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第九話 セミテリオから何処へ その四


(六番目ですから GémeauxかCancerですわ)

(えっ、どちらかわからないんですか)

(はい。日にちもわからなければ)

(三日です)

(え〜と、五月の終わりからの方ですからGémeauxです)

(それって、何でしょう)

(日本語で知らないのですが、一人のお母さんから同じ時に二人生まれた時の)

(双子のことでしょう。双子座ですよ。ふふ。僕の玄孫が三つ子なんですが、双子座に生まれたんですよ。みわみくみう)

(玄孫って何でしょう。それに、オノマトペですか、そのみわみくなんとかって)

(カテリーヌさん、玄孫って曾孫の子のことです。孫の孫。でも、ご隠居さん、ユリには早口言葉に聞こえたんですが、みわなんとかって何ですか)

(ああ、玄孫の名前ですよ。みわみくみう。みわとみくが女の子で、みうが男の子。全部、僕のご先祖からの慣例で、瑞の字を付けてね、瑞円、瑞空、瑞海と書く。で、空と海が円になるということらしいのです)

(空と海が円になる、水平線の様ですわね。美しいですわ。さすがご隠居さんのご家系、素敵なお名前ですわ)

(まぁまぁ、夢さん、この世でお世辞をおっしゃられても、何も出て来ませんよ)

(いえ、お世辞ではなくて、何か、こう、広々とした地球、いえ、宇宙を感じるお名前ですこと)

(あっ、そんなこと、たぶん考えてなかったと思いますよ。曾孫夫婦は。ただね、今、曾孫夫婦が住んでいるのはお台場の高層マンションなので、もしかしたら空気が澄んでいると水平線が見えるからかもしれません)

(お台場のマンション、そういえばあの辺り、今は陸地になっているそうですね)

(まぁ、お台場じゃなくなったのですか)

(いえ、お台場という地名はそのままで)

(間の海を埋め立てましてね、お台場をいくつもつなげて、陸続きにしたんですよ。陸続きというかモノレールで繋げたというか)

(あの、わたくし、お話が理解できません。お台場はお台場ではなくて、お台場なのですか。あのぉ、大砲が海を睨んでいた)

(はは、偽物もあったそうですがね。大砲の砲台があった台場でしたね。今は、大砲も砲台もなくて、名前だけ残った、いや、一台ぐらいあるのでしたかね)

(あの小さな島みたいな所にマンションですか)

(マンションって、アパートの大きいのみたいなものでございましょう。いつぞやどなたかがお話なさってらした)

(そうそう。だが、アパートの大きいなどと言えるものではなくて。高層住宅、え〜と、ユリさんでしたら摩天楼と申せばわかりましょうか)

(摩天楼、耳にしたことはあります。でも、ユリ、摩天楼ってよくわからなくて)

(ほら、ここからも見えるあのあたりのビル、高い建物、あれをもっと高くしたものですよ)

(まぁ、恐ろしい。あっ、でも、ねぇカテリーヌさん、そりゃあの狭いお台場ですものね。横に広くはできないから、だから縦に高くしたのかしら)

(ユリさん、わかります。なるほどね)

(いえいえ、ユリさんもカテリーヌさんも、いささか違いますよ。たしかに、横にあまり広くはないのですが、でもそれなりに。あの昔のお台場ではなく、今はどんどん埋め立てて、広いもんですよ)

(私もテレビなので目にはしたことありますよ。愛や望が、連れてってあげる、車椅子でも大丈夫だから、などと申してましたが、私もあの狭いお台場やゴミ捨て場を覚えておりますので、どうも怖くてね。それに、モノレールも無人運転だそうですし)

(そうそう、夢の島なんて呼んで。ゴミ捨て場でしたね。いやぁ、僕もね、曾孫夫婦がお台場に住むって聞いた時にはやきもきしましたよ。だが所詮、こちらの世で気を揉んでもどうにもしょうがないですからね。いくら技術が優れていると言われてもね、太古から海だった所を十数年前に埋め立てて、その上に建ったマンションなど、地盤沈下はしないものなのか、津波に襲われないのか等々、恐ろしくてね。ただただ曾孫や玄孫の無事を祈るばかりですよ)

(あら、何のお話してたのかしら)

(え〜と、お台場にご隠居さんの玄孫が生まれたこと)

(あっ、で、玄孫さんが三つ子だってこと)

(いえ、双子の星座のことでしたわ)

(あら、わたくしが、星の占いのことを申しておりました)

(いつもながらの寄り道話、これも味があるものですねぇ)

(ちっとも先に進まない。ユリ、イライラしちゃいそう、っていうか、何だか何のお話だったかわからなくなります)

(まぁまぁ、ユリさん、そんなにイライラしなくとも。こちらの世は長い、いつまで続く事やら。気長に気長に参りましょう。あちらの世ではいつ死が訪ねてくるやら、為したいことのある時には気が急く、格別に為したいことも無ければ、いつ死んでもよいと思っておりましたが、こちらの世に来てしまいますとね、もう、どうなるものやら)

(そうそう、それで、西洋占いでは、一つの星座が二つの月にまたがるんでしたわね)

(ユリ、そこがわからないの。ややこしいです)

(あら、ユリさん、日本にも変なのがございますわ。月にまたがるのではなくて、年にまたがるのが。あら、やはり、日本の方が気が長いようですわね)

(えっ、日本で、占いで、年にまたがるのって、あるのですか、ユリ、知らないです)

(占いではないです。年の数え方)

(あっ、カテリーヌさんのおっしゃるのは、年度のことですか。例えば今年の三月末までは、昨年度という)

(ええ、そう、それです。なんで、今年なのに昨年だったり、来年なのに今年だったり)

(あっ、それ、ユリ分かります。だって、ユリ、四月に尋常小学校に入学して、進級するのは、次の四月だから、入学した年の次の年の一、二、三月はまだ一年生だって、のでしょ)

(あら、それでは、学校にあわせて、年度って作られているのでしょか)

(まさか。僕が生まれた頃にはすでにそうでしたからね。でも、学校に合わせてということはないでしょう)

(あら、わたくし今気付きましたの。星占いで、なぜか Bélierから始まりますの。三月の終わり頃から四月の終わり頃までで。偶然かしら。どうして、西洋でも日本でもその頃が始まりにされるのかしら)

(ほう、気になりますね。ロバートさんがいらしたら何か御存知かもしれませんが。あっ、ちょっと待ってください。三月の終わり頃というと、春分の日ですね)

(昼と夜の長さが同じ日でしょ。ユリ知ってます。で、秋にあるのが秋分の日)

(僕は今、自分に感心しておりますよ。こちらでも長生きしてみるものですねぇ。あちらで百年生きていて、毎年毎年、毎年度毎年度過ごし乍ら、大して疑問に思わず。こちらでも新しい発見があるものなのですねぇ。こりゃ、こちらでも長生きしなければ)

(あちらで長生きされたご隠居さんでもそう思うんですものね。ユリはあちらでは十九年でしたもの。ユリもこちらで長生きしようっと)

(それで、つまり、僕の勝手な解釈かもしれませんが、春分の日の頃ということで年度は決まったのかもしれませんね。もしかすると、西洋からの流用でしょうか。何でも西洋を真似していた明治の頃からなのでしょうか。江戸の頃には、師走に師が走るということは、年度も師走で終わっていたのでしょうかね。しかし、昼と夜の長さが同じ春分や秋分の日を一年の始まりにした方がわかりやすいでしょうね。そもそも、なぜ、一月をあそこにもってきたのか。不思議ですよ。まぁ、こういうことをこちらの世に来ても不思議に思うから、僕はまだ次の世界に行かないのでしょうか。おっ、キリストの生まれたのは)

(十二月の二十五日ですわ。別の日にしている国もあるそうですが)

(つまり年末ですね。だから、その辺りを年の終わりにした、ということなのでしょうか。しかし、キリスト教とはたぶん無関係に、日本は一月に年の初めを持ってきていますしね。まぁ、寒く始まり、暖かい春、暑い夏、また寒い冬というのは、人間の誕生から死までと重なる様にも思いますが、しかし、それとて北半球のことですしね。南半球ならば、半年ずれるわけですから。そして、人類の発生がアフリカだとすると、南半球ですしね。いやはや、これは結構考え出すと面白いかもしれません。いや、独白、独白)

(わたくしの国で、いえ、西洋文明では、占いは三月の終わりから始まりますが、年は一月から始まりますのよ。占いは、gitanなど一寸普通の方ではない方々がよくなさってましたし)

(占星術は、かなり古くからの、それも学問でしたね)

(そうかもしれませんが、でも、見識ある方々は、何と申すのでしたっけ、くさいでしたかしら、そう思われていて)

(うさんくさい、のことかしら)

(はい、たぶん、それです。星座占いなど馬鹿にされてましたの。でも、みなさま、かくれてこそこそと占っていただいたりして)

(科学万能、という視点ですね。いまだに、飛行機がなぜ飛ぶのかはわからないそうですよ。飛んではいてもね)

(あら、そうなのですか)

(見えるものしか信じない。理屈が通らねば納得できない。科学的論理が成り立たないならばあり得ない、それを科学の根拠として考えられてこそ科学者という、本末転倒のようなね。僕のところに、病院に行っていたけれど、という患者が来ることがあるんですよ。で、僕にしてみれば、病院で診てもらったのにと訝しく思うこともあったのですが、病院で検査をしたら何ともなかったと言われたと、口々におっしゃるわけですよ。で、でも、痛いんです、体調が悪いんです、とね。体調が悪い、どこかが痛い、だから病院に行った。けれど、検査の結果何も出ないから悪い筈はない、あなたは病気ではないのだから、病院に来る必要はない。それで納得してしまう医者がいるということなのですね。患者の方は、痛みや何らかの症状があるわけなのにね。病気で無いと言われたからと言って、痛みが収まるわけではない。けれど、医者は症状を耳にしても、検査結果に問題がなければそこでお終い。患者の訴えには耳を傾けない。科学的に問題が無い筈だから、患者にも問題は生じている筈がない、という理屈なんでしょうが)

(そういえば、愛が申してましたわ。宇宙人や超能力を研究している日本人は変人扱いされるけれど、アメリカでは宇宙人や超能力を真面目に国家が研究探求しているとか。愛はアメリカの方が科学的だと申しておりましたが、主人は馬鹿げていると。わたくしもどちらかというと主人寄りだったのかもしれません。今こういう身になってみますと、愛の方が正しかったのですわねぇ。そして、それを馬鹿にしていた主人はいまだに自分の状態を受け入れられずに皆様に御迷惑おかけいたしておりますわ。梅を塩に漬けると梅酢ができるでしょ。私、あれが不思議でね。でも、主人はなんだか科学反応がどうとかこうとか、そんなの何の不思議もない、当たり前だ、で終わり。私はね、やっぱり不思議なんですよ。それに、もっと不思議なのは、最初にそれをなさった昔々の方。で、その最初の方から教わって、代々引き継いで、私の母も祖母も曾祖母もそのずっと前の方々も、たぶん私と同じで、化学反応なんておわかりにならなかったと思いますのよ。でも、代々、理屈はわからなくても、その方法で、塩漬けして、干して、また戻して、梅干しを作ってきたわけでしょう)


お読み頂きありがとうございました。 霊園セミテリオの気の世界を、お楽しみ頂けましたなら幸いです。

お読みになられたあなたと、書き手の私が共に生きておりましたら、来週水曜日に再会いたしませう。


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