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第九話 セミテリオから何処へ その三


(あら、暦のお話していたんでしたっけ)

(いえ、一回りのお話し)

(ああ、十二支のお話しでしたわね。カテリーヌさん、十二支って御存知かしら)

(そういうのがあるらしい、くらいでしたら)

(日本は昔から、あら、いつからかしら。夢さん、ご隠居さん、御存知ですか)

(甲乙丙丁戊己庚辛壬癸の十干と組み合わせて年号を作っていますね。ほら戊辰戦争や壬申の乱。戊辰は戊の辰年、壬申は壬の申年だとか)

(壬申の乱、女学校で習いましたわ。随分前ですわねぇ)

(随分前って、いつ頃でしょう)

(千四百年程前でしょうか)

(まぁ、随分昔ですこと。私の国ですとMérovingiensの頃ですわ)

(つまり、その頃には十二支は既に使われていたということですね。元は中国らしいのですが、中国には亥年というのはなくて、変わりに豚だそうですよ)

(あっ、丙午ってのがありますね)

(ひのえの午の年ってこと、ですね)

(カテリーヌさん、おわかりになったみたい)

(そこまでは、はい)

(あのね、丙午の女の子はだめなんですって、ユリ聞きました)

(まぁ、どうしてでしょう)

(気が強くて、ご結婚なさると旦那様が大変なんですって)

(言われておりましたわねぇ。お見合いなどですとなかなか良いお相手がみつからないとか)

(あれね、迷信ですよ。八百屋お七が丙午の生まれだからだそうで)

(八百屋さん、ですか)

(あのね、昔、八百屋さんにお七って娘がいて、江戸が火事の時に逃げた先のお寺で出会った方が恋しくて、またその方に会いたいからって、付け火したって、それで江戸中が火事になったってお話があるんです)

(まぁ、怖いお話)

(いや、それは実話だとも言われていますよ。鈴ケ森で火刑にされ、墓もあるそうですしね。でもだからと言って、お七と同じ丙午に生まれた女性が全て放火したわけではないですし。それに、カテリーヌさん、十干十二支で組み合わせていきますと、六十年に一度は丙午になるわけですよ。そりゃぁ、六十人に一人くらい、気が強い女性がいたって不思議ではない、いや、世の中、女性の半分は気が強いでしょう。けれど、六十人に一人が放火するわけでもないですしね)

(かけいって何でしょう)

(火あぶりで殺されるということですよ)

(まぁ、恐ろしい。あら、Jeanne d'Arcと同じですわ。それで、その十二支ですと、わたくしは鼠なんでしょうか。まぁ、どうしましょう。わたくしの苦手な鼠がわたくしの生まれ年なんて)

(でも、カテリーヌさん、日本でお生まれではないですしね)

(Non, mais oui.あら、はい、仏蘭西で生まれました。でも、わたくしが親しくさせていただいておりますユリさんも鼠年なんでしょう。ユリさんが鼠年にお生まれなんて)

(たしかに、ユリ、子年生まれです。日本で生まれましたし。あのね、カテリーヌさん、ユリは子年生まれですけれど、鼠じゃないですし、カテリーヌさんも鼠じゃないんですから、あまりお気になさらないで)

(十二支は、どれだか知っておけば、しばらく会っていない人が今はおいくつなのかしら、と思った時には便利ですわ)

(何月にお生まれになったかは、わたくしの国でも、十二支のように分かる術がございますが、東洋の方は、何年がお分かりになるのですか。東洋の方の方が気が長いのですね。でも、どちらが便利でございましょう)

(僕達の方が、年齢を気にする文化だからなのかもしれませんね)

(そうですわね。いつも、どちらが年上か、同じ学校の出身だとわかると、何年度入学かなど、気になさいますものね。特に男の方は。でも、日本でも、毎年と同じ様に毎月にも十二支があてはめられておりますわ。あまり使わないですが、一応、一月が子で、十二月が亥でございましょう。時間も、丑三つ時など、一応十二に分かれてますし)

(あっ、暦に書いてありましたね。でも、ユリ、あまり気にしていませんでした。丑三つ時は怖いけれど)

(どうしてその牛が三歳が怖いのでしょう)

(草木も眠る丑三つ時などと言われると、もう幽霊が出てきそうで)

(草や木が眠る頃に牛が三歳になるのでしょうか。それとも牛が三頭出て来るのでしょうか。草が眠っている時に牛が三頭出て来たら、食べられてしまう草は牛が怖いからでしょうか。でも、ユリさんは草でも木でもないですから、牛を怖がる理由がわかりませんわ)

(カテリーヌさん、丑三つ時とは、時刻ですよ。牛も、三歳も三頭も草も木も忘れてください)

(はい。時刻......、時間のことですね。それって、何時になるのでしょう)

(深夜の二時過ぎぐらいでしょうか)

(深夜の二時過ぎに牛ではなく、幽霊が出るのでしょうか。泥棒ではなくて)

(そう、幽霊です。ユリ、怖いです)

(幽霊って、わたくし達は幽霊ではないのかしら)

(あら、そうかもしれません。あら、ユリ、鼠より怖いですぅ)

(ユリさん、ご自分が怖いですか。わたくし、鼠は怖くても子年のわたくしは怖くはないことにいたしました。嫌ですが。それに、幽霊のわたくしは怖くはございませんの)

(えっ、でも、もしユリがあちらの世にいた時に、今みたいにカテリーヌさんが見えたら、怖かったと思います。だって西洋お化け)

(お化け......ですか......幽霊ではなくて)

(えっ、幽霊とお化けって違うのかしら)

(違う様な、そうでもないような)

(たぶんに、幽霊は元は人で、お化けは元は人でないのかもしれませんね)

(とおっしゃると、わたくしは元は人ですから、お化けではないのでしょう。でも、ユリさんはわたくしを西洋お化けとおっしゃっいましたのね。わたくし、ユリさんはお友達と思っておりましたのに、お化けにされてしまいました。悲しいです。残念です。辛いです)

(うわぁ、カテリーヌさん、ごめんなさい。でも、ユリ、どっちも、やっぱり怖いです。自分が幽霊でも、やっぱり怖いです)

(泥棒の方が怖いでしょう)

(泥棒はお金や物を盗っていくけれど、幽霊は......)

(幽霊も何か盗むのでしょうか。わたくし、こちらの世に参りましてから、何かを盗むなんていたしたことございませんわ。皆様も同じではないかしら)

(ですわねぇ。何も盗めませんもの。あちらの世界の方には手も足も口も出せないですものね)

(でしたら、幽霊の方が怖くないのではないかしら)

(カテリーヌさん、そんなことおっしゃったって、あちらの世にいた時に、ユリは自分が幽霊になるなんて思ってもみなかったし、それに、幽霊がどんなか知らなかったし、でも、怖かったんです。昔怖かったから今も怖いんですっ)

(まぁ。わたくしのこと、今でも怖いでしょうか)

(うううん。ユリもカテリーヌさんのこと、お友達と思っています)

(ははは、さしずめ僕達は幽霊仲間ですな。ところで、先ほどカテリーヌさんがおっしゃられた、十二支の様な術とは占星術のことですね)

(はい、いいえ。日本語ではそう言うのでしょうか。zodiacです。十二月の終わりの頃から一月の終わり頃までがCapricome、次がVerseau、Poissons、Bélier、Taureau、Gémeaux、Cancer、Lion、Viergo、Balance、Scorpion、Sagittaire、

でも、日本語で何と言うのでしょう、 Capricomeは角のある動物です。Poissonsはおさかな、Taureauは雄の牛Cancerは蟹、Lionはライオン、Balanceは重さを測る道具、Scorpionは尻尾に毒のとげがある動物ですが、後はわかりませんわ)

(星占いのことですね。愛や望が雑誌やテレビを見て時々話してましたわ)

(雑誌やテレビで西洋の占いをやっているのですか)

(ええ)

(干支ではなくて)

(ええ)

(ここは、日本なのに)

(ええ)

(ユリ、子年ですけれど、西洋占いですと、何になるのでしょう)

(ユリさんは、何月生まれですか)

(六月です。巳の月です)

(巳って何でしょう)

(うわぁ、蛇です)

(まぁ、ユリさん、鼠の年で蛇の月ですか。あら、それでしたら蛇に鼠が食べられてしまいますわ)

(うわっ、ユリ、そんなこと考えたことなかったです。で、その西洋占いで、ユリは何になるのかしら)


お読み頂きありがとうございました。 霊園セミテリオの気の世界を、お楽しみ頂けましたなら幸いです。

お読みになられたあなたと、書き手の私が共に生きておりましたら、来週水曜日に再会いたしませう。


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