セミテリオの仲間達 番外編保−1 サイン帳1冊目 前半
大好きな大好きな方子様
何時かは別れなければならない時が遂に来て了ったのね。私もうかなしくてかなしくてたまらないわ。動員で別れてしまっても同じ學園の中に居たのを.....疎開なんかに行っちゃふンですもの。
いゝわ。仕方がないと思ってあきらめます。
でも本当にお名残りおしいわ。
大きくなってもどんなになってもたまにはお会いしてお便りはチョクチョク畫きませうね。畫いても出さないなんていやよ。エへへへ。
さて、一年のその昔を振り返る事にいたしませう。私があなたとはじめてご對面したのは入學の日だったの。
あなた試験の前迄風邪なんか引いて居たらしくお母様とたしか教頭先生にその事を云ってゐたわね。
その時、高倉方子でございますと云ふ声が聞へたので私がふりむくとあなたお母様の横で物すごくかしこまってゐたわよ。
ねずみ色の洋服だったわ。
あ、アイツが高倉方子かと思ってゐました。
さて入學して見るとあなたは松組、私と那奈さんが桜組。もしその時一緒だったらもっともっとたのしい思ひ出が増えたでせう......
あなた朝礼の時、張さんと先頭だったわ。私あなたの体操するの横目でヂロヂロ見たわ。そして痩せっぽちで体がかるさうできっと体重なんて私よりかよっぽど少いと思ったわ。私は二三.五kgだったの。どう? 私の方が多いでせう。
今は三十七.五kgよ。でも又ふえたかも知れないわ。
何しろ生まれ付きのデブで......
さて一足飛びに二年に移る事にいたしませう。
二年になっても私と方子ちゃんは離れて居たわ。私、あのにくったらしい千代子と並んだのよ。そしたら千代子の奴、私の大好きなマコの悪口を云ったの。”いやな人”だって。私だから方子っていやな人なんだと思って居ました。アラゴメンナサイ、今はそんな事一つも思ってゐません。
さて私、石田と河上を(サンをぬかしたの)何の理由だか忘れたけれど、”けんくわ”したの。その時マコったら、向ふの味方してさ......あ、くやしいわ。ナンテウソ。
あ、それから私の変なぼろっちい靴をあなたにゆずった事があったわね。その時マコったらお礼だなんて云って、銀座のアザミで賈ったハンカチをくれたわね。いらないいらないって云ってオッカケッコしてさ。だけど到頭もらっちゃったわ。”ありが多う”もう少しババッチクなったけど、しっかり持って居ます。
それから二年の三學期、古賀さんや藤代さんやあなたの姉君とたぬき御殿を見に行ったわ。あの時、私まだ十四だったの。だから十五歳以上でないと見れない映畫なので心配したわ。マコは可愛いハンドバック持って居たわね。入ってから笑しくてゲラゲラ思ふ存分笑ったわ。たのしかったわね。
さて話しは前に戻ります。二年二學期、宇治先生の運動会があったわね。
あなた飛び箱界の花形だったわ。家のお母さん、感心しちゃってね、おデコで飛んできてポイッときれいなデングリ返ししてってほめちぎって居ました。
本当にあなたは体操神経の人一倍すぐれた方だったわ。
体の小さいくせして重い私はただただうらやましいと思ふ心で一杯だったわ。
さうさう、その時、思ひ出してもシャクの種になるの。佐藤さんと安藤さん達だったわ。林さんとオアツクて飛び箱を取るからって威張り散らして、私もうくやしくてくやしくて。さぞ口惜しがった事でせう。オホホ。
さて何時の間にか三年に移ります。
たしかそのお正月よね、一緒に宝塚へ行ったわね。コーロア物語覚えて居るの。”ミーチョの姫、バラの姿が愛らしき”とかなんとか云う歌をその時きいたわね。月丘夢路がミーチョで春日野八千代が出て。その時マコと私とお揃ひの小夜福子ってサインのしてあるお裁縫箱買ったわ。それから石田さんのお茶会のお礼だと云ってそれの少し小さいのを買ったわ。よく覚えているでせう?
さてお揃ひの箱も何時しかまたたく間にぼろぼろになり、ごみばこの中に入って了ひました。今頃どっかに居るかしら? あなたのは取ってある? 伺いひます。
三年、此の年こそ凡そ複雑な事件のあった年は無かったわ。
始業式の日、きっと一緒の組になれるだろうと思って来たら又々離れて居たのね。あの時かなしかったわ。でも私、受け持ちが岡田先生だって聞いて嬉しかったわ。今考へたら嬉しいどころの騒ぎぢゃないけれど、あの時は、きっといい先生だと思って居たのよ。一學期、私がいやらしくも座間といふ子を好きになっちゃってさ、手紙の件、今もゾッとします。そして心から佐野さんにあやまります。私は卑怯者だったわ。きいちゃん許してね。さてマコは桜さんなんて子を好きになったわね。いやだわ。思ひ出っていいこともあるけれど悪い事が多いのね。でも畫くだけ畫くわ。
さて今度はハタケの件。これも佐野さんよ。あんな意地悪して御めんなさいねって、あやまります。でも今から思ひ出してみればたのしい様な氣がします。
さて三年になった時に、佐藤さん石田さん河上さん浅野さんマコと大勢であそんだわね。ほら覚えてゐる? 講堂でふざけっこした時、私が手を痛くして泣いたのを。そしたらあなた、オカモチヤ岡田先生に「美和子さんが骨を折りました」なんて云っちゃってさ。私、ワイワイ泣いちゃって家にかへったわ。あの時、一つも手なんていたくなかったの。ただおもしろ半分で泣いたのよ。そして次の日オカモチヤの所へ。「昨日はおさわがせしてすみませんでした」ってあやまりに行ったのね。あなたったら、「私、前、骨を折った事があるので心配してさう申しました」なんて云ってたわ。本当にたのしい思ひ出ね。
それから急よ。マコと浅野さんがオアツクおなりあそばした時があったわね。そして何かの理由でけんくわしたわね。あたなと浅野さんが家に来て仲直りしませうって云ったけど私とってもいやだって云って、それからしばらくにらみ合いしたわね。あなたと浅野さんと石田さんが一緒にかへると私達が二階からおなかかかへてゲラゲラ笑ったりして......
あなたったらものすごい顔してにらんだわよ。オホホ......
さて今度石田さんと河上さんに修練のお点の事から私が一人になった時、マコは私にとても親切で私たちのグループに入ってらっしゃいよと云ってくれたわね。私、とっても嬉しくてマコが世の中で一番好きになったの。そして、石田、遊楽、浅野、井上、高倉、私と云ふグループになったのね。あなたその頃よく石田さんとけんくわしたわね。そしてすぐ仲がよくなって......
さて私が一度クリップを飾ってオシャレをして来た事から私独りになった事があったわね。その時もあなた一人が私の味方になって下さったわ、
そして又仲よくなったの。
今度は一生忘れる事の出来ない運動会に移ります。 私とあなたと基本歩法に選ばれた時
、石田さん、有馬さん怒ったわね。でもみんな揃ってする事になってよかったと思ふわ。「石田デブッチョ等々」と云ったかなぁ......毎日たのしい日がつヾいたわね。宇治先生にどなられたり......
マァマァ とても愉快だったわ。そして慰問袋制作などと云ふ事からイシツキさんとのけんくわになったわね。
あのたのしい運動会、私たちは荒城の月をやったわね。途中で何度かレコードが変になってさ...... 可笑しかったわね。お晝の時、あなたと石田さんで仲野一郎と云ふ兵隊さんを引っ張って来てたのしく合唱したわね。そして笑美さんはシャシンをとって下さったわ。あの時の私のヘンな顔。私とうとうあのシャシン買わなかったの。買へばよかったな。そして運動会も目出度く終了してから石田さんと有馬さんとオサラバしたわね。私達は四人になったのよ。そして思ひ出してもシャクにさわるオハギの事件。私本当に口惜しくて涙が出そう......ポロポロポロポロ 石田さんをいじめたなんて......こっちの方がよっぽどいじめられたわね。みんなが私たちを白い目でにらんで......
もう本当にクヤシイワ そして悪くもないのにオカモチの所へ謝罪しに行ったわね。オカモチいやに優しくてナミダがポロポロ。あの時だれが一番先に職員室へ入るかでジャンケンしたわねそしたら浅野さんが先頭、二番が私だったわ。
また、才壁一郎と云ふ方をお見舞いに行った事で叱られたわね。私丁度風邪で行かれなかったけども......
さてこうしてゐる中にお正月になって四人でタカラヅカ見に行ったわね。浅野さんお着物イシワリも。私とあなたは洋服と云ふいでたちだったわ。たのしかったわね。そして私見てゐる中に寒氣がして来て扁桃腺になって了ったのね。
さて三學期頃から横瀬さや八幡さん達の感化で上級生熱に浮かされたわね。マコは大谷熱、きぬはクレ熱、私もミバ熱、皆いいかげんオアツクなったわね。
卒業式の前日位だたかしら。大谷さんに私とあなたでサイン帖渡したわね。
「あのこれかいて」ってあなたが可愛い毛糸のマスコット人形と一緒に出すと「えっ」ってすぐ受け取ってくれたわね。うらやましいわ。そしてサイン帖貰ひにも一緒に行ったわね。さうさう卒業式で思ひ出したけれど、あなた沖本さんの卒業式の日、ワイワイギャァギャァクスンクスンって大声はり上げて泣いたわね。あのS幸福あまりなかったわね。パチパチパチパチ。今度はクレの疎開中様子に移ります。
クレが疎開を聞いた時の浅野さんの悲しみいかばかりだったかしら。そして数日後いよいよ疎開と云ふ日、半紙を渡すので大変だったわね。あなたが渡すと取らないで返して又すぐ受け取ってくれたわね。そして浅野さんと廊下でお話したわね。面白かったわね。心配したり喜んだり......
ミドの事件では有難うございました。
でもミドは私の事なんかやっぱり嫌ひだったので、ただそれだけがつまりません。
さて何時の間にか四年になったわね。
今度こそ大好きな方子と同じ組になったのね。浅野さんと三人で嬉しかったわ。そして石田さんとけんくわしたわね。とても面白かったわね。
あなた国語の時間、第一課の所をさされたらゲラゲラ笑って了って、でよめなかったわね。塩谷先生が笑ってないでマジメにおよみなさいって云はれても、まだゲラゲラ笑って......私これ畫きながらゲラゲラ笑ってゐるの。傍で家のお母さんあきれてゐるワ。 サインしながらゲラゲラ笑ふなんて......
高力の時間、とても愉快だったわね。石田さんたら高力に反對ばかりしてさ。その日その日がオカシクてオカシクてたまらなかったわ。鈴木先生の時間、私と浅野さんよく立たされたわ。ハズカシイナ......
その頃放課はバスケットボールよくしたわね。あなたはチビなのにさ活躍したわね。そしてその頃から高木さんと○○○○なったのね。オホホ。
石田さんの御姉さんは浅野さんが好きでたのしかったわ。そしてミドと浅野さんとやって居るなんて疑はれて......潮干狩りは到頭行けなかったのね。
あなた高木さんからよく手紙貰ったわね。
”カワイイカワイイマコさま”なんてさ。本当にステキだわ。
その中、かなしい動員令が私たちの上に来たのね。あなたったら工場に行きたいって泣いたわよ。
そして六月二十八日より東と西に別れたのね。私淋しくて淋しくてかなしかったわ。でも、もうなれて来ました。時々来て下さる休電日をどんなに喜んだ事か......
あなたがいらっしゃるととても朗らかになって、あヽこのまヽ一緒に居たいと何度思ったか分かんないの。 なのになのに疎開なんて。私もあなたもよく工場を休んだわね。
私が休んで居るとあなたはきっといらしたわね。そして一緒に聖心へ行こうとちかったのよ。私独りで行くなんてかなしいかぎり。しぶしぶがまんするわ。仕方ないわ。
あなたはよくクシャミしたわね。
朝礼で国旗に注目とか最敬礼と云ふ時に”ハックションション”なんてさ。あヽオカシイワ。全くあなたと一緒に居るとたのしい事ばかりあるワ。
さてここでおわびしなければならないのはチロ子、ネリーの事。
あなたの家からいたヾいた時うれしかったわ。とても美人の猫だったわね。なのに死んぢゃっでさ。私お医者さんの家で泣いちゃったわ。
マコチャンその時、ネリーのケを頂戴って云ったので、上げたわね。そしたらなくしちゃってさ。又頂戴って云ったけど私上げなかったわね。ごめんちゃいね。もうなかったのよ。そしてあなたのお姉様からチロ子のしゃしんいたヾいたわ。
そしてあなたが抱いて居るの。あれ、可愛いわね。大切に大切に取っておくわ。もう何をかいたらいヽかしら。
困ったわ。畫く材料がなくなっちゃった。昨日(一月一日)は、せっかくいらしたのになんのおかまゐもしないでごめんなさいね。可愛いモンペ。赤いハンドバックとっても大人らしく見えたわ。
浅野さんとてもオシャレしてたわね。
ビーズのハンドバックもって赤いざうり履いて私ボロッチイ恰好で恥づかしかったわ。あ、さうさう、私とあなたと校庭を歩き乍らラーヂパイパイなんて云ったわね。オカシイワネ。
此のサイン帖みんなに見せちゃだめよ。あなたったらスモールパイパイのくせして私ラーヂパイパイなのよ。だってさ、私よ。ラーヂパイパイは。
なんでもうこんな事止めにするわね。
さうさう何時かオシャレしてしゃしんとったら頂戴ね。きっときっときっと。
私も上げるわ。浅野さんにももらふわ。そして三人でどんなになっても今の氣持ちをなくさないでたまにしゃしん見てね。女學生時代をたのしむ様にしませうよ。三人になってからはふざけけんくわ何度したか分かんないけど本当のけんくわは一度もしないわね。よかったわね。
ふざけけんくわの一つの例として浅野さんの奉仕袋の雑巾の事。私、ズロースだったんだなんてふざけて浅野さんを怒らしたわね。
三人一緒のお当番でもういやと云ふ程笑ってね。
さう云へば、あなた二年の時私の事、新校舎の階段からつきとばしたわね。いたかったわ。怖かったわ。私もうテッキリ死んぢゃふと思ったわ。ブルブルブルブル。
さういふおテンバをあなたはしょっちゅうしたわ。いたづらっ子。あなたは本当にいたづらッ子。お茶目だわ。
マコのする事は私どうしても憎めないの。どんな事をされてもよ。
私の女學校時代の一ばんの仲間。あなたと浅野さん。
あなたと思ひ出が澤山あるやうに浅野さんとも一杯あるわ。
浅野さんのサイン帖も私のこの汚い字でうまるわ。
本当にきたない字でごめんなさいね。
インクの色も悪いし。許してネ。
マコちゃんだったらゆるして下さるわね。
あなた宇治先生の御ヒイキだったンぢゃないの? さうよさうよ。
ヒイキぢゃなくてあなたがあんまり体操がうまいから可愛いくてたまらなかったのよ。
高倉方子さんって呼び方、私たちとちがったニコニコ顔だったわ。
それからお裁縫の早かったあなた。
どうしてそんなに早いのかと思ふ程一人でサッサと先にすヽんだわね。桃色の帯縫ったわね。
さて頁がもう少しになって来たわ。
私もう肩が凝って来たの。大館さんて人はすぐ肩が凝る人だと思ってね。
まだ畫く思ひ出があるわ。
タカラヅカの前賣の切符を浅野さんと二人で買ひに行った時の事。
新宿で待ち合はしたのね。公衆電話の前でさむくてさむくて向かふに行ってから何時間も待たされたわね。あなたったらその間中、面白い事ばかり云って私や浅野さんを笑はしたり近所の他の人たち笑はしたわね。イシワリが行かなかったのでよかったわね......やっと買ったのが二階の前の方ね。十二時すぎだったわ。おなかがペコペコペコペコ。すっとんで家にかへりました。
あなたはよく白い七分コートみたいな可愛いの着たわね。あの姿が今でも目にうつります。
何時も可愛い朗らかな私の大好きな一生忘れる事の出来ない方子ちゃん
何時迄も今の朗らかな氣持ちを失くさないでね。私のお友達にあなたの様な素直な方が居たのを心から幸福と思ひます。
死んでも私の事を忘れないでね。
奥様になっても、おばあちゃまになっても死んでもね。
私も決して決してわすれないわ。
どうして忘れられるもんですか。マコちゃんみたいあ無邪氣な人を.....
お別れって本当に本当にかなしいわね。みんなどんな仲好しでも大きくなって離れて了うけど、私たちはそんな事決して決してするのよしませう。
一年に一ぺんでもよいから会って仲好しを持ちつヾけませうね。
では、大好きなマコちゃんの上に幸福の多からん事を祈りつつ、筆を止めます。
お元氣でね。
さようなら
一番親しい方子さま
杉並区高円寺○○○ 大館美和子
昭和二十年一月二日
第七話登場の夢さんのご親友の高倉保子さんの妹方子さんが疎開する前に、美和子さん、絹子さんに書いて頂いた内の美和子さんの分です。
東京ヒマワリ製、中原淳一の姉様人形を抱く和装少女の表紙絵、左端に紙人形の挿絵のある和綴じノォトに万年筆で記された、長い長いお別れの言葉でした。方子さんは疎開中何度も読み返しました。
お読み頂きありがとうございました。
霊園セミテリオの気の世界を、お楽しみ頂けましたなら幸いです。
お読みになられたあなたと、書き手の私が共に生きておりましたら、来週水曜日に再会いたしませう。