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第九話 セミテリオから何処へ その一


「 クワッ、カー、クロー」

「ワン、ワン、ワンワン」(嬉しいよぉ、久しぶりだよぉ、会いたかったよぉ)

(朝から五月蝿い。野中の一軒家ではないのだから、無駄吠えするんじゃない。ただでさえ烏がうるさいというのに。躾がなっていない。ブランを見なさい)

「ク〜ン、ハッ」(がっかり。フンッ)

「何か、マックが変。怒ってるみたい。ブランは静かなのにね」

「お爺ちゃんに会いたくない、とか」

「でも、さっき尻尾振ってたし」

(あなた、お早うございます)

(お前は、朝からどこをほっつき歩いているんだ)

(でございますわねぇ。でも、私がほっつき歩くのは毎度のことでございましょ。それに、朝からではなく、朝までですわ。それと、こちらの世に参りましてまで、あなたに文句を言われる筋ございませんわ。もう、あちらで充分尽くしました。こちらの世では私は自由に生きます。幸い、脚が不自由でもこちらでしたらどちらにでも参れますし。あなたこそ、私や娘や孫娘とご一緒なさればよろしいのに。相変わらず出不精でらっしゃる)

(朝からいつまでも何をごちゃごちゃわからんことを言っているんだ、うるさい。俺は、もう疲れているんだよ)

(みなさま、私が留守いたしました間、主人が御迷惑をおかけしていなければよいのですが)

(もう慣れましたよ)

(失敬な。どいつもこいつも勝手なことばかりほざきおって)

(あ〜怖い)

(本当に申し訳ございません)

(おほほ、本当は怖くなどございませんわ。夢さま、お早うございます。ユリさんにもご無沙汰ですわ。ご主人さまのお小言は、わたくし慣れました。それに、ほら、息子のロビンも時折泣きますし)

(セミの声でぶつぶつも紛れますしね。僕もしょっちゅう出歩いてますから)

(ご隠居さん、おはようございます)

(あら、今朝は皆様まだお休みですか)

(虎ちゃんは)

(まぁ、ユリさん、虎之介さんが気になりますの)

(そうじゃないけど。でも、虎ちゃんが黙っているなんて、滅多にないでしょ)

(虎之介さんは、ロバートさんと、どこかへお出かけになりましたの。英語でお話になってらっしゃる日本人でないご夫婦がこちらを通られた折りに、乗っていかれましたわ。虎之介さんは一寸ためらってましたが、ロバートさんが、我輩が訳して信ぜようとおっしゃったので)

(武蔵さんは)

(あら、夢さまは、武蔵さんがお気になるのですか)

(ご冗談を。ただ、武蔵さん、どことなく家の長男の幼かった頃に似てらっしゃるから。あの子も中学生くらいまでは優しい子でしたから)

(義男さんと武蔵さんは、武蔵さんのお父様、義男さんの息子さんがこちらにお墓参りにいらした折りに、ご一緒に乗って行かれましたわ。武蔵さんが、父ちゃんのうどんの出汁の匂いが懐かしいとおっしゃってました)

(こちらも今日はまだお休みかしら)

(あっ、それが)

(そうそう、僕も驚いたんですよ。お三方揃っていらっしゃらないのですからね。で、ハナに尋ねても、無言。そちらの偏屈爺さん、いや、夢さんすみません、夢さんのご主人に尋ねても不明。カテリーヌんさんに尋ねても、どうもわからなくて)

(あのぉ、あちらの方で、殿方が亡くなられて、警察の方がいらして、その後でしたかしら、絵都さんが最初に引っ張られるようにどこかに、で、絵都さんに引っ張られるようにマサさまと彦衛門さまも、何か、消えるように、いえ、消えてしまわれたのです)

(まぁ。どなたが亡くなられたのでしょう。あら、でも、亡くなられたというのは、あちらの世の方ですわね。それで、その時にマサさま方々も消えられたのですか、まぁ)

(亡くなられた方がいて、消えちゃったなんて、ユリ、怖い)

(まぁ、亡くなられるのはね、僕達だって経験済みですからね、怖いと言っても、ユリさん、まぁ、あちらの世で生きているものは亡くなりますからね。むしろ、お三方が消えられた方が僕は気がかりですよ。で、僕、考えたのですが、彦衛門さんとマサさんはもういいお年で、いえ、年齢だけでしたら僕の方が上ですが、つまり、こちらの世にいらしてからお三方とも長いですから、また次の世にいらっしゃったのか、それとも、ただただ大気に混じられたのか、などと)

(えっ、でも、マサさまはわたくしよりこちらにいらしてから短いですわ)

(しかし、カテリーヌさん、貴女にはロビン君がいる)

(ええ。でもロビンも私と一緒に消えてしまうのなら)

(えええっ、でも、それじゃぁ、ユリもそうでしょ。けど、ユリ、どなたかが一緒に消えて下さるのなら。カテリーヌさん、消えられる時にはユリもご一緒させてください)

(あっ、はい、よろしくお願いします)

「そろそろ暑くなってきたわ。望、帰ろうか」

「お墓って、愛ちゃん、ほんと、夏に来る所じゃないよね」

「そうねぇ。でも、ここは古いから、木も高くなっていて日陰がある方でしょう」

「ブランとマックも可哀想かも。ここは土だからいいけれど、地下鉄の駅まで舗装されているし。もうケージに入れようか。でも、土の間は歩きたいしね」

「ワン」

「ワン」

「やっぱり歩きたいみたい」

「うん」

(あっ、望と愛が)

(夢さん、お急ぎになって)

(ユリさんは、もうおよろしいのですか)

(ええ、ありがとうございました。ユリ、たっぷり楽しませていただきましたわ。動物さんたちと通じるって、とても楽しいことなんですね。言葉がなくても、心は同じなんですね。いろんな動物さんたちと心でお話できて、本当に嬉しかったです。夢さん、ありがとうございました。とても長い間滞在させていただきました)

(いえいえ、どういたしまして。ユリさんにお楽しみ頂けて、私も嬉しいですわ)

(ユリさん、わたくしにもお話しをお聞かせいただけるかしら。夢さま、先日は先にこちらに戻ってきてしまい、申し訳ございませんでした。あの、どうしても、鼠は苦手ですの)

(カテリーヌさん、あれ、鼠じゃないのよ。ハムスターさん。とっても可愛いのよ。つぶらな瞳で、見つめあうと、心が通じるの。お話できるのよ。でね、ユリのことが見えるみたいに、ふんわりとした何かが通じるの。ねっ、夢さん)

(ええ。私が生きておりました時には、手の中でふんわり。今は心の中でふんわり。あらあら、マックとブランと望と愛が)

(まぁ、夢さま、ここからでも頑張れば)

(いえ、諦めますわ。遅くともひと月後にはまた来てくれるでしょうし)

(申し訳ございません。わたくしが鼠の話などいたしましたばかりに)

(カテリーヌさん、鼠じゃないのっ。ハムスターですっ)

(ユリさん、ごめんなさいね)

(うううん、別に怒っているわけじゃないのよ。で、夢さん、ごめんなさい。ご主人様のぶつぶつからしばらく逃れられなくしてしまいました)

(いえいえ、皆様とこうやってお話していられれば、気が紛れると思いますわ)

(失敬な)

(あなたこそ、失敬なんですわ。それこそ野中の一軒家ではあるまいし)

(まぁまぁ、ご主人も、こちらのお話に加わられてはいかがでしょう。聞くところによるとご同輩)

(町医者なんかと話すつもりはない。聞く耳持たないね)

(まぁ、あなた、本当に失礼ですわ。あなた、ご隠居さんは、あなたの大先輩にあたる方なんですよ)

(要するに戦前の古い医学知識だろうが)

(ははは、ご主人にかかっちゃ、かないませんね)

(ご隠居さん、本当に申しわけございません)

(夢さん、ごめんなさいね。私達がつい鼠かハムスターかこだわっておりましたから、お嬢様やお孫様、兄弟犬に乗る機会を失くしてしまって)

(いえいえ、構いませんわ。あちらの世におりました頃には、脚は不自由でしたから逃げられませんでしたが、こちらでは、主人も手も足も出せませんでしょ。耳を塞いでいればいいのですもの)

(でも、気が滅入りませんかしら)

(あちらでは、たいそう気が滅入りましたわ。でも、こちらでしたら、言い返しても、身体は痛くならないですし、おほほ、主人こそさぞかし歯噛みしてますでしょう。あら、歯もないのですものね、あちらの頃から)

(お前は、本当に口が悪くなったな。誰の影響だ。そこの連中と付合ってるからか)

(まぁ、皆様、申し訳ございません。あなた、私の口の悪くなったのは、あなたとの長い結婚生活に決まってますでしょ。口応えもせずに長年あなたの悪口雑言を耳にしてましたから。それに、耳をかっぽじって聞けとよくおっしゃってらしたのですもの。いくら私が馬鹿でも、覚えましたわ)


お読み頂きありがとうございました。 霊園セミテリオの気の世界を、お楽しみ頂けましたなら幸いです。

お読みになられたあなたと、書き手の私が共に生きておりましたら、来週水曜日に再会いたしませう。


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