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第八話 セミテリオに警察官 その十三


(先ほども申しましたが、米国でも英語ですからな。スペイン語もメキシコで使われようが、アルゼンチンで使われ様が、スペイン語なのと同様ですな)

(その内、日本で使われても中国語になったりして)

(武蔵君、それは聞き捨てならない)

(しかし、虎之介さん、僕が生まれた頃には、インドネシアや台湾で、大陸や半島で、日本語が教育されていたそうですよ。僕は台湾や韓国に行っても、僕より年配の方が、街中で普通に日本語で話してくるので驚くやら嬉しいやら申し訳ないやら、複雑な気分になりました)

(さもありなん、ではまずいでしょうかな。このセミテリオで聞こえる外国語も、昔は英語ばかりでしたが、昨今は中国語も増えてきましたしな)

(ほらぁ、お兄ちゃんもカテリーヌおばさんも、ロバートおじさんも、みんなこの前、駅で見たっしょ。駅の名前やトイレやエレベーターの場所、中国語でも書いてあるっしょ。変な漢字ので)

(でございましたたわねぇ。仏蘭西語はございませんでしたのに)

(検事室の男性がコーヒーを持ってきましてね。いい香りでした。でも、すごい時代ですね。男が女にコーヒーをいれて持ってくるんですね)

(Lady firstですかな、いや、ちと違いますな。淑女に使える紳士)

(僕も高等学校におりましたから、女性を大切にするというのはわからないでもないですが、そもそも女検事という存在自体が驚きの上、役所の中で男が女に、茶ではなくコーヒーとはいえ、やはりなんとも時代の差を感じさせられました。で、その時の話から、その女通訳が、次に入って来るブラジル人二人とは、半年程前の別件から通訳しているのでと、言うと、ああ、その件の佐藤検事は今年度から東北の方に異動したんですよと女検事さんが言い、あの件はブラジル人達がどじでねと女通訳。で、どじとは何か、僕にはわからなかったのですが、どうもへまをする、間抜けなことをするという意味らしいのです)

(へぇっ。お兄ちゃんの頃、ドジって言葉なかったっすか。俺、そのへまとか間抜けってとっても古い言葉に聞こえるっす)

(そういうものなのですか。あ〜、僕も年を経ったものだ。いやぁ、まぁ、あのまま年は止まっているのですが、時間が経ったんですね。女検事がいるくらいですから。で、女通訳が笑い乍ら話したことでは、最初から信じられないような話しだったそうで、クリスマスの前の週末に、外人、もとい、外国人が運転した自動車が警察署に飛び込んで来た、と思ったら、後からもう一台が飛び込んで来て、先の自動車の運転手が警察の建物に逃げ込んで、訳のわからない言葉でわめいていた。後から来た自動車からおりて来た三人が棒や野球のバットを持って追いかけて来て、警察署の建物の中であわや乱闘。週末で署内の警察官は少なかったとはいうものの、当然すぐにとりおさえられる。喧嘩両成敗ということで、まずは取り調べ。人数が多かったので、普段は警察の通訳はしていないのに呼ばれた女通訳さんはその暴行と逮捕監禁の件は警察の通訳をしたそうです)

(暴行はわかりますが、逮捕監禁とはどうしてまた)

(はい。女通訳さんによると、その時追いかけられていた方が今回のブラジル人の一人で、もう一人は後ろの自動車のトランクに閉じ込められていたそうです。で、僕はてっきりトランクとは旅行鞄だと思っておりましたら、自動車の後ろの荷物を入れる所をトランクというそうでして。で、先の自動車に乗っていた方は、逃げ込んだ先が警察だとは知らなかった。当然追いかけて来る方も知らなかった。そりゃ、たしかに、漢字で書いてありましたし、逃げる方も必死、追う方も必死で、そこまで気が回らなかったらしいのですがね。で、すぐにトランクから助け出されたもう一人と、先の車の一人に、なぜ逃げていたかを問うと、黙ってしまう。理由がないわけはない。追求すると、仲間割れ。それも、窃盗の利益の分配をめぐる仲間割れ。後ろの三人はペルー人で、内一人の兄が、前回盗んだ金を全額持って国に帰ってしまったので、怒ったブラジル人達がペルー人のアパートを襲撃しに行ったら返り討ちにあって、一人は殴られて縛られてトランクに閉じ込められ、もう一人は逃げ回って、警察署とは知らず飛び込んだ、飛んで火にいる夏の虫、冬でしたけれどね、ということだったそうです。で、ペルー人は暴行と逮捕監禁と窃盗、ブラジル人は、最初は被害者だったのに、窃盗の被疑者になってしまった。で、そのペルー人との窃盗の取り調べの最中に、日本の法律では、窃盗は正直に話した方が、判決の後に別のがばれて加算されるよりも刑罰が軽くなると言われて、今回のペルシャ、いや、イラン人や中国人やベンガル、じゃなくてバングラデシュ人との盗みの方も話したということでした。盗んだ金でクリスマスや年末はは恋人や家族と豪勢に過ごそうと思っていたのに、クリスマスも年末年始も警察署の中で一人で過ごすことになってしまったそうです。女検事さんは、ペルー人との窃盗のことは、引き継いだ時に前の検事さんから聞いていて知っていたそうですが、発端は知らなかったらしく、そういうことだったのですか、と声を出して笑っていました。僕も聞いていて、おかしくてね、気が軽くなって、女検事さんから抜け出しそうになりましてね、やっと乗り移ったのに、ここで抜けてたまるかと、笑いをこらえてこらえて、しがみついていました。そういえば先ほどの通訳の先生が、通訳の苦労話をなさってましたが、こういう通訳たいへんでしょう。すると女通訳さんが、通訳同士で話ししていても、警察と検察が聞き取りにくいですしね。あと、ケンジやケイジと言う名前の被疑者の時も混乱しますね。道交法の時にも、くび大丈夫かを、むち打ち症は大丈夫かと言う意味で訳したら、馘首されなかったか、の問いだったり、その逆もあったりで。通訳の先生方のおかげで助かってます。じゃぁ、そろそろ始めましょうか。ということで、ブラジル人が一人ずつ呼ばれました。両方とも二十代後半の男でした。一人は白人ぽくて、もう一人は日本人みたいでした。二人とも小柄で。バングラデシュ人やボリビア人とは違いましてね、何か、二人とも陽気なんですね。にこにこして。もちろん協力します、証言します、でした。証言をしたい理由を尋ねられて、一人は俺たちがやったことは悪いことだから、でしたが、もう一人は、俺たちだけが罰せられるのは納得できないから、あのイラン人は一番上にいて、分け前も多く取っていたのに許せない、でしたよ。こっちの方が信じられますよね。たしかに、下っ端が捕まって親分が捕まらないのは、納得できないですからね。 二人とも、イラン人とは何度か会ったことがあるので、ということで、多数の写真の中から選べましたし、二人とも、何月何日のことか記憶していました。でね、なぜ記憶しているかと尋ねられて、一人目は、僕は記憶力が良いから、でしたが、二人目の言った理由が、もうなんとも)

(記憶力の本当に良い方っていらっしゃるものですわ。虎之介さんも、すばらしい。こんなに国の名前が出て来るのに、よく間違えずに)

(僕、検事か弁護士になりたかったんですよ。高等試験がありますしね。法律を全て覚えようとしておりましたし。でも、今は、書き留めるものもないですし、それに、ここで僕が話していること、間違っていたとしてもどなたにも分かりませんしね、あはは。ご隠居さんや絵都さんの方が素晴らしい記憶力だと思いますよ。僕なんかたかだか二十年未満の記憶なのに、ご隠居さんは百年分でしたっけ。絵都さんも九十何年分ですよね。今お話している件は、この前の亀歩きため息青年の続きですから、まだ一年も経っていませんしね)

(俺なんか、自慢じゃないけど、午後に授業で教わったこと、家に帰ったらもう忘れてたっす)

(武蔵、本当にそれは自慢できることじゃないね)

(お爺ちゃんっ)

(まぁまぁ、学校で教わる事が全てではありませんわ。わたくしなど学校という所には一度も参ったことございませんし)

(えっ、カテリーヌおばさん、不登校だったっすか)

(不登校、ああ、以前おっしゃってらした。いえ、それとは違うのですよ。わたくしは、家で家庭教師に教わっておりましたの。あの頃の仏蘭西では、よくあることでした)

(へぇ〜、家庭教師っすか。金持ちっ)

(いえ、そんなたいして)

(で、虎之介殿、続きが気になりますな)

(あっ、はい。そこまではよかったんですよ。で、二人目の、どうしてその日だったと覚えているかの理由なんですが、その若者曰く、これ、警察では話ししたけれど、調書には書いてくれなかったことなんですが、俺、仕事があるから、泥棒の方は、週末しかしてなかったんで、それで、その日、タイヤを盗みに行くのに誘われて、でも、一週間の夜勤明けで寝だめしたかったし、夜はディスコに遊びに行きたかったから最初は断ったけど、一人じゃ無理だと言われて。あっ、ディスコって僕にはなんだかよくわからなかったのですが、踊ったり飲み食いする場所らしいです)

(へぇ〜。お兄ちゃんディスコ知らないっすか。真面目〜)

(いやぁ、だから、踊ったり飲み食いする場所だぐらいの想像はできますよ。それに、はい、武蔵君、僕は真面目でした。帝大の後は高等試験を受けるつもりでしたからね。キャバレーみたいなものでしょう。そんな所に高等学校生が行けるわけがありません。いや、少し先輩の不良連中は行っていたらしいが、しかし、僕の頃にはもう戦局がね。それどころではなかったですよ)

(キャバレーっすか。それって古くさい。なんかいけない所っで感じっす。ディスコって、あっ、俺も行ったことはないっす。けど、なんか、もっと、後ろめたい感じがしないってか。あっ、分かった。キャバレーって、女の人と変なことする所っしょ。ディスコって、女の子も一緒に行くっすよ)

(ひっ、女の子。もしや若い女が若い男と一緒に行く場所ですか)

(うっす。で、踊って飲んでくっちゃべって)

(武蔵、そのくっちゃべっては、東京では使わない)

(そうなん)

(そのそうなんも使わない)

(へぇ〜。俺ん所と東京って近いのに、そんなに言葉が違うっすか)

(あの、え〜と、若い女の子が若い男と一緒に行くのですか。男と一緒にそのような場所で)

(虎之介さん、盆踊りを屋内ですると思えばいかがでしょう)

(武蔵君のお爺さん、そりゃそうですが。なんとも、世は終末。男女七歳にして席を同じにすべからずで育った僕には、もうなんとも。世は終末。そういう行為に走る連中は不良なのでしょうね)

(んなことないと思うっす、たぶん)

(虎之介殿、続きは如何に)

(あっ、はい、気を取り直しましょう。え〜と、で、その若者の言うには、夜勤明けで眠れる筈だったのに、あまりまともに眠れず、中国人が指図した家は電気が消えていたけれど、留守なのかそれとも深夜過ぎて帰ってくるのか、それとももう寝たのかわからなくて怖くて、でも、裏口脇に重ねてあったタイヤを盗もうとして塀を超えたら、ふらっとして、手をついたら、そこが呼び鈴の上で、家の中で呼び鈴がなってしまったので慌ててしゃがみこんで様子を伺い、で、どじだから交代と言われて、もう一人が塀の内側、その若者は塀の外側で受け取る役に回り、タイヤを一つずつ順に受け取り、自分の自動車に積んでいて、受け取りに戻ったら、内側から渡されるのを受け取りそこない、最後の二つだからと内側から次々と落とされたタイヤに頭を二度も打って、余計にふらふらになって、運転も危ないから交代してもらったけれど、もう一人は僕の中古のマニュアル車になれていなくて、大きいトラックに乗った時も落ちそうで怖かったから、覚えているとのことでした。で、マニュアル車というのがわからないのですが)

(manual 手動、使用法の書なり)

(自動の車ではなく、手動の車のことですよ)

(えっ、自動車は自動なので自動車ではないのですか)

(あ〜、なるほど。え〜と、人間の力で動かす、例えば自転車や荷車とは違って、ガソリンや電気で動かすという意味で自動車で)

(荷車っすか。古っ、えっ、荷車って人間じゃなくて馬が引くっしょ)

(いや、牛も引きますな)

(えっ、ロバートさん、それって、平安時代とかの牛車っしょ)

(いや、我輩があちらの世におりました頃は、牛も引いていました。ここ、東京のことです)

(へぇ〜。俺ん所って田舎っす。牛もいるっす。けど、牛が車引くなて見たことないっす。あっ、あの牛、ミルク用っすけどね)

(で、手動の車というのは)

(ああ、自動車の動の元は今言ったガソリンや電気や)

(ああ、木炭車というのもありましたね)

(そうそう、僕は記憶しておりませんが、戦中戦後はあったそうですね)

(で、自動車の動はそういうもので動かすの動なんですが、手動の動は、機械に指示を与える時のギアチェンジを人間が一々するか、それとも機械に任せるかということで、最近はもっぱらオートマ車ですね。つまり、マニュアル車は、オートマに慣れた者にはやっかいなんですよ)

(オートマとは何ぞや)

(オートマチックのことです)

(ああ、automatic、機械による、自動のですな。日本人お得意の短縮英語ですな)

(ええと、自動車はそもそもautomobileと言うのですよね)

(然様ですな)

(ということは、そのマニュアル車は僕の頃のautomobileであり、昨今の車はautomatic automobileということですか)

(そういうことになるようですな。我輩も釈然といたしませぬ)

(どっちでもいいっすよ。俺達、運転できるわけないっしょ)


お読み頂きありがとうございました。

霊園セミテリオの気の世界を、お楽しみ頂けましたなら幸いです。

お読みになられたあなたと、書き手の私が共に生きておりましたら、来週水曜日に再会いたしませう。


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