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第九話 セミテリオから何処へ その五


(そうそう。理屈がわからなくとも、理屈が通らなくとも、現実に起きている起きた現象があって。それを代々伝えて行く。知恵や知識の伝承。どこかの世代でどうしてと思って解明する者が出て来る。解明した点が出て来る。で、解明し尽くした気になってしまっては発展しませんね。占星術は航海に必要だったでしょうし、今程明るくない古では、夜は星を見る時間がたっぷりあったでしょうしね。古の者が馬鹿だったわけではないですし)

(お星さまだったら、西洋で見えるお星さまも日本で見えるお星さまも一緒なのかしら。日本で春分や秋分の日は、西洋でも同じ日なのかしら)

(だとは思いますが。いや、しかし、南半球で見える星空は違うようですしね。しかし、地球、いや宇宙の中での地球を考える、いや、太陽と地球の傾きを考えると、う〜ん、宇宙のことを学んだのはもう百年近く前のことですしねぇ。でも、まぁ、地球の回転を考えると、春分の日や秋分の日は世界中同じなのではないでしょうか)

(古の方々がとうに発見なさってた事でも、わたくし、わからないのですわね)

(古の方々から学ぶこともまだまだたくさんありそうですわ)

(おっほんっ)

(えっ)

(あら)

(うわぁ)

(おかえりなさいませ)

(古の方々のご帰還ですのっ)

(まぁ、古の方々とわたくしどもがお話いたしておりましたのは、もっともっととっても古い昔の方々のことでしたのよ)

(然し乍ら、私も嘉永の生まれ)

(わたくしも安政の生まれ)

(あの、でも、わたくしの申しておりましたのは、仏蘭西よりも前の羅馬や希臘の頃ですの)

(大化の改新より前ですかのっ)

(それは何年ぐらい前のことでしょう)

(かれこれ千四百年)

(いえ、それよりも千四百年以上前のことです)

(ほうっ、そりゃぁたしかに古の話ですのっ。私の出る幕ではなさそうですのっ。負けましたのっ)

(あっ、はい、いえ、あのぉ、そのぉ、お消えにならないでくださいませ)

(カテリーヌさん、ユリが代わりにお尋ねします。マサさま、お帰りなさい。ユリ、いえ、みんなでとっても心配してました。古の新し目の方でも、お出になる幕がないなどとおっしゃらないでください)

(皆さん、心配してらしたのですよ。僕も話を聞いて驚きました)

(私も、こちらに戻りましたら、虎之介さんとロバートさん、義男さんと武蔵さんもいらっしゃらないですし。ユリさんに尋ねられて、カテリーヌさんもお困りでしたわ)

(実は、私もマサもよくわからないというのが真相で。おっと、真相と申せば、あの時のご遺体の身元は判明したのですかのっ、あれは事件だったのですかのっ)

(あのぉ、あの時ここにいらした方々の中で、今ここにいるのは、わたくしだけなんです。で、わたくしもよくわからないのですが、どなたかが、事件ではなさそうだと)

(ふむ、事件ではなかったのですかのっ、そりゃつまらない。いや、事なきを得てよし。これまた私が出る幕では無かったのですのっ。もっとも出ようがないですのっ)

(で、彦衛門殿はどちらにいらしたのですかな)

(そうですっ。ユリもそれを教えて頂きたいんですっ。カテリーヌさんが、彦衛門さまとマサさまと絵都さまが消えてしまったとおっしゃるばかりで)

(私もお珍しいと思っておりましたのよ。愛や望に乗ってほとんどこちらにおりません私と違って、彦衛門さまのご家族はいつもこちらにいらっしゃいますのにね。どなたかお墓参りにいらした方に乗っていかれたのかと思ってもおりましたが、そういうことでもなかったようで。あら、そういえば、絵都さまは)

(絵都は、こちらに戻ってくる途中で、碧さんと一緒に、あちらのセミテリオで降りましたの)

(みどりさん......あっ、絵都さまのご主人さま)

(はい、然様でございます)

(ユリ、お目にかかりたかったです。絵都さまがこちらの世にいらしても想われた方)

(あら、それではあの時、絵都さまを引っ張ってらしたのは碧さんでしたの。まぁ、おうらやましい。わたくしも、ロバートが引っ張ってくれたらあちらに参れますのに)

(ロバートさんが、ですか)

(あら、夢さん、違います。あの、こちらのロバートさんではなくて、わたくしの夫、ロバートのことですの。英吉利のお墓に眠っておりますのよ。でも、遠過ぎて、わたくし参れませんでしょ)

(カテリーヌさん、絵都を引っ張ったのは碧さんではなかったのですよ)

(とおっしゃると)

(それがよくわからなくてのっ)

(絵都が引っ張られるから絵都を引き戻そうとした私とマサも一緒に引っ張られて、それで、どこに運ばれるのか、何がどうなっているのかわからないまま、空中を漂いましてのっ)

(昇天するのかと、今度こそ本当に天に召されるのかと思いましたわ。でも、それでしたら、わたくしや旦那さ〜よりも絵都が先というのも変でございましょ)

(で、途中から碧さんも加わりましてのっ)

(そうそう、碧さんに出会った時の絵都ったら)

(あれには私も度肝を抜かれましたのっ)

(まぁ、どうなさったのですか)

(碧さん、と申した絵都が一瞬絶句して、すると絵都がみるみる若返りましてのっ。私があちらの世で最後に富士見町で目にした頃の絵都に戻りましてのっ)

(いえ、あの頃のお下げ髪の女学生ではございませんでした。半島へ渡る前の頃の、丁度碧さんと出会った頃の絵都でしたわ)

(まぁ、お若い絵都さまのお姿、見せて頂きたかったですわ。さぞかしおきれいで)

(いやいや、絵都は私に似ましたからのっ。マサに似ればもっと美人であったろうにのっ)

(彦衛門さま、マサさまにほの字でらっしゃる)

(オホン、で、絵都がそうお呼びするので、私は初めて絵都の後添えを目にしたわけですが)

(だんなさ〜、絵都の初婚のお相手とて、成人した姿はご覧になってませんものね)

(ですのっ。しかしながら、絵都が幼い頃に許嫁と決めたのはこの私ですのっ)

(でございましょ。ですから絵都は初婚では苦労して)

(マサ、先だって既に絵都から聴かされてますからのっ、マサまで私を責めるのですかのっ。勘弁して下され)

(で、若返った絵都は、目を輝かせて、まぁ、碧さん、お久しぶりでございます。同じお墓におりましても、もう石になられたかと思っておりました。妻妾同居とは違いましても、先妻さまのいらっしゃるところで肩身が狭い思いで、遠慮いたしておりましたのに。こうして大連の頃の様に碧さんと二人だけなんて)

(二人だけではなかったですのっ。私とマサもおりましたからのっ)

(でもねぇ、だんなさ〜、あの時の絵都には、だんなさ〜もわたくしも目に入っておりませんでしたでしょう)

(ですのっ。娘婿に何とも言えぬ感情を抱く父の気持ち、初めて分かった様な気がしましたからのっ。絵都があのような表情を見せるなど。あの表情は、絵都が尋常小学校に上がる前ぐらいの事でしたからのっ。父が全てというようなあの表情)

(絵都は本当に碧さんとお似合いでしたのねと、あらためて思わされましたわ。半島から帰国して、いくら当時は財産に恵まれておりましたとはいえ、いくら気丈に振る舞っておりましたとはいえ、ふとした折に見せるあの気の抜けた様な表情が今更乍らに理解できたように思わされましたわ)

(で、絵都と碧さん、マサと私の四人が漂っておりますとのっ、途中から、身も知らぬ方々も同じように、こう、ゆるい数珠つなぎのようになって、空中を漂っておりましてのっ)

(天変地異かとも思いましたのよ。あちらの世の方々より気の存在のわたくし共の方が、先に気が付くのか、などと)

(周囲の方々、微笑んでいらっしゃる方も少しいらして、でも、大半が怪訝な表情なさってらして)

(何人ぐらいいらしたのですか)

(三四十人かのっ。まぁ、大半は私とマサの間ぐらいのお年に見えましたのっ)

(その中にお知り合いはいらっしゃらなかったのでしょうか)

(先ほど申し上げましたように、碧さんだけでした)

(碧さんは、これはすばらしい眺めです。まほろば大和の国ですね。僕も帰国出来ていたいのですねっ。すると絵都が、一周忌までは大連におりましたが、その後、あなたさまのお骨を抱いて、先妻のお子さまとあなたさまと私の娘達を引き連れて、帰国いたしましたの。覚えていらっしゃらないなんて、情けない。あなたさまは先妻さまとお墓でのんびりと過ごしてらっしゃる間に、長い戦争があって、子供達は五人とももうこちらの世ですし、わたくし大層苦労致しましたのよ.何も御存知ないなんて、と恨み辛みをこぼしましてね。最初は碧さんも元々まんまるの目をさらにまぁるくなさって、面目なさそうでしたわ。満鉄の株で暮らせただろうに、いえ、満鉄の株は敗戦でただの紙切れに。貯金も大層あったろうに、いえ、預金封鎖に価格高騰で紙切れに、で家屋敷は、あれは戦火で燃えました。開が面倒見てくれただろう、いえ、嫁に牛耳られて。ああ、あの嫁女、たしかに気が強そうで。あら、でも私が選びましたの、そりゃ僕のせいではなかろう、その辺りでやっと、こう、和解と申しますか、愚痴と質問の応酬が終わり、絵都の表情も碧さんに出会った時の様に輝いて、また、しっとりとお二人でしっかり手をつないで。で、わたくしも負けじとばかりだんなさ〜としっぽり、いえ、しっかりと肩を寄せ合い、漂っておりましたの)

(マサさまは若返りなさいませんでしたの)

(あら、然様でございますわね。考えても見ませんでした。もう、こちらで、先立った壮年のだんなさ〜と白髪ばかりのわたくしという取り合わせに慣れてしまっておりますからでしょうか。わたくしも、だんなさ〜と出会った頃に戻ればよいのでしょうか)

(それは、ちと)

(おっ、彦衛門さん、何故)


お読み頂きありがとうございました。 霊園セミテリオの気の世界を、お楽しみ頂けましたなら幸いです。

お読みになられたあなたと、書き手の私が共に生きておりましたら、来週水曜日に再会いたしませう。


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