し。昇天前に是非我が故郷を、あの竹林を目にしたいものだなどと思っておりましたのっ。その内薄暗くなり、夕闇。すると不思議な事に、空に星の光る如く、足下でも星が瞬くのですよ。上下前後左右星)

(昔に戻った様に感じました。一面の星。ただ、昔でも、足下には星はございませんでしたものね。星空を切るように山の背が黒く影になったり。足下では、月に光る草葉の露や、夏でしたら蛍が光りましたが。あとは光るものと言えば、たまに提灯や人魂くらいで)

(そうですのっ。宮之城の夜空は星ばかりだったですのっ。星が無数で。江戸、いや東京に参った時には、夜が更けても提灯が沢山灯っておって、町中が明るいのに驚かされ、その内、銀座にガス灯ができ)

(家々に電灯がともされ)

(ですわねぇ。今ではこのセミテリオでも真っ暗闇など無いですものね。近くのビルから、通り過ぎる車から灯りが漏れてまぶしいくらいですもの。私も真っ暗というのは、戦中の灯火管制ぐらいしか記憶にございませんわ。あの頃も、星空は美しかったのでしょうけれど、心にゆとりが無かったのでしょか、星空の美しさは覚えておりませんわ)

(そうですねぇ、いや、戦時中の東京の夜空は、探照灯の光りの帯が動き、交差し、敵機が白く無数に浮かぶ不気味な明るさ。空襲の火でも照らされてましたね。暗い東京の夜の嫌な、不気味な明るさでした)

(東京で満天の星空を眺めるなど、今となってはあり得ない、それこそ天変地異でもない限り、望めませんね。いやぁ、そんなことがあっては大変ですからね。このセミテリオから星空を楽しむことなど願ってはいけないのでしょう)

(ユリ、あまり気にしていませんでした。でも、おっしゃられて、たしかに、ユリがこちらに来た頃はまだお星様たくさんあったように思います。敵の飛行機が飛ぶなんて怖いです。良かった、ユリ、戦争より先に死んでいて。ここは幽霊も出ないくらい夜も明るいし星が減ったくらい我慢しなくちゃ)

(ユリさん、星の数は昔も今も、たぶん大して変わらないんですよ。周りが明るくなると、星の光が見えにくくなるんです)

(よかったぁ。虎ちゃんがいたらまたからかわれるところでした。ご隠居さんありがとうございます)

(仏蘭西と日本では、見える星が違うのかしら)

(いえ、同じ北半球ですから、たぶん同じですよ)

(それでは、占いに登場する星座も全部見えるのかしら)

(たぶんに)

(でも、見えても、わたくしにはわかりそうにございませんわ。こんなに数が少なくしか見えなくても、どの星とどの星をつなげば星座になるのか、わからないですもの)

(カテリーヌさん、ユリもお仲間です。北極星のある北斗七星ぐらいしかわかりませんから)

(北斗七星、ですか)

(えっ、カテリーヌさん、知らないんですか。うわっ、ユリが知ってるのに。そんなこともあるのっ)

(あの、どんな星座でしょう)

(七つのお星さまがつながって柄杓みたいなの)

(柄杓って何でしょう)

(水を汲む時に使うもの)

(そのような星座は存じませんわ)

(うっそぉ。だって、あれならお空が曇っていなかったら、ほとんどいつでも見えるんじゃないかしら)

(もしかして、Grande Ourseのことかしら)

(カテリーヌさんそれって何)

(大きいくまの星座です)

(それですよ、そうそう。そういえば日本でもおおぐま座とも言いますね)

(なんだぁ、じゃあ名前が違うだけで、やっぱりカテリーヌさんも御存知なんですね。でも、柄杓には見えるけれど、熊には見えません)

(でしょう。星がたくさんあっても、どれをどうつなぐかですもの。難しいですわ)

(また話しが元に戻りましたね。古の海の男達は満天の星のどれとどれをつなぐか、よく分かったものですね)

(ああ、それが、私が戻ってきた時の古の話なんですのっ)

(そうなんですよ)

(満天の星空の中で、どの星をつなぐか)

(それがですのっ、ここセミテリオとは異なり、そのぉ、暗闇になると思いきや、空には満天の星、足下にも満天、いや天ではないのですが、地上の星なのでしてのっ)

(地上の星ですか。たしかに、地球も星)

(いやいや、それほど小さく見えはしなかったですのっ。街の灯りですのっ)

(美しかったですわ。下の方が明るいのですよ。それも大きい灯りが多くて。色とりどりで。文字が書いてあったり。あら、でも、西洋文字の方が多かったですわ。それに細い天の川のような光りの川もたくさん、中で小さな星がたくさん同じ方向と反対方向に動いていました)

(上も下も、いや、その内どちらが上か下かわからなくなりましてのっ、何しろ暗い中で上下前後左右東西南北あらゆる方向に星が見えるわけですのっ)

(星の中を漂っておりました。宮之城を出て、東京に参り、このセミテリオに参り、地中に眠っていたわたくしも、天に召されるのだと、その前にこんなに美しい星々のあかりに囲まれて、幸せでした)


お読み頂きありがとうございました。 霊園セミテリオの気の世界を、お楽しみ頂けましたなら幸いです。

お読みになられたあなたと、書き手の私が共に生きておりましたら、来週水曜日に再会いたしませう。


評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ