セミテリオの仲間達 番外編保−4 サイン帳3冊目
(pg1)
die Unterschrift Buch, Seinosuke Tanuma
(pg2)
愈々お別れの日が参りましたね
方子さんの想ひ出として此のサインブックに思ふ存分綴らせて戴きますよ。
昭和20年2月1日記す
(pg3)
御身体の悪くて休んで居られた高倉方子さんーーー
僕には全然知らない人でしたね。
もうあれから幾月になりますかね。
全く高倉さんは皆の子達より
秀なる努力家でしたよ。
敬服して居りますーーー。
明朗快活なる方子さん!!
そしてがんばりやの高倉さん!!
絶對教場が変ワツても
この精神を忘れてはなりませんよ。
(pg4、5)
今日も決戰 寒さなぞ何ものぞ
これでも江戸っ子よ
米英の女子學徒に負けてたまるものですか!!
(挿絵:遠くに富士山の見える工場に向かって、電柱の前を走る武蔵野バス、その後ろに自動二輪車。お下げ髪を後ろにたなびかせ、マスクをした女学生、ゲートルを巻いた農夫らしき人物)
(pg6、7)
オ早ヨウゴザイマスーーー
誰デスカ オ尻を上ゲテ
御挨拶スルノワ!!
イヤチガフチガフ
頭が低クスギルカラネ
ゴメンナサイヨ......
課長
毎朝一番の者は誰かね
係長
元気者の高倉君ですよ
課長
いやいや感心ヂャ感心ヂャ
(挿絵:窓や作業台のある工場内風景。左に軍服姿の男性が敬礼、右に女学生が数人頭を下げている上から電灯、奥には戦果○○台と欠かれた黒板)
(pg8、9)
お友達とは仲良しでしたね。
河部さんも浅野さんもとても良い人ですね
B29の神経戰に絶對に負けてなるものか!!
(挿絵:工場作業台の向こうに左から作業着の男性、チョッキ姿のコレ高倉サンと書かれた女性、右に河部さんと書かれた制服女性。作業着の男性は二人の作業ぶりを眺め、中央女性はスパナを振り上げ、右女性は作業台に前屈みになっている。作業台の上には、ペンチや針金、ドライバー、完成発送の大きな名札。背景にワァーイ赤鬼ヤーイ!!)
(挿絵2:豚がブウブウ言っている)
挿絵2の横に:
コラコラ高倉さんに對シテ余リブウブウ云フノデハアリマセンヨ
「ハーイ」誰デスカヨケイナ返事ヲスルノハ
私優子デーーース
(pg10)
(挿絵:コラーッ女ノクセニソンナ顔ヲスルノデハアリマセンヨ
もう止メナサイネ
と言いながら遠くから走って来る帽子とゲートルに作業服の男性。手前では方子サンと井上サンが顔を真っ赤にして口喧嘩している)
(pg11)
戴キマース!!
(挿絵: 工場内。奥に窓や黒板、正午を差した丸い時計、柱が数本ある。作業台のあちらこちらで弁当を広げる女学生。頂キマースの言葉も本文以外に二カ所、夏という字も)
(pg12)
早クイラッシャイヨー
ソンナコトヂャ米英ニ負ケチャウハヨー
(挿絵:右に三航空工場、左に青年學校と書かれた門に向かって、完成品らしき物を軽々と持って走る赤チョッキの方子さん、遠景に富士山)
(pg13)
(挿絵:背景に土俵と垣根、植木。手前に完成品らしき物を両手に摑もうとしている女学生、その前を、前頁の方子に向けてマテマテ余リ急グトコロブゾーーーの吹き出しと友に、女学生と同種の者を両手に重そうに運ぶゲートルに帽子、作業服の男性)
(pg14、15)
二月三日朝の出来事
コリャ大変!! 池ノ周ヲ廻ツテ逃ゲヨウット ワッショイワッショイ
(挿絵:工場から慌てて出て来る女学生三人、男性二人。頭を抱えたり、転びかけたり。爆弾らしきものが落ちている。遠くに両腕を上げ、眉毛を下げている富士山)
(pg16)
(挿絵:工場内光景。作業中の女学生二人。吹き出しに、田沼サン、ワイヤーが掛カリマセンヨー。ホーレ掛カツタデショ。ヨソヲ見テヰルカラナノヨ!!)
(pg17)
今度行かれる會社は”日本航空”と聴きましたが、何処の工場へ行っても”三鷹精神”たる”明朗”に缺ケたら絶対にいけませんよ。
きっと三鷹航空に居た時と異った生活に入るでせうが、何つも明朗快活言行一致朋友を相信じ合って戦力増強のための努力しなければなりません。
世の中は三鷹航空性能試験課に居た様には行かないでせうが絶対シヲレルことなしに元気一杯がんばつて下さいよ。
高倉さんが丁度皆さんとなじんだ頃
自分は出征する様になることでせう。
(PG18,19)
”信念”の表れ”
三十一日の出来事を見たでせう。
人間は一度コレと思ったらどこ迄もやり通さなくてはなりませんぞ。
なまじっか小さな考へに「こだはって」居ると人間が小さくなつて一寸したことで泣いたりする様になります。
又苦しみとか悲しみを顔に出してはなりませんよ。
女の人はどこ迄も「しとやか」ではなければなりません。
父母先生の言葉には絶對に従ひなさい。
貴女のことはお父さんお母さんがよくご存じなのですよ。
云ふことを聞いてお家のお手つだひをするのですよ。
”三鷹航空の相言葉”
”信念”
正シイ信念を持つて居る人に
勝利凝かなーーー
(ハンチングスルナー)
一寸したことで泣いてはならぬ
(浪曲は厳禁)
(pg20)
”勉強をしなさい”
私の妹も一生懸命工場から帰ると勉強して居りますよ。
弟も今迄ずうつと優等生で兄貴の二代目をやつて居ますよ。
私は或る学校で先生をした事もありますよ。
女学校へも御手伝ひに行つた事もあります。
勉強すなはち学問は絶対必要ですよ。
自慢ではないが私は小学校、中学校、専門学校と続けて優等となり
級長をやつて来ました。
或る時は風呂場で図書館で寒中一日中勉強したこともあります。
皆昔の想ひ出ですよ。
(pg21)
”身体を鍛へること”
勉強しようにも身体が弱くてはなんにもなりません。
早寝早起して身体を鍛へませう。
”遅刻は厳禁”
あちらへ行ったら三鷹航空に居た時の様に元気一杯
第一番に出勤しなさいよ。
(pg22)
僕は或る時こんな夢を見ました”
(挿絵:”調子良シ良シ”の吹き出し ブルブルブルブル
ロープで地面に固定された、機体番号123と書かれた動いているプロペラ機に乗っている方子さん)
(pg23)
ではごきげんようさようならーーーあ
の文字を中央にして
左には方子さんがリュックや鞄を地面に置き礼をしている
右には襷をかけ、敬礼している軍帽と眼鏡の軍服男性が日本の地図の上に立っている。
日本と朝鮮半島と台湾、その他島々が、色付き
背景には、日の丸を振っている人々多数
(pg24,25)
”お詫び”
以上 ”マンガ”式になつかしい高倉さんのことを画いて見ましたが悪く思はないで下さい。
文字なども既に御存知の如く
記録版の文字の様には書きませんでしたが、私の筆跡はよく知って居られますね。
大新田課長さんの字と私の字と良く似てゐるので代筆をちょいちょいいたいしますよ。
コレも想ひ出の一つとなることと思ひますので書いて居きます。
○○学園に疎開したら河部さん浅野さんにお手紙を出して戴きましょう。
北多摩郡三鷹町上連雀九九〇
三鷹航空工業株式會社性能試験課課長
大新田春彦 技師
田沼誠之輔 技手
(30頁以上空白のまま、最後の頁)
高倉方子君
御機嫌様
短い半年でしたね。
三鷹航空からうつつて来てはりきつて居たマコちやんも
戦争が終結してくやしいでせう。
共に昭和廿年八月十五日のことを忘れずに
淨く強く生きなさい。
身に七難八苦あれど
健康に氣をつけて
日航
檢査課
二村憲一
第七話登場の夢さんのご親友の高倉保子さんの妹方子さんが女学校から動員先の三鷹航空の方に疎開する前に、 そして、終戦後動員先の日航の方に書いて頂いた、A6大、緑の表紙、中原淳一畫、東京ヒマワリ製のサイン帖。挿絵をおみせできないのが残念です。音天死後、昭和館に寄贈するよう手配いたします。
お読み頂きありがとうございました。
霊園セミテリオの気の世界を、お楽しみ頂けましたなら幸いです。
お読みになられたあなたと、書き手の私が共に生きておりましたら、来週水曜日に再会いたしませう。