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第九話 セミテリオから何処へ その二


(ああいえばこういう、まったくお前って奴は、減らず口は達者になったもんだ)

(そちらでお一人でぶつぶつなさってらして。私は気の晴れるみなさまと色々とおしゃべりいたしますわ。みなさま、よろしく)

(はいはい)

(喜んで)

(もちろん)

(で、僕もいなかった訳ですが、人が亡くなり警察が来たとは、何か事件でもあったのですか。それにしても墓で死ぬとは、葬儀も火葬も省いた手っ取り早い死に方ですねぇ)

(事件じゃないみたい、でした。いえ、その時にはまだ彦衛門さんもいらして。警察の方々の動きが事件ではなかったようなと、あら、武蔵君だったかしら、それとも義男さんでしたかしら、どなたかがそうおっしゃってらして。それに、警察の自動車もすぐに去りましたし)

(カテリーヌさんのお話、あら、ごめんなさい、でも、ユリ、分かりません)

(ユリさん、ごめんなさいね。でも、私、よくわからなくて。それに、ほら、あちらでしたの。一寸見えにくい場所でしょう)

(こちらの彦衛門さんのご一家も消えてしまわれて、どちらにいらっしゃったのでしょうねぇ。まだまだ、昔のお話、たくさんお聞きしたかったですわ)

(昔のお話、なかなか聞く機会ってないですものね)

(幼い頃には、お婆さまが昔の話しをしてくれていたとは思うんですよ。でも、忘れてしまいますし、幼い頃には、自分の毎日だけで精一杯でしょう。それで、少し大きくなって、祖父母や両親に昔のことを聞きたいと思う頃には祖父母や両親は他界してなくとも惚けていたりね。親から聞いた話を覚えていても、それを自分の子にはあまり話さないでしょう。結局、親の昔話も祖父母の昔話もあまり覚えていなくて、立場が変わって、こちらが子や孫に話したことは子や孫が覚えてくれなくて)

(そんなものですよ。まぁ、だからとても嫌な話とかとても良い話しか残っていかないのでしょうねぇ)

(ですから、ここで、絵都さまのお話は私の両親の頃のこと、マサさまと彦衛門さまのお話は私の祖父母の頃のことと思って聞かせていただくこともございましたのよ。と申しましても、私もこちらにあまりおりませんが)

(絵都さまは、たしかわたくしより少しお若い生まれでしたかしら)

(そちらの墓石に書いてありませんか)

(いえ)

(あっ、そうでした。絵都さまは、ここのセミテリオではなく、他の所でしたものね)

(カテリーヌさまとユリと、生まれたのは何年違いでしたっけ)

(わたくしは千八百八十八年生まれですわ)

(それって、明治かしら)

(はい、明治の二十一年です)

(あら、それじゃぁ、ユリの方が一回り若いんです)

(一回り、その言葉よく耳にいたしましたが、あまりわからなくて)

(えっ、子年。わっ、カテリーヌさんも、ユリと一緒だから、わっ、カテリーヌさんも子年なんだわ。わっ)

(子年って何でしょう)

(子の年、あっ、子って鼠なんです)

(ねずみをもっと短くおっしゃるんですか)

(えっ、はい)

(鼠、ですか、鼠......夢さんの、いえ、愛さんと望さんの所にいたハムスターではなくて、鼠ですか)

(あらっ、ユリさん、やっとハムスターを覚えてくださった)

(ええ、ハムスターは、はい。ユリさんが鼠じゃないってあんまりおっしゃるので、覚えました。でも、わたくしは鼠なんですか)

(そうよぉ。うふふ、カテリーヌさんは、子年なんですね、うふふ)

(えっ、で、ユリさんとわたくしが一回り違うから同じ鼠ってこと、なんですか)

(そうそう。動物が十二いて、一回り違うってことは十二年違うってことなの。そういうの、カテリーヌさんのお国にはない、なかったのかしら)

(一年は十二ヶ月ですけれど)

(それは日本でも同じよ)

(はい、存じております。日本の月の名前は数字でございましょ。一年の何ヶ月目なのかわかりやすくて、便利ですわね。仏蘭西ではJanvier、Févirier、Mars、Avril、May、Juin、Juillet、Août、Septembre、Octobre、Novembre、Décembreで、数字ではないのですもの。いえ、九月のSeptembreは七から、十月のOctobreは八から、十一月のNovembreは九から、十二月のDécembreは十からでずれておりますし)

(カテリーヌさん、どうして、どうしてそんなことに)

(昔、その昔、いえ、大昔になるかしら、ローマ帝国の皇帝達が勝手に変えたそうです。ナポレオンも確か変えたのでしたかしら。どうも、力を持つと月の名前を変えたくなるみたいですわ。なんでも、ローマの頃には、皇帝が代わる度に月の名称が変わっていたそうで)

(そんなの、ユリ、覚えられないです)

(でございましょう。私も、ローマの頃に生まれていなくてよかったと思わされましたわ。それでも、九月から十二月が数字とずれているのは、七月にJulius Caesarがご自分の名前を入れたままで、その後、八月を別の皇帝Augustinusが入れたからだそうで、ずれたそうです。Augustinusは、七月が三十一日なので、本当は八月は三十日なのに、Julius Caesarに負けたくなくて、日にちも一日増やしたそうですわ)

(カエサル皇帝、シーザーですね。男とはとかくそういう者のようで、権力を手に入れると、何か目新しいこと、歴史に残ることをしたがるようで。権力者に人格者を求めるのは古今東西無駄なのでしょう。人格者は権力者にはなれないでしょうね)

(シーザーは、有名な方ですわね。私でもお名前は存じております)

(あのぉ、ユリ、ずっと不思議なんですけれど、どうして、二月はあんなに中途半端なのかしら。閏年でも二十九日でしょ、閏年じゃない時は二十八日でしょ。三十一日の月から少しずつもらってきて三十日の日を増やせばいいのに)

(そうですねぇ。たしかに、どうして二月だけ三十でも三十一でもないのでしょう)

(ユリ、西向く侍が少ない月だって教わりました。二月と四月と六月と九月と十一月)

(その、二、四、六、九、十一月が、どうして西向く侍になるのかしら)

(カテリーヌさん、だって、二、四、六、九を読めばにしむくになるでしょう)

(にしろくく、ではなくて、ですか)

(あっ、カテリーヌさん、漢字はいろんな読み方できるんだもの)

(はぁ。で、どうして十一月が侍になりますの。十一は侍と読むのでしょうか)

(え〜と、十の下に一を短く書くと、士になるので、お侍さん)

(おほほ、家の愛も小学生の頃、同じ事を申しておりましたわ。かえってわからなくなる、って。それで、握り拳で山と谷ので教えようといたしましたら、よけいに分からなくなってしまったようです)

(あっ、それ、ユリも苦手でした。っていうか、今もよくわからないんです。だって、どうして二月が人差し指と中指の間になるのか、どうして一月は親指じゃいけないのか、そこから不思議なんですもの)

(二月が三十日ないことといい、指のどこから数えるかということといい、昔の方々が決めてしまったことで、理由がわからないことはたくさんあるものなんですねぇ)

(日本人のユリさんがおわかりにならなかったのでしたら、わたくしがその覚え方いたしましたら、余計にわからなくなってしまいそうです。仏蘭西語でも英語でも、九月から十月までを口にしようといたしますと、二つ前の数字が思い浮かべられて、ですから、例えばOctobreは十月ですのに、八という数字が先に頭に浮かぶものですから、八月と申したくなってしまい、困りますのよ。ローマの皇帝達をうらみたくなりますわ)

(日本でも、昔は別の呼び方をしていたのですよ。今でも師走や五月晴れなど使いますが、カテリーヌさんは御存知ないですか)

(耳にしたことはございます。でも、ややこしくて)

(普段使っていない言葉ですものね。女学校時代に私、学ばされましたわ。睦月如月弥生卯月皐月水無月文月葉月長月神無月霜月師走)

(夢さん、それ、もしかして天皇の名前が入っているのかしら)

(えっ、違うと思います。卯月は卯の花の咲く頃で、長月が月夜が長い頃で、神無月は日本中の神様が出雲にお集まりになられるので、神様がいなくなる月、師走は師すら走るほど忙しい月だと教わりました。他の月の名前もそれぞれそういう意味だと思います。私は勝手に、葉月は葉っぱがたくさんある月、文月は夏のお手紙を書く月などと覚えようといたしました)


お読み頂きありがとうございました。 霊園セミテリオの気の世界を、お楽しみ頂けましたなら幸いです。

お読みになられたあなたと、書き手の私が共に生きておりましたら、来週水曜日に再会いたしませう。


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