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第八話 セミテリオに警察官 その十二


(何だか、僕、ユリちゃんやご隠居さんがここにいなくてよかったと思えてきました。あのお二人だったら、僕の話にどれだけいろいろと言われることやら。ユリちゃんは、虎ちゃんはすぐそういう言い方するって言うだろうし、ご隠居さんは、虎さんはいろいろとこだわりがありますねなんて。でも、検事たるもの犯罪者に微笑むなど、やはり釈然としません)

(けど、お兄ちゃん、そういうんだったら、もしかして、先生が生徒ににっこりしたらいけないって言いそうっす)

(えっ、今の先生ってにっこりするのかい。あっ、小学校でだろう)

(中学でもっす)

(そりゃ、僕の頃とは中学校が異なるとはいえ、中学校の先生が生徒ににっこり、ないこともなかったとはいえ、めったやたらとあることでもなかったし)

(ええっ、もしかして、お兄ちゃんが中学の頃って、先生、おっかないばっかりだったっすか)

(しかめつらが普通。にっこりどころかにこりですら、なよなよしていると思われ、気持ち悪がられたでしょうね)

(ふ〜ん。そんなだったら、余計に学校行きたくなくなる。あ〜、もしかしてお兄ちゃんの頃って、先生、男ばっかりだったっすか、中学校)

(勿論。女先生は小学校の最初の頃だけ。そう、あの頃、五年生や六年生になったら、男子学級の担任は男先生に決まっていました。でなきゃ言うこときかない暴れん坊がいたしね)

(へぇ〜。男子学級って、女子と分かれてたっすか)

(そう。男女七歳にして席を同じにすべからず、でした)

(へぇ〜)

(それで、検事室の方の話しに戻りますが、結局被告人二人とも、イラン人に会ったことも見た事もなくて、中国人からイラン人がこう言っている、と聞くばかりだったとか。あの中国人はイラン人とつきあっているからと威張っていたとか、中国人嘘つきとか、日本語下手とか、俺を馬鹿にしたとか、二人とも中国人を相当に嫌っているようでしたが、イラン人がいるとは知っていても、会ったことはなかったようで、イラン人には何の感情も無かった様でした。日付も、大体は分かっても、何度もやっているから、尋ねられている分のがいつのことか何時頃だったか、その時の車種もはっきりしない、でした)

(しばし待たれよ。虎之介殿、先ほどからの話しの中に、タイとイランとバングラデシュは出て来ていたが、中国人は確かまだ登場していないはずですな)

(えっ、そうでしたっけ。最初に話しませんでしたっけ。あっ、何しろ、この女検事さんのやってた事件がややこしくて。僕もまだこんがらがっていて。何しろ、この三人の後に、まだ二カ国二外国語四人と続くんですよ)

(ひょえっ、何だか国際的な事件っすか)

(いやぁ、そんなことないみたいですよ。僕も最初は驚いたのですが、どうも、今の日本では普通のようで。で、中国人はどこに出て来るかというと、たぶん親玉がイラン人で、下っ端がバングラデシュ人と、ボリビア人とブラジル人らしいんです。で、親玉と下っ端の間に中国人がいた、ということらしい)

(で、結局、何をしたんですか)

(ちょっと待って下さいよ。僕だって、女検事さんの言っていることと被告人の言っていることを通訳していた人に乗っていて、女検事さんが調書を作っている時の言葉や、通訳氏が被告人に指差し乍ら訳していた日本語の調書を何人分も見て、それで概略をやっとつかめたんですよ。こちらの世界の時はほぼ永遠なんですから、我慢してくださいよ。大体ね、通訳氏の日本語もとっても早口で、彼の頭の中はどうなっているんだろうと思っていたくらいなんですから。なんだか、乗っている僕の頭の中も右から左、左から右とただただ言葉が通過して行ったような感覚だったんですよ。しかも片方の言葉は全くわからないし。で、分かったのは、下っ端のバングラデシュ人とボリビア人とブラジル人は、あちこちの家からタイヤや車を盗んで、自分たちの車に運ぶ。どこの家から盗むかは、中国人が下見して前もって選んでおく。で、下っ端の車二台から三台は、その中国人かイラン人がヤードまで運転する大きなトラックに乗るから、下っ端の車はNシステムにひっかからない、というわけで。というわけで、とは申しましても、僕にはそのNシステムもヤードもわからない。Nシステムは、どうも通行する車を自動的に検問する機械らしいのですが、それがどう関わって来るのかは分からないままでした)

(ヤードとは裏庭のことでござる)

(はい、それでしたら僕にもわかるのですが、大きなトラックが入る程広い裏庭というものがあるのでしょうか)

(なるほど。では、ヤードとは地名なのかもしれませぬな。宿、谷戸、八度、関東のどこかに、どなたか存じませぬか)

(私は聞いたことないですね)

(でしょう。何だかわからないでしょう。他にもそのボリビア人とブラジル人がなぜ捕まったかという話も途中で出て来ていて、こちらにはペルー人も出てきましたし。ほんとややこしいんですから。大体ですね、中国ぐらいは近い国だからともかくも、イランとか僕の頃には無かったバングラデシュ人民なんとかとか、ボリビアやブラジルやペルーなど遠い国の人ばかりで、それも正式名称は、もっと長かったですし。人民とか民族とか連邦とか共和国とか、わかったようで分からない名称ばかりで。大日本帝国の大も帝国もなくなった今の日本は国歌も正式名称も短くて簡単でいいですよ。中国人以外の人たちの名前など、長々とカタカナで書いてあって、もうほんと大変だったんですから。国の名前だって、バだのブだのボだのペだのハ行ばかりでしたし)

(私は仏蘭西でうまれましたのよ)

(我輩は米国。どちらもハ行ですな)

(ふぅっ、まったく。そもそも僕の狙いは通訳氏から検事さんに乗り移ることだったんですね。それで、その機会も狙っていたのですが、なんとなく、女に乗るのはなぁなどと思って、丁度、もう一人、あっ、被告人の後ろにいた警察官ではなく、検事室にいたなんて言うんだろう、え〜と文章を打ち込むタイピストじゃなくて、ともかくその男性が通訳氏の近くに来た時にそちらには乗り移れたんですよ。ウルドゥ語の通訳が終了する少し前にね。でその時正午を少し過ぎていて。通訳氏が出て行って、女検事さんと男性が話ししているんですよ。私、英語すら話せないのに、どうして何カ国語も話せるのかしら。さぁ、ただ先ほどの先生だけで、三か国語ですと、通訳日当が安くなって助かりますね。それに同時通訳だと早く終わりますしね。今回みたいに、確保されているのだけでえ〜と五カ国六言語八人もいると、頼りない通訳では遅々として進まなかったでしょうね。でした。ねっ、今思い出し乍ら、え〜と、何カ国何言語何人だったかって数えてみて、たぶんこの数字だったと思います。でも、ほら、僕は中国人にもイラン人にも会っていないし)

(すげぇ。やっぱ国際的事件じゃないっすか。かっちょいいっす。それに通訳も同時なんて嘘みたいっす。俺なんか日本語だけだって二人同時に話されたらわかんなくなるっす。なのに一人で両方聞いて両方話すっしょ、あり得ないっす)

(我輩、ある程度はやれそうですな。聖徳太子ほどではなくとも)

(ロバートおじさんは外交官だからっしょ。聖徳太子も外交官だったっすか)

(聖徳太子は一度に七人の話を聴けたそうですしな。しかし、外交官ではなかったでしょうな)

(七人ですか。私は、十人と聞いたような)

(我輩は、七人だったと思いますが。武蔵君、言葉の数では、外交官でなくとも、カテリーヌさんも三か国語ですな)

(あら、わたくしの日本語や英語など、ほんの少しですもの)

(えっ、それで少しっすか。俺より古い日本語知ってっしょ)

(あら、それは、武蔵君より古い時代におりましただけで)

(その後、先生は一時半に及びしているんでしたね、一時過ぎに戻りますと言って、女検事さんは部屋を出ていってしまいました。そうか、昼食、この男性は弁当でも持ってきているのかと思いきや、机の下の引き出しを開けて、中から丼の形をしたものと、白い小袋を出して来たんです。その時はね、僕は驚いていたのですよ。でも、ほら、先日夢さんのお嬢さんとお孫さんの所に御一緒した折に、入ったお店)

(コンビニっしょ)

(そうそう、そこで色々見ましたからね。でも、検事室の時はまだ知らなかったので、驚きましたね。握り飯が透明な袋状のものに包まれていたり、あっ、もう一つの丼状のは、たしかにあそこのお店でも売っていましたが、あれにも驚かされましたね。こう、蓋を取って、部屋の隅で釦を押したら熱湯が出て来て、で、また蓋をしめて、しばらくして蓋をあけると、うどんが出来上がっているんですよ。僕の頃にも乾麺はいくらでもありましたが、あれを丼に入れて熱湯で柔らかくするなど、考えた事もありませんでした)

(それ、カップ麺っしょ。どん兵衛か赤いきつねか。俺、喰いてぇ)

(赤いきつねがいるんですか)

(違うっす。あの、その、そういうお湯だけでできるのをカップ麺って言って、その名前が赤いきつねで)

(きつねうどんのことですよ)

(きつねをうどんにするのでしょうか)

(うどんは小麦粉でできていますから、それに揚げを入れたのがきつねうどんで、つまり、ほら、カテリーヌさん、お稲荷さんのきつねはあぶらげが好きだということになっておりまして)

(ああ、思い出しました。昔女中がお供えしていました、あれですね)

(で、その男性、本を読み乍らうどんをすすりながら握り飯を食べ終え、手のついた湯のみ茶碗を手に部屋を出て、階段を降りて、コーヒーの出て来る機械がありましてね。そこでコーヒーを入れて)

(カフェの出て来る機械があるのでしょうか。まぁ、このセミテリオにも置いていただければ)

(あったって、俺たち飲めないっしょ)

(でも、香りだけでもいただきたいですわ)

(で、コーヒーを手にしたまま階段を降りて、透明な扉の中に入って煙草を二本、コーヒー飲み乍ら立て続けに吸っていました。その部屋の中にはその男性の他に、もう少し若い人とかなり年配の人がいて、会釈はしていましたが、誰も口きかず、で、その狭い部屋の真ん中にある機械が、煙草の煙をどんどん吸い込んでいくんですよ。ここで僕も機械に吸い込まれて出られなくなったらどうしようと。ほら、僕達、気の存在ですからね。煙と似ているやもしれず)

(喫煙室だったのですね。そういう機械、私がこちらに来る前から少しずつ置かれるようになった様です。私も昔は吸っていたのですが、どうも合わないようで、やめてしまったのですが。ああいう機械に煙が吸い込まれてしまうと、紫煙の文化など遠い過去の存在になりつつあるのでしょうか。気の存在としては気になりますね。私達も同じ、過去の存在になりつつあるわけですし)

(我輩も、その喫煙室とやらに入りたいものですな。さぞかし紫煙が美味しかろう)

(で、男性が階段を上がって行って部屋に戻ると、女検事さんがもう戻っていて、で、次のスペイン語とポルトガル語の通訳、今度は女性でしたが、どこの国の人だったんだろう。で、その女通訳が入ってくる前に、僕、その男性が女検事さんに書類を持って近づいた折に、女検事さんに乗り移れたんですよ。やっとね。うわぁ、視野に入るものが全然違う。ほぼ正面に丸い大きな時計があるし、予定表の黒板というのか白い板も見え、被告人はほぼ正面から入ってきますしね。 被疑者に乗っているのととても違う。 僕は乗っているだけなのに、でも、乗っている相手から漂う気が違うので影響を受けるのでしょうか。これが権力というものかと思わされましたよ。女も権力を手に入れたくなってきたのでしょうかね。で、女通訳さんが入って来ると、また、被告人四人それぞれに協力依頼することと、手短に調書を作成することを伝えて、被告人が入ってきて、さっそく始まりました。そうそう、手錠外されて、腰縄を持った警察官が被告人の後ろに座っているんですが、きちんと座っているのは最初だけでね、居眠りしたり、小さい帳面みたいなのをめくっていたりしているのも丸見えでした。そういうものなんでしょうかねぇ。それとも警察官が男だからなのか、女検事さんは注意もしていませんでした。後は、同じ調子でね。まずはボリビア人二人。当然男性。バングラデシュ人より肌の色が少し薄くて、でも、体は二人ともでかくてね、見た目はちょっと怖そうでしたが、僕が乗ったばかりの女検事さんは平然と、にこやかに協力依頼して。で、二人ともやったことは既に認めているし、その時に中国人に案内されたことやイラン人が運転するかもしれないと聞いたのは覚えていても、半年以上前のことなので月日や時間ははっきりしないし、イラン人のことを見たことはあるけれどと言ってはいたのですが、何枚も見せられた写真の中から選べなかったんですよ。イラン人の裁判の時に協力するとも言っていたんですけれどね。で、ボリビア人二人のスペイン語の通訳が終わって、今度はポルトガル人が入ってくるんだなと思っていたら、女検事さんが、ブラジル人達の前に、ちょっと休憩入れましょう、と。ポルトガル語も通訳するとは午前中に知っていたのですが、その時はまだ、ブラジル人だとは知らなかったので、ああ、宗主国がポルトガルだからブラジル語じゃなくてポルトガル語なんだ、と納得したわけでした)


お読み頂きありがとうございました。

霊園セミテリオの気の世界を、お楽しみ頂けましたなら幸いです。

お読みになられたあなたと、書き手の私が共に生きておりましたら、来週水曜日に再会いたしませう。


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